「さて・・・どうしたものかな・・・」


 私はひどく混乱していた。
 こんな馬鹿げた事は、何としてでも止めてもらわねばならない。
 何故、このような突拍子もない行動を進んでされようとなさるのか。
 誰が考えても無謀な事なのに・・・。


 地球上で起きた13日戦争後に使用が禁止された忌まわしい熱核兵器。
 あれによって、昔は青く輝く緑の大地であった地球が汚染された事は周知の・・・。
 使用が禁止されても、これらの兵器が造られ続けていた事の方が重大なのだが、まさか、それをご自分のご領地に撃ち込もうなどとは・・・。
 もはや、正気の沙汰とは思えない。


 「・・・それだけはやってはなりません!非難の対象になりましょう!」


 私は、何度も公爵閣下に思いとどまって頂こうと必至に食い下がってみた。
 けれど、怒りに身を震わせた公爵には全く聞き入れてもらえない。


 「アンスバッハ!お前の指図は受けぬわ!誰に向かってものを言っているのだ。あれは自分の領地だ。何をしようとも勝手ではないか!」


 何と言う理不尽な・・・人間は神ではない。
 ましてや・・・そこ住む住民は、身分の違いこそあれ、やはり、我々と同じ人間なのに。
 私の進言は公爵閣下のお耳には全く響かない。
 それどころか、怒号は更に大きくなるばかりであった。
 もはや、誰も公爵閣下に進言出来ぬ。
 そばに長く仕えた私の意見を多少なりとも聞いて下さっていたかつての公爵閣下は・・・ここにはもう、おられなかった。


 今から3時間ほど前に、惑星ヴェスターラントから領主代理のシャイド男爵が、このガイエスブルク要塞に避難して来られたのが、事の始まりであった・・・。



 ガイエスブルク要塞のオペレーターの1人が、要塞の間近に不審な小さな、戦場には不似合いなシャトルを発見した。
 戦艦でもなく、駆逐艦でもなく、雷撃艇でもなく、単座式戦闘艇<ワルキューレ>よりも更に小さい民間機であった。
 この宙域に民間機などあり得ない。
 停止を求めようとした時、その機体からの通信が入った。
 敵の妨害電波がある訳でもないのに、通信は途切れ途切れで非常に聞き難いものであった。


 「わ・・・私はヴェ・・・スターラントの領・・・主代理の・・・シャイド男・・・爵だ。頼・・・む。盟主・・・である・・・伯父上・・・を・・・」


 そこで通信が途切れてしまう。
オペレーター達は慌てた。
 “盟主”という言葉が意味するところに、彼等は驚いたのだ。


 「シャトルの通信者。伯父上とは盟主のブラウンシュヴァイク公の事か?」


 オペレーターの問いかけに対して数瞬の間があり、やっと「私・・・は・・・甥の・・・シャイド男爵・・・だ」と返信があった。
 ブラウンシュヴァイク公の甥!?
 シャイド男爵!?
 オペレーターより告げられた事態の急展開に、ガイエスブルク要塞の管制室は上を下への大騒ぎになった。


 「緊急事態発生。至急要塞港を開けろ!急げ!盟主、ブラウンシュヴァイク公の甥だそうだ。シャイド男爵を丁重にお迎え申し上げるんだ!」


 要塞の艦艇数隻に誘導されながら、自動操縦のその小さな機体はガイエスブルク要塞の港に入港した。
 連絡を受けた幾人もの整備兵や警備兵、それから万が一に備えて軍医と衛生達も、シャイド男爵の出迎えの為にドッグに向かったが、係留されたシャトルのコクピットを見て愕然とした。
 パッと見ただけでも、男爵は、重傷と判るほどの酷い怪我を負っていたからだ。


 腹部は真っ赤な地で染まり、男爵は操縦桿を握ったままぐったりしているので、警備兵達は一緒に来ていた軍医を慌てて呼んだ。
 駆けつけた軍医はその怪我の重さに躊躇したが、男爵をコクピットから慎重に降ろし、酸素吸入をさせて、応急処置として傷口を冷却スプレーで急いで塞ぐと、要塞内の病院の高度ICUに運び込んだ。
 そして、公爵閣下は警備兵を通じて、シャイド男爵が自分を頼って、惑星ヴェスターラントから命からがら脱出して来た事を知らされたのだった。


 本来なら、幾ら親戚と言えども、身分は公爵閣下の方が上位なので、男爵の方から公の御前に出向かねばならないのだが、状況が状況だけに、そんな事を言っていられない状況であった。
 そこで、公爵閣下自らがシャイド男爵が収容された病院に行く事になり、フレーゲル男爵や私も同行する事になった。


 シャイド男爵はここ最近になって、税負担を増やし、必要以上に民衆達から搾取を行うようになっていた。
 それは、貴族連合軍の盟主となっている伯父の為に、少しでも援助をしたいという若さから出た行為なのであった。
 火事で亡くなられたシャイド男爵の父親は決して無能な人ではなく、それなりに領民には慕われていたのだが、息子の方はそうではなかったのだ・・・。
 彼は長く据え置かれた税を倍増させるなど、その施策には柔軟さが欠け、やがて圧政に苦しめられた領民達はついに立ち上がってしまった。
 民衆の堪えられるレベルを遥かに超えた圧政。
 領民の中には、徴兵でヴェスターラントを出て軍に入り、ローエングラム候を見知っている者もいたし、少なくともそれなりの教育を受けた事で、自分達の置かれている状況が決して良くない事を肌で感じ取っていたのだろう。
 とうとう、民衆が暴動を起こしたのだ。


 領民によるリンチで重傷を負い、領地を追い出された格好の男爵は、ほうほうの体で何とかガイエスブルク要塞まで辿り着いたという訳だった。
 しかも、単身でシャトルを操っての逃避行だった。


 深手を負った身で、しかも単身での宇宙への逃亡は、身体に相当な負担がかかったのだろう。
 男爵の所有するシャトルは最新型の機種で機密性が高く、機体の中に十分な酸素を溜め込める構造なので、宇宙服を着用しなくても長期間の航行が可能だ。
 しかし、小型のシャトルの場合は、宇宙服が無しでも大丈夫とは言え、万が一の事を考えて宇宙服を着用するのが殆どである。
 よほど切羽詰った状態で脱出されたのか、男爵は宇宙服無しでここまで来た様子であった。
 それが身体に、更なる負担をかけていたようだ。

 ましてや、命に関わるような大怪我の身で・・・生きてここまで辿りつけただけでも、まさに奇跡としか言いようが無かった。
 それで、辿り着いてからまもなくして、緊張の糸が切れたのか、容態が急変して昏倒されてしまわれたのだ。


