急に激しさを増した土砂降りを避けようと慌てて入ったビデオショップ。

 中古の商品を扱う店らしかったが、間口が異様に狭い。

 窓が無く、埃っぽい。

 オマケに店内の明かりは乏しく、やっているのか、やっていないのか、分からないような店だった。
 だが・・・。

 そこには先客がいた・・・見知った顔、そう、同僚であった。


 「ファーレンハイト提督、お買い物ですか?」


思わず声を掛けてしまうミュラー。
 ファーレンハイトは驚いたように振り返った。


 「ん?何だ、ミュラーか。まぁ、買い物と言えば・・・買い物か」


 何故か、両手いっぱいにビデオディスクを抱えて彼は静かに微笑んだ。


 「・・・そんなに買われるんですか?」


 一瞬、怪しいビデオなのかと思ったら、どうやら古い映画のビデオのようだった。
 ミュラーは、ファーレンハイトの趣味が映画鑑賞だとは知らなかったので驚いていた。


 「提督が映画がお好きとだは存じませんでした」
 「いや・・・映画はそれほど好きではないがな」

 「え・・・?でも、今、お持ちの物は、映画のビデオですよね?」

 「あ~・・・なんだ。そうじゃなくて。どう言えばいいのかな。女優にマルガレーテ・シュトライエンってのがいるだろう?」
 「はい。清純派で売っている美人女優ですよね」
 「確かに清純派だが・・・。彼女がマルガレーテ・ファルトって本名で出ていた頃のビデオを見つけてね」
 「え?本名の頃??」

 話が良く見えない・・・ミュラーは戸惑った。
 「あぁ、その当時は・・・まだ10代半ばだったんだが、自主制作の、かなり際どい映画に出ていたらしいんだ」
 「そうなんですか」
 「その映画を見た、高名な監督の目に留まって・・・それからは、180度転換して清純派・・・だ。その逆は多いけれど、彼女の場合はスタートがアレだから、本物の清純派とは言い難いがな」
 「・・・なるほど」
 「それで、昔の作品は・・・大きな声じゃ言えないが、かなりの掘り出し物なんだ。・・・その手のコアなマニアがいるからマルガレーテの過去の作品は高値で売れるんだ」
 「高値・・・って、まさか、オークションで売るおつもりなんですか?」


 以前、幼い頃から大ファンの大女優レジーナ・レヴァルトフのお宝グッズをファーレンハイトから買った事があるミュラーは、10本近いビデオディスクを抱えた同僚を改めて眺め見た・・・畏敬の念を込めて。


 「無造作に積んであった中に、埃を被って置いてあったんだ。これだけの数だから、店主も整理しきれなかったんだな。・・・ここは、お宝の山だ。でも、今日見た限りでは、金になりそうなのはこの10本だけだけどな。尤も・・・探せばもっとあるんだろうが」


 この口振り・・・。
 この分では、このビデオショップに来るのは初めてではなく、常連なのだろうな・・・と、ミュラーはそれほど広くない店内を眺めた。


 「ここの親父は無頓着でね。価値の高いビデオも安く売るんだ」
 「はあ・・・」
 「それに、この店はこの汚さだろう?まさか、ここにお宝が眠っているなんて気付かない人間の方が多い」


 確かに店内は雑多で、掃除だってろくにしてないだろう。
 ディスクの大半は埃まみれで、埃を払う度に靄がかかったみたいに空気が白くなる。
 気管支に問題がある者ならば、一発で具合が悪くなりそうな店なのだ。
 ミュラーとて、雨宿りでなければ、こんな店には入る気は全くない。
 
 「・・・それで、マルガレーテ・シュトライエン以外には何か良い物はありましたか?」
 「あぁ、あった。オスカー・ロッテンマイヤーの『井戸を探せ』の初回特典付きのビデオディスクがあったからな」
 「特典?」
 「主演俳優自らが主題歌を歌っているミュージック・ディスクが特典なのだ。しかも、これ・・・直筆サイン入りでな。ところが、それがあまりにも下手過ぎて初回以降はそのミュージック・ディスクはつかなくなった。それが逆に彼のコアなファンの間では、プレミアムが付いていると言う訳だ。サインだけでも貴重だと言ってな」
 「そういうものなのですか・・・人間の心理って分からないものですね」
 「全くだな。あと、こっちは、ハンナ・ローゼンベックのフィギュア付きのビデオディスクだ。『看護婦ローザレア』のでね、映画のコスチュームのナース服を着て、注射器を持っているんだ」
 「あ・・・本当ですね」
 
