ガイエスブルク要塞でキルヒアイス上級大将が亡くなった。


 この要塞は、元々は・・・貴族連合軍の本拠地として使われていた要塞で、リップシュタット戦役終結後、要塞
内にいた多くの貴族連合軍の将兵達は、元帥である、ローエングラム侯の陣営に投降した。
 そして・・・そのさなかで、悲劇が起きた。


 リップシュタット盟約の盟主であった、ブラウンシュヴァイク公の部下だったアンスバッハ准将は、服毒自殺をした盟主の遺体をローエングラム侯に差し出して命乞いをすると見せかけて・・・侯に襲いかかろうとし、それを阻止しようとしたキルヒアイス上級大将が、まるで身代わりのように・・・暗殺された。
 戦役の最後の最後になって・・・最悪の事態になった。


 キルヒアイス上級大将閣下は、ローエングラム侯の幼い頃からの親友だとかで、その死にショックを受けられて、侯は遺体が安置された部屋に閉じこもってしまわれた。
 立ち直って頂かなくてはならぬ・・・と、ローエングラム侯の配下の将兵の一部が、急遽、帝都オーディンに戻る事になった。


 
 ロイエンタール艦隊でも、数隻の足の速い高速艦が集められ、私の乗艦である「スクルド」もオーディン行き
の一団に選ばれた。
 オーディンに急遽戻る明確な理由は分からなかったが、「元帥である侯爵の為」だと言われれば拒否は出来な
いし、私も侯には立ち直って頂きたかったので、逸る気持ちでオーディンに向けて艦は出航した。
 そして、続けざまに2回ほどワープをしたところで・・・。



 「アーレンス大尉、悪いがちょっとこっちに来てくれ」


 通信士の私は通信機器の点検中に、艦長のマティアス・ベルナー大佐に声を掛けられ、慌てて点検をやめて艦長席まで行った。
 艦長の顔色が悪いので、私は何事かと思った。  


 「艦長、何かご用でしょうか?」
 「あぁ・・・済まないが、これから、ダンゲルマイヤー少佐について行くように」
 「はい」
 
 私が頷いて副長のアロイス・ダンゲルマイヤー少佐の方に目を向けると、少佐は自分の席から静かに立ち上が
った。
 そして、艦長の前に立つ。
 何かの包みを艦長から手渡される少佐。


 「それでは少佐・・・。後の事は宜しく頼むぞ。この件に関しては卿の好きにして良い。・・・一任する」
 「はい、艦長。どうぞ小官にお任せ下さい。それでは、アーレンス大尉・・・付いて来てくれ」


 私は慌てて少佐を追ったが、一瞬、戸惑いを覚えた。
 何故なら・・・少佐があまりにも無表情だったからだ。


 「ダンゲルマイヤー少佐、何かあったのですか?」


 私は不安になって声を掛けたが、少佐からの返答は無く、ますます不安になった。
 少佐はどんどん歩き続け、促されるままに入った艦内の一室。
 そこは、問題を起こした兵士を一時的に監禁する為の独居房だった。


 「あの・・・?」


 こんな場所で何をするのだろう?
 私が何かを言いかける間もなく、少佐に何かを押しつけられた。
 ごく弱い電流が身体を駆け抜ける。
 一瞬、ビクンとした私は動きを止められ、少佐によってあっという間に手錠を掛けられた。
 少佐が手にしていたのはスタンガン。
 弱い電流の為に・・・私の意識ははっきりしていたが、一体何が・・・。


 「少佐!これは一体何の真似ですか!!?」


 私は驚いて叫んでいた。
 自分の身に何が起こったのか・・・全く理解出来なかったのだ。


 何故、手錠を掛けられねばらなぬ??
 何故、スタンガンで痛めつけられねばならぬ??
 私は目を見開いて自分の手にかけられた手錠を見つめ、そして、少佐に対して怒りを覚えた。
 理由もなく・・・このような暴挙に出る事に対して・・・。


