長男は自閉症・オヤジの日記、ほっこりと。

長男は自閉症・オヤジの日記、ほっこりと。

 妻と自閉症の長男と三人暮らし。日々の思いを書いてます。元自衛官です。音楽、家庭菜園、ガーデニング、旅行、鉄道、写真、ラーメンが好き。ペットのインコ、メダカ、金魚に癒されてます。

 

 会社清算で、古い書類の整理をしていると「処分したはずなのに、まだあったんだ」と懐かしい資料が出てきて、つい読み返し当時を思い出したりで、書類整理の手が止まった。

 これを日記として残そうと思って書きましたが、読んでいて私の自慢話のように感じましたら、スルーして頂ければ幸いです。

 

 

 お願いなお固有名詞を実名で出したので、後日アメーバ限定か、下書きに移行しますので、ご容赦願います。過去のことなので時効かとは思いましたが、許可なく実名を出したので・・・

 

 

♪ Take  It Easy (イーグルス)

気楽にいこうぜ、そんな歌です。

 

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 もう30年近くも前の話ですが、このワタクシが、なんとなんと、月刊誌のファッション雑誌(男子専科・ダンセン、メンズクラブ)のモデルとしてグラビア掲載、その当時のゲラ刷りや、ネガ、スタッフの手書きの打ち合わせ資料が出てきたのです。

 

 

●ミラノ(イタリア)のメンズアパレルメーカーの日本の代理店が、日本で売り込むため、日本人男性モデルを探している、と私の知り合いの知り合いの紹介という方が訪ねてきたのが事の始まりです。私が元自衛官で、儀仗隊経験者という経歴に興味を持ったのだそうだ。

 

 

日本 陸自の儀仗隊・帽子の上部をピーンと張るために円形にしたピアノ線を中に入れ、作業服の中に新聞紙を入れて折り目が目立つようにしたり。こんな経験もしました。

 

 

 ●一般の日本人に身近に感じてもらうために、モデルはイケメンやプロや外人ではなく、その辺にいるような日本人で、中肉中背、武士、サムライのイメージ、そんな条件に合うなら「顔の良し悪しは問わない」に少し引っ掛かったが、興味本位で引き受けた。

 

 素人なので謝礼は現金ではなく、撮影現場で使用のイタリアンメンズ、小物などを頂き、広告扱いなので私の名前の記載なしで雑誌に掲載、それで終わり、のはずでした。

 

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 ●ここからは自慢話のようにもなるので、読まずに飛ばして結構です。 

 

 ところが雑誌発売後、スタイル社(雑誌社)から、読者からモデル(私)宛に届いたという手紙が転送されビックリ!更に「あの日本人モデルは誰?」と問い合わせが入ったということで、顔の良し悪しは関係なしで安上がりの私に、再度の依頼が入った。当時のファッション雑誌で男性モデルは珍しいのだそうだ。

 

 今度は1ページ全面掲載で私の名前も記載というので、書店でページを開いて立ち読みをしていると「もしかして」と店員さんに名前を呼ばれ声を掛けられた。否定すると「ですよね」と言われたが、どこか不安な気持ちになった。

 

 撮影は雑誌社の専属ではなく、各社から仕事を受けるフリーのカメラマンで、通常はモデルクラブで手配(有料)をして撮影しているそうだ。彼は無料でモデルを引き受ける私を重宝し、雑誌の裏表紙の医療機器やジムの広告など、何かと話を持ってきた。

 ファイト一発!のCM(当時、渡辺裕之さん主演)にも関わった。撮影は東京のスタジオだが、背景が合成され、私が行ってもいないハワイで撮影したことにもなっていた。

 謝礼のスポンサーからの試供品、販促品、グッズ、ウエア、小銭入れ、バッグ、中でも腕時計は驚いた。また、箱で頂いた大量の販促品は、障がい者支援のバザーで役立った。

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♪Take A Chance on Me(アバ)

チャンスを つかめ!

