ブラウンシュヴァイク公爵家の現在の当主は、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵。
 公爵家には銀河帝国全土に渡って沢山の親戚がいるが、公爵が家族以外で殊の外可愛がっている身内と言えば
、甥に当たるヘルマン・フォン・フレーゲル男爵で、事情を知らぬ者が見たら公爵の息子と勘違いするほどの溺愛振りだった・・・。
 その溺愛振りに、宮廷に伺候する数多の大貴族達からは、男爵は公爵から目を掛けらた“特別な存在”と認識
されている。
 公爵には息子はおらず、子供は一人娘の公女のエリザベートだけ。
 男児がいなかった為であるが、週に3日か4日ぐらいはフレーゲル男爵をそば近くに呼び寄せ、それはまるで
親子のような親密振りだった。


 フレーゲル男爵の母であるカザリンは公爵の妹で、公爵とは一回りの年の差がある。
 年の離れたカザリンは大変可愛らしく、また性格も穏やかで、公爵のすぐ下の妹のクレスタよりも、兄に懐い
ていた。
 因みにクレスタは公爵よりも3歳年下。
 公爵は3人兄妹で、長男と長女よりも長男と次女との仲が良く、公爵はとにかくザリンにはかなり甘かった。
 
 カザリンは誰からも可愛がられていたが、可愛らしく、また聡明であったので求婚者が絶なかった。
 そして、ブラウンシュヴァイク公爵家とは古くから親交のある、フレーゲル男爵に見初められ、男爵家へと嫁
いだ。
 男爵と言ってもその資産はかなりの物・・・。
 勿論公爵家には遠く及ばないが、いくつも金や銅の鉱山の所有しておられ、フレーゲル男爵家は銀河帝国開闢
以来の古い家柄であり、勿論、その血筋もかなり良い。
 そんな訳で、公爵家とは昔から、深い繋がりがあった。


 ところが不幸な事に、フレーゲル男爵夫妻は、甥のヘルマンが10歳の時に交通事故で亡くなってしまった
 撥ねたのは爵位を持たない下級貴族で、賠償金やその他の支払いで没落し、その後・・・一家心中を図ったとい
う。
 だが、この事故が故意であれ過失であれ、加害者は重い罰を受けねばならない。
 帝室に繋がる大貴族の縁戚を害したのであれば、死罪は免れぬ事であり、致し方ない事だった。
 

 公爵は、10歳の幼さで両親をいっぺんに失ってしまった薄幸の甥を大変気遣った。
 爵位は“男爵”でしかないが、門閥系の家柄で、公爵にとっては甥である。
 公爵が“後見”となれば、おのずと他の貴族の見る目も変わる。
 ただの“男爵”としては扱われず、それなりの遇し方で接されるのだ。
 ましてや、ヘルマンは可愛がっておられた亡き妹の忘れ形見であり・・・。
 髪の色も眼の色も顔立ちも、驚くほどカザリンに良く似ていたし、その父親のセバスティアンは、公爵の大の
親友でもあり・・・。
 故に、公爵は自ら喜んで、フレーゲル男爵の子息であるヘルマンの後見役を買って出た。
 自分には息子がいなかった事も、自ら進んで後見となった大きな理由である。


 その2年後、公爵がありとあらゆるところへ根回しした結果、フレーゲル男爵家の1人息子のヘルマンは、若
きフレーゲル男爵として、12歳で男爵家の家督を相続したのだった。

 この若さで男爵位の継承を皇帝陛下より許されたのも、後見が帝室に繋がる大貴族のブラウンシュヴァイク公故だったからだ。


 当時の宮廷内や貴族達のサロンでは、この若き男爵にお近づきになろうという風潮があった。
 男爵が爵位を継がれたあとも、未成年であった為に18歳までは引き続き、公爵が後見を務められ、何かにつ
けて甥の面倒を見たのである。

 公爵がフレーゲル男爵を自分の側に置き、お気に入りであるのは、公爵に近い者なら誰にでも分かる事・・・。
 男爵の髪の色や目の色、容姿は、若くして亡くなったカザリンに本当に良く似ており、成長すればするほど、
細面の顔立ちは、カザリンを知る人々からは“瓜二つ”と賞賛されるようになった。


 気性は若い頃の公爵に似て、やや激しい面もあるが、男児に恵まれなかった公爵は、男爵を息子のように可愛いがっていた。  

 何かにつけては側近くに男爵を呼び寄せ、話し相手とし、様々な相談事をする。
 幼少の頃から両親と共に公爵家へ出入りしていたので、公爵夫人や公女とも親交が厚く、まるで家族の一員な
のだった。 