 「アーレンス大尉。・・・いいかね?手荒な事はしたくないので静かにするように」


 スタンガンを使った上に、手荒く手錠を掛けた事を棚に上げ、少佐は私を見つめた・・・氷のように冷たい視線で。


 「まず・・・単刀直入に言うが、リヒテンラーデ公が逮捕されたそうだ。そして、一族全員の逮捕も決定したそうだ」


 少佐は口の端を歪めて、私の大伯父のリヒテンラーデ公の逮捕と、一族全員が逮捕されると告げたのだった。
 
 「・・・理由は??一体なぜそのような事態に・・・」
 「詳しい事は知らされていないが、通達が届いたのだ。それによって、この艦にもリヒテンラーデ一族がいる
と判明した訳だ。・・・それは卿の事だが、艦長より、卿の身柄拘束を任せられたのだ」


 私は先程の、少佐と艦長の会話を思い出した。
 艦長は“一任する”と言っていて、確か少佐は“お任せ下さい”と話していたはずだ・・・。
 つまり、艦長は・・・拘束やら、色々な雑務を少佐に丸投げしたのだ・・・自分の手を汚す事無く。
 私は見捨てられたのだ・・・上官から。


 それは・・・私を取り巻く環境が大きく変わった瞬間だった。
 あまりにも劇的な変化・・・。
 その変化に私はついて行けず、暫し思考が混乱していたが、ハッと我に返ると重要な事を思い出した。


 「少佐!艦長に・・・いえ、ロイエンタール提督に会せて下さい!これは何かの間違いだ・・・大伯父上が逮捕などあり得ない!それにこの艦隊での小官の働きも考慮して・・・」
 「多分無駄だ。・・・提督は会わぬだろうよ」
 「何故です!?」
 「考えてもみるのだな。我が艦隊がこれから何をしようとしているのかを。この艦は、いや・・・我が艦隊は、
リヒテンラーデ一族を捕らえる為に派遣されるのだ・・・卿は何も知らなかったかもしれぬがな」
 「まさか・・・そんな・・・」
 「皮肉なものだな。自分の一族を捕らえる為に・・・いや、自分自身を捕らえる為に乗っていたのだからな。そ
れに・・・卿だけを助けても何の意味も無い。ローエングラム侯に申し訳が立つと思うか?それでは軍としての統制が取れなくなる」
 「しかし・・・何もしていないのに・・・」
 「残念だが、大事の前の小事という事だ。・・・頭の良い卿なら理解出来ると期待する」


 少佐の言葉はあまりにもショックで、私は震えながら俯いてしまった。
 その瞬間に、少佐は私の口に猿轡を噛ませた。
 多分、自殺防止の為だろう・・・。
 私は観念して・・・その場に立ち尽くしていた。
 ・・・と言うより、事態の変化に付いて行けず、立ち尽くすしか出来なかった・・・が正しい。


 
 2時間ほど前、艦長のベルナー大佐はロイエンタールから提督から極秘通信文を受け取っていた。
 そこには、リヒテンラーデ公逮捕の件と、その一族の1人である、ニクラウス・フォン・アーレスンス大尉に関する情報が書かれていた。
 即ち、「アーレンス大尉を拘禁せよ」とあったのである。
 大佐が知る限り、アーレンス大尉は真面目な士官で、人当たりも良く、部下の面倒見も良かった。
 少なくもとも・・・大貴族にありがちな嫌味な印象を受けた事が1度も無い。
 それを捕らえねばならないとは・・・大佐は頭痛を覚えた。


 自分で事を起こす事を躊躇った大佐。
 そこで、彼が白羽の矢を立てたのは、副長のダンゲルマイヤー少佐であった。
 ダンゲルマイヤーは・・・アーレンス大尉が大嫌いだったからだ。
 今まで直接苛めたりはしていないが、何かの折に彼がそう話しているのを聞いていた。
 だから・・・大佐は、これ以上の適任者はいないと判断したのだった。



 ニクラウス・フォン・アーレンス大尉は現在27歳だ。
 ダンゲルマイヤーが27歳当時は・・・未だ中尉だった。
 彼が大尉に昇進したのは30歳を過ぎてからで、35歳になって漸く少佐に昇進した。
 現在39歳のダンゲルマイヤーは、家柄も良く、また容姿も優れた大尉が生理的に嫌いだった。