 狭い店内の天井近くまでビデオが積まれていて、雑多な感じだが、ビックリするような掘り出し物を見つけられる。
 まるで宝さがしで、こういうのが好きな人にはたまらない空間という事か。
 どうやら、ファーレンハイトの抱えているビデオディスクの大半は限定物みたいであった。

 苦笑しながら、無造作に積まれた中古のビデオディスクを眺めていたミュラーだったが・・・。
 ある1本の背表紙を見た瞬間、「あ・・・!!」と大きな声を上げてしまった。


 「何だ・・・いきなり大声出して。あ・・・もしかして、レジーナのお宝ビデオでも見つけたのか?」
 「いえ・・・そうではありません。・・・ほら、そこに積んである下から3番目のケースが汚れたディスクですが・・・。『好きな鳥はカモとサギ』というのがあるでしょう?」
 「あぁ・・・これがどうかしたのか?」
 「そのビデオ・・・多分・・・」


 ミュラーの声音から何かを察知したファーレンハイトは、上に積まれている大量のビデオを、慎重に他のビデオの山に乗せ変えて、苦心の末に下から3番目の埃っぽいディスクを取り出した。


 「けほ・・・かなり古いビデオだな、こりゃぁ・・・。テレビドラマのか。え・・・と主演が、イセリナ・アルティンハイム。へえ、イセリナか、懐かしい!昔好きだったんだ、彼女・・・美人だしな。・・・で、子役・・・え・・・ギュンター・キスリング!!?」
 
 ファーレンハイトの表情が一気に変わり、ミュラーに詰め寄る。
 その凄まじい剣幕にたじろぐミュラー。


 「おい!!キスリングって、あの親衛隊長のキスリングか?」


 ミュラーはどう答えて良いものか迷っていた。
 士官学校時代・・・キスリングから口止めされていたのを思い出した。
 だが、あれから・・・もう10年以上も経っている。
 もう・・・時効だよな?とミュラーは勝手に自分を納得させて頷いた。
 
 「え・・・あ、はい。彼・・・士官学校に入る前まで、児童劇団の『劇団・ゾンネンブルーメ』にいて、舞台とか、ドラマとかに出ていたらしいんです」
 「・・・初耳だぞ、そんなの!」


 ファーレンハイトの目がキラリ~ン!!と輝いた。

 一瞬、ミュラーは話さない方が良かったのではないかと思い始めていた。

 だが、既に遅かった・・・。


 「多分・・・知っている人は殆どいないと思います。5歳から10歳までだったそうですし。テレビの出演はそんなに多くは無かったみたいですけど、こういう大物女優と共演していますから、ビデオが残っているのですね。この話は、士官学校時代に彼自身から聞いた事があって・・・実は、彼のお姉さんも女優なんですよ。今は結婚して引退していますが、カタリナ・ナーエタールってっていう・・・」
 「え!!?カタリナ~!!超有名じゃないか!!」
 「ええ・・・まぁ・・・」
 いつになくハイテンションのファーレンハイトに驚きつつ、ミュラーは困惑の表情で頷いた。

 「そうか・・・なら、このビデオは買いだな。ミュラーは買うか?」
 「・・・え?あ、いえ・・・」
 「なら、俺が買う事にする。こんな美味い話が身近に転がっていようとはな。そして、オークションに出してみよう」
 「え、オークションに出すんですか!ちょっとそれは・・・」
 「なんだ。何か駄目な理由でもあるのか?」