 

 

●だが、あくまでも私は「障がい者支援を目的とした会社」を運営するのが目的なので、事情を説明し、その後のスポーツウエアの広告の撮影を最後に、お断りしました。

 

 

●もし断らずに引き受けていたら、人生が変わっていたかも、と後になって思ったし、知人からも言われたが、貴重な経験をしたことを記憶として残しておこうと、この記事を書きました。

 

 今になって思えば、何事も経験だとしても、よくやったなあ、と思いますが、誰でもできる経験ではないことなど、いろいろチャレンジして、よかったと思っています。

 

 長く生きていると、良くも悪くもいろいろあって、人生って面白いものですね。

 

 

 

 

♪ささやかなこの人生 (風)

 

 

 

 

 ●お年寄りに「明日の自分より、今日の自分の方が若い」と言われ、思わず感動した話です。

 

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♪The Young Ones(クリフ・リチャード)

 

 

 ●早朝、私は郵便受けの朝刊を取りに家の前に出ると道端に散乱している落ち葉が気になった。昨夜の風のせいだろう、とほうきで集めていると、さっそうと歩くスポーツウエアの男性が立ち止まり「ご苦労様」と私に言葉を投げかけた。ウオーキング中の高齢の男性だ。

 

 私は、ご苦労様、とねぎらってくれたお礼のつもりで「シャキッとして、姿勢が良くて、若いですね、ウエアも格好いいし」と、少しお世辞を入れて言った

 

 すると「この前ね、久しぶりに会った他人様から、年を取ったね、と言われてね。気分が悪かったよ。そもそも自分では、年を取った覚えなんか、ねえんだけどね。お世辞でも若いって言われると、気分がいいね」と少し笑った。

 

 私は、お世辞が見抜かれた、と、苦笑いをして「他人様が、年を取ったね、だなんて余計なお世話だっちゃね」と続けると、わが意を得たとばかりに

「明日より今日の方が若いんだから、他人様から年を取ったねと言われたって、私にとっては今が一番若いんだよ。あんただって、今が一番若いんだよ」と、また少し笑った。

 

 

●そして「どれや、ここで少し休ませてもらうべが」と言うので、私は庭のベンチに座るように促すと、ウエストポーチから携帯用灰皿とタバコを取り出した。

 

  私は「えっ、年寄りにタバコは健康に良くねえべ」と言うと「あんだ、なに語って(言って)んのや。タバコも酒も、こんなうめ(美味しい)もの我慢したら、それこそ健康に良くねえべや」と真顔で言いながら、煙草に火をつけた。

 

 タバコを吸い終わると「お邪魔したね、ありがとね」と、ウオーキングに戻った。私こそ意味深い話を聞かせて頂き、有難う、です。人生の先輩だけに、話に説得力があると思った

 

 

●「明日より今日の方が若い。だから今が一番若い」確かに。うまいこと言いますね。

そっか、私も、そう思うことにしよう。どうせなら、そう思った方がいいのかもね。

 

 

 

♪冬の散歩道

まだ冬には早いけど、聴きたくなったので。

 

 

 

 

♪若者たち

 懐かしい動画を見つけたので・・・ 中学生のころだったかな、感動した映画でした。

 

 

 

♪見つめていたい (The Police)

 

 

 ●会社清算で不要のパソコンをプライベート用に再利用のためデーターを削除しながらブログやニュースなどを読んでいると、やたら広告が多く、記事も隠れて、ほんと、邪魔!

 

 記事が読めず広告を削除しようと、×や縦の・・をクリックすると意図せぬサイトが開き、何度も削除を試み「次に」をクリックした途端「あなたのパソコンはウイルスに感染しました」と、訳のわからない画面が出てきた。アダルトサイトを閲覧したからだそうだ。

 

 それで削除しまくったら、間違ってマイピクチャーの画像をすべて削除、余計なことをしたとガッカリ。このパソコンは使えない、と更にガッカリしていると、

新聞広告に「決算SALE ¥29,800の中古パソコン販売」の広告が出ていたので、電話で注文、3日後に届きました。Windows11で初期設定済みで届いてすぐに使えたのが有難い。

 

 ネット記事など情報が無料で読めるので広告はやむを得ないが、問題は、その内容だ。特に、歯茎がグラグラや、かかとの皮膚を削る動画はリアルで気持ちが悪い。女性が「男性のお股の痒みに」という広告が、画像を変えては繰り返し出るのも下品で嫌だ。

 

 

「この広告を削除する」で削除したつもりが、その会社のサイトにアクセスされるのか、広告が繰り返されるので、何もせずに放置していますが、皆さんは、どう対応しているのでしょうね。

