会社清算で、古い書類の整理をしていると「処分したはずなのに、まだあったんだ」と懐かしい資料が出てきて、つい読み返し当時を思い出したりで、書類整理の手が止まった。
これを日記として残そうと思って書きましたが、読んでいて私の自慢話のように感じましたら、スルーして頂ければ幸いです。
なお固有名詞を実名で出したので、後日アメーバ限定か、下書きに移行しますので、ご容赦願います。過去のことなので時効かとは思いましたが、許可なく実名を出したので・・・
♪ Take It Easy (イーグルス)
気楽にいこうぜ、そんな歌です。
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もう30年近くも前の話ですが、このワタクシが、なんとなんと、月刊誌のファッション雑誌(男子専科・ダンセン、メンズクラブ)のモデルとしてグラビア掲載、その当時のゲラ刷りや、ネガ、スタッフの手書きの打ち合わせ資料が出てきたのです。
●ミラノ(イタリア)のメンズアパレルメーカーの日本の代理店が、日本で売り込むため、日本人男性モデルを探している、と私の知り合いの知り合いの紹介という方が訪ねてきたのが事の始まりです。私が元自衛官で、儀仗隊経験者という経歴に興味を持ったのだそうだ。
陸自の儀仗隊・帽子の上部をピーンと張るために円形にしたピアノ線を中に入れ、作業服の中に新聞紙を入れて折り目が目立つようにしたり。こんな経験もしました。
●一般の日本人に身近に感じてもらうために、モデルはイケメンやプロや外人ではなく、その辺にいるような日本人で、中肉中背、武士、サムライのイメージ、そんな条件に合うなら「顔の良し悪しは問わない」に少し引っ掛かったが、興味本位で引き受けた。
素人なので謝礼は現金ではなく、撮影現場で使用のイタリアンメンズ、小物などを頂き、広告扱いなので私の名前の記載なしで雑誌に掲載、それで終わり、のはずでした。
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●ここからは自慢話のようにもなるので、読まずに飛ばして結構です。
ところが雑誌発売後、スタイル社(雑誌社)から、読者からモデル(私)宛に届いたという手紙が転送されビックリ!更に「あの日本人モデルは誰?」と問い合わせが入ったということで、顔の良し悪しは関係なしで安上がりの私に、再度の依頼が入った。当時のファッション雑誌で男性モデルは珍しいのだそうだ。
今度は1ページ全面掲載で私の名前も記載というので、書店でページを開いて立ち読みをしていると「もしかして」と店員さんに名前を呼ばれ声を掛けられた。否定すると「ですよね」と言われたが、どこか不安な気持ちになった。
撮影は雑誌社の専属ではなく、各社から仕事を受けるフリーのカメラマンで、通常はモデルクラブで手配(有料)をして撮影しているそうだ。彼は無料でモデルを引き受ける私を重宝し、雑誌の裏表紙の医療機器やジムの広告など、何かと話を持ってきた。
ファイト一発!のCM(当時、渡辺裕之さん主演)にも関わった。撮影は東京のスタジオだが、背景が合成され、私が行ってもいないハワイで撮影したことにもなっていた。
謝礼のスポンサーからの試供品、販促品、グッズ、ウエア、小銭入れ、バッグ、中でも腕時計は驚いた。また、箱で頂いた大量の販促品は、障がい者支援のバザーで役立った。
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♪Take A Chance on Me(アバ)
チャンスを つかめ!
●だが、あくまでも私は「障がい者支援を目的とした会社」を運営するのが目的なので、事情を説明し、その後のスポーツウエアの広告の撮影を最後に、お断りしました。
●もし断らずに引き受けていたら、人生が変わっていたかも、と後になって思ったし、知人からも言われたが、貴重な経験をしたことを記憶として残しておこうと、この記事を書きました。
今になって思えば、何事も経験だとしても、よくやったなあ、と思いますが、誰でもできる経験ではないことなど、いろいろチャレンジして、よかったと思っています。
長く生きていると、良くも悪くもいろいろあって、人生って面白いものですね。
♪ささやかなこの人生 (風)








