※この小説は原作終了後の世界を扱っておりますので、ご了解下さいませ。



 仕事から家に帰ると、妻が異様な笑顔で1本のロープを手にしていた。
 何故そんな物を手にしているのか・・・。
 意味がサッパリ分からない。
 
 (まさかと思うが・・・危ない趣味でも持ったのか!!?)


 多少構えながら私が怪訝そうな顔をすると、妻はニコニコと笑顔を見せた。
 そして・・・おもむろに切り出した。


 「あなた・・・大事なお話があるのだけど」


 私は身構えた。
 何やら・・・嫌な予感がしたからだ。
 少しだけ・・・後ずさる。
 大体、こんな事を言う時は・・・ろくな事が起こらないと相場が決まっている。


 「今度ね、ユージィンの幼稚園の運動会あるのよ」


 (運動会・・・!!)


 嫌な予感が当たった気がして、私は目を見開いた。
 そういう時期だったのだ。
 運動会は・・・大抵、秋に行われる。
 
 (誰が「スポーツの秋」を提唱したのだろう?スポーツが秋なんて限定するから運動会などが・・・全く・・・)


 「ユージィンの運動会・・・楽しみでしょう?ねえ、あなた?」


 妻の笑みに背筋が凍る。
 そう・・・自分も参加させられると言う事だ・・・この笑顔から察するに。
 小学校に入ると、親の参加は基本的にはなくなる。
 親は観に行く程度なのだ。
 だが、幼稚園は・・・事情が異なる。

 去年は、演習が入っていたので・・・運良く参加を免れたが、今年は・・・演習はない。
 私が躊躇していると妻は微笑んだ。


 「あなたにも出てもらうから宜しくお願いしますわね。そうそう・・・出場競技は『お父さんとお母さんの二人三脚』という競技だから宜しくね」


(え・・・なんだそれは・・・)


 私は思わず・・・顔を強張らせた。


 (お父さんとお母さんの二人三脚・・・って、おい・・・夫婦でやるのか!?)


 二人三脚なんてやりたくないから、ロープを指さして首を振る。
 だが、妻は引き下がらなかった。


 「いいえ!!何がなんでも絶対に出てもらいますからね!」


 妻は私の鼻先に、ずずずい・・・っとロープを突き出した。
 そんな物を就きだされても、嫌な物は嫌だ。
 絶対に出たくない。
 私は抵抗を試みる。
 無駄だと分かっていても、多少の抵抗はしてみたい。
 そこで思いっきり厭そうな顔をしたのだが、その私の態度が気に入らなかったのか、妻のクレスタは猛烈な勢いでまくし立てた。


 「そんな顔をしても無駄ですからね。親も何かしらの競技に出ないといけないのよ。特に父親が出ないといけない風潮があってね。・・・あなたに出来そうなのはこれくらいだったんだから。私だっていやだけど、仕方がないでしょ!!それに、私・・・役員なのよ」


クレスタは不機嫌になって少々ヒステリックに叫んだ。
 妻がこうなった場合は・・・出来るだけ抵抗しない方がいい。
 触らぬ神に何とやら・・・だ。


 「まさか・・・今年も演習とか言うんじゃないでしょうね?去年はそのせいで、ユージィンはお父さんとの競技が出来なくて可哀相だったのよ?」


 そう言われると・・・私は弱い。
 確かに、去年・・・息子は「お父さん<ファーター>と一緒の競争に出たかったんだ」と言って、寂しそうに笑ったのだ。
 そして、「でも仕方がないよね。お父さんは元帥だから、忙しいんだものね。僕・・・我慢したの」と。
 あの時は、胸が締め付けられそうだった。
 家庭サービスが出来なかった事を後悔したのだ・・・。
 私が、黙っていると妻は私にこう言った。
 
 「あのね・・・他にどんな競技があったか知りたい?」


 急に笑顔を見せる妻。
 その笑顔が嘘くさいが、私も慌てて笑顔をつくる。


 「ねえ、あなた。どんな競技があったか知りたいかって聞いたのだけど?」


 妻の剣幕に圧倒されて、こくこくと頷く・・・。
 とにかく、今の私には頷くしか出来ない。
 そう。
 下手に妻を刺激して怒らせたくなかったのだ。


 「父親対抗大きな声コンテストとか、親子でデュエット大会、親子対抗伝言ゲーム、親子対抗目隠し障害物競走。これはね、父親が子供に障害物を知らせながら、目隠しした子供がそれをクリアするのよ。・・・全部喋らないといけない競技なのよね。・・・こういうのに出る気ある?」