 アーレンス大尉は暗褐色の髪に濃緑色の瞳の美丈夫で、ダンゲルマイヤー少佐よりも10センチ以上も身長が高く、引き締まった均整の取れた体型である。
 そして、アーレンス男爵家の嫡男でもあった。


 優れた容姿や家柄など・・・ダンゲルマイヤーが持ち得なかった多くのものを持っている大尉が憎らしかった。
 しかも、貴族にしては素直で真面目な性格で、人望も厚い点も鼻についた。


 ダンゲルマイヤーは未だ独身である。
 女性に全く縁が無いのは、容姿や体型のせいだと思っている。

 今まで、何度女性に声を掛けても「気持ちが悪い」とか「その顔で?」とか言われて、まともに相手にされたためしがない。
 それならば・・・と、男性を相手にする夜の商売の女達に近付いてみた事もあるが、これまた、あからさまに容姿を笑われた事があり、それからはすっかり女性不審になり、女性に不自由しない男性が大嫌いだった。


 だから・・・本当の事を言うと、艦隊の司令官であるロイエンタール提督の事も苦手なのだが、優れた上官であるが故に妬ましい思いは逆に昇華され、ロイエンタールに関しては嫌悪感を抱いた事は無い。


 けれど・・・。
 同じ艦橋内にいるアーレンス大尉は目に付き過ぎた。
 いつだったか、アーレンス大尉が自分の事を馬鹿にしている所に遭遇した。
 ダンゲルマイヤー少佐がトイレに入っている時に、アーレンス大尉は、アイブラー中尉に「あんな顔の男と結婚したがる女性はいまい。せめて十人並みなら良かったのに。それにあの体型もマイナスだな。髪も薄くなっているし・・・。俺が女性なら絶対に付き合いたくないタイプだ」と言って、2人で笑いあっていたのだ。


 あまりに悔しさにダンゲルマイヤーは歯噛みをし、トイレ内でうち震えていた。
 そして、アーレンス男爵家の嫡男だと知ってからは、一層、腹立たしく思い、いつかギャフンと言わせたい・・・そう思っていた。
 その矢先に、降って沸いたように、監禁の話が出たのだった。


 アーレンス大尉の処遇について、全て任せると艦長から言われた時は小躍りして喜んだ。
 リヒテンラーデ一族の今後については更に通信が来る事になっていたが、あの目障りな男を公然と苛める事が出来るのだ。
 これほど愉快な事は無いではないか・・・。
 ダンゲルマイヤーは、「精神的に痛めつけてやる・・・」と低く笑いながら呟いた。


 艦長から渡された通達書類には、アーレンス大尉には腹違いの兄がいて、つい最近、家督を継いでカルシュン男爵となった事も書いてあった。
 どちらも“男爵”にゆかりのある男。
 ダンゲルマイヤーはベルナー大佐に確認し、この兄を捕らえるのも、自分の率いる隊が行いたい旨を申し出た。
 兄弟を同時に捕らえたい・・・少佐の心の中は、どす黒い焔がメラメラと燃え上っていた。


 ベルナー大佐はどうしたものかと、暫く思案していたが、それも許可した。
 どちらにせよ、カルシュン男爵は捕らえなければならぬ人物だ。
 それに、カルシュン男爵家の本邸はオーディン市内にあり、捕らえるのに大して手間取らないと判断したからだった。


 艦長のベルナー大佐から許可が出た。
 ダンゲルマイヤーは愉快でたまらなかった・・・思わず、笑みがこぼれる。
 7歳の時に、貴族の起こした交通事故で両親とも失い、彼は親戚中をたらい回しにされた。
 事故を起こした相手は名門の男爵家の嫡男で、その男の父親は公になると家名に傷がつくからと、ほんの少しの賠償金を支払っただけで謝罪すらなかった。
 せめて葬儀に出て欲しいと男爵家に行った叔父は「平民風情が何を言うか。金を支払っただけで全ては解決済みだ!」と追い返された。
 しかも、叔父は男爵家の用心棒の男達から手荒な暴行を受け、全治三か月の重傷を負ったが、その件に関しては知らぬ存ぜぬで、1帝国マルクも支払われなかった。