 男爵の容体は、決して楽観視出来る状態ではない。
 軍医だけでなく、あとから駆けつけた公の主治医でさえも男爵の身体を見るなり、顔を曇らせた。
 顔色は土気色に変わり、息も絶え絶えで、何かを言っているのか、不明瞭で聞き取りにくい。
 もはや、手の施しようが無い状態だったのだ。
 全身から血が吹き出し、大小さまざまな傷があったが、腹部を鎌か何かで抉られたのが致命傷で、それは内臓を酷く傷付けていたらしい。
 そんな状態で宇宙に出るとは無謀であった。


 「シャイド男爵の様子はどうなのだ」


 ICUのガラス越しに、中の様子をつぶさに見られていた公爵閣下は顔を顰<しか>められた。
 もう1時間にもなるのに、未だに男爵はこの中で治療を受けていて、公は控え室で待たされておられるのだ。
 公の苛立ちは空気を通して私にも軍医達にも伝わって、そこには張りつめた氷のような緊張感が生まれていた。
 軍医は口々に、「このような状態になりながら、ここまで辿りつけられたのは奇蹟でございます」と告げられた。
 公爵閣下の主治医も、「ブラウンシュヴァイク公・・・。シャイド男爵がここまで来られるのは容易ではなかったと思います。まさに奇跡でございます」と同情を口にされている。


 「何とかならぬか?・・・わしは甥を助けてやりたい」


 これは本心から出た言葉であられた。
 公爵閣下の表情を見ていれば、本心だというのがすぐに分かる。
 ヴェスターラントの事は、今までは蔑ろにしてきたとは言え、ご自分と血を分けた妹君の息子なのだ。
 そして、“ブラウンシュヴァイク公爵家”の尊い血筋の肉親なのだから、身を切られるような思いをされておられる。


 シャイド男爵の身体はゼリーパームで覆われ、幾つものコードやチューブが取り付けられて、見ているこちらも痛々しく思えるほどだ。
 フレーゲル男爵は「何という事だ。金髪の孺子<こぞう>のせいで、我々がこんな目に遭わされるとは!」と怒りに身体を震わせておられる。

 ICUには医者や看護師がひっきりなしに、それらが繋がれたモニターを確認し、ただならぬ緊迫感が漂っていた。
 公爵閣下の言葉に、軍医も主治医も「出来る限りの手を尽くしてみますが・・・」と、流れ落ちる汗を拭いながら答えるのが精一杯だった。


 「・・・出来る限りだと?何を言うか!何としてでも助けろ。このわしを頼って来た可愛い甥なのだ。いいか、死なすような事があってはならん!」


 公爵閣下の烈火の如き怒りに主治医は慌てて頭を下げ、軍医達とともにICUに戻って行かれた。
 患者は盟主の甥。
 だから、要塞内に備蓄してある薬剤を最優先で使用し、医者を総動員して治療に当たった。
 けれど、それに耐えられるだけの体力が男爵には残されてはいなかった・・・逃避行で使い果たしてしまわれていたのだ。
 シャイド男爵は必死の治療の甲斐空しく、徐々に衰弱され、とうとう昏睡状態に陥られた。
 男爵が、伯父であるブラウンシュヴァイク公や、従兄弟であるフレーゲル男爵、公爵夫人や公女様、そして私を含めて多くの者が見守る中、静かに息を引き取られたのはほんの2時間ほど前だった。


 男爵が発した最後の言葉は「伯父・・・上、私は虫けらのように平民達にしてやられた・・・のです。・・・どうか、かたき・・・を・・・」であった。

 そう・・・。
 帝室に連なるほどの門閥貴族の血縁者が、辺境の農場で働く下等な平民達によって、“虫けら”のようになぶり殺しにされたのだ。


 それは、決してあってはならぬ事・・・。
 若く血気盛んな男爵からすれば、まさか、自分が“虫けらども”にしてやられるなどとは思ってもみなかったのだろう。
 自分のして来た事の正しさを、伯父のブラウンシュヴァイク公爵には分かってもらいたかったに違いない。
 涙を流し、公爵閣下に必死に訴えながら・・・こと切れてしまわれたのだ。


 平民達に対して呪詛の言葉を口にされながら、全身傷だらけでヴァルハラへと召された男爵。
 自分を頼って助けを求めてきた甥の壮絶な死は、少なからず公爵閣下にショックを与えたようであった。 
 しかも、ただの“死”ではない。
 取るに足らぬ民衆が、“ブラウンシュヴァイク公爵家”に泥を塗りたくって嘲笑しているのだ。
 フレーゲル男爵は歯軋りして呻かれた。


 「伯父上!シャイド男爵は、公爵家の正式な代理人ではありませんか。それをよくもこのような・・・!それに、男爵の致命傷となった傷は鎌によるものだとか・・・何たる野蛮で惨過ぎる行為!このような野蛮なヴェスターラントの民衆を決して許してはなりませんぞ!彼等には重い罰を与えてやるべきです!」


 フレーゲル男爵は従兄弟であられるシャイド男爵とは今まで面識がなく、やっと会えたと思えばこの有様だったので、その怒り様は凄まじかった。
 公女様は目の前で人が死ぬのを見た事がなかった為、ショックのあまり気を失ってしまわれ、公爵夫人もまたご気分が悪くなられたご様子だった。
 公爵夫人も男爵の死には大変なショックを受けられたご様子で、公女様を抱き抱えられながら、公爵に涙ながらに訴えられた。


 「・・・こんなに酷い話はありませんわ!シャイド男爵が何をしたと言うのです。領民達は全員で責を負うべきです。こんなのは屈辱的な事はありませんわ!どうか、彼等には重い罰を与えるべきです!」


 公爵夫人は先帝フリードリヒ四世陛下の内親王であられるから、平民達の手によって貴族がこのような扱いを受ける事にはとても我慢が出来ず、ヒステリックになっておられるご様子。
 公爵閣下ご自身も、「賤民どもが・・・よくも汚れた手で甥を殺したな」と怒りに打ち震えておられる。
 公爵閣下からすれば、民衆の中の老人や病人は、何の役にも立たない無駄飯食いであるから家畜以下の存在なのであり、第一、民衆が大貴族に逆らってのうのうと生きるなど、許される事でなかったのだ。
 公爵閣下の激怒は収まらず、怒りは要塞中を駆け巡るかに見えた。
 皆、公爵の怒りに気押され、口を噤み、怖々と様子を見ていた。


 「恩知らずの賤民どもに正義の刃を加えてやる」


 公爵閣下がそう言い出された時、私は一瞬、言っておられる意味が分からなかったが、次のひと言で、愕然とした。


 「ヴェスターラントに核攻撃を加える。賤民どもをひとりも生かしておくな」 
 「閣下・・・それは!」


 ご自分のご領地を核攻撃する・・・?
 “13日戦争”で、核が使われた為に、人類発祥の地の地球が壊滅的打撃を受ける羽目になったのは、誰もが歴史でも習う事だ。
 それ故に、現在では使用が“タブー”とされている武器である・・・それをあえて使うというのだ。
 誰もが幾ら何でもやり過ぎだ・・・と慌てたが、咎められる事を覚悟で進言したのは私だけで、案の定、公爵閣下は取り合ってもくれなかった。
 それどころか、私が諫言した事で、益々、公爵閣下の怒りに火をつけてしまったようだった。
 ・・・そう、燃え盛る炎に油を注いでしまったのだ・・・。