 

 私は、パソコンでは無意識にクリックしないよう気を付けてはいますが、悩ましいですね。

 

 

●実は悩ましいことが、もう一つ。カレーライスのスプーンを無意識に曲げてしまうことです。うっかり、やっちゃうので、悩ましいです。

 

 

 外食の際は「お店のスプーンだから曲げたら弁償よ」と妻に忠告をされるが、それを意識しながら食べるのも、なんだし、毎回ではないし。

 

 スプーンの柄の部分に曲がるポイントがあり、そこを指でなぞるだけ誰でも曲げられるので、超能力ではありません。ただし曲がったら元に戻せないか、折れるか、なのでご注意を。

 

 スプーンが曲がったその瞬間が、何とも気持ち良く、ストレス解消にもなるので、若い頃からやっていた、言わば私の癖です。この癖は直さなければと思いますが、この年になると手遅れで難しいし、ならば念のために、と木製のマイスプーンを用意しています。笑われるけど、これで、いいですよね。

 

 

 

♪Help 恋のヘルプ 1971年

B面の♪ワンスアポンアタイムも名曲です

 

 

 
 私は自閉症の長男の将来を見据え、知的障がい者支援を目的とした会社法人を立ち上げ、実習や雇用の場としての店舗も出して順調に推移。だが、事務所荒らしの被害で資金繰りが悪化し、廃業に追い込まれ、会社解散、清算手続きに入った、という内容です。
 
 少し長いので、飛ばし読みができるように要点に●印をつけました。
・・・・・・・
 

♪ The Boxer

 

 
●「障がい者支援を目的とした会社」として近隣に粗品持参で挨拶周りを済ませ、理解を得られた手応えを感じたが、その陰で「妙な声を出したり変な動きをする人がいる、何かあったらどうする?」など、知的障がい者への偏見と心無い言動もあった。
 店の前に並べた植木鉢が持ち去られたり、入り口にゴミを置かれたりの嫌がらせもあった。
 
 だが毎朝バス停までの道路の掃除をして、全ての通行人に挨拶をし、急な雨の日はビニール傘やタオルを通りがかりの人に無料で提供、自転車や荷物の一時預かりも引き受けたりしているうちに、徐々に理解されるようになった。そして、長男(自閉症)の出身校を手始めに依頼のあった支援学校、学級から実習生を受け入れるようになった。
 
 
●支援学校の先生は「無償でいい」とは言うが、 実習とは言え仕事をするからには「賃金」を支払うべきだ。その資金源として募金協力の趣旨の貼り紙をして、店内に大きなコーヒーの空き瓶の「募金箱」を置き、来店者にも協力を仰いだ。私は毎日100円硬貨を投入した。
 
 それから数年を経て、募金箱には温かい善意がどっしりと詰まり、募金箱は3個、うち2個がほぼ満杯になり、3個目が満杯になったら全部出して使う予定でいた。
 
 
●ところが、早朝に店のトイレの外窓を壊して侵入した事務所荒らしによって募金箱のお金が盗まれた。募金箱だけではなく、金庫もレジも壊され、現金はことごとく盗まれた。
 
 バールのような物で金庫が壊され、売上金、仕入れ用の現金、茶封筒に入れて用意していた工賃(給料)、キャビネットに保管の図書券、ギフト券、印紙、切手、とにかく金目の物は根こそぎ盗まれ、 通報で駆けつけた警察官が「ここまでやるか」と、あきれて驚いていた。
 
  朝日新聞(東京版)に掲載記事
イメージ 1
 
 
●私は店舗の家主に「盗難で現金仕入れができなくなり、やり繰りに支障が出ました。前家賃、敷金で90万円預けてあることだし」と家賃の猶予をお願いした。
 すると今後の家賃支払いを危惧し「出て行け」と言わんばかりに家賃の値上げと高額な契約更新料を要求された。更に「こんな問題を起こすような人に貸したくなかった」とまで言われ、返す言葉が出なかった。
 
 そして、入居して10年目、という名目で突然提示された契約更新料が300万円。しかも3か月以内に現金払いが条件で「履行できなければ・・わかるよな」つまり、退去せよとのこと。
 