 賠償金は叔父の治療費に消えてしまい、アロイス少年はそれからずっと、幾つもの親戚の家を転々とするようになった・・・それは士官学校に入学するまで続き、自分の居場所と言うモノがまるでない生活を強いられており、やっと自分の居場所を見つけたのは、少尉として任官した後の事だった。
 だから・・・ダンゲルマイヤー少佐は、自分の子供の頃の幸せを奪ってくれた“男爵”という“貴族”が、貴族の中で一番嫌いになったのである。


 カルシュン男爵をも子の手で捕らえる・・・愉快痛快だ。
 名のある貴族を公然と痛めつけられる機会など、早々あるものではない。
 この機会を逃したら、一生あるかどうかすら分からない。 
 そして、大嫌いな男の兄となれば・・・何とやり甲斐があるのだろう。

 ダンゲルマイヤー少佐はほくそを笑み、監禁場所としてこれ以上ない場所を用意し、まずはアーレンス大尉に対して、トコトン屈辱を与えてやる事にしたのであった。



 後ろ手に手錠を掛けられ、口には猿轡。
 食事は全く与えられず、点滴による栄養剤の投与だけだった。
 そして、栄養剤だけではなく、何か別の薬物が点滴に混ぜてあるように思えた。
 何故なら、身体がどうにも気だるく、動こうにも億劫な感じですぐに疲れてしまうからだ。


 何故、こんな事になったのだ?
 私は何の為に軍人になったのか・・・こんな・・・こんな筈ではなかった。

 ロイエンタール提督に直接会って説明を求めたくとも、それを認めてもらえず、私は狭苦しい独居房の中に監禁されていた。
 マジックミラーになっているこの部屋の中からは外の事は全く分からないが、外から中は丸見えで・・・プライバシーはそこにはなかった。


 この部屋の中にあるのは硬い寝台と、粗末な木のテーブルと椅子、それから小さな便器。
 便器は薄汚れていて、仕切りは無い。

 不特定多数の人から排泄行為を見られるなど・・・つらく恥ずかしい。
 人間扱いされない、あまりにも屈辱的な扱いだった・・・。


 私は子供の頃から軍人に憧れていた。
 戦艦の模型を幾つも持っていて、宇宙へ行ってみたい思いが強かった。

 私が士官学校に入学する際、母は「何も軍人などにならなくとも・・・」と言っていたが、私が12歳ぐらいの時から、我が家の経済状態は悪化の傾向にあった。


 資産家だった父の遺した遺産はとうに底を尽き、なのに、母の浪費癖は直らなかった。
 だから・・・私は母の反対を押し切ってでも、士官学校へ進学を決めたのだった。

 士官学校に入れば、勉強をしながら給与も支払われる。
 私1人分の食い扶持が減れば、その分、母の生活はラクになるだろうと私は考えていたのだ。

 それに、母の窮乏振りを見かねた元夫のカルシュン男爵の援助もあり、私は家の事を考えずに軍人への道を歩み始めた。
 近い将来、いや、遠い将来かもしれないが、母の亡き後、アーレンス男爵家を継がなければならぬその時まで、私は軍人として生きていく事を覚悟していたし、これが天職だとも思っていた。
 そして、母の為に給与の大半を仕送りし、恋愛らしい恋愛もせずに慎ましく暮らしていたのに・・・。


 一族全てに逮捕状が出たという事は、カルシュン男爵家の当主になったばかりの兄上やその家族、そして我が母上も連行されるのだろうか・・・。
 母上はどうされているのだろう?
 不安と恐ろしさに震えておいでなのではないだろうか・・・。
 私は無性に母に会いたくなった。