 ミュラーは躊躇した末に、士官学校時代にキスリングから口止めされていた話をしたのであった。


 「なんだ。その程度の事でビクビクしているのか。それなら、俺が何とか言いくるめてやるから任せておけ。知っているとは思うが、皇帝陛下の人気は凄いが、あの親衛隊長も凄い人気があるんだ。ほら、あの通りの美形だからな。あの長め軍服を颯爽と翻す姿に女性達は色めき立つ訳だ。おい、親衛隊長のファンサイトまであるのを知っているか?俺は幾つか見た事があるが・・・凄いぞ?」
 「いえ・・・」


 首を振りながら、何故この人はこういう事に詳しいのだろう?と不思議に思うミュラーであった。


 「キスリングを侮ってはいけない。これが結構人気あるんだよ。本当に幾つもファンサイトがあるんだ。やっているのは女性が殆どだけどな。中には男性もいたか・・・な?何処で写したのか隠し撮りの写真が公開されていたり・・・な。・・・だから、このビデオ・ディスクすぐに買い手がつくだろう。どこにでも、マニアってのがいるものだからな・・・」
 「あ・・・でもこの話は、小官や、当時の一部の同期生しか知らない話で・・・」
 「いじゃないか。売れたら卿にもちょっとは払うさ」
 「あの・・・そういう問題じゃなくて・・・」
 「じゃぁ、キスリングにも支払う。とにかく、交渉事は俺が万事上手くやるから、卿は大船に乗ったつもりでいればいい。キスリングから文句が出ないようにしてやる」
 
 そういう問題ではない・・・とミュラーは言いたかったが、ファーレンハイトは強引だった。
 出所がすぐに自分だとばれそうでミュラーは少しビクついていた。
 ただでさえ『フォーカス・ミュラー』だの『ゴシップ・ミュラー』だのと言われているミュラーは、ファーレンハイトの行為を必至で止めようとしたが、ファーレンハイトは聞き入れる気は全くなかった。
 そして、マルガレーテのビデオと一緒に、キスリングのドラマを強引に買ってしまった。
 それも、かなり値切り倒して・・・だ。
 もう、こうなったらきれいさっぱりと諦めた方が良さそうだった。


 それから数日後・・・。 
 ミュラーはオークションが気になって、ビデオの出物をチェックしていたが、ファーレンハイトは本当に出品したらしく、定価の10倍もの高値で落札されたようだった。


 暫くして、キスリングと出会った時、「ネットのオークションを見る事はあるか?」と、それとなく聞いてみたが、「別に欲しい物も無いから見ていませんが・・・」と答えが返って来てホッとしたミュラー。
 たまたまその様子を見ていたファーレンハイトは、にこにこしながらミュラーに近付いた。


 「・・・ミュラー・・・。あの事をずっと気にしていたのか?」
 「ええ、小官は小心者ですから」
 「・・・そのようだな。でも、大丈夫だ。奴はちゃんと事情を知っている。その上で、オークションなんて見てないって答えてるんだ」
 「・・・え!?」
 「・・・だからさ。売る前に事情を話して奴に、それなりに支払った」
 「・・・売る前にですか!・・・ちゃっかりしてますね」


 高値で売れる事を見越したこの行動。
 キスリングと取引しているのか、この人は。


 「さすがですね・・・」
 「あぁ・・・キスリングに儲けの三分の一、卿に情報提供料として三分の一を支払ったとしても、回は大儲けだったな。・・・思っていた以上の高値になったからな。親衛隊長に意外な過去・・・これはネタ的には美味しいからな」
 
 涼しい笑顔を見せるのファーレンハイトに、ミュラーはやっぱりこの人にはかなわない・・・と、大きく息を吐いた。





Das Ende





 100のお題より、「ビデオショップ」です。

 キスリングが劇団にいた話は、『Die stolze Fähigkeit』で詳しく書いております。
 自分でもこの設定が気に入っていまして。


 それにしても、ファーレンハイトは凄い。
 いや、この場合凄いのはキスリングかも知れませんが・・・。


 声優さんの多くが子役からこの世界に・・・って人が多いので書いてみた話ですが、ミッターマイヤーもケスラーもミュラーも子役からなんですよね。
 キュンメル男爵も、ランズベルク伯、アンドリュー・フォークも、ルイ・マシュンゴも子役なんだよね。
 他にも沢山いらっしゃるので、そういうのを調べてみると面白いかも~!!