 事務所兼店舗の物件探しでは「障がい者が出入りする」というとで、何軒もの不動産屋さんに物件を断られた。借りることができたのは、足元を見るかのような相場より高い家賃だったが、何度も頭を下げて、やっと借りることができた場所で、私には、それが弱みだった。
 
 家主の話を聞きつけた仲介不動産屋の社長の適切な対応のお陰で、300万円の話はなくなったが、家賃の3割値上げと駐車場料金が一台につき1万円の値上げが、一方的に決められた。
 
●盗難に遭遇して今までの努力が一瞬にして崩され、その後の東日本大震災の被害もあり、会社法人だけ残し、障がい者支援の店は廃業した。
 どれだけ私を打ちのめせば世の中は気が済むのだろう、と私は弱気になった。
 
 その現実を嘆いても好転する訳がない、と私は震災復興の土木仕事で立て直しを図った。一人親方でも被災地の地元業者として優先的に仕事が入り、世の中は悪い事ばかりはないと思った。
 
 
 障がい者であろうと、誰もが同じ人間として正当に生きる権利を持っているとの思いで私はやってきた。その思いは同じと信じていた支援学校の先生や他の親御さんからは、私が「障がい者支援の会社」を運営していることが当たり前のように思ってか、受け身で、提案のない「お願い」ばかりで、当てにされと感じるようにもなった。
 
 事務所荒らしが新聞に大きく報道されても、震災被害の時でも、助けを求めて声を上げても、皆さんは多忙のようで、私を当てにしていた人の誰からも、どこからも、支援は全くなく、相変わらず「お願い、相談」ばかり。
 
 不動産屋さんの社長から「障がい者?前世に悪いことをしたからだよ」と断る口実で言われたことが脳裏に浮かび、私の普段の行いが悪いからかと真剣に悩みもして、辛かった。
 
 窮地に陥って、私は、やっと、その現実に気が付いた。誰も悪くはないのだが、これで私は、今後の踏ん切りがつきました。
 
 
 
●震災復興の仕事が10年の節目で終了しても、その流れで入っていた土木仕事もインボイス制度の登録業者でないことで元請さんから仕事を切られ、そして、その残務処理の仕事も完了。
 
 1988年に立ち上げた「障がい者支援を目的とした会社」は税理士事務所と会社法人解散及び精算に伴う業務委託の契約で、その対応と事務所の備品や書類整理の昨今の私です。
 
 ちなみに、税理士事務所との契約初期費用は33万円。とりあえず、ですが・・・
会社をたたむのにも、お金がかかるのですね。ショボーン
 
 
 
 
 

♪雨に濡れた朝

讃美歌444番 ・世の初めさながら

 

 

 ♪幸せの黄色いリボン

ドーン

 

 

 ●ドーンドーンと花火の音が聞こえた。どこかの運動会?いや、イベントの合図のようだ。

 

 運動会と言えば、かつては地域の大イベントの学区民運動会を思い出す。地区対抗で点数を競い合うこともあり、各地区の応援合戦も賑やかで、普段と違うご近所さんの思わぬ一面を見て驚いたり、笑ったり。それがきっかけで、ご近所付き合いも親密になったりもした。

 

 学区民運動会は、昨今の諸事情で開催されなくなって久しいが、私と妻が二人三脚に出場したことがあった。

子どもたちの声援とPTA仲間のお父さんたちの冷やかしの応援で、私と妻は照れ笑いをしながら走って、成績は最下位だったが、参加賞でテッシュ1箱を頂きました。ニヤリ

 

 

 

●不便だった学区内に新しい道路が開通すると町内の状況が一変し、地下鉄駅まで車で3分程度で行けるようになり、更に町内にバス停の新設で便利になった。私の住む町内会は約600世帯で、交通が不便。老齢化が進んで空き家が目立つ地域だった。

 

 それが便利になると空き家は次々と解体され、一軒の空き家跡地はパズルのように複数の洒落た建売住宅に変貌。不便だった分、地価が安く、お手頃価格の建売住宅は、穴場とばかりに完成前に完売。町内は新しい住民で人口が一気に増え、犬の散歩やウオーキングで行きかう人が増え、防犯上、有難いと、私は歓迎している。

 