 監禁されて最初の内は、貴族らしく潔く命を絶つ事を考えた私だったが、母の顔を思い浮かべると踏ん切りがつかず、悶々とするばかりだった。




 何時間・・・いや、何日間そこにいたのだろう?
 窓もなく、時計もないその場所で、私の時間に対する感覚はすっかりおかしくなっていた。


 無表情の衛生兵が点滴の道具を片付けて部屋を出て行って・・・多分、30分もしなかったと思うが、急に数人の男達が部屋に入って来た。
 私はその男達を見た事が無かった。
 軍曹の階級章を付けた彼等は、いきなり私を押さえつけて、私の肩や胸にあった階級章を強い力で毟り取った。
 相手は屈強で人数も多く、抵抗すら出来なかった。
 屈辱的な扱いと理不尽さ。
 抗議したくとも猿轡を噛ませられた私は声も出せず、男達を睨み付ける事しか出来ない。


 「悪く思わんで下さいよ。俺達だって・・・上から命令されてやっているだけなんでね」


 多分・・・その通りなのだろう。
 下士官の彼等は、私の監禁理由など知らされていないに違いない。
 軍では、上からの命令は絶対で、逆らう事は・・・反逆罪だった。
 第一、私ですら、明確な監禁理由を知らないのだ・・・彼等が知らなくても当然だった。

 それに、彼等に怒りをぶつけるのはお門違いだと分かっている。
 だが、誰かに怒りをぶつけねば、心がポッキリと折れて、発狂しそうなくらい私は追い詰められていた。


 「・・・出ろ」
 「え??」
 「聞こえなかったのか?出ろと言ったんだ。どうやら、オーディン宇宙港に着いたらしいな」


 その言葉で私はオーディンに着いた事を知ったのだった。
 男達に促され、私はやっと監禁場所から解放された。
 艦内の個室に立ち寄る事を許され、私は父の形見の品だけをポケットに入れて、ダンゲルマイヤー少佐の元に行かされた。


 艦内の通路を歩きながら・・・無意識に肩と胸に手を当てる。
 階級章があった場所は大きく引き裂かれ、布がささくれ立っていた。
 私は改めて軍から追われる身となった事を自覚せざるを得なかった。

 
 私の姿を見ると、ダンゲルマイヤー少佐は「これからある場所に移動する」とだけ告げ、私は少佐の後ろから付いて行った。
 勿論・・・手には重たい手錠を付けたまま。
 他にも数人が私を取り囲んでいる・・・逃亡させない為に。
 通路を歩き始めてすぐ・・・。


 「大尉!何があったのですか!!」


 そんな声が私を見つめる幾重もの人垣の中から上がった。
 声の主は、士官学校時代の後輩のゲアハルト・アイブラー中尉だった。
 士官学校時代から何かと面倒を見た関係で、すっかり意気投合し、当時から2人で行動していたものだ。
 彼は平民だったが、私にとっては彼こそが『親友』と呼べる存在だった。
 そして・・・同じ艦に勤務していたのだ・・・私は通信士官の1人として、彼は砲術士官の1人としてだ。
 今も・・・公私に渡って深い付き合いをしていた。


 「少佐。アイブラー中尉と話をさせて下さい。おそらくこれが最後でしょうから」
 「分かった。許可する。ただし、すぐに終わらせろ」


 「アイブラー中尉・・・元気でな」
 「アーレンス大尉・・・一体、何があったのです!?」
 「卿が・・・私という人間がいた事を覚えていてくれれば・・・それでいい」
 「・・・それは・・・」
 「それに・・・生きていればきっとまた会える」


 私は親友に向かって敬礼をした。
 この時、私はまだ・・・自分の未来がじきに閉ざされるなど想像もしていなかった。
 逮捕されて、収監されるだけだと単純に考えていたのだ。

 

 高速艦の「スクルド」はオーディン宇宙港に到着し、私は待ち受けていた護送車に乗せられた・・・ダンゲルマイヤー少佐も一緒だった。

 護送車の中で、ダンゲルマイヤー少佐は漸く、私の行き先が「治安維持局第13号獄舎」だと私に告げた。
 それを聞いた瞬間に、私の未来への扉が・・・閉ざされた事を悟った。


