仙台のオヤジの日記、ほっこりと。長男は自閉症。

仙台のオヤジの日記、ほっこりと。長男は自閉症。

 妻と長男と三人暮らし。日々の思いを日記として書いてます。音楽、園芸、旅行、鉄道、寺社、ラーメンが好き。バンド、格闘技もやってました。ペットはインコとメダカ。

 

●新幹線の車内で「だからさ、邪魔なんだよね」と、足元にバッグを置いた妊婦に苛立つ中年男性に、年配男性の「そんな言い方しなくてもいいでしょう、見ればわかるでしょうに」の一言に救われた。これは今朝、ネットで読んだ記事の内容です。

 

 

 2020年7月22日の私のブログに出した「松葉杖で通院中に「邪魔!」と見知らぬ人に叱責されたが若者にファローされた」という私の記事と、ネットニュース記事の「新幹線の年配男性の一言にっ救われた」と同じように、私がたまたま居合わせた若者の一言で救われたことを思い出しました。5年前の出来事でしたが、今も、同じようなことがあるんですね・・・

 

 

 

 

 

●私は心臓と右足の外科手術を受け、その後、退院後も通院は続いていた。その状態での自力での通院を心配した看護師さんが用意してくれたレンタルの松葉杖で、なんとか通っていた。

 

 その日は循環器内科と形成外科での複数の検査が入り、時間がかかることもあって、朝一番の予約になっていた。

 

 通院時間が朝のラッシュ時に重なるが、検査の時間に間に合うように道路渋滞の心配がない地下鉄を利用した。駅の長い連絡通路は、松葉杖で迷惑にならないように壁際に沿って走行した。

 

 ところが、後方から「邪魔!」と怒鳴り声が!そして声の主は私を追い抜き、振り向きざまに私を睨みつけ、カツカツと靴の音を立て足早に去って行った。

 

 いい年をしたオヤジが公衆の面前で自分より若い人に叱責され、バツが悪かったが、朝のラッシュ時には確かに邪魔だと思った私は軽く頭を下げ、気を取り直して足を運んだ。

 

 すると、後方からリュックを背負った若者が私と並走するように歩き始めた。エスコートしてると感じた私は「有難うね」と声を掛けると若者は「オジサン、邪魔じゃないよ、うちの弟は、ずっと車椅子だけど、邪魔じゃないよ」と真顔で応えた。

 

 そして「邪魔!だなんて、あんな言い方をしなくてもいいのに」などと話す彼の言葉が障がい者を持つ家族の葛藤の様にも本音のようにも思えた。障害を持つ長男の父親としての私にはそう思えた。

 

 

●彼は障害を持った弟さんのことで、いろいろな思いをしてきたのだろう。特に、子供は外見で無意識に残虐なことを言うことがある。そんな経験もしてきたのだろう、と察しがついた。私も同じだった。悔しかったろうな・・辛かったろうな・・・

 

 ほどなく彼とは別れたが「君の弟さんは、最高のお兄ちゃんを持って幸せだね」と言ってあげればよかった、と後で思った。

 

 

●新幹線の車内で苛立つ中年男性から妊婦さんを救った年配男性の一言と、かつて松葉杖で歩行中に、見知らぬ人に苛立って叱責された私を救ってくれた若者に、改めて心から感謝している私です。有難うございます!

 

 

 

 

 

 

 

♪花のサンフランシスコ

かつて大学の聴講で行った街、画像が懐かしくて涙が出そう・・

 

 

●長男がインフルエンザに感染。のどの痛みを訴えるが平熱で、ワクチンも打ったし、と普通の風邪かと思ったが、念のために病院で検査を受けると陽性でインフルB型に感染、とのこと。

 

 過去に家族全員が正月にインフルエンザに感染し大変な思いをした我が家では、インフルエンザに関してはナーバスで、ワクチン、マスク、消毒、部屋の換気には気を配り、コロナを機に奮発して146,000円もする空気清浄機のエアードックも買った。それなのに・・

 

●エアードッグはキャスター付きで移動ができるが重くて2階に運ぶのは無理。大きくて場所も取るし、小型にすれば・・と後悔はしたが、手入れのフィルターが驚くほど真っ黒になっていたので、空気清浄の効果を実感。価格相応の優れものだと思いました。フィルター掃除は簡単で、買い替えの必要がなく何度でも使えるのが有難い。

 

 

 

●病院では、家族がインフルエンザ感染者ということで妻と私も検査を受けた。二人とも陰性だったが、医師は、5日間、かつてのコロナ感染のような対応を厳しく指示。

 

 そして、感染者家族が院内に入ったことで、医者は「非常識だ」と怒鳴りながら私たちに駐車場の車内で待つように指示し、5日分の薬を処方した。薬の受け取りも支払いも駐車場の車の中でした。

 

 陰性とわかった途端に医者の態度が穏やかに変わり、それだけインフルエンザに対して危機感を持っているんだ、と思った。特に宮城県は感染者が増加しているようなので、私が怒鳴られたのもやむを得ないね。