 そして、男爵は若手貴族達だけではなく、ミュッケンベルガー元帥のような、有能で老練な武将とも付き合いがあった。
 公爵はそれを知ると、「さすがはわしの甥よ。大したものだ」と、その類い稀な才覚に大変満足し、男爵の将
来が楽しみな様子である。
 最近では宮廷に伺候される際は男爵を伴われ、男爵はゴールデンバウム王朝第36代皇帝フリードリヒ四世と
の目通りも叶い、着実な地固めをしていた。


 その為、並みいる血縁者の中で、フレーゲル男爵が、ブラウンシュヴァイク公爵家の本邸に出入りする回数が
一番多かった。
 公爵との付き合いが長かったせいか、男爵は気質的に公爵に似ていた。
 また、鷹狩りや狐狩りといった趣味も公爵と共通していた。
 けれど、それ以外の教養も大変高く、男爵は音楽や絵画といった芸術方面にも明るかった。

 公爵の1人娘である公女エリザベートは大変気難しく、並みの貴族では相手が務まらぬ事が多い。
 だが、従兄弟の男爵とはいつも音楽や芸術の話題に花が咲き、公爵邸のお茶会に招待を受けた人々は、楽しそ
うに男爵と談笑される公女の様子に大変驚く。
 そして口々に、「公爵閣下の甥御殿は将来が有望で羨ましい限りですな。これはまさに、お血筋が宜しいから
でしょう。肖りたいものです」と褒め称えるので、公爵は鷹揚に頷き、「わしは果報者よ」と、まんざらでもない様子なのだった。


 男爵には女性問題、金銭問題を含めて、他の貴族との間にも特にトラブルがなかったし、頭の回転も速い。
 貴族の中に敵が少ない・・・その点も公爵が安心して側に置く理由なのだった。
 フレーゲル男爵は、公爵の覚えがめでたい為か、年を重ねる毎に沢山の貴族仲間が増えていった。
 男爵の主催するサロンには多くの若手貴族達が集まり、それはそれは華やかな様相である。


 1度、この若手貴族が集まるサロンに男爵から招待を受けて公爵も参加した。
 サロンでは、ランズベルク伯が自作の薔薇の詩を朗読したり、バストフィラー子爵がピアノの演奏を披露したり、とても華やかで、その中心にいる甥の姿に、公爵は、「あれは本当に将来が楽しみだて」と満足の内に帰途についた。



 ただ最近は、公爵家の周りには得体の知れぬ、不穏な動きが見え隠れしていた。
 それは・・・。
 既に還暦を迎えた皇帝が、急に若い女性・・・しかも、見目麗しい美少女を好むようになり、美少女と名高い貴
族の令嬢が寵妃となっていたからだ。
 数年前に、子爵家出身のある美少女が、ベーネミュンデ侯爵夫人の名を賜り、皇帝の愛を一心に浴びるように
なった・・・。
 けれど、皇帝は、それだけでは飽きたらぬ様子。
 この事態には、さすがの公爵も心を悩ませた。
 そして、またしても年若い少女が寵妃となった。


 今度は、市井の中より見つけ出された、見目麗しい美少女。
 アンネローゼ・フォン・ミューゼルと言う名の15歳の美少女。
 現在、寵愛を欲しいままにされているベーネミュンデ侯爵夫人のように、元々の身分がそれなりに高い女性で
あれば、大貴族の反発を招く事もなく、皇帝の単なる“趣味”として扱われ、何らの問題もなかったのだが、その少女の場合は事情が異なる。


 帝国騎士<ライヒ・スリッター>の家柄の出身で爵位も持たぬ身分であった。
 開闢以来の名家の誉れ高い、公爵が黙っている訳はない。
 第一、その女性が子でも成せば、何とするか・・・!
 皇帝の内親王と結婚し、子を儲けられた公爵にとっては、小娘とは言え、自分の地位を脅かす存在でしかない


 ましてや、年若いとなれば、今は子がなくても、この先にいくらでも生む可能性がある。
 公爵は、自分達のような大貴族の存在を蔑ろにされた皇帝の所業に対して怒りを覚えている様子。
 更に公爵が腹立たしく思っているのは、皇帝がその寵妃にたぶらかされ、由緒正しきグリューネワルト伯爵夫人の名を与えた事だった。
 皇帝のあまりにも理不尽ななされように、公爵は「なんと嘆かわしい事だ。我等が門閥貴族が蹂躙されようとは・・・」と、フレーゲル男爵やその友人等、若い貴族達にぼやいた。