 だが新しい住民の中には、小学校の歓声やマイク音は「騒音」で耐え難い、と学校や役所に苦情を申し立てていたようだった。学区民運動会が開催されなくなったのは、そんな経緯もあったらしい。近所のお寺さんの除夜の鐘に同様の苦情が入った、と住職の奧さんから聞かされ、これには驚いた。それで、か。私は除夜の鐘を聴きたいのだが・・・

 

 そういえば、町内会の盆踊りも時間縮小したし、学校のチャイムも聞こえなくなり、夏休みの小学校のプールも閉鎖され、子供たちの楽しそうな歓声も聞かれなくなった。 

 

 我が家から小学校は近く、2階のベランダから小学校の校舎も校庭も見える。それで子供たちの歓声やチャイム、校内放送、先生のマイクでの指導の声が、よく聞こえていた。今の小学校ではこんな指導をしてるんだ、あの先生の話は面白いな、などと興味深く聞いていたりもした。

 

 運動会は昼過ぎに終わるし、盆踊りは櫓の太鼓や笛をやめて控えめな音量で2時間で終了、屋台の数も縮小、と近隣に配慮。子供たちは案内のポスターを描いて貼ったり、楽しみにしているので、大きな気持ちで、少しだけ我慢して頂けたらなあ。

 日曜日になると、バーベキューで昼から賑わう家が増え、私は、楽しそうだな、と好意的に受け止めているが・・・お互い様なんだけどね。

 

 

  それはさておき、運動会の二人三脚で完走したことだし、今更だが「お母さん、これからもよろしく」と心で思った私です。

 

 

 ♪Happy Together (タートルズ)

 

 

♪ I'm yours

私の好きな歌

 

 

●母の遺品整理で、その風呂敷包みを開けて中を見て、母の心遣いを感じた話です。

 

・・・・・・・

 

♪エデンの東

ジェイムスディーンが格好良くて何度も見た映画。当時はカラーでなくモノクロでした。

 

・・・・・・


●母が他界して何年も経つというのに気が重くて遺品整理が進まない。それでも、久しぶりに晴れた気持ちの良い日に、衣装箱の中の整理をすることにした。すると、紫の風呂敷包みの中から沢山の足袋が出てきた。

 民謡と踊りが趣味の母は着物で過ごす日が多く、それで沢山の足袋が必要だったのだ。だが、風呂敷の中の足袋は痛んでいて、明らかに使い古しの物ばかりだった。

 

 

 それを見た私は、陽だまりの縁側で老眼鏡をかけて足袋を繕っていた亡き母の姿が目に浮かんだ。私は「その足袋、節約してまた履くの?みっともないから、やめてよね。新しいのを買ってあげるよ」と母に進言したものだった。


  私の言葉を受けた母は「いくら私でも、この足袋は履けないよ。 長いことお世話になった足袋だから、感謝の気持ちを込めて、洗濯をして、きれいにしてやって、ほころびを繕って、今まで有難う、って言って捨てるんだよ。人間だって同じなんだよ。節約とか、そういうことじゃないんだよ」と踵(きびす)を返した。


 ふと、私は人員整理や派遣切りのことが思い浮かんだ。厳しい事情はあるだろうが、使用していた側は、それまで働いた人への労(ねぎら)う気持ちや「心のほころび」を繕う気持ちがあったのだろうか。

 使用された側も、それまで給料をもらっていたからこそ生活ができていた、ということを鑑(かんがみ)るだろうか。

 

 

咲き始めた彼岸花

 

●たとえ、安価な使い捨ての商品でも、それを考案した人、作った人、販売した人のことを思うと、用が済めば無意識にポイ捨てをしていた私は少し考えてしまった。

 

 ポスティングのチラシも猛暑の中で配達した人のことを思うと、安易に捨てるのも忍びなく思った。配られたチラシに目を通すと、行きつけの店の割引券が入っていてラッキー!こんなこともあるのだ。

●人間としての心がけとして、今までお世話になった人や、去った人、使用した物にも「これで終わり」ではなく感謝の気持ちを忘れないようにしようとの気持ちになった。

 

 私は母の遺品整理を通して、そんな気配りのできる母は、残したものにですら、何かを教えてくれ、私にとって有難い存在だったと改めて思いました

 

・・・・・・

 