 因みに、この関連のネタは、100のお題の「秘密」という作品に繋がっております。

 「秘密」で、ファーレンハイトとキスリングの思わぬ関係が・・・お楽しみに。
 
 「秘密」は怪しい話じゃなくて、ファーレンハイトとキスリングの絶妙な駆け引きが凄いんだ・・・とだけ書いておきます。
 キスリングも凄いのですが、ファーレンハイトの方が上手<うわて>で、友達は、その光景が見えた!!と言っていました・・・。


 そして、その作品には・・・名前だけですが、特別出演でフェルナーが登場します・・・。
 あ、名前だけですが、ラインハルトとキルヒアイスも・・・か。

 とにかく、やりたい放題、書きたい放題・・・ですが、お楽しみに~♪










 夏の暑さがどこに行ったんだろう??と思えるぐらい、急に冷え冷えの日々。

 一期に寒くなったので、毛布にくるまって寝ております~・・・。


 さて、銀河英雄伝説の二次小説ですが、当ブログに・・・コメントを下さった方々には、ショボイですが、ささやかなプレゼントをさせて頂いてますので、今週もヨロシク~♪


 さて、何をアップしようかな~??って色々考えていたのですが、ファーレンハイトのコメディ作品が実は沢山ある事に気付いて。

 随分、書きためていたようです。

 手直ししないとお見せ出来ませんが、今週と来週の2周に渡って、「ファーレンハイトでコメディ祭り」と銘打って、二次小説を公開致します。


 まず、今週は、オークション絡みのファーレンハイトで、5作品。←どれだけ書いたんだよ、自分ww

 来週は、スーパーに出没しているファーレンハイトで、5作品。←どれだけ書いているんだ、私ww


 実はこれだけではなく、幾つかあるので、それはまた別の機会に。


 とりあえず、2週間に渡って、10作品です。

 部下との絡みあり、同僚との絡みあり・・・で、でも、メインはあくまでファーレンハイトです。

 コメディですので、笑って読み飛ばしてやって下さい。


 それでは、今週のラインナップを。(順番は入れ替わる事があります・・・それも多々・・・)


 まずは、100のお題から、ファーレンハイトとザンデルス「伝線」です。


 続きまして、ファーレンハイト艦隊の備品を巡っての話で、こちらも100のお題で、「ナンバリング」です。


 その次は、ファーレンハイトとザンデルスで、100のお題より、「竜の牙」です。


 それから、ファーレンハイトとミュラーで、100のお題から「ビデオショップ」です。


 最後に、ファーレンハイトとキスリングで、100のお題から「秘密」です。


 今週も宜しくお願いします。m(_ _)mペコリ・・・

 

 






 ※この小説は原作終了後の世界を扱っておりますので、ご了解下さいませ。



 仕事から家に帰ると、妻が異様な笑顔で1本のロープを手にしていた。
 何故そんな物を手にしているのか・・・。
 意味がサッパリ分からない。
 
 (まさかと思うが・・・危ない趣味でも持ったのか!!?)


 多少構えながら私が怪訝そうな顔をすると、妻はニコニコと笑顔を見せた。
 そして・・・おもむろに切り出した。


 「あなた・・・大事なお話があるのだけど」


 私は身構えた。
 何やら・・・嫌な予感がしたからだ。
 少しだけ・・・後ずさる。
 大体、こんな事を言う時は・・・ろくな事が起こらないと相場が決まっている。


 「今度ね、ユージィンの幼稚園の運動会あるのよ」


 (運動会・・・!!)


 嫌な予感が当たった気がして、私は目を見開いた。
 そういう時期だったのだ。
 運動会は・・・大抵、秋に行われる。
 
 (誰が「スポーツの秋」を提唱したのだろう?スポーツが秋なんて限定するから運動会などが・・・全く・・・)


 「ユージィンの運動会・・・楽しみでしょう?ねえ、あなた?」


 妻の笑みに背筋が凍る。
 そう・・・自分も参加させられると言う事だ・・・この笑顔から察するに。
 小学校に入ると、親の参加は基本的にはなくなる。
 親は観に行く程度なのだ。
 だが、幼稚園は・・・事情が異なる。

 去年は、演習が入っていたので・・・運良く参加を免れたが、今年は・・・演習はない。
 私が躊躇していると妻は微笑んだ。


 「あなたにも出てもらうから宜しくお願いしますわね。そうそう・・・出場競技は『お父さんとお母さんの二人三脚』という競技だから宜しくね」


(え・・・なんだそれは・・・)


 私は思わず・・・顔を強張らせた。


 (お父さんとお母さんの二人三脚・・・って、おい・・・夫婦でやるのか!?)