 『ヴェスターラントは自分の領地であるから、何をしても自分の自由』


 そう言い切られた公爵。
 ・・・神にでもなったおつもりなのか。
 私は眩暈を覚えていた。
 何故、公爵閣下はもっと思慮深くなって下さらぬのだろう?
 盟主たる者、もっと冷静であって欲しいものだった。


 さすがにいつもは公爵閣下に追従するフレーゲル男爵でさえも、今回の公爵閣下の意見には顔色を変えて黙り込んでおられる。
 核の恐ろしさを多少なりとも理解しておられるご様子で、急に無言となられて、目が不安げに泳いでおられた。
 「ヴェスターラントの民衆に重い罰を!」と、つい先程、口に出されたのを、遥か遠い世界に忘れているかのように・・・。
 フレーゲル男爵の考えておられた罰は、ご領地の首謀者を見せしめの為に銃殺するか、鞭打ちする程度だったのだ。
 だから、まさか、公爵が領地に核攻撃なさるなど想定しておられなかったのに違いなく、青ざめておられた。
 ましてや・・・民が200万人おり、最近では極上のワインによって富を生んでいる惑星だったからだ。
 けれど男爵は、公爵閣下に公に諫言を試みる事もない。
 “触らぬ神に祟り”である。
 取りあえず、中立を決め込んだようだった。
 ・・・いや、単にだんまりを決め込んだだけかもしれないが。



 私は何度も進言を試みたが、結局、公爵閣下は聞き入れて下さらなかった。
 とうとう、進言を諦めた私が、「ゴーデンバウム王朝もこれで終わった」と呟いたのを誰かに聞かれていたらしい。
 これを誰かが公爵に密告し、激怒した公爵閣下に私は捕らえられた。
 御前に引きずり出された時、私は死を覚悟していた。
 呟いたのは事実であったし、言い逃れるつもりも無い。


 「卿はわしを裏切るつもりか?」


 との問いに私はかぶりを振った。


 「まさか。小官はどこまでもお供致します。命を投げ出せと言われればそれも厭いません」


 私の答えに公爵閣下は口を噤まれた。
 さすがの公爵閣下も、私の人望やら、今までの功績や公爵家への忠誠心を考慮して下さり、私は監禁されるだけで済んだのだった。
 私が監禁されている間に、事態を重く見られたメルカッツ提督が私の軟禁を解くよう、また、ヴェスターラントへの無益な攻撃を中止するよう、公爵閣下への説得を試みて下さったが、提督の面会すら謝絶されという。


 そして・・・公爵閣下は、本当にヴェスターラントへの核攻撃を実行されてしまわれた。 
 それにしても、公爵閣下の意思は宇宙の意思、神の意思・・・とでも言うのだろうか。
 どう足掻いても、人間は神にはなれないのに・・・。


 結局、公爵の力を知らしめて、門閥貴族の覇権を民衆に認識させる為に、ご領地への熱核兵器は使われたのだった。
 ヴェスターラントには幾つかのオアシスがあって、このオアシスで葡萄の栽培が行われている。
 最近では良質なワインが密かな人気になっていて・・・害になるどころか、公爵家にとって更なる資産を生み出す、潤沢なご領地だったのに・・・。
 そんなご領地のオアシス毎に核兵器を打ち込めば、あっと言う間に地表は焦土となる。
 ・・・これによって、武器を持たぬ、無辜の女性や子供を含む民衆200万人が一瞬にして虐殺されたのだ。


 シャイド男爵の死の原因が民衆蜂起によるものであったとしても、ここまで民衆を追い込んだのはシャイド男爵自身である。
 そして、危険な火遊びを行おうとしている公爵閣下の行き過ぎた行為を、はたして民衆はどう見るのだろう?
 ローエングラム候に、ブラウンシュヴァイク公を攻撃させる大義名分をまた与えただけに過ぎないのではないか?
 公爵閣下には民衆など取るに足りぬ虫けらとでも思っている様子だが、虫けらあってのトップではないのか?
 彼等がいなければ、決して国家は成り立たず・・・と国家成立に重要不可欠な事を、公爵閣下はお分かりにはならないのであろうか?
 それとも、ただ単に目を背けておられるだけなのであろうか・・・。



 結局、シャイド男爵家は最後の最後まで公爵家にとってはトラブルメーカーだったのだな・・・と、込み上げてくる怒りを私を私は押し殺した。
 そして、例えローエングラム候達に勝ったとしても、この一件で公爵は自身の株を落としただけでなく、貴族社会を崩壊させる危機であると後悔する時が来るのではないか・・・と、幽閉された牢の中で溜息を付いた。


「シュトライトやフェルナーは今頃どうしているのだろう?」


 獄中の中でふと考えたのは、ローエングラム候の暗殺を示唆していた同僚達の事であった。
 脱出の混乱の中で生き別れてしまった僚友達。
 彼等が生きているか死んでいるかは分からないが、少なくとも今の自分よりは数倍いいだろうと思われた。


 そして、他の同僚達のように公を裏切る事も出来なかった、情けない自分自身に溜め息を付き、乳兄弟とは因果なものだな・・・と天を仰いだ。


 裏切れないのなら・・・地獄までお伴をしよう。
 もう、こうなったら・・・それしかない。
 
 ・・・私はある計画を思いついて、獄中で密かに計画を練る事にしたのだった・・・。




Das Ende




 100のお題より「トラブルメーカー」です。
 
 このタイトルを見た時に、真っ先に浮かんだのはもっと別のキャラでした。
 本当はポプランかアッテンボロー辺りで書こうかな・・・とか、ビッテンフェルトがいいかな・・・とか思いました。


 色々思い浮かべてみたのですが、書いた事の無い人物で書いてみたいな・・・と言う訳で、アンスバッハから見たフレーゲル男爵や、シャイド男爵って事になりました。
 いやぁ、実にマイナーです。
 それから、フルネームの無かったシャイド男爵やフレーゲル男爵に名前を付けたのは、その方がより、リアルかな・・・と思った為です。
 オリキャラである、ブラウンシュヴァイク公の兄弟に名前を付けたのもそれが理由・・・。


 前半は、“序”って感じで淡々と。
 後半は、アンスバッハ全開!!って感じで彼の視点で。

後半は、殆どアンスバッハの視点なので、言葉がやたらと丁寧。
 ・・・なんせ、「おられる」とか「あられる」とか「なされる」の世界。
 「・・・だ」とは書けない、いや、「言えない」のです。
 これが結構面倒くさかった・・・書きづらいですね、マジで。


 ヴェスターラントの事を知っていても、その領主の名前までは、誰だっけ?って人、結構多いと思います。
 大体アニメじゃ、絵だけで、声優さんもいませんでしたし<シャイド男爵