♪Poor Side Of Town (J・リバーズ)

私の好きな歌

邦題は♪僕らの街

 

 

 

 

 

♪ドック・オブ・ザ・ベイ (和訳付)

ドックはDock、波止場のことです。

 

 

●私は自閉症の長男が参加の知的障がい者対象のスポーツ団体(会員数 約60名)で、20年前から日曜限定で、担当メンバーの運動の補助や指導、用具の準備、片付けなどの手伝いをしている。

 

 

ランニング 私の担当のメンバー

 

 時には、高齢の私が経験豊かなベテランお父さんとして、付き添いの親御さんや支援員さんの話し相手になることもある。下記は、付き添いで来たお母さんから「高校3年生のお兄ちゃんのことですが」と相談を受けた話です。

 

・・・・・・

 

 お兄ちゃんは高校総体が終わってから無気力になって、担任の先生も気にかけてくれてるが、何を言っても何を聞いても投げやりで、お父さんが話し掛けても同じ、とのこと。

 

 お母さんが「きょう、付き添いで一緒に来てるので先生 (私のこと)から、お兄ちゃんと話をしてくれませんか?」と話を切り出した。私は躊躇をしたが、聞くだけ聞くことにした。

 

 

 そして彼に「3年生だよね、部活も終わって、これから、どうするのかな?」と、挨拶代わりに声を掛けてみた。

 

 すると「これからのこと? 何をしたいか、って言いたいんでしょ? なんでもいいよ、どうでもいいし。最近いろいろ言われるけど、関係ない人には言われたくないしね」と返された。温厚な口調だったが、少し苛立っているように思えた。

 

●それを受けた私は「なんでもいい、は、どうでもよく はないんだよ。人からどう言われようと、どう思われたって いいけど、ひねくれたり、投げやりはダメ」、話はそれだけ。そう言って彼と話すことをやめた。私は他の人のような優しい気遣いができないと思ったからだ。

 

 

 その後、余計な事を言ったのでは と後悔していると、あの母親から嬉々として「お兄ちゃんが自分で塾を選んで申し込んできました」と知らされ、たまたまだったが、結果オーライのようで安堵した。彼なりに考えて行動したのだろう と思うと、なぜか、嬉しかった。

 

 

 だが、親でも現役の先生でもない高齢者私の言動は、今の世の中では老害と言われるのかな、などと、もやもや感が払拭できないでいる。年寄りは、出しゃばらず謙虚がいいのかな。それでも、結末が幸せになれることを願ってます。

 

 

 

 

♪幸せな結末(大瀧詠一)

 

 

 

 お金をかけずに喜んでもらえた敬老の日のプレゼントの話で、参考になればと、過去の敬老の日の出来事を出しました。

敬老の日は今も、9月15日だと思っている私です。

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♪Constantly (クリフ・リチャード)

原曲はイタリアのカンツォーネ

 

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●ご近所のおばあさんに、敬老の日に「庭の雑草の除去作業」をプレゼントにしようと思いついた。そのおばあさんと亡き母とは親しい仲で、私と気心も知れている。それだけに、お金をかけないプレゼントなら、お互いに気を使わずに済むと思ったからだ。

 

 

 おばあさんは一人暮らしで、庭の手入は植木屋さんに任せているようだが、日に日にはびこる雑草取りまでは手が回らないようなので雑草取りをプレゼントにしようと決めた。どうせならサプライズに、と薄暗い早朝に、こっそり行くことにした。

 

 当日の早朝、私は軍手に長靴、頭にタオルを巻いた現場仕事の恰好で、いざ出動。おばあさんを起こさないように、音をたてないように、と手早く済ませ、雑草や枯草などでパンパンにふくれたゴミ袋を引きずるようにして家に持ち帰って終了。

 

 真面目な顔で冗談を言っては私をからかって喜ぶ人なので、心ひそかにサプライズの反応を楽しみにした。

 

 まだ早いけど彼岸花・昨年の画像


 

●ひと仕事を終えた私はコーヒーを飲みながら朝刊を広げ、おばあさんが朝起きて、さっぱりとした庭を見たら驚くだろう、さてさて、どう出るだろう、楽しみだ、と一人でニヤニヤして悦に入った。

 