 

 

 私は陰性だったが、筋肉の痛み、倦怠感や嘔吐で3日間は食事ができず、低血圧(下が50)でフラフラしたり、辛かったね。もしかして、感染していたのか、それとも、別の病気だったのかも・・・・回復を実感したのは、処方の薬を飲み終えた2日後だから、1週間くらいかかったかな。

 

 

●やっと嘔吐から解放され食欲が戻ったので、先日は牛タンと生牡蠣を思い切り食べました。家族全員の快気祝いのつもりです。

 

 思わず♪ゴーゴーゴー イーグルス 杜の都の牛タンパワー!スタミナ(オイ)満点、(オイ)止められない(わっしょい  わっしょい)とイーグルスの応援歌が口に出ました爆  笑

 

 

 せっかく応援歌が出たので・・・楽天イーグルスに加入の日本復帰の前田投手は、選手から尊敬されマエケンさん、とスター扱いで大歓迎。また、ソフトバンクから現役ドラフトの佐藤直樹選手もやる気満々の熱い人柄で、仙台によく来てくれた、と早くも人気者。楽天は毎年4位ですが、今年こそは3位以内が期待できそう。楽天の優勝は夢のようだけど、それでも楽しみです。

 

 

♪Daydream Believer

 

 

 

 

 

♪若者たち

昭和の青春を感じる歌。映画も何度も見ました。

 

●外資系保険社の外交員さんが、雑談で「娘が東京の私大に決まり上京することになって、上の子も東京の私大に通ってるので仕送りが大変だ」と話した。私は「二人も東京の私大に!どんだけ稼いでるの」と言いたくなったが、黙って聞いた。

 

 高校卒業後の私は、浪人をして住み込みで朝刊と夕刊の新聞配達をして予備校に通った。入学金、学費、生活費等の資金調達の目途がつかないと受験すらできない。親からの仕送りはなく、経済的な負担を抑えるために志望校は学費の安い大学を選んだ。

 

 

●会社経営者だった父は、保証人詐欺で多額の負債を抱えた状況で「大学には行け、学費は何とかする」と言ってくれたが「新聞配達は住み込みで家賃もかからないから」と仕送りを断った。

私の進路は法学部で、弁護士を視野に入れたのは、詐欺被害で苦悩の親の姿を見ていたからだ。

 

 

●高校の卒業式の後、私は洗面具と簡単な着替え、参考書などを詰めたバッグ一つで東北本線に乗り、東京に着くと地図を頼りに住み込みの新聞店を目指した。

 

 それからの生活は、絵にかいたような貧乏生活で、筑豊(福岡県)出身で私と似たような境遇の仲間に出会い、お互いにパンの耳が主食のような生活だったが、東北弁と九州弁で夢を語り合えて、それなりに楽しかった。

 

 そんな私の東北訛りを、周囲の人が口真似や揶揄して笑いのネタにするので、私は自ら話さず聞き役に徹していた。それで「あいつは東北人だから無口だ」と言われていたが、彼らに悪意はない、聞き役の方が楽だ、と思うようにした。

 

 

●大学に入ると、仲間との行きつけの喫茶店があり「第二勉強部屋」と称して一杯のコーヒーで1時間以上過ごした。寂しくなると、誰かがいるはずと、足を運んだ店でもあった。

 

 その喫茶店のマスターは、中卒の集団就職で青森から上京、住み込みで日本橋の繊維問屋に就職したと聞かされていた。彼は「働いて働いて残業して、貯金ばして、わ(私)の店を出した。おめらも頑張れよ」と話す苦労人で、我々の良き理解者でもあった。

 

 時には「田舎から送られて来た」とリンゴを小さく切って、「け(食べなさい)」と、みんなに出してくれたり、我々の親のような存在だった。

 

 

 マスターは「大阪弁や九州弁と違って、東北弁は周囲からバカにされ、からかわれるので無口になって、話す相手は東北人が多くなり、それで訛りが抜けなくなったとのこと。「でも、今は饒舌だべ」と笑わせたが、無口になったのは私と同じ理由だと知って、なぜか安心した。

 

 

星先般の右目の負傷が回復し陸上のお世話係りに復帰しました。皆さんからの温かいコメントが嬉しくて、痛くても頑張れました。心より感謝しています。有難うございます!