 二人三脚なんてやりたくないから、ロープを指さして首を振る。
 だが、妻は引き下がらなかった。


 「いいえ!!何がなんでも絶対に出てもらいますからね!」


 妻は私の鼻先に、ずずずい・・・っとロープを突き出した。
 そんな物を就きだされても、嫌な物は嫌だ。
 絶対に出たくない。
 私は抵抗を試みる。
 無駄だと分かっていても、多少の抵抗はしてみたい。
 そこで思いっきり厭そうな顔をしたのだが、その私の態度が気に入らなかったのか、妻のクレスタは猛烈な勢いでまくし立てた。


 「そんな顔をしても無駄ですからね。親も何かしらの競技に出ないといけないのよ。特に父親が出ないといけない風潮があってね。・・・あなたに出来そうなのはこれくらいだったんだから。私だっていやだけど、仕方がないでしょ!!それに、私・・・役員なのよ」


クレスタは不機嫌になって少々ヒステリックに叫んだ。
 妻がこうなった場合は・・・出来るだけ抵抗しない方がいい。
 触らぬ神に何とやら・・・だ。


 「まさか・・・今年も演習とか言うんじゃないでしょうね?去年はそのせいで、ユージィンはお父さんとの競技が出来なくて可哀相だったのよ?」


 そう言われると・・・私は弱い。
 確かに、去年・・・息子は「お父さん<ファーター>と一緒の競争に出たかったんだ」と言って、寂しそうに笑ったのだ。
 そして、「でも仕方がないよね。お父さんは元帥だから、忙しいんだものね。僕・・・我慢したの」と。
 あの時は、胸が締め付けられそうだった。
 家庭サービスが出来なかった事を後悔したのだ・・・。
 私が、黙っていると妻は私にこう言った。
 
 「あのね・・・他にどんな競技があったか知りたい?」


 急に笑顔を見せる妻。
 その笑顔が嘘くさいが、私も慌てて笑顔をつくる。


 「ねえ、あなた。どんな競技があったか知りたいかって聞いたのだけど?」


 妻の剣幕に圧倒されて、こくこくと頷く・・・。
 とにかく、今の私には頷くしか出来ない。
 そう。
 下手に妻を刺激して怒らせたくなかったのだ。


 「父親対抗大きな声コンテストとか、親子でデュエット大会、親子対抗伝言ゲーム、親子対抗目隠し障害物競走。これはね、父親が子供に障害物を知らせながら、目隠しした子供がそれをクリアするのよ。・・・全部喋らないといけない競技なのよね。・・・こういうのに出る気ある?」


 冗談ではないので、ぶんぶんぶん・・・激しく首を振る。
 大声コンテストなど、死んでも嫌だ。
 そんな事をさせられたら、その場で憤死してしまう。
 大体・・・誰が見ているか分からない。
 同じ幼稚園の親に・・・同僚がいる可能性だってあるのだ。
 私が苦虫を潰したような表情をしたら、妻は笑顔になった・・・今度は本当の。


 「・・・でしょう?だから私と一緒に二人三脚をするしかないのよ。・・・これを選んだ妻の優しさを認めて欲しいわね。それに、ユージィンだって、お父さんが出てくれたら喜ぶわ。元帥閣下も家庭サービスをしないと・・・ね?」


 確かに、家庭サービスは大事だ。
 元帥だって、家庭的なところを見せないと・・・。
 そういう事を気遣ってくれる妻に、私は文句を言う資格はない・・・反対に、感謝しなければならないようだ。
 二人三脚なら喋らなくても出来る。
 私は感謝の意を込めて、クレスタの手を取って口付けした。