 そこは生きて帰れない、この世の地獄・・・。
 そう噂されている曰くつきの獄舎である。
 多種多様な拷問がまかり通る所だと聞いた事があった。
 自白をさせる為なら、使用が禁止されているサイオキシン麻薬も使うし、火責め、水責め、針責め・・・ありとあらゆる拷問が行われると・・・噂されていた。
 悪い事ばかりする子供に「第13獄舎に連れて行くぞ」と言えば、ピタリと悪さがおさまると言われるほど、子供でも恐れるその場所・・・。
 そこに連れて行かれると聞いて、私は自分の考えの甘さに気付いた。


 少佐は私をそこに送り届けた後すぐに、今度は兄のカルシュン男爵家に行くと言う。


 兄は穏やかで心優しく、使用人達にも慕われている。
 義姉も貴族にしてはどちらかというと地味な人で、「私はね、華やかなパーティーよりも子供達と一緒にいる方が楽しいのよ」と言うほど、家庭的な雰囲気の人であった。
 夫妻の幼い2人の子供はどうなるのかと思ったら、子供も例外なく連行されると聞いて私は憤慨した。
 人道的見地から言っても、それは許すべからず蛮行である。
 だが、私の抗議に対して少佐は鼻で笑った。


 「文句があるのならリヒテンラーデ公に言うのだな。全ての元凶はリヒテンラーデ公にあるのだ。元帥閣下や上級大将閣下を恨むなど筋違い、論外だな」


 私は恐ろしくなった。
 母上も同じ場所に収容されるのだろうか・・・?
 年老いた母には、あの恐ろしい獄舎はおつらいだろう。
 私は母の身を案じ、少佐に一族の女性達の処遇を尋ねた。


 「一族の女性達の処遇だと?ほう・・・誰か気になる人でも?」


 知っていて聞くのだ・・・嫌味な笑顔を張り付けて。


 「あ・・・いえ・・・母が・・・」


 私がそう答えると、少佐は急に、にっこり微笑んだ。


 「残念だが、13号獄舎に行くのは10歳以上の男子だけだ。女性と女児、10歳未満の男児は全員、辺境の流刑地に送られる」


 少佐は笑顔を貼り付けたまま、涼しい顔で答えた。


 「辺境の流刑地・・・年老いた者もか!?」
 「ほう?急に激昂するとはな・・・そんなに母親が気になるか?いい年をしてマザコンとは恐れ入ったな・・・」

 少佐の嫌味に私はますます腹立っていた。

 「マザコンだと・・・いい加減な事を言わないでもらいたい。言って良いい事と悪い事が・・・」
 「でも事実だ。卿がマザコンなのは・・・な。これは卿を監視していた兵士の証言だ。寝言で何度も『母上』と言っていたと聞いたぞ?そういう事を言えば、自ずとその人物の為人が分かるものだ。自覚しているかどうかは別として、卿は立派なマザコン男なのだよ」


 その瞬間に私は赤面した。
 認めたくはないが、私は今まで母を守るようにして生きて来た。
 私が軍人という職に就いたのも母の為であった。

 だが・・・それのどこがいけないのだ?
 私は息子であり、老いた母を庇護し、扶養するのは責務であろう。
 後ろ指を指されて笑われるなど・・・心外であった。 


 
 オーディン宇宙港から第13号獄舎まではかなりの距離がある。

 私はくたびれて、口を利く気力も萎え果てていた。
 少佐も無言になり、車内は静寂に包まれた。

 私は心の中で母の身を案じ、兄上やその家族に心を馳せた。



私は・・・アスターテ会戦ではフォーゲル中将の部下として参戦し、会戦終結後に中尉から大尉に昇進した。
 そして、フォーゲル中将が戦後に退役なさったので、その後の人事で、ローエングラム侯の部下の1人であるロイエンタール提督の艦隊に配置換えになった。


 フォーゲル中将はアステーテ会戦後に、急死されたお父上の後を継いでフォーゲル子爵になられていた。
 そして、彼もまた、アスターテ会戦のローエングラム侯の采配を目の当たりにした事で、リップシュタット戦役ではいち早く、ローエングラム陣営を支持していた。
 私はアスターテ会戦時の司令官であったローエングラム侯の手腕には本当に舌を巻いたが、あの采配振りを見れば、フォーゲル子爵がローエングラム陣営に付くのは当然だと思った。