 公爵の身内で登場したコルプト子爵もその1人ですね。(勿論、原作には出てきますけど、アニメでは完全に割愛されて出ませんでしたね・・・)
 確か父親が公爵の従兄弟で、姉がリッテンハイム一門に嫁いでいるとか。
 そうすると3人兄弟なんだ、コルプト・・・女、男、男・・・って事で。
 アニメでは割愛されたけど、コミックスには登場して、弟はクロプシュトック事件の際に女性を殺害して宝石を奪う暴挙に及んで、その行動に激怒し、軍規の乱れを直そうとしたミッターマイヤーと、決闘の末に射殺されちゃって・・・。
 で、ミッターマイヤーは営倉入りさせられ、ミューゼル大将がミッターマイヤーを救うんですが、ここに至るまでにはロイエンタールの存在があります。 
 でも、今回はあえてロイエンタールを出しませんでした。
 救いに行った時、あの場にロイエンタールはいない。
 ましてや、アンスバッハはロイエンタールがラインハルト(ミューゼル大将)にミッターマイヤーの救出を頼んだなんて知らないですしね。
 「軍規を糾す」はOVAに入れて欲しかった・・・何故あの素晴らしい話を割愛したんだよ・・・ううう。

 さて、弟を殺された事に腹を立てた兄のコルプト子爵も、ミッターマイヤーに復讐しようとして馬鹿な真似をして、結局戦死しちゃって。
 この戦死ってのがねぇ・・・。
 第4次ティアマト星域会戦時、戦艦『アルトマルク』の艦長として登場するんだけど、ミッターマイヤーに復習しようとして、逆にその行動によって、同盟軍の集中砲火を浴びてしまうという、実に間抜けな感じでした。
 まぁ、兄の方は“名誉の戦死”って事で、二階級特進でもしたんじゃないかな。
 階級すら出て来なかったけど、戦艦の艦長って事は大佐辺りだろうから、きっと・・・少将にでもなったんじゃないかな?<死んでからなっても、しゃぁない気もしますけど、これはこれで良かったのかも・・・。


 こうしてみると、結構、身内が登場するのよね<ブラウンシュヴァイク公(リッテンハイム候もだけどね)って・・・。
 因みにリッテンハイム一門のキャラで(リッテンハイム候の家族以外で)真っ先に思い浮かぶのは、キルヒアイスが捕虜にしたあと、アンネローゼに保護を要請した幼年学校の生徒の、コンラート・フォン・モーデルでしょうか。
 確かモーデル子爵の息子だったと思う。(原作の感じからすると嫡男ではない気がしますね・・・次男とか、三男とか、そんなところかな?あ、でも、嫡男かも?)
 外伝の『決闘者』や『奪還者』で、リッテンハイム候一門の貴族として、ヘルクスハイマー伯爵やその娘のマルガレーテも登場しますが、これはOVAの完全オリジナルなので、それを考えると、リッテンハイム候よりも、ブラウンシュヴァイク公の方が原作に親戚が多く出てくるので、やはり、帝国で1番の大貴族って言うのは頷けますね・・・。


 さて、勝手な設定で申し訳ありませんが、何故、ブラウンシュヴァイク公にアンスバッハがあそこまで付き従ったか・・・。
 これを考えていた時に思い浮かんだのは、高貴な生まれの人って、乳母とかがいる場合は多いという事でした。
 もしかしたら、アンスバッハって、ブラウンシュヴァイク公の乳母の子供かもしれないなぁ・・・ってね。
 乳母の子と、乳母に育てられる高貴な子供は“乳兄弟”という訳です。
 “血縁はないけれど、同じ女性の乳で育てられた子供同士”が乳兄弟。
 アンスバッハには、姓があるだけで、フルネームがなかったのが救いとなった気がしました。(想像の余地がありますからね・・・)
 だって、フレーゲル男爵にも進言したりしていますからね、彼は・・・公爵にかなり近しい存在なんだろうな・・・と。
 そういう事を考えると、公爵にも男爵にも結構発言力があるのがちょっとは納得出来るんですよね。
 少なくとも、公爵との関係(親密の度合い)が、シュトライトやフェルナーとは違うように見えます。
 ただ、乳母の子といっても、これだけ身分の高い人の乳母となると、どうしても、平民では具合が悪い。
 そこで、自分の子供を生んだばかりの、帝国騎士<ライヒスリッター>や下級の貴族の女性がその資格を得るのだ思いますので、アンスバッハはやっぱり、“貴族”だろうと考える訳です。


 銀河英雄伝説の舞台版では、その辺りが補完されていて、舞台版の公式サイトにも載っていますが、アンスバッハは代々、ブラウンシュバイク公爵家に仕える軍人の家系で貴族、シュトライト、メルカッツはハッキリと門閥貴族系とされていました。


 因みに舞台では、マリーンドルフ伯爵は主流から外れた貴族とブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯が、ヒルダを嘲笑する場面がありました。
 「貴族の令嬢ならドレスぐらい着たらどうだ。男のようななりをしてみっともない。それに小娘が偉そうに政治の話などするべきではない。政治は大貴族が行うのだ」って・・・。
 原作では、マリーンドルフ伯爵家は、カストロプ公爵の親戚なのでちゃんと門閥貴族なんですけどね^^@
 
 さすがに核攻撃されたヴェスターラントを書くの事は私には出来ません。
 『葡萄の葉』でも、核攻撃される前日に話にしてしまいましたし。
 多分・・・核攻撃そのものを書けないのは、私の両親が“広島出身”だからかもしれません・・・。(でも、瀬戸内海の島に住んでいたので、とても離れていたので被爆はしていませんけどね。勿論、親戚の人で市内にいた人は・・・亡くなられています)

 牢に入れられていたアンスバッハはこの後、部下によって救い出されますが・・・。
 そして、ブラウンシュヴァイク公に毒ワインを飲ませます。
 彼は公の遺言を実行に移し、それは、金髪の覇王の右の翼をもぎ取る訳です・・・。
 OVAでのアンスバッハの最期は凄まじかったですね・・・。
 赤毛の腹心をもぎ取ったと叫んで、ロイエンタールに「この痴れ者が!」と引っ叩かれて。
 更には、毒のカプセルを奥歯に仕込んでいてそれを噛み砕くのですが、毒の事を察知したロイエンタールがそれを阻止しようと口を開けさせようとします。
 でも、時既に遅し・・・アンスバッハはカプセルを噛み砕き、白目を剥いて死ぬ・・・。
 これが、獄中で考えた彼の計画。


 別の角度から見れば、アンスバッハもまた“トラブルメーカー”だと思います・・・。


 アニメのフレーゲル男爵は、底意地の悪そうなイヤ~な感じの人でしたが、風貌的には道腹かつみさんのコミックスが私のイメージと重なります。
 少なくとも、いやな感じの人ではありますが、貴族のとしての教養なんかはちゃんと持ち合わせているだと思います。
 なので、貴族社会の中では、あんな人でも・・・人望はあったと思うのです。(フレーゲル男爵を美化して描き過ぎた気がしますけど、本当は大嫌いです。しかし、二又さんの声、イヤになるぐらい合ってましたね・・・)
 フレーゲル男爵の最期も哀れですが、あのまま生きていても、やっぱり死ぬ運命にはあると思います。