 「まぁ!あなたって・・・そういうところは本当にキザね!」


 嬉しそうな妻に私は苦笑を浮かべるしかなかった。
 だが、慌ててカレンダーを指さした。


 「あ・・・運動会の日にち?」


 私は大きく頷く。
 妻はカレンダーを1枚めくり、翌月の日曜日を指さした。
 ・・・何と1ヶ月も先であった。
 不審そうな私に妻はまたにこやかな笑みを浮かべた。


 「だって、あなたは元帥閣下でしょう。そりゃ、偉そうにする事は無いとは思うけど、無様に負けてしまうのはやっぱり恥ずかしいじゃない?それにね、誰が見ているか分からないわ。そうでしょう??」


 私は頷いた・・・確かにその通りだったからだ。


 「とにかくね、変な姿を見せたら、きっとユージィンだって笑われちゃうと思うのね。2人でカッコイイところを見せないとね。だから今日から練習しましょうね。何事もコツコツと一生懸命に練習すれば・・・絶対に1番になれると思うの」


 そういう問題でもあるまいに・・・と思ったが、妻は彼の無言の抵抗など鼻にもかけていない。
 それどころか、私の左足と自分の右足に手早くロープを巻いた。
 その素早さに・・・私は驚いた。
 だが、抵抗する間もなく・・・二人三脚の体勢にさせられた。
 もう、逃げる事は叶わず・・・私は諦めた。
 
 「さぁ!食堂で食事にしましょうね!!このまま行くのよ!」
 「・・・・・・・・・」
 「これからは毎日こうよ!」
 「・・・・・・・・・」
 
 私は妻のあまりのハイテンションにクラクラする。
 どこからこういうエネルギーが沸いてくるのだろう?
 だが、1人息子のユージィンの事を思うと放棄する訳にもいかず、引きつった笑顔を妻に向けた。


 「お互い頑張りましょうね」


 妻の笑顔に、私は力なく微笑んだ・・・。
 もう、抵抗する気力は萎え果てて、微笑む事しか出来なかったのだ・・・。




 最初の一週間ぐらいはそうでもなかった。
 生真面目に妻と練習を始めて10日を過ぎる頃から・・・。
 左足首に、ロープが当たって擦れてきたので、軽い痛みをともなうようになった。

 それでも、「あなたが練習熱心で私、とても嬉しいわ」と言う妻の笑顔と、「お父さん<ファーター>頑張ってね!!僕、応援しているから!!」と言う、息子のキラキラした笑顔の前には放り出す事も出来なかった。
 引き受けた以上、みっともない姿を晒すのだけはしたくはない。
 ましてや、妻の両親もこの運動会を見に来ると言うのだ・・・。


 こうして・・・。
 家にいる時は、妻とひたすら家の中で二人三脚をしていたのだった。
 ・・・危険ながら、階段でも二人三脚だったのである。
 それから、箱だの本だのを床に置いて、障害物を越える練習もした。
 妻の話では、この二人三脚は、通常の競技ではなく、障害物を越える必要があるらしかった。
 ハッキリ言って、スポーツと言うよりはキワモノ・・・余興の類にしか思えなかった。
 だが、今更出たくない等と文句を言う事も出来ず、私は妻に言われるままに練習に勤しんだ。


 20日を過ぎる頃になると、ロープによって摺れた所が徐々に炎症を起こし始めた。
 やがて・・・。
 赤味がひどくなり、時々、無意識のうちに片足を引きずるようになっていた。


 「閣下・・・お足が痛いのですか?」


 朝の会議の前に、副官のグリースに声をかけられた。
 私は余計な事を言うな・・・と、ばかりにに、じろりと彼を見る。
 グリースの心配そうな顔は本来ならありがたいのだが、放っておいて欲しかった。
 私は溜め息をついたが、意を決して、軽く手を振って彼を遠ざける。
 私の性格を知っている副官はそれ以上、言葉を発する事はなく、素直に引き下がってくれた。


 昼過ぎになって急に痛みが増した私は、執務室のキャビネットに入れてある救急箱を取り出した。
 そっと靴下を下ろして、コットンに消毒薬を染み込ませて、傷口を拭う。
 鋭い痛みが全身を駆け抜けた。