 ところが、だ。おばあさんはNHKのラジオ深夜便を聴いているので、あの時間は起きていて庭の物音に気が付いたそうだ。そして、用心してカーテンの隙間からこっそり庭の様子を見ると、私が草むしりをしているとわかって安心したそうだ。

 

 お礼を言おうとしたが、私が険しい顔で、あまりにも忙しそうに動いていたので、声をかけなかったらしい。

 

 このことは、私が家に戻ってから「おばあさんから、お礼の電話があったわよ」と妻に言われてわかったのだが、サプライズにしようと工夫してコソコソやって、腰も痛くなったのに、拍子が抜けた。も~。

 

 

♪19回目の神経衰弱 (R・ストーンズ)

曲の最後のギターのテケ・テケ・テケが好き。

 

 

 しかも電話は、私が作業を終えたのを見計らってかけて、カーテンの隙間から見たのはBSテレビの再放送「家政婦は見た」の真似をしたんだって!「年寄りは早起きなのよ」とも。相変わらずお茶目なおばあさんだ。1本、やられました。

 

 そして「何よりの敬老の日のプレゼントでしたよ、お宅のご主人らしいわね、有難う」と喜んでくれたそうだ。サプライズは失敗して、あちこち虫に刺され痒くてムヒを塗りまくっていたが、喜んでもらえたので気分は爽快。

  なお、おばあさんから、町内会からお祝いで頂いたという日本酒の二合瓶を「私は飲まないから」と、頂きました。

 

 

●おばあさんの話では、敬老の日が近くなると、近隣の保育所や幼稚園児たちが「肩たたき券」のプレゼントを持って訪ねてくるそうだ。見たこともない子供たちが肩たたき券を渡し、元気な声で挨拶をし満足そうに先生と一緒に帰って、それでおしまい。

 

 それで「肩たたき券の使い方を知らないから、一度も使ったことがないのよ。沢山あるから、あなたにあげるわ。捨てるのも、なんだし」と言われたが・・

 

 言われてみれば、友人も同じようなことを話していた。「お返しプレゼントを期待され、肩たたき券が高くついた」と苦笑していたが「肩たたき券」のプレゼントとは、いったい何なんだろうと思いました。

 

 それはさておき、あのおばあさんは、私への言葉には毒は少しあるが、冗談が好きで明るく楽しく自由に一人暮らし生活を満喫してるかのようだ。この調子なら、長生きするだろうと思い、心から、そう願った私でした。

 

 

 

♪パサデナのおばあちゃん(1964年)

ジャン&デイーン

 

こちらは、ビーチボーイズで

ボーカルが、どこかトランプさんに似てる・・

 

 

 

 食事に困っている子供の話です。前回( 9/1)の記事を書き終え、ふと思い出した過去の記事を、要約して出しました。私が幼少期に他家に預けられて食事抜きの経験が、食事に困っている子供に思いを寄せたのでは。でも私の思い込み、余計なお世話だったかとも。少しでも共感して頂けることを願って出しました。

 

・・・・・・・・・

♪I’m Yours(ジェイソン・ムラーズ)

私は君のもの、私の好きな歌。

 

 

・・・・・・・・・・

 

●私の事務所の空きスペースに、特別支援学校、学級の職場体験や実習の場として「駄菓子屋」を設けていた。すると、決まって夕方に小銭を持って駄菓子を買いに来る二人の小学生がいた。

 

 母子家庭の子供で、母親はパートを掛け持ちで多忙で夕食を用意する余裕がなく、それで小銭で買える駄菓子を夕食の足しにしていることが、二人の会話でわかった。

 

 食べ盛りの子供が夕食に駄菓子では、空腹は満たされないだろう、何かいい方法はないか、あの子供たちのプライドを傷つけないように、などと知恵を絞って「その子供だけ」のための貼り紙をした。

 

 

       丸レッド200円で おとくな「まんぷくセット」を はんばいします。

カップめんなど ないようは おんちゃんの おまかせ です。

 代金は自分で はたらいて おかねをもらえるようになってから持ってきてください。

 

 そのときに おんちゃんの店が つぶれるかして なくなっていたら そのおかねは 災害などで  こまっている人に きふをしてください。

 コンビニなどの募金箱でもいいです。おねがいします。お願い 店主より。

 

 

