急に激しさを増した土砂降りを避けようと慌てて入ったビデオショップ。
中古の商品を扱う店らしかったが、間口が異様に狭い。
窓が無く、埃っぽい。
オマケに店内の明かりは乏しく、やっているのか、やっていないのか、分からないような店だった。
だが・・・。
そこには先客がいた・・・見知った顔、そう、同僚であった。
「ファーレンハイト提督、お買い物ですか?」
思わず声を掛けてしまうミュラー。
ファーレンハイトは驚いたように振り返った。
「ん?何だ、ミュラーか。まぁ、買い物と言えば・・・買い物か」
何故か、両手いっぱいにビデオディスクを抱えて彼は静かに微笑んだ。
「・・・そんなに買われるんですか?」
一瞬、怪しいビデオなのかと思ったら、どうやら古い映画のビデオのようだった。
ミュラーは、ファーレンハイトの趣味が映画鑑賞だとは知らなかったので驚いていた。
「提督が映画がお好きとだは存じませんでした」
「いや・・・映画はそれほど好きではないがな」
「え・・・?でも、今、お持ちの物は、映画のビデオですよね?」
「あ~・・・なんだ。そうじゃなくて。どう言えばいいのかな。女優にマルガレーテ・シュトライエンってのがいるだろう?」
「はい。清純派で売っている美人女優ですよね」
「確かに清純派だが・・・。彼女がマルガレーテ・ファルトって本名で出ていた頃のビデオを見つけてね」
「え?本名の頃??」
話が良く見えない・・・ミュラーは戸惑った。
「あぁ、その当時は・・・まだ10代半ばだったんだが、自主制作の、かなり際どい映画に出ていたらしいんだ」
「そうなんですか」
「その映画を見た、高名な監督の目に留まって・・・それからは、180度転換して清純派・・・だ。その逆は多いけれど、彼女の場合はスタートがアレだから、本物の清純派とは言い難いがな」
「・・・なるほど」
「それで、昔の作品は・・・大きな声じゃ言えないが、かなりの掘り出し物なんだ。・・・その手のコアなマニアがいるからマルガレーテの過去の作品は高値で売れるんだ」
「高値・・・って、まさか、オークションで売るおつもりなんですか?」
以前、幼い頃から大ファンの大女優レジーナ・レヴァルトフのお宝グッズをファーレンハイトから買った事があるミュラーは、10本近いビデオディスクを抱えた同僚を改めて眺め見た・・・畏敬の念を込めて。
「無造作に積んであった中に、埃を被って置いてあったんだ。これだけの数だから、店主も整理しきれなかったんだな。・・・ここは、お宝の山だ。でも、今日見た限りでは、金になりそうなのはこの10本だけだけどな。尤も・・・探せばもっとあるんだろうが」
この口振り・・・。
この分では、このビデオショップに来るのは初めてではなく、常連なのだろうな・・・と、ミュラーはそれほど広くない店内を眺めた。
「ここの親父は無頓着でね。価値の高いビデオも安く売るんだ」
「はあ・・・」
「それに、この店はこの汚さだろう?まさか、ここにお宝が眠っているなんて気付かない人間の方が多い」
確かに店内は雑多で、掃除だってろくにしてないだろう。
ディスクの大半は埃まみれで、埃を払う度に靄がかかったみたいに空気が白くなる。
気管支に問題がある者ならば、一発で具合が悪くなりそうな店なのだ。
ミュラーとて、雨宿りでなければ、こんな店には入る気は全くない。
「・・・それで、マルガレーテ・シュトライエン以外には何か良い物はありましたか?」
「あぁ、あった。オスカー・ロッテンマイヤーの『井戸を探せ』の初回特典付きのビデオディスクがあったからな」
「特典?」
「主演俳優自らが主題歌を歌っているミュージック・ディスクが特典なのだ。しかも、これ・・・直筆サイン入りでな。ところが、それがあまりにも下手過ぎて初回以降はそのミュージック・ディスクはつかなくなった。それが逆に彼のコアなファンの間では、プレミアムが付いていると言う訳だ。サインだけでも貴重だと言ってな」
「そういうものなのですか・・・人間の心理って分からないものですね」
「全くだな。あと、こっちは、ハンナ・ローゼンベックのフィギュア付きのビデオディスクだ。『看護婦ローザレア』のでね、映画のコスチュームのナース服を着て、注射器を持っているんだ」