 (消毒薬は何故こんなにしみるのだろう・・・ふう)


 顔を顰<しか>めて、足首の擦り傷に軟膏を塗った。
 その後で、傷にガーゼを当てる。


 (こんなになるとはな・・・早く運動会が終わってくれれば良いが・・・)


 しかし、夫婦でこんな風に練習する事など今までになかったから、少しは楽しく感じて・・・ちょっと笑顔を浮かべる。
 そして、大きな絆創膏を貼った。

 その光景を、重要な書類を届けに来たグリーセンベック大将が目撃した。


 「妙だな・・・楽しそうに微笑まれている・・・」


 彼が口の中で呟いて首を傾げている事に・・・私は気付かなかった。




 「・・・閣下の足、ただの怪我では無さそうだ」とグリ-センベックはグリ-スに声をかけた。
 「え・・・どういう意味ですか?」とグリース。
 「何だか、ロープの跡みたいなのが付いていたのだが・・・」
 「ロープの跡ですか!?」
 グリースは首を捻った。
 「変ですね・・・それは」
 「・・・あぁ、本当にな。それに、真赤になっていて、凄く痛そうだったぞ。でも、すぐに笑顔になって軟膏を塗っていてな・・・。あれはどういう笑顔なんだろ
う・・・」
 「・・・笑顔で薬を塗られていたのですか?それって・・・。あ・・・いやな想像をしてしまいました・・・」
 「は?いやな想像?」
 「・・・えっと・・・その・・・。閣下ってご結婚されていますよね。まさかとは思いますが・・・変なご趣味とか無いですよね?」
 「はぁ・・・?」
 「だから・・・その」
 「だからなんだ。言ってみろ」
 「・・・いいんですか?ロープで縛られてムチで打たれるのがご趣味とか・・・そういう・・・」
 「何という馬鹿げた想像力の持ち主なのだ、卿は。俺はたった今、頭が痛くなったぞ・・・。第一、ロープで縛るなら、両足に跡がありそうだろうが。閣下のは片

足だけだったぞ!!」
 「あ・・・そうですよね。聞き流して下さい」
 「あぁ・・・聞かなかった事にする・・・」
 グリーセンベックは想像力逞しい副官を見つめて溜息を付いた。




 部下達がとんでもない話をしているなんて事を知らず、アイゼナッハはその後も精進を続け、運動会では、夫婦とも、尋常ならざるスピードでゴールした。
 他の参加者が驚く中、2人は涼しい顔で、障害物をもブッちぎりで乗り越えて、誰が見ても文句なしで、優勝に輝いたのであった。


 その幼稚園での運動会の模様が帝国新聞の地方面に掲載され、部下達は事の真相を把握したのだが、アイゼナッハの隠れた一面に益々忠誠を誓ったという・・・。
 また、息子のユージィンは秋の写生大会で、父親と母親の二人三脚をクレヨンで描き、帝国アカデミーの絵画コンクールの幼稚園児の部で特賞を取ったそう
だ・・・。





Dad Ende





 100のお題より、「片足」です。


 まず・・・。
 これはコメディです・・・と、最初に断っておきます。

それから、原作終了後の世界です・・・これも、断っておきます。


 一応、私の設定では、アイゼナッハは統帥本部長って事になっています・・・ご了承下さいませ。


 それはおいといて・・・。
 アイゼナッハでホームドラマを書く、それもコメディで・・・を挑戦したら、こんな物が出来ました。
 妻の名と、息子の名前はオリジナルです。
 アイゼナッハで話を書く時は、絶対に彼には喋らせてはならない・・・。
 そして、そんな彼を家庭サービスの真っ只中に放り込む・・・無謀ですね。


 無言で、文句を言いたいのに我慢をしている彼。
 だけど、奥さんと息子を愛しているのね。
 ・・・だって、ちゃんと最後までやり遂げているんだから。(笑)


 最後にもう1度。
 これはあくまでコメディですので、アイゼナッハのイメージではないかもしれません。
 ・・・笑って読み飛ばしてやって下さいませ。