 これを読んだ子供たちが、自分のことより、私の店がつぶれることを心配してくれたことが嬉しかった。その優しさが嬉しかった。

 

 

●その後、東日本大震災などもあって、店は本当につぶれた。頑張ったんだけどね、ゴメン。

でも、人の痛みのわかる子供たちのことだから、自然災害の多い昨今、各所で見かける募金箱に寄付をしているに違いないと思っています。

 

 

●幼い頃の記憶は、大人になっても無意識に心の底に残っているもので、その後の自分に影響を与えている。そう思った私は、相手が子供であろうと、自分より立場が弱い相手であろうと、その人の記憶のためにも、人には優しく、対等に接したい、と改めて思いました。

 

 

 

♪イマジン(和訳付き)

 

 

♪Remenmber When

 

 

●私は幼い頃、家を離れて親戚宅や農家などに転々と預けられて育った。会社経営の父が保証人となった借金の肩代わりで会社が倒産して大変な状況になったからだ。

 

 失職した父は英語とドイツ語が堪能ということで米軍の進駐軍の通訳の仕事を得たが、臨時の急募で雇用期間の保証はなく、借金返済と家族6人養うには程遠い収入だったようだ。

 

 父は職安に通い複数の仕事に従事、母も同様に多忙で、経済的な理由で幼稚園を退園の私を他所に預けるしかなかった。

 

 父は事業が順調で裕福だった頃、父を頼りに金銭的な支援を求めた親戚などに、私を預かって欲しいと要請した。父は「困ってる時に助けた人たちだから」と私を安心させた。

 

ハイビスカス 猛暑で仙台でもハイビスカスが元気です。猛暑もまんざらではない、とでも思おうか・・

 

 

 だが、その親戚宅では、私は「役立たずの足手まといの無駄飯食い、邪魔者で迷惑な存在だ」と露骨に言われた。私は口答えをせずに、それを言った相手の顔をじっと見ていると「なんだその顔は!可愛げがない」と暴力も。我慢はしたが「こんな子供を預ける親がいるなんて」と、私の親が口汚く批判されることの我慢は辛かった。

 

 その家では、働かざる者は食うべからず、と私に食事を出ない日があり、何度か近くのお寺さんの井戸水を飲んで空腹に耐えた。

 

 ある日、井戸水を飲んでいる私の背後から「よく来るが、どこの檀家さんの子かな?」と声がした。庭掃除をしていたお寺のお坊さんだった。

 

 私は「預けられてこの土地に来た他所者です、ごめんなさい」と言い訳をした。お坊さんがホウキを持っていたので叩かれると思い、頭を抱えて逃げるように走り出すと「もう少し話を聞かせてくれないか」と呼び止められた。

 

 私は立ち止まって「役立たずとか、捨て子、とか言われたり、自分の親の悪口を言われるのが嫌だ」などと、そんな話をした。

 

●するとお坊さんは「誰かが君に贈り物をして、君が受け取らなかったとしよう。その贈り物は誰の物かな?その贈り物は、君が受け取らなかったから、贈り主の物だよね。言葉も同じだよ」と話してくれた。ブッタの教えらしい。子供の私でも理解ができて、心に刺さった。

 

 それ以来、ことあるごとに、この話を思い出しては、何十年も生きてきた。

 

 

●先日、大手企業の中堅担当者に、零細な私の会社と仕事の内容を揶揄された。しかも嫌味と受け取れる過剰な敬語を使い皮肉たっぷり、勝者気取りの上から目線で腹が立ったが、お坊さんの「言葉も同じだよ」との話を思い浮かべ、作り笑顔で聞き流した。

 

 だが私の内心は悔しさが残り「大きくて有名なのは会社で、てめえじゃねえよ、えらそうに、ケツの青いアホ以上のくそガキが!豆腐の角に頭をぶつけて〇んじまえ、10年早いんだよ、バカヤロ~」と言いたかったが、口に出さないだけのこと。私は彼と違って大人だからね(^^)

 

 乱暴な表現で失礼しました。でも、これを書いたらスッキリしました。有難うございます。

 

 

 

♪キラークイーン (Queen)

カラオケに入ってるので挑戦してみては?

 

 

 

♪ほほにかかる涙

これもカラオケに入ってます。