「あ・・・本当ですね」
狭い店内の天井近くまでビデオが積まれていて、雑多な感じだが、ビックリするような掘り出し物を見つけられる。
まるで宝さがしで、こういうのが好きな人にはたまらない空間という事か。
どうやら、ファーレンハイトの抱えているビデオディスクの大半は限定物みたいであった。
苦笑しながら、無造作に積まれた中古のビデオディスクを眺めていたミュラーだったが・・・。
ある1本の背表紙を見た瞬間、「あ・・・!!」と大きな声を上げてしまった。
「何だ・・・いきなり大声出して。あ・・・もしかして、レジーナのお宝ビデオでも見つけたのか?」
「いえ・・・そうではありません。・・・ほら、そこに積んである下から3番目のケースが汚れたディスクですが・・・。『好きな鳥はカモとサギ』というのがあるでしょう?」
「あぁ・・・これがどうかしたのか?」
「そのビデオ・・・多分・・・」
ミュラーの声音から何かを察知したファーレンハイトは、上に積まれている大量のビデオを、慎重に他のビデオの山に乗せ変えて、苦心の末に下から3番目の埃っぽいディスクを取り出した。
「けほ・・・かなり古いビデオだな、こりゃぁ・・・。テレビドラマのか。え・・・と主演が、イセリナ・アルティンハイム。へえ、イセリナか、懐かしい!昔好きだったんだ、彼女・・・美人だしな。・・・で、子役・・・え・・・ギュンター・キスリング!!?」
ファーレンハイトの表情が一気に変わり、ミュラーに詰め寄る。
その凄まじい剣幕にたじろぐミュラー。
「おい!!キスリングって、あの親衛隊長のキスリングか?」
ミュラーはどう答えて良いものか迷っていた。
士官学校時代・・・キスリングから口止めされていたのを思い出した。
だが、あれから・・・もう10年以上も経っている。
もう・・・時効だよな?とミュラーは勝手に自分を納得させて頷いた。
「え・・・あ、はい。彼・・・士官学校に入る前まで、児童劇団の『劇団・ゾンネンブルーメ』にいて、舞台とか、ドラマとかに出ていたらしいんです」
「・・・初耳だぞ、そんなの!」
ファーレンハイトの目がキラリ~ン!!と輝いた。
一瞬、ミュラーは話さない方が良かったのではないかと思い始めていた。
だが、既に遅かった・・・。
「多分・・・知っている人は殆どいないと思います。5歳から10歳までだったそうですし。テレビの出演はそんなに多くは無かったみたいですけど、こういう大物女優と共演していますから、ビデオが残っているのですね。この話は、士官学校時代に彼自身から聞いた事があって・・・実は、彼のお姉さんも女優なんですよ。今は結婚して引退していますが、カタリナ・ナーエタールってっていう・・・」
「え!!?カタリナ~!!超有名じゃないか!!」
「ええ・・・まぁ・・・」
いつになくハイテンションのファーレンハイトに驚きつつ、ミュラーは困惑の表情で頷いた。
「そうか・・・なら、このビデオは買いだな。ミュラーは買うか?」
「・・・え?あ、いえ・・・」
「なら、俺が買う事にする。こんな美味い話が身近に転がっていようとはな。そして、オークションに出してみよう」
「え、オークションに出すんですか!ちょっとそれは・・・」
「なんだ。何か駄目な理由でもあるのか?」
ミュラーは躊躇した末に、士官学校時代にキスリングから口止めされていた話をしたのであった。
「なんだ。その程度の事でビクビクしているのか。それなら、俺が何とか言いくるめてやるから任せておけ。知っているとは思うが、皇帝陛下の人気は凄いが、あの親衛隊長も凄い人気があるんだ。ほら、あの通りの美形だからな。あの長め軍服を颯爽と翻す姿に女性達は色めき立つ訳だ。おい、親衛隊長のファンサイトまであるのを知っているか?俺は幾つか見た事があるが・・・凄いぞ?」
「いえ・・・」
首を振りながら、何故この人はこういう事に詳しいのだろう?と不思議に思うミュラーであった。