 冗談ではないので、ぶんぶんぶん・・・激しく首を振る。
 大声コンテストなど、死んでも嫌だ。
 そんな事をさせられたら、その場で憤死してしまう。
 大体・・・誰が見ているか分からない。
 同じ幼稚園の親に・・・同僚がいる可能性だってあるのだ。
 私が苦虫を潰したような表情をしたら、妻は笑顔になった・・・今度は本当の。


 「・・・でしょう?だから私と一緒に二人三脚をするしかないのよ。・・・これを選んだ妻の優しさを認めて欲しいわね。それに、ユージィンだって、お父さんが出てくれたら喜ぶわ。元帥閣下も家庭サービスをしないと・・・ね?」


 確かに、家庭サービスは大事だ。
 元帥だって、家庭的なところを見せないと・・・。
 そういう事を気遣ってくれる妻に、私は文句を言う資格はない・・・反対に、感謝しなければならないようだ。
 二人三脚なら喋らなくても出来る。
 私は感謝の意を込めて、クレスタの手を取って口付けした。


 「まぁ!あなたって・・・そういうところは本当にキザね!」


 嬉しそうな妻に私は苦笑を浮かべるしかなかった。
 だが、慌ててカレンダーを指さした。


 「あ・・・運動会の日にち?」


 私は大きく頷く。
 妻はカレンダーを1枚めくり、翌月の日曜日を指さした。
 ・・・何と1ヶ月も先であった。
 不審そうな私に妻はまたにこやかな笑みを浮かべた。


 「だって、あなたは元帥閣下でしょう。そりゃ、偉そうにする事は無いとは思うけど、無様に負けてしまうのはやっぱり恥ずかしいじゃない?それにね、誰が見ているか分からないわ。そうでしょう??」


 私は頷いた・・・確かにその通りだったからだ。


 「とにかくね、変な姿を見せたら、きっとユージィンだって笑われちゃうと思うのね。2人でカッコイイところを見せないとね。だから今日から練習しましょうね。何事もコツコツと一生懸命に練習すれば・・・絶対に1番になれると思うの」


 そういう問題でもあるまいに・・・と思ったが、妻は彼の無言の抵抗など鼻にもかけていない。
 それどころか、私の左足と自分の右足に手早くロープを巻いた。
 その素早さに・・・私は驚いた。
 だが、抵抗する間もなく・・・二人三脚の体勢にさせられた。
 もう、逃げる事は叶わず・・・私は諦めた。
 
 「さぁ!食堂で食事にしましょうね!!このまま行くのよ!」
 「・・・・・・・・・」
 「これからは毎日こうよ!」
 「・・・・・・・・・」
 
 私は妻のあまりのハイテンションにクラクラする。
 どこからこういうエネルギーが沸いてくるのだろう?
 だが、1人息子のユージィンの事を思うと放棄する訳にもいかず、引きつった笑顔を妻に向けた。


 「お互い頑張りましょうね」


 妻の笑顔に、私は力なく微笑んだ・・・。
 もう、抵抗する気力は萎え果てて、微笑む事しか出来なかったのだ・・・。




 最初の一週間ぐらいはそうでもなかった。
 生真面目に妻と練習を始めて10日を過ぎる頃から・・・。
 左足首に、ロープが当たって擦れてきたので、軽い痛みをともなうようになった。

 それでも、「あなたが練習熱心で私、とても嬉しいわ」と言う妻の笑顔と、「お父さん<ファーター>頑張ってね!!僕、応援しているから!!」と言う、息子のキラキラした笑顔の前には放り出す事も出来なかった。
 引き受けた以上、みっともない姿を晒すのだけはしたくはない。
 ましてや、妻の両親もこの運動会を見に来ると言うのだ・・・。


 こうして・・・。
 家にいる時は、妻とひたすら家の中で二人三脚をしていたのだった。
 ・・・危険ながら、階段でも二人三脚だったのである。
 それから、箱だの本だのを床に置いて、障害物を越える練習もした。
 妻の話では、この二人三脚は、通常の競技ではなく、障害物を越える必要があるらしかった。
 ハッキリ言って、スポーツと言うよりはキワモノ・・・余興の類にしか思えなかった。
 だが、今更出たくない等と文句を言う事も出来ず、私は妻に言われるままに練習に勤しんだ。


 20日を過ぎる頃になると、ロープによって摺れた所が徐々に炎症を起こし始めた。
 やがて・・・。
 赤味がひどくなり、時々、無意識のうちに片足を引きずるようになっていた。