 余談ですが、学生時代殆ど勉強しなかった為、成績が頗る悪かった私。
 銀の小説を書き出してから辞書なんかを買って、これが参考文献になったりしてます。
 学生時代、国文科だったので、元々『ことわざ辞典』、『慣用句辞典』は持っていましたが、『世界の料理メニュー辞典』やら、色々と買いました。
 『和独辞典』に『独和辞典』は主人から貰いましたが、面白いところでは『ネーミング辞典』なんてのを買ったり。

 あとは帝国がドイツ風なので、ドイツ旅行のガイドブックが数冊。
 元々紅茶党だったので「紅茶のガイドブック」は持っていたのですが、ワインの本にビールの本、カクテルの本にチーズの本に、ドイツパンやドイツ菓子の本。
 古本屋さんを物色して買ったドイツ語の詩集なんてのもあったり。
 さすがに、ミリタリー関係の本はありませんが、自衛隊や米軍のイベントに行って“空気”は感じたりしましたけど・・・。

 あ・・・でも、ドイツ軍の武器に関する本を読んだ事はありました。


 それによると、兵器工廠のあった地名がペーネミュンデで・・・ベーネミュンデじゃないけどね。
 ドイツ軍には戦車の「ティーゲルⅡ」ってのがあって、これをノルマンディーで見たアメリカ軍が、「キングタイガー」ってあだ名で呼んだのだそうです。
 それで、このあだ名はドイツに逆輸入されて、「ケーニヒス・ティーゲル」って言われるようになったのだとか。(元々はドイツでは、ベンガルトラを表す言葉らしいけど)
 うわ・・・「王虎<ケーニヒス・ティーゲル>」って戦車だったんかい!!って感じです。
 ビッテンフェルトには似合う感じですけどね・・・重厚感があるから。
 でもね、女性なのでやっぱり、ミリタリー系は得意じゃないです。
 うーん・・・ただ、他の女性よりは嫌悪感は無いかも?<空自の航空祭や、陸自の観閲式を見たりしてますからね・・・。


 それから、ヨーロッパには行った事が無いので、いつかはドイツを旅行したいです。
 そして、ドイツで実際に栽培されているらしい、『ブラウンシュヴァイクの誉れ』という品種のホワイトアスパラガスを食べてみたいです・・・爆!
 日本で言うところの「こしひかり」とか「あきたこまち」のような、ブランドなんだそうですよ。
『誉れ』って言うからには、何だか“高貴”な味がしそうです・・・腐臭漂う、高貴さ?<ホワイト・アスパラの農家の方々・・・ゴメンナサイ。


 それから、架空の物語とは言え、ドイツの“ヴェスターラント”の方々が、核攻撃をしたのが“ブラウンシュヴァイク”で、しかも、虐げられた領地扱いだと知ったら怒りそうだよな・・・なんて思いました。


 そんな訳で、もしドイツに行ける事があったら、“アンスバッハ”と“ブラウンシュヴァイク”と“ヴェスターラント”には是非行ってみたい。
 そして、“イザローン市”にも(正式にはイゼルローンではなくて、イザローンだそうです)行きたいな★

 








 ブラウンシュヴァイク公爵家の現在の当主は、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵。
 公爵家には銀河帝国全土に渡って沢山の親戚がいるが、公爵が家族以外で殊の外可愛がっている身内と言えば
、甥に当たるヘルマン・フォン・フレーゲル男爵で、事情を知らぬ者が見たら公爵の息子と勘違いするほどの溺愛振りだった・・・。
 その溺愛振りに、宮廷に伺候する数多の大貴族達からは、男爵は公爵から目を掛けらた“特別な存在”と認識
されている。
 公爵には息子はおらず、子供は一人娘の公女のエリザベートだけ。
 男児がいなかった為であるが、週に3日か4日ぐらいはフレーゲル男爵をそば近くに呼び寄せ、それはまるで
親子のような親密振りだった。


 フレーゲル男爵の母であるカザリンは公爵の妹で、公爵とは一回りの年の差がある。
 年の離れたカザリンは大変可愛らしく、また性格も穏やかで、公爵のすぐ下の妹のクレスタよりも、兄に懐い
ていた。
 因みにクレスタは公爵よりも3歳年下。
 公爵は3人兄妹で、長男と長女よりも長男と次女との仲が良く、公爵はとにかくザリンにはかなり甘かった。
 
 カザリンは誰からも可愛がられていたが、可愛らしく、また聡明であったので求婚者が絶なかった。
 そして、ブラウンシュヴァイク公爵家とは古くから親交のある、フレーゲル男爵に見初められ、男爵家へと嫁
いだ。
 男爵と言ってもその資産はかなりの物・・・。
 勿論公爵家には遠く及ばないが、いくつも金や銅の鉱山の所有しておられ、フレーゲル男爵家は銀河帝国開闢
以来の古い家柄であり、勿論、その血筋もかなり良い。
 そんな訳で、公爵家とは昔から、深い繋がりがあった。


 ところが不幸な事に、フレーゲル男爵夫妻は、甥のヘルマンが10歳の時に交通事故で亡くなってしまった
 撥ねたのは爵位を持たない下級貴族で、賠償金やその他の支払いで没落し、その後・・・一家心中を図ったとい
う。
 だが、この事故が故意であれ過失であれ、加害者は重い罰を受けねばならない。
 帝室に繋がる大貴族の縁戚を害したのであれば、死罪は免れぬ事であり、致し方ない事だった。
 

 公爵は、10歳の幼さで両親をいっぺんに失ってしまった薄幸の甥を大変気遣った。
 爵位は“男爵”でしかないが、門閥系の家柄で、公爵にとっては甥である。
 公爵が“後見”となれば、おのずと他の貴族の見る目も変わる。
 ただの“男爵”としては扱われず、それなりの遇し方で接されるのだ。
 ましてや、ヘルマンは可愛がっておられた亡き妹の忘れ形見であり・・・。
 髪の色も眼の色も顔立ちも、驚くほどカザリンに良く似ていたし、その父親のセバスティアンは、公爵の大の
親友でもあり・・・。
 故に、公爵は自ら喜んで、フレーゲル男爵の子息であるヘルマンの後見役を買って出た。
 自分には息子がいなかった事も、自ら進んで後見となった大きな理由である。


 その2年後、公爵がありとあらゆるところへ根回しした結果、フレーゲル男爵家の1人息子のヘルマンは、若
きフレーゲル男爵として、12歳で男爵家の家督を相続したのだった。