 寵妃の問題だけであればまだましであったが、事態はもっと悪い方へ進んでいた。

 それは新たな寵妃の弟のラインハルトが、姉が皇帝陛下より寵愛されているという立場を利用して、頭角を顕すようになった事だった。
 幼年学校を出た後、士官学校へは進学せずにそのまま軍隊入りした弟は、軍で著しい戦果を上げた。
 皇帝陛下はその働きを認められ、この弟が戦果を上げる度に軍務省に通達を出し、その弟を次々と昇進させた
のだった。
 造られたばかりの最新鋭の戦艦を下賜されたり、とにかく、寵妃の弟の目覚ましい活躍振りには、多くの門閥
貴族が頭を抱えていた。


 「金髪の孺子<こぞう>」と呼ばれる少年は、何と10代で大将にまで昇進を果たしてしまい、更に高みへ上り詰めそうな気配である。
 今度も、帝国建国以来の名家である、ローエングラム伯爵を名乗る事を皇帝に許された。
 最近では更には地位を1つ上げ、今度は侯爵になるという噂までまことしやかに流れ・・・。
 この件については、公爵も男爵も我慢の限界を超えて激怒し、最近では目障りな“目の上のたんこぶ”の排除の相談に余念がない。


 爵位を持たぬ下級貴族の分際で、名門貴族に対抗して来る成り上がり者など迷惑な存在でしかない・・・。
 それはもう、2人にとっては耐え難い事態なのだった。




 公爵の屋敷でのパーティーで、昔から公爵に恨みを持たれていたクロプシュトック候が持ち込んだ爆発物が爆発して、招待された名高い貴族の中に多数の被害が出て討伐軍が組織された時の事・・・。
 その討伐先で1つの事件が起こった。


 命令を無視して軍規を乱したという理由で、公爵の従兄弟の子であるコルプト子爵の弟君が、平民出身のミッターマイヤー少将の制裁を受けて、あろう事か銃殺されるという前代未聞の事件。
 コルプト子爵の姉は、リッテンハイム候の一族に嫁いでおり、まさに名門中の名門なのだった。
 コルプト子爵の弟は、ミッターマイヤーにブラウンシュヴァイク公や、リッテンハイム候の名を知らせた
のだが、それは完全に無視された。
 これによって、ミッターマイヤーは営倉入りをさせられたのだった。


 この話を聞いたフレーゲル男爵は、「コルプトは伯父上の名を出されたのに平民に殺されたのですぞ。このような理不尽な事を許されるのですか!伯父上が蔑ろにされては黙ってはおられません!」と大激怒。
 男爵はミッターマイヤー提督に思い罰を与えるよう、公爵に訴え出られた。
 また公爵も、この件に関して苦々しく思った様子。
 コルプト子爵はブラウンシュヴァイク公にとっては母方の従兄弟であり、それほど付き合いがあった訳ではな
いが、それでも、公爵家の名を出したにも拘らず殺されたとあっては、貴族の中の貴族である、家名に泥を塗られたも同じ事・・・黙って見過ごす事など出来なかった。


 ミッターマイヤーは収監された軍刑務所の中で拷問を受けていたが、それを救い出したのが、当時はまだ爵位を与えられておらず、旧姓を名乗っていた、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将だった。


 
さて、公爵にはもう1人甥がおり、名をリヒャルト・フォン・シャイド男爵という。
 シャイド男爵の母であるクレスタも、ブラウンシュヴァイク公の妹である。
 フレーゲル男爵家に嫁いだ妹のカザリンは末妹だが、クレスタは公のすぐ下の妹君で公より3歳年下だった。
 若きフレーゲル男爵と、若きシャイド男爵はちょうど10歳違いだが、公爵は、同じ“甥”でも、フレーゲル男爵ほどにはシャイド男爵を可愛がってはいない。

というのも、妹の結婚の経緯がある為だった。


 クレスタは大変な美人で、宮廷での人気も高く、もしかしたら皇帝陛下から見染められるのでは?との憶測も飛び交うほどの美女だった。
 けれど、兄とはあまり仲が宜しくはなかった。
 そして、妹のカザリンとも仲が良くなかった。


 公爵とは趣味も全く違えば、食の好みも異なり、ちょっとした事ですぐに口喧嘩に発展してしまう。
 大人しくおしとやかなカザリンとは違い、クレスタは何でも自分で行動して、また大変気の強い女性だったの
で、公爵は兄として頭が痛かった。
 いつも、「あれは行動が突飛でいけない。女性はもっとたおやかな方がいいのだが・・・」と、クレスタに苦言
を呈していた。
 クレスタはクレスタで「大人しいだけの女性なんて、そんな生活には私は耐えられませんわ」と反論するのだ
から始末が悪い。
 顔を合わせれば2人の会話は喧嘩に発展してしまい、使用人達などは、何とかならないかと、冷や冷やして2
人に接していた。