 「閣下・・・お足が痛いのですか?」


 朝の会議の前に、副官のグリースに声をかけられた。
 私は余計な事を言うな・・・と、ばかりにに、じろりと彼を見る。
 グリースの心配そうな顔は本来ならありがたいのだが、放っておいて欲しかった。
 私は溜め息をついたが、意を決して、軽く手を振って彼を遠ざける。
 私の性格を知っている副官はそれ以上、言葉を発する事はなく、素直に引き下がってくれた。


 昼過ぎになって急に痛みが増した私は、執務室のキャビネットに入れてある救急箱を取り出した。
 そっと靴下を下ろして、コットンに消毒薬を染み込ませて、傷口を拭う。
 鋭い痛みが全身を駆け抜けた。


 (消毒薬は何故こんなにしみるのだろう・・・ふう)


 顔を顰<しか>めて、足首の擦り傷に軟膏を塗った。
 その後で、傷にガーゼを当てる。


 (こんなになるとはな・・・早く運動会が終わってくれれば良いが・・・)


 しかし、夫婦でこんな風に練習する事など今までになかったから、少しは楽しく感じて・・・ちょっと笑顔を浮かべる。
 そして、大きな絆創膏を貼った。

 その光景を、重要な書類を届けに来たグリーセンベック大将が目撃した。


 「妙だな・・・楽しそうに微笑まれている・・・」


 彼が口の中で呟いて首を傾げている事に・・・私は気付かなかった。




 「・・・閣下の足、ただの怪我では無さそうだ」とグリ-センベックはグリ-スに声をかけた。
 「え・・・どういう意味ですか?」とグリース。
 「何だか、ロープの跡みたいなのが付いていたのだが・・・」
 「ロープの跡ですか!?」
 グリースは首を捻った。
 「変ですね・・・それは」
 「・・・あぁ、本当にな。それに、真赤になっていて、凄く痛そうだったぞ。でも、すぐに笑顔になって軟膏を塗っていてな・・・。あれはどういう笑顔なんだろ
う・・・」
 「・・・笑顔で薬を塗られていたのですか?それって・・・。あ・・・いやな想像をしてしまいました・・・」
 「は?いやな想像?」
 「・・・えっと・・・その・・・。閣下ってご結婚されていますよね。まさかとは思いますが・・・変なご趣味とか無いですよね?」
 「はぁ・・・?」
 「だから・・・その」
 「だからなんだ。言ってみろ」
 「・・・いいんですか?ロープで縛られてムチで打たれるのがご趣味とか・・・そういう・・・」
 「何という馬鹿げた想像力の持ち主なのだ、卿は。俺はたった今、頭が痛くなったぞ・・・。第一、ロープで縛るなら、両足に跡がありそうだろうが。閣下のは片

足だけだったぞ!!」
 「あ・・・そうですよね。聞き流して下さい」
 「あぁ・・・聞かなかった事にする・・・」
 グリーセンベックは想像力逞しい副官を見つめて溜息を付いた。




 部下達がとんでもない話をしているなんて事を知らず、アイゼナッハはその後も精進を続け、運動会では、夫婦とも、尋常ならざるスピードでゴールした。
 他の参加者が驚く中、2人は涼しい顔で、障害物をもブッちぎりで乗り越えて、誰が見ても文句なしで、優勝に輝いたのであった。


 その幼稚園での運動会の模様が帝国新聞の地方面に掲載され、部下達は事の真相を把握したのだが、アイゼナッハの隠れた一面に益々忠誠を誓ったという・・・。
 また、息子のユージィンは秋の写生大会で、父親と母親の二人三脚をクレヨンで描き、帝国アカデミーの絵画コンクールの幼稚園児の部で特賞を取ったそう
だ・・・。





Dad Ende





 100のお題より、「片足」です。


 まず・・・。
 これはコメディです・・・と、最初に断っておきます。

それから、原作終了後の世界です・・・これも、断っておきます。


 一応、私の設定では、アイゼナッハは統帥本部長って事になっています・・・ご了承下さいませ。


 それはおいといて・・・。
 アイゼナッハでホームドラマを書く、それもコメディで・・・を挑戦したら、こんな物が出来ました。
 妻の名と、息子の名前はオリジナルです。
 アイゼナッハで話を書く時は、絶対に彼には喋らせてはならない・・・。
 そして、そんな彼を家庭サービスの真っ只中に放り込む・・・無謀ですね。


 無言で、文句を言いたいのに我慢をしている彼。
 だけど、奥さんと息子を愛しているのね。
 ・・・だって、ちゃんと最後までやり遂げているんだから。(笑)


 最後にもう1度。
 これはあくまでコメディですので、アイゼナッハのイメージではないかもしれません。
 ・・・笑って読み飛ばしてやって下さいませ。