 この若さで男爵位の継承を皇帝陛下より許されたのも、後見が帝室に繋がる大貴族のブラウンシュヴァイク公故だったからだ。


 当時の宮廷内や貴族達のサロンでは、この若き男爵にお近づきになろうという風潮があった。
 男爵が爵位を継がれたあとも、未成年であった為に18歳までは引き続き、公爵が後見を務められ、何かにつ
けて甥の面倒を見たのである。

 公爵がフレーゲル男爵を自分の側に置き、お気に入りであるのは、公爵に近い者なら誰にでも分かる事・・・。
 男爵の髪の色や目の色、容姿は、若くして亡くなったカザリンに本当に良く似ており、成長すればするほど、
細面の顔立ちは、カザリンを知る人々からは“瓜二つ”と賞賛されるようになった。


 気性は若い頃の公爵に似て、やや激しい面もあるが、男児に恵まれなかった公爵は、男爵を息子のように可愛いがっていた。  

 何かにつけては側近くに男爵を呼び寄せ、話し相手とし、様々な相談事をする。
 幼少の頃から両親と共に公爵家へ出入りしていたので、公爵夫人や公女とも親交が厚く、まるで家族の一員な
のだった。 

 そして、男爵は若手貴族達だけではなく、ミュッケンベルガー元帥のような、有能で老練な武将とも付き合いがあった。
 公爵はそれを知ると、「さすがはわしの甥よ。大したものだ」と、その類い稀な才覚に大変満足し、男爵の将
来が楽しみな様子である。
 最近では宮廷に伺候される際は男爵を伴われ、男爵はゴールデンバウム王朝第36代皇帝フリードリヒ四世と
の目通りも叶い、着実な地固めをしていた。


 その為、並みいる血縁者の中で、フレーゲル男爵が、ブラウンシュヴァイク公爵家の本邸に出入りする回数が
一番多かった。
 公爵との付き合いが長かったせいか、男爵は気質的に公爵に似ていた。
 また、鷹狩りや狐狩りといった趣味も公爵と共通していた。
 けれど、それ以外の教養も大変高く、男爵は音楽や絵画といった芸術方面にも明るかった。

 公爵の1人娘である公女エリザベートは大変気難しく、並みの貴族では相手が務まらぬ事が多い。
 だが、従兄弟の男爵とはいつも音楽や芸術の話題に花が咲き、公爵邸のお茶会に招待を受けた人々は、楽しそ
うに男爵と談笑される公女の様子に大変驚く。
 そして口々に、「公爵閣下の甥御殿は将来が有望で羨ましい限りですな。これはまさに、お血筋が宜しいから
でしょう。肖りたいものです」と褒め称えるので、公爵は鷹揚に頷き、「わしは果報者よ」と、まんざらでもない様子なのだった。


 男爵には女性問題、金銭問題を含めて、他の貴族との間にも特にトラブルがなかったし、頭の回転も速い。
 貴族の中に敵が少ない・・・その点も公爵が安心して側に置く理由なのだった。
 フレーゲル男爵は、公爵の覚えがめでたい為か、年を重ねる毎に沢山の貴族仲間が増えていった。
 男爵の主催するサロンには多くの若手貴族達が集まり、それはそれは華やかな様相である。


 1度、この若手貴族が集まるサロンに男爵から招待を受けて公爵も参加した。
 サロンでは、ランズベルク伯が自作の薔薇の詩を朗読したり、バストフィラー子爵がピアノの演奏を披露したり、とても華やかで、その中心にいる甥の姿に、公爵は、「あれは本当に将来が楽しみだて」と満足の内に帰途についた。



 ただ最近は、公爵家の周りには得体の知れぬ、不穏な動きが見え隠れしていた。
 それは・・・。
 既に還暦を迎えた皇帝が、急に若い女性・・・しかも、見目麗しい美少女を好むようになり、美少女と名高い貴
族の令嬢が寵妃となっていたからだ。
 数年前に、子爵家出身のある美少女が、ベーネミュンデ侯爵夫人の名を賜り、皇帝の愛を一心に浴びるように
なった・・・。
 けれど、皇帝は、それだけでは飽きたらぬ様子。
 この事態には、さすがの公爵も心を悩ませた。
 そして、またしても年若い少女が寵妃となった。


 今度は、市井の中より見つけ出された、見目麗しい美少女。
 アンネローゼ・フォン・ミューゼルと言う名の15歳の美少女。
 現在、寵愛を欲しいままにされているベーネミュンデ侯爵夫人のように、元々の身分がそれなりに高い女性で
あれば、大貴族の反発を招く事もなく、皇帝の単なる“趣味”として扱われ、何らの問題もなかったのだが、その少女の場合は事情が異なる。


 帝国騎士<ライヒ・スリッター>の家柄の出身で爵位も持たぬ身分であった。
 開闢以来の名家の誉れ高い、公爵が黙っている訳はない。
 第一、その女性が子でも成せば、何とするか・・・!
 皇帝の内親王と結婚し、子を儲けられた公爵にとっては、小娘とは言え、自分の地位を脅かす存在でしかない


 ましてや、年若いとなれば、今は子がなくても、この先にいくらでも生む可能性がある。
 公爵は、自分達のような大貴族の存在を蔑ろにされた皇帝の所業に対して怒りを覚えている様子。
 更に公爵が腹立たしく思っているのは、皇帝がその寵妃にたぶらかされ、由緒正しきグリューネワルト伯爵夫人の名を与えた事だった。
 皇帝のあまりにも理不尽ななされように、公爵は「なんと嘆かわしい事だ。我等が門閥貴族が蹂躙されようとは・・・」と、フレーゲル男爵やその友人等、若い貴族達にぼやいた。


 寵妃の問題だけであればまだましであったが、事態はもっと悪い方へ進んでいた。

 それは新たな寵妃の弟のラインハルトが、姉が皇帝陛下より寵愛されているという立場を利用して、頭角を顕すようになった事だった。
 幼年学校を出た後、士官学校へは進学せずにそのまま軍隊入りした弟は、軍で著しい戦果を上げた。
 皇帝陛下はその働きを認められ、この弟が戦果を上げる度に軍務省に通達を出し、その弟を次々と昇進させた
のだった。
 造られたばかりの最新鋭の戦艦を下賜されたり、とにかく、寵妃の弟の目覚ましい活躍振りには、多くの門閥
貴族が頭を抱えていた。


 「金髪の孺子<こぞう>」と呼ばれる少年は、何と10代で大将にまで昇進を果たしてしまい、更に高みへ上り詰めそうな気配である。
 今度も、帝国建国以来の名家である、ローエングラム伯爵を名乗る事を皇帝に許された。
 最近では更には地位を1つ上げ、今度は侯爵になるという噂までまことしやかに流れ・・・。
 この件については、公爵も男爵も我慢の限界を超えて激怒し、最近では目障りな“目の上のたんこぶ”の排除の相談に余念がない。