 姉君が皇帝陛下の寵妃であった為に、“スカートの中の大将”だの“金髪の孺子<こぞう>”だのと揶揄されているが、ローエングラム侯は卓越した戦略家であり、凡人は足元にも及ばないほどの力量意を持った人だった。
 だから・・・私は配置換えを素直に喜んでいたし、兄にもローエングラム侯の素晴らしさについて語ったものだ・・・。


 だが・・・こんな風にバッサリと切られるなんて・・・。
 私が一体、何をしたと言うのだ??

 そもそも、大伯父上の罪とは何だ?
 私は大伯父上をそれほど良く知っている訳ではないが、大罪を犯すような人にはとても見えない。
 私は何故だか分からないが、この件の裏側には大きな陰謀が働いていると思った。
 そして・・・その為に、リヒテンラーデ一族が“スケープゴート”として抹殺されるのだと。

 私は自分が如何に甘かったかを思い知った・・・。



 母は私に家督を継がせたかっていた。
 だが、私は宮廷に伺候したりするのが嫌で、退役を口にする母に「軍人は天職なのですよ」と言っては逃げていた。
 軍にいさえすれば、宮廷闘争とかそういうモノとは無縁でいられると思っていたのだ・・・。
 あまりにもおろかな・・・。
 だが、軍人でいなかったとしても・・・リヒテンラーデ一族ならば、同じ運命を辿るのであろう・・・。
 ローエングラム侯やロイエンタール提督を知っていて同じ職場で喜んでいたなんて、本当にタチの悪い話だ。
 いっそ、そう言った事を知らない方が良かった・・・。

 そして、私の心の中に悲しみだけではなく、怒りが湧き上がっていた・・・。


今まで信じて来たものが砂の楼閣の上に建っている、危なっかしい代物だったと気付かされたと同時に、心から信望していた人達に手ひどく裏切られて見捨てられた、悔しくて悲しくてやりきれない思い。
 彼等からは何の説明もなく、弁明する機会さえ与えられない。
 一族全員と言う事は・・・多分、その中にはコールラウシュ家や、ハーゲンベック家、ディングフェルダー家も入るのだろう。
 皆・・・どうしているのだろう?

 

 こんな理不尽で非道な事をして覇道を成するのなら、ローエングラム元帥閣下も、ロイエンタール上級大将閣下も地獄へ堕ちるがいい・・・。
 叛乱軍との戦闘で命を落とすなら諦めも付くが、同胞からこのような扱いを受けようとは夢にも思わなかった・・・。


 我らがヒリテンラーデ一族はこの仕打ちを忘れる事は無いだろう。
 この先、処刑されるか、一生獄の中で送るかは分からないが、彼等よりもヴァルハラの門に集結し、固く門を閉ざし、彼等が来た時には地獄への道を進むように仕向けよう。
 いや・・・この世で惨めな死を与えたい。
 私はそう・・・呪わずにはいられなかった。


 静寂とは裏腹に私の心の中には怒りの焔が燃え盛っていた。
 そして、無意識のうちにスラックスのポケットをまさぐっていた。


 艦内の個室に置いていた、私の数少ない私物の1つ・・・父の形見の品だった。
 何とか持ち出せた父の形見は、恐ろしく古い懐中時計で、地球時代の品との事だった。
 恐ろしく値が張るそうで、屋敷が数軒も買えるほどのモノだと聞かされていた。
 あの浪費家の母が処分をしなかったのは、父の遺産の中で、これが最後の品で、私に受け継がせたかったからだと聞いていた。


 実に不思議な事だったが、私が監禁される前までは動いていたそれは、監禁を解かれて戻った時には全く動かなくなっていた。


 

 それはまるで、すぐそこに迫った未来の私そのもの・・・。
 ・・・私は心の中で嘲笑するしかなかった。


 