 そして、大事件が・・・起こった。


 クレスタがある日突然、「私・・・結婚します」と宣言して駆け落ちしてしまったのである。
 お相手は、ハインリッヒ・フォン・シャイド男爵。

 いくら男爵の爵位があろうとも、自分達とは身分違いもいい所で、家族はクレスタの後先考えない行動を激しく非難した。
 駆け落ちなどと言う、家族の反対を押し切っての結婚だった為に、華やかな婚礼のパーティーすら催されなかった。


 「まさか、あの男がクレスタに下心があったとは・・・」と、公爵の父で、既に息子に家督を譲られた老公爵は心を痛めた。
 ただ、駆け落ちしたとは言え、全くの挨拶が無かった訳ではない。
 駆け落ち婚後、老公爵が娘可愛さに許された事もあって、シャイド男爵は1人で公爵家を訪ねて来た。


 「あの男が来ても私は会わないぞ。父上は甘すぎるのだ!」


 公爵は結局、シャイド男爵には会わなかった。
 シャイド男爵は、フレーゲル男爵の父よりも誠実で、決して感じの悪い人ではなかった。
 ただ・・・“男爵”と言えば聞こえはいいが、爵位があるからと言って、必ずしも上級貴族とは限らない。
 男爵でも、フレーゲル男爵家は門閥系で、豊富な資産を有し、“飛ぶ鳥を落とす勢い”で、尚且つブラウンシュヴァイク公のご友人なのに対して、シャイド男爵家がそうではなかったのが問題なのであった。
 昔はそれなりの家柄だったかもしれないが、今は、“尾羽打ち枯らす”だけで、こんな家柄の者と公爵家の者が結婚など、物笑いの種であった。


 シャイド男爵は辺境にすら領地を持っていない。
 また、オーディンにある土地も、中心地にある本邸だけであり、その本邸も、ブラウンシュヴァイク公爵邸と本邸とは比較にならぬほどの小ささで侘しく、公爵家の一番小さな別邸よりも更に小さかった。
 本当に、ただ単に爵位があるだけの貴族なのであった。


 クレスタは、男爵の友人が主催としたという仮面舞踏会で知り合って恋に落ちたと言う。
 確かに男爵は見た目は美々しく感じが良く、その手の舞踏会では花形であり、女性達の目を惹く人であった。
 華やかの容貌と話し上手。
 ユーモアのセンスもあり、ウィットに飛んだ豊富な話題と会話は、貴族にとって欠かせないものだ。
 人気者の秘訣を兼ね備えた好男子風ではあったが、当時、公爵位を継いだばかりであった若き公爵の目から見て、世間知らずな妹に巧みに取り入ろうとする様は、公爵家からの持参金目当てだとしか思えなかった。


 「あれはあの男に騙されているのだ。それが分からないとは、我が妹ながら、何と情けないことよ。何とか目を覚まさせたいが・・・」


 家督を継いだばかりの公爵は、出来れば2人の付き合いを止めさせようとしていた。
 公爵の母親である老公爵夫人は、大した資産も無い、“男爵”との結婚を望んだ娘に泣きつかれて大変困っていた。

 そして、誰もが躊躇している間に・・・駆け落ち事件が起こったのだ。


 けれど、シャイド男爵が訪ねて来た事で、老公爵は娘可愛さと、公爵家の面子のメンツを考え、妥協案を提案した。
 男爵に、辺境地にある荘園の1つを代理領主として任せたのである。
 つまり、シャイド男爵を、公爵家の荘園の1つである辺境の惑星ヴェスターラント領主に任命し、この地を治める代理領主とする案を、息子に相談したのだった。


 「父上も甘い。しかし、妥協案ではあるのだ・・・」


 実際に、辺境の惑星の領主を勤める男爵位を待つ貴族は多い。
 そして、老いた母も息子に泣きついた。


 「クレスタの為に・・・この案を飲んでおくれ」


 当時、爵位を継がれたばかりの公爵は老いた両親の頼みを受け入れ、シャイド男爵にヴェスターラントの統治を任せる事にしたのだった。
 やがて、1年間、男爵の様子を見られた老公爵は、そつなく男爵が職務をこなせる事を確認した後に、息子に「あれの好きなようにさせてやるのだ」と告げ、その数ヵ月後に亡くなられた。