 爵位を持たぬ下級貴族の分際で、名門貴族に対抗して来る成り上がり者など迷惑な存在でしかない・・・。
 それはもう、2人にとっては耐え難い事態なのだった。




 公爵の屋敷でのパーティーで、昔から公爵に恨みを持たれていたクロプシュトック候が持ち込んだ爆発物が爆発して、招待された名高い貴族の中に多数の被害が出て討伐軍が組織された時の事・・・。
 その討伐先で1つの事件が起こった。


 命令を無視して軍規を乱したという理由で、公爵の従兄弟の子であるコルプト子爵の弟君が、平民出身のミッターマイヤー少将の制裁を受けて、あろう事か銃殺されるという前代未聞の事件。
 コルプト子爵の姉は、リッテンハイム候の一族に嫁いでおり、まさに名門中の名門なのだった。
 コルプト子爵の弟は、ミッターマイヤーにブラウンシュヴァイク公や、リッテンハイム候の名を知らせた
のだが、それは完全に無視された。
 これによって、ミッターマイヤーは営倉入りをさせられたのだった。


 この話を聞いたフレーゲル男爵は、「コルプトは伯父上の名を出されたのに平民に殺されたのですぞ。このような理不尽な事を許されるのですか!伯父上が蔑ろにされては黙ってはおられません!」と大激怒。
 男爵はミッターマイヤー提督に思い罰を与えるよう、公爵に訴え出られた。
 また公爵も、この件に関して苦々しく思った様子。
 コルプト子爵はブラウンシュヴァイク公にとっては母方の従兄弟であり、それほど付き合いがあった訳ではな
いが、それでも、公爵家の名を出したにも拘らず殺されたとあっては、貴族の中の貴族である、家名に泥を塗られたも同じ事・・・黙って見過ごす事など出来なかった。


 ミッターマイヤーは収監された軍刑務所の中で拷問を受けていたが、それを救い出したのが、当時はまだ爵位を与えられておらず、旧姓を名乗っていた、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将だった。


 
さて、公爵にはもう1人甥がおり、名をリヒャルト・フォン・シャイド男爵という。
 シャイド男爵の母であるクレスタも、ブラウンシュヴァイク公の妹である。
 フレーゲル男爵家に嫁いだ妹のカザリンは末妹だが、クレスタは公のすぐ下の妹君で公より3歳年下だった。
 若きフレーゲル男爵と、若きシャイド男爵はちょうど10歳違いだが、公爵は、同じ“甥”でも、フレーゲル男爵ほどにはシャイド男爵を可愛がってはいない。

というのも、妹の結婚の経緯がある為だった。


 クレスタは大変な美人で、宮廷での人気も高く、もしかしたら皇帝陛下から見染められるのでは?との憶測も飛び交うほどの美女だった。
 けれど、兄とはあまり仲が宜しくはなかった。
 そして、妹のカザリンとも仲が良くなかった。


 公爵とは趣味も全く違えば、食の好みも異なり、ちょっとした事ですぐに口喧嘩に発展してしまう。
 大人しくおしとやかなカザリンとは違い、クレスタは何でも自分で行動して、また大変気の強い女性だったの
で、公爵は兄として頭が痛かった。
 いつも、「あれは行動が突飛でいけない。女性はもっとたおやかな方がいいのだが・・・」と、クレスタに苦言
を呈していた。
 クレスタはクレスタで「大人しいだけの女性なんて、そんな生活には私は耐えられませんわ」と反論するのだ
から始末が悪い。
 顔を合わせれば2人の会話は喧嘩に発展してしまい、使用人達などは、何とかならないかと、冷や冷やして2
人に接していた。

 そして、大事件が・・・起こった。


 クレスタがある日突然、「私・・・結婚します」と宣言して駆け落ちしてしまったのである。
 お相手は、ハインリッヒ・フォン・シャイド男爵。

 いくら男爵の爵位があろうとも、自分達とは身分違いもいい所で、家族はクレスタの後先考えない行動を激しく非難した。
 駆け落ちなどと言う、家族の反対を押し切っての結婚だった為に、華やかな婚礼のパーティーすら催されなかった。


 「まさか、あの男がクレスタに下心があったとは・・・」と、公爵の父で、既に息子に家督を譲られた老公爵は心を痛めた。
 ただ、駆け落ちしたとは言え、全くの挨拶が無かった訳ではない。
 駆け落ち婚後、老公爵が娘可愛さに許された事もあって、シャイド男爵は1人で公爵家を訪ねて来た。


 「あの男が来ても私は会わないぞ。父上は甘すぎるのだ!」


 公爵は結局、シャイド男爵には会わなかった。
 シャイド男爵は、フレーゲル男爵の父よりも誠実で、決して感じの悪い人ではなかった。
 ただ・・・“男爵”と言えば聞こえはいいが、爵位があるからと言って、必ずしも上級貴族とは限らない。
 男爵でも、フレーゲル男爵家は門閥系で、豊富な資産を有し、“飛ぶ鳥を落とす勢い”で、尚且つブラウンシュヴァイク公のご友人なのに対して、シャイド男爵家がそうではなかったのが問題なのであった。
 昔はそれなりの家柄だったかもしれないが、今は、“尾羽打ち枯らす”だけで、こんな家柄の者と公爵家の者が結婚など、物笑いの種であった。


 シャイド男爵は辺境にすら領地を持っていない。
 また、オーディンにある土地も、中心地にある本邸だけであり、その本邸も、ブラウンシュヴァイク公爵邸と本邸とは比較にならぬほどの小ささで侘しく、公爵家の一番小さな別邸よりも更に小さかった。
 本当に、ただ単に爵位があるだけの貴族なのであった。


 クレスタは、男爵の友人が主催としたという仮面舞踏会で知り合って恋に落ちたと言う。
 確かに男爵は見た目は美々しく感じが良く、その手の舞踏会では花形であり、女性達の目を惹く人であった。
 華やかの容貌と話し上手。
 ユーモアのセンスもあり、ウィットに飛んだ豊富な話題と会話は、貴族にとって欠かせないものだ。
 人気者の秘訣を兼ね備えた好男子風ではあったが、当時、公爵位を継いだばかりであった若き公爵の目から見て、世間知らずな妹に巧みに取り入ろうとする様は、公爵家からの持参金目当てだとしか思えなかった。


 「あれはあの男に騙されているのだ。それが分からないとは、我が妹ながら、何と情けないことよ。何とか目を覚まさせたいが・・・」


 家督を継いだばかりの公爵は、出来れば2人の付き合いを止めさせようとしていた。
 公爵の母親である老公爵夫人は、大した資産も無い、“男爵”との結婚を望んだ娘に泣きつかれて大変困っていた。

 そして、誰もが躊躇している間に・・・駆け落ち事件が起こったのだ。


 けれど、シャイド男爵が訪ねて来た事で、老公爵は娘可愛さと、公爵家の面子のメンツを考え、妥協案を提案した。
 男爵に、辺境地にある荘園の1つを代理領主として任せたのである。
 つまり、シャイド男爵を、公爵家の荘園の1つである辺境の惑星ヴェスターラント領主に任命し、この地を治める代理領主とする案を、息子に相談したのだった。