「キスリングを侮ってはいけない。これが結構人気あるんだよ。本当に幾つもファンサイトがあるんだ。やっているのは女性が殆どだけどな。中には男性もいたか・・・な?何処で写したのか隠し撮りの写真が公開されていたり・・・な。・・・だから、このビデオ・ディスクすぐに買い手がつくだろう。どこにでも、マニアってのがいるものだからな・・・」
「あ・・・でもこの話は、小官や、当時の一部の同期生しか知らない話で・・・」
「いじゃないか。売れたら卿にもちょっとは払うさ」
「あの・・・そういう問題じゃなくて・・・」
「じゃぁ、キスリングにも支払う。とにかく、交渉事は俺が万事上手くやるから、卿は大船に乗ったつもりでいればいい。キスリングから文句が出ないようにしてやる」
そういう問題ではない・・・とミュラーは言いたかったが、ファーレンハイトは強引だった。
出所がすぐに自分だとばれそうでミュラーは少しビクついていた。
ただでさえ『フォーカス・ミュラー』だの『ゴシップ・ミュラー』だのと言われているミュラーは、ファーレンハイトの行為を必至で止めようとしたが、ファーレンハイトは聞き入れる気は全くなかった。
そして、マルガレーテのビデオと一緒に、キスリングのドラマを強引に買ってしまった。
それも、かなり値切り倒して・・・だ。
もう、こうなったらきれいさっぱりと諦めた方が良さそうだった。
それから数日後・・・。
ミュラーはオークションが気になって、ビデオの出物をチェックしていたが、ファーレンハイトは本当に出品したらしく、定価の10倍もの高値で落札されたようだった。
暫くして、キスリングと出会った時、「ネットのオークションを見る事はあるか?」と、それとなく聞いてみたが、「別に欲しい物も無いから見ていませんが・・・」と答えが返って来てホッとしたミュラー。
たまたまその様子を見ていたファーレンハイトは、にこにこしながらミュラーに近付いた。
「・・・ミュラー・・・。あの事をずっと気にしていたのか?」
「ええ、小官は小心者ですから」
「・・・そのようだな。でも、大丈夫だ。奴はちゃんと事情を知っている。その上で、オークションなんて見てないって答えてるんだ」
「・・・え!?」
「・・・だからさ。売る前に事情を話して奴に、それなりに支払った」
「・・・売る前にですか!・・・ちゃっかりしてますね」
高値で売れる事を見越したこの行動。
キスリングと取引しているのか、この人は。
「さすがですね・・・」
「あぁ・・・キスリングに儲けの三分の一、卿に情報提供料として三分の一を支払ったとしても、回は大儲けだったな。・・・思っていた以上の高値になったからな。親衛隊長に意外な過去・・・これはネタ的には美味しいからな」
涼しい笑顔を見せるのファーレンハイトに、ミュラーはやっぱりこの人にはかなわない・・・と、大きく息を吐いた。
Das Ende
100のお題より、「ビデオショップ」です。
キスリングが劇団にいた話は、『Die stolze Fähigkeit』で詳しく書いております。
自分でもこの設定が気に入っていまして。
それにしても、ファーレンハイトは凄い。
いや、この場合凄いのはキスリングかも知れませんが・・・。
声優さんの多くが子役からこの世界に・・・って人が多いので書いてみた話ですが、ミッターマイヤーもケスラーもミュラーも子役からなんですよね。
キュンメル男爵も、ランズベルク伯、アンドリュー・フォークも、ルイ・マシュンゴも子役なんだよね。
他にも沢山いらっしゃるので、そういうのを調べてみると面白いかも~!!
因みに、この関連のネタは、100のお題の「秘密」という作品に繋がっております。
「秘密」で、ファーレンハイトとキスリングの思わぬ関係が・・・お楽しみに。
「秘密」は怪しい話じゃなくて、ファーレンハイトとキスリングの絶妙な駆け引きが凄いんだ・・・とだけ書いておきます。
キスリングも凄いのですが、ファーレンハイトの方が上手<うわて>で、友達は、その光景が見えた!!と言っていました・・・。
そして、その作品には・・・名前だけですが、特別出演でフェルナーが登場します・・・。
あ、名前だけですが、ラインハルトとキルヒアイスも・・・か。
とにかく、やりたい放題、書きたい放題・・・ですが、お楽しみに~♪