 ・・・実を言うと、親戚中の誰もがこの結婚は不幸だと大反対していた。
 老いた母も娘の行く末を案じ、「オットー・・・あの子の事はあの子に任せましょう。でも、本当の事を言えば心配なのだけれど・・・」と、愛娘の心配ばかりして、老公爵が亡くなって1年後に亡くなられた。
 
 どうやら、老公爵夫妻は、公爵令嬢があのような結婚をした為、かなり心労が重なっていたのだろう。
 2人とも、娘の駆け落ち騒ぎがあってからというもの、あっという間に弱くなり、心臓の病で亡くなったのだった。


 辺境ゆえにシャイド男爵夫妻は・・・老公爵夫妻の、どちらの葬儀にも間に合わなかった。
 その事に、爵位を継いだばかりの公爵は怒りを露にした。
 その為、クレスタとはほぼ絶縁状態となり、公爵は積極的に連絡を取ろうとしなかったし、オーディンから遠く離れた辺境のヴェスターラントの領地の事など顧みる事はなかった。



 そして、不幸がシャイド男爵家に降りかかった。
 何と使用人による暖炉の火の不始末による火災で夫妻が亡くなったのだ。
 それは、1人息子が19歳の時であった。
 たまたま、部下と共に領地視察で留守にしていた1人息子だけが生き残り、1年後、彼は20歳の若さで爵位を継いだ。

 年若いシャイド男爵は、引き続き、ブラウンシュヴァイク公の領地であるヴェスターラントの代理領主となった。


 ヴェスタ-ラントは辺境惑星とは言え、200万人もの人が暮らす惑星で、辺境にしては人口が多い。
 公爵家からこの地の当地を任された数年後、シャイド男爵の父はこの時の領民の教育に力を入れられた。
 公爵家より支払われた予算の中から資金を捻出して学校を建て、11歳までは領民の子を、寄宿学校で無料で学ばせたのである。
 その為、辺境惑星の農民にしては教育水準がとても高い。
 国土の大半は乾燥地帯だが、希土類元素の採集が行われて貴重な収入源となっていたし、点在するオアシスでの集約的農耕では、主に葡萄が栽培されていた。
 そして、その葡萄から良質のワインが作られる。


 シャイド男爵は、父ハインリッヒから受け継いだヴェスターラント産のワイン産業を、中央に売り込む努力を惜しまなかった。
 その結果、芳醇で良質なワインは帝都で注目され、漸くではあったが、多少なりとも公爵から目をかけられるようになった。
 けれど、父が築き上げた領民への配慮・・・教育などには一切目を向けなかった。
 ヴェスターラントのワイン事業の成功だけが彼の目下の大優先事項だったのでる。
 今まで殆ど伯父から省みられなかった自分が、ワインをきっかけにして伯父から漸く目をかけられた・・・これは男爵にとっては大変な励みになっていた。
 そこで、男爵は事業拡大を図った。
 それは領地の農民には多大な負担がかかる事になったが、彼らにとっても、自分達のワインが注目される事は喜ばしい事だろうと男爵は考えた。
 確かに注目された事を領民達は多少喜びはしたが、自分達の作ったワインを自分達が口に出来ない状況を喜ぶほど、それなりの教育を受けた領民達は馬鹿ではなかった。


 度重なる重労働を強いられる事になった農民達が、自分に対して不平不満を持っているなどという事は思いもしなかった。 
 それどころか、今よりも税を重くしようしていた領主に対して、沸々とした怒りすら覚え始めていた。
 更には、学校が閉鎖される噂も立ち、知らず知らずの間に、若き男爵は農民達の反感を買うようになっていった・・・。
 シャイド男爵は彼なりに、大貴族である伯父に気に入られようと必死になっていたが、その事は領民達には関係ない事であったし、いい迷惑であった。
 
 そして・・・フレーゲル男爵家とは違い、シャイド男爵家には常にトラブルが持ち上がっていた。
 まずは自分の母親の結婚の経緯から始まり・・・。
 火事で夫妻が亡くなった時に一緒に燃えてしまったのが、祖父である老公から贈られた国宝級の高名な画家の絵だった事・・・。
 今でこそワイン産業で成しているが、その昔は借金まみれで、男爵は気付いていなかったが、渋々ながらも公爵家がその借金の肩代わりをした事・・・。
 20歳で跡目を継いだ甥も父親似の美男子だったが、真面目だった父親とは違い、幾度と無く女性問題を起こしていた事・・・。
 学校の閉鎖を目論んでいる事で農夫達の怒りを買っている事・・・。
 挙げればいくつものトラブル。


 そう・・・シャイド男爵家のトラブルは、キリが無かったのである。




後編に続く。