 「父上も甘い。しかし、妥協案ではあるのだ・・・」


 実際に、辺境の惑星の領主を勤める男爵位を待つ貴族は多い。
 そして、老いた母も息子に泣きついた。


 「クレスタの為に・・・この案を飲んでおくれ」


 当時、爵位を継がれたばかりの公爵は老いた両親の頼みを受け入れ、シャイド男爵にヴェスターラントの統治を任せる事にしたのだった。
 やがて、1年間、男爵の様子を見られた老公爵は、そつなく男爵が職務をこなせる事を確認した後に、息子に「あれの好きなようにさせてやるのだ」と告げ、その数ヵ月後に亡くなられた。

 ・・・実を言うと、親戚中の誰もがこの結婚は不幸だと大反対していた。
 老いた母も娘の行く末を案じ、「オットー・・・あの子の事はあの子に任せましょう。でも、本当の事を言えば心配なのだけれど・・・」と、愛娘の心配ばかりして、老公爵が亡くなって1年後に亡くなられた。
 
 どうやら、老公爵夫妻は、公爵令嬢があのような結婚をした為、かなり心労が重なっていたのだろう。
 2人とも、娘の駆け落ち騒ぎがあってからというもの、あっという間に弱くなり、心臓の病で亡くなったのだった。


 辺境ゆえにシャイド男爵夫妻は・・・老公爵夫妻の、どちらの葬儀にも間に合わなかった。
 その事に、爵位を継いだばかりの公爵は怒りを露にした。
 その為、クレスタとはほぼ絶縁状態となり、公爵は積極的に連絡を取ろうとしなかったし、オーディンから遠く離れた辺境のヴェスターラントの領地の事など顧みる事はなかった。



 そして、不幸がシャイド男爵家に降りかかった。
 何と使用人による暖炉の火の不始末による火災で夫妻が亡くなったのだ。
 それは、1人息子が19歳の時であった。
 たまたま、部下と共に領地視察で留守にしていた1人息子だけが生き残り、1年後、彼は20歳の若さで爵位を継いだ。

 年若いシャイド男爵は、引き続き、ブラウンシュヴァイク公の領地であるヴェスターラントの代理領主となった。


 ヴェスタ-ラントは辺境惑星とは言え、200万人もの人が暮らす惑星で、辺境にしては人口が多い。
 公爵家からこの地の当地を任された数年後、シャイド男爵の父はこの時の領民の教育に力を入れられた。
 公爵家より支払われた予算の中から資金を捻出して学校を建て、11歳までは領民の子を、寄宿学校で無料で学ばせたのである。
 その為、辺境惑星の農民にしては教育水準がとても高い。
 国土の大半は乾燥地帯だが、希土類元素の採集が行われて貴重な収入源となっていたし、点在するオアシスでの集約的農耕では、主に葡萄が栽培されていた。
 そして、その葡萄から良質のワインが作られる。


 シャイド男爵は、父ハインリッヒから受け継いだヴェスターラント産のワイン産業を、中央に売り込む努力を惜しまなかった。
 その結果、芳醇で良質なワインは帝都で注目され、漸くではあったが、多少なりとも公爵から目をかけられるようになった。
 けれど、父が築き上げた領民への配慮・・・教育などには一切目を向けなかった。
 ヴェスターラントのワイン事業の成功だけが彼の目下の大優先事項だったのでる。
 今まで殆ど伯父から省みられなかった自分が、ワインをきっかけにして伯父から漸く目をかけられた・・・これは男爵にとっては大変な励みになっていた。
 そこで、男爵は事業拡大を図った。
 それは領地の農民には多大な負担がかかる事になったが、彼らにとっても、自分達のワインが注目される事は喜ばしい事だろうと男爵は考えた。
 確かに注目された事を領民達は多少喜びはしたが、自分達の作ったワインを自分達が口に出来ない状況を喜ぶほど、それなりの教育を受けた領民達は馬鹿ではなかった。


 度重なる重労働を強いられる事になった農民達が、自分に対して不平不満を持っているなどという事は思いもしなかった。 
 それどころか、今よりも税を重くしようしていた領主に対して、沸々とした怒りすら覚え始めていた。
 更には、学校が閉鎖される噂も立ち、知らず知らずの間に、若き男爵は農民達の反感を買うようになっていった・・・。
 シャイド男爵は彼なりに、大貴族である伯父に気に入られようと必死になっていたが、その事は領民達には関係ない事であったし、いい迷惑であった。
 
 そして・・・フレーゲル男爵家とは違い、シャイド男爵家には常にトラブルが持ち上がっていた。
 まずは自分の母親の結婚の経緯から始まり・・・。
 火事で夫妻が亡くなった時に一緒に燃えてしまったのが、祖父である老公から贈られた国宝級の高名な画家の絵だった事・・・。
 今でこそワイン産業で成しているが、その昔は借金まみれで、男爵は気付いていなかったが、渋々ながらも公爵家がその借金の肩代わりをした事・・・。
 20歳で跡目を継いだ甥も父親似の美男子だったが、真面目だった父親とは違い、幾度と無く女性問題を起こしていた事・・・。
 学校の閉鎖を目論んでいる事で農夫達の怒りを買っている事・・・。
 挙げればいくつものトラブル。


 そう・・・シャイド男爵家のトラブルは、キリが無かったのである。




後編に続く。



 

 
 


 


銀河英雄伝説の舞台…良くもあれだけの壮大な話を3時間弱にまとめ上げたな…と。

銀河帝国だけに話を絞ったのは正解。

銀河英雄伝説をあまり知らない人でも楽しめる内容です。

そして、ストーリーの中で何度も名前が登場する、ヤンってどんな人?って思わせる感じが良かったです。
きっと同盟編は、今回とはガラリと変わるのでしょうね。

私的には、あのキャラクターが出てなくて、え~…でしたが、コロスの方々のダイナミックな、躍動感溢れるダンス・パフォーマンスに圧倒されました。
本当に、細かい部分まで含めて、素晴らしくて感動しました。

アンネローゼのとなみちゃん…優雅でした。

さすが、ヅカで皇后エリザベートや、王妃マリー・アントワネットを演じられていただけの事はあります。2009年に惜しまれつつ退団されましたが、美しさと可愛らしさをあわせ持った、大型の娘役のトップさんでした…。

もうね、ドレス捌き、セリフ回し、とにかく完璧。

ネタバレになるので詳しい内容は書きませんが、原作と異なるところも含めて、感動の大作です。

DVDも出るようで、税込で6800円で、通販だと、代引き手数料等を含めて、7715円だそうです。

パンフレットは2000円です。

それから、6月には、ロイエンタール&ミッターマイヤー編が上演される事も決定。

どこをどう料理するのかですが、原作9巻の2人までを描くのか、それとも、ヒンター・フェザーン事件や、クロプシュトック事件等を描くのか、あれこれ考えてしまいます。

レポは全公演終了後に改めて…★

銀河の舞台の歴史がまた1ページ。