Das Ende



 
 100のお題より、「壊れた時計(アーレンス編)」です。

 ちゃんと「時計」繋がりで纏め上げました。
 
 カルシュン男爵の話を加筆修正中に、ふと頭に浮かんだのが、ニクラウス・フォン・アーレンスという青年。
 浪費癖のある母親を心配する心優しき青年です。

 そして、悲しいかな・・・皮肉な事に自分を逮捕する為にオーディンに行ってしまった彼。

 
 カルシュン男爵編で横柄な態度を取っていたダンゲルマイヤー少佐は、アーレンス大尉が大嫌いなんですね。
 因みに、ダンゲル君と、カルシュン男爵は共に39歳なんですね。

 ダンゲルマイヤー少佐が何故そこまでこの2人を嫌うのかの理由も・・・ここで明らかにしました。


 ニクラウス君は、貴族にしては人当たりが良かったようで人望も厚く、容姿端麗で長身で細身。
 ダンゲルマイヤーは、これとは正反対だと思って下さい。
 人望はまぁ、そこそこでしょうが、背が低く、顔もあまり良くなくて、ちょっとメタボで髪も薄い・・・そりゃ、劣等感を持つかしら?
 性格・・・歪んじゃってます。
 しかも、昇進スピードが、アーレンス大尉の方が早い。
 下手すりゃ、いつか逆転されてしまう可能性だってある訳で・・・こんな奴の部下になりたくない!!って思いもあったのでしょうか。
 そして、幼いころの体験が、ダンゲルマイヤーの性格を、より歪めてしまったのでしょう。


 しかし、女性に縁が無いのは、ダンゲルマイヤーもニクラウス君も一緒なのだけど、ダンゲルマイヤーはタチが悪いよね。
 劣等感の塊でさ。


 性格が良かったりしたら、その辺りを評価してくれる女性もいそうですが、顔も体型も、その上、性格まで悪かったら、女性は嫌がるでしょうね。

 それに、こういう人に限って・・・理想の女性のタイプが高かったりするんですよ。
 美人がいいとか、ナイスバデーの人がいいとか、若い人がいいとか・・・要求が高いのね。

 難しい問題だわ・・・この辺りは。
 
 さて、ニクラウス君の親友ですが、ゲアハルト・アイブラー中尉。
 大して出せませんでしたが・・・名前がちょっとね・・・。
 前に読んだ本に出て来たドイツ人の名前がアイブラーさんでね。
 スペルはどうなっているのか・・・うーん・・・「I」で始るのか「E」で始るのか分かりませんが・・・。

 日本語の見地から並べ替えると「アイラブー」になるんだな、これが・・・。
 英語の「I Love」です。
 キャハハハハハ・・・。


 まさか、ニクラウス君とゲアハルト君が、アレやコレの関係ではないと思いますが、最後に挨拶なんか交わしちゃっているからアブナイ関係だったら面白いかな・・・って。

 そこは勝手に妄想しちゃって下さい・・・腐女子なら食いついてくれそう??
 だってさ・・・。
 戦艦なんて閉ざされた空間で、しかも野郎ばっかり。
 何かヘンな事が起こってもおかしくないんでないかい??←実際、あるって聞いた事が・・・え?


 きっとね、ニクラウス君は先に獄舎に着いて、それから兄を待つのだと思います。
 そして・・・夜明け前に、一族の男性の15歳以上は射殺されます。
 カルシュン男爵の10歳のヨーゼフ君は、それから7時間後に、他の10歳から14歳までの少年達と毒ガスで処刑される。


 ヨハン・ゲート少尉が手記の中で書いているとおりです。


 さすがに、アーレンス編では、最後まで書くのはエグイので、ニクラウス君が獄舎に到着する前に終えてしまいましたが・・・。


 ロイエンタールの死や、ラインハルトの死が・・・リヒテンラーデ一族の呪いだったら??

 それはそれで・・・ホラーですね。


 まぁ、この作品もその内に加筆修正したりなんかして。


 あ、そうだ。
 一族の中に、コールラウシュの名前を出せて良かった・・・。
 ハーゲンベック家、ディングフェルダー家は、どうなの??


 ・・・際限なく、物語が作れそうだ。


 「リヒテンラーデ一族の光と影」とかいう本を書けそうです。←え?