 

 

 

●昭和の奨学金は、よほどの成績優秀でないと借りられない狭き門で、私は書類審査の一発で落ちた。奨学金は我々には高根の花で、私を含めた大半はバイトでやり繰りをしていた。

 

 卒業して就職しても奨学金の返済に苦慮してると、昨今、耳にするが、奨学金と言えども人様から借りたものは返すのは当然のこと。返済しないことで、次の世代の奨学金運用に影響を与えないかと危惧している。

 

 

●スマホがない昭和時代は、ゲームはダイヤモンドゲームの類。待ち合わせや連絡は、公衆電話や駅の掲示板の黒板で、定期的に駅員さんが消しに来るチョークで書かれた他人の伝言を読むのも興味深く、便利なシステムだと思って利用していた。

 

 

サイコロダイヤモンドゲーム

 

 あの「第二勉強部屋」の喫茶店のマスターは、私たちの会話を耳にして「ねたまず恨まず、陥(おとしい)れず、他人の不幸を揶揄せず」と諭してくれた。

 

 そのお陰で、お互いにお互いをリスペクトすることを教わった。それが後の私に影響を与えてくれたとのでは、と思っている。

 

●あの当時は、過激な学生運動でヘルメットの学生が機動隊に角材で応戦したり、火炎瓶が飛び交ったり、大学は立看だらけでロックアウトや休講もあったが、良くも悪くも、いや、良き昭和の時代だったのかも・・・

 

 

 

♪勝利をわれらに (ジョーン・バエズ)

新宿駅西口広場のフォーク集会で、みんなで歌いました。

 

 

 

 最近の電話やネットでの詐欺、安易な闇バイト、特殊犯罪などの報道を耳にするたびに、便利になり過ぎたと思いながら、防犯協会のアドバイスで電話を留守録に設定した高齢者の私です。

 

 

 

 

 先週の日曜日、雪に備えて庭の植木鉢を移動しようと、植木鉢を持ち上げた瞬間、枯れ枝が勢いよく右目に刺さりました。

 もう、痛いのなんの、って・・・

仙台弁で言えば「いぎなり いでがった(思い切り痛かった)」んでがす。やんだごどね。

 

 眼科の看護師さんは点眼が上手で、さすがプロ!

私は、治療の後、家で1時間ごとに自分で2種類の目薬を点眼するのですが、ダラダラ流している有様です。

 

 それで通院治療中です。左目は無事ですが、片目で記事を書くのがままならず、この1週間、更新をしてませんのでご容赦願います。それでも内科と違い、日に日に良くなっているのが実感できるのが幸いです。

 かなり調子が良くなったので、車の運転が可能になりました。

 

 来週から、また記事をアップしますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

♪ The Sound of Silence (Saimon&Garfunkel)

 

 

 

●東京と沖縄の女子高校生の「まるごと交換留学」の1月16日TV放送「笑ってこらえて」を見て、父親とギクシャクしているという東京の女子高校生の話にドキッとした。かつて、私もあの父さんと同じようなことがあったからだ。

 

 

●それは私の娘が高校生の頃、特に心当たりはないのだが、父親の私と娘との話が噛み合わず、ぎくしゃくしていた。 それまでは、花よ蝶よ、と溺愛して仲良くしていた娘だったが、難しい年ごろなのか、反抗期なのだろうか・・・

 

 そんなある日、夜遅くまで2階の娘の部屋の明かりが灯っていることに気が付いた。定期試験の勉強をしているようだった。

 

 私は、お腹がすいたろう、とかわいそうになって、お握りでも差し入れするか、と深夜の台所に入った。そしてあれこれ探したが、海苔のある場所がわからない。

 

 ならば海苔の代わりに味噌だ、娘の好きな定義山の「焼きめし(味噌焼きおにぎり)」にしよう、と機転を利かせた。

 

 

●味噌お握りは、ボロボロご飯粒が飛び散ったりで難儀はしたが、何とかそれらしく握り、オーブントースターで焼いた。そして、味噌の香ばしい匂いが漂った頃を見計らい、2階に上がり声を潜めて娘を台所に誘った。

 

定義山の「やきめし」

  

 

 

 

●娘は味噌の焼けた香ばしい香りに誘われたかのように台所に入ったが、その瞬間「何? これ? えっ? ここにも」と指をさした先にはご飯粒が散乱していた。 

 

 私が味噌お握りを握っていた時に、ご飯粒が飛び散っていたのだった。私は、そこまで気が回らなかった。後片付けも・・・

 

 

 娘は「朝起きて台所に入ったお母さんががっかりするから」と、床にひざまづいて、丁寧にご飯粒を拾い始めた。

 

「お父さん、ね、余計なことをしちゃった、ごめんね」と詫びると「ううん、全然。それよりお父さんの味噌お握り、大きさや形がいろいろあって楽しいし、おいしそうだし、早く食べようよ」と笑った。

 

 それを機に、まるで北国で待ち焦がれた春先の雪解けの様に、ぎくしゃくが解消したように思えた。調子に乗った私は「味噌をつけて握るとボロボロするから、手にゴマ油を塗って握ったんだぞ」と自慢をすると「それ、いいね。よく思いついたね」と褒められた。 

 

 

 こんなことでも、ささやかでも、些細なことでも、これを「幸せ」と言うのだろう。、幸せだと思えば、幸せなんですね。

 

  その気持ちを大切に、と「味噌お握り」で、思いを新たにした幸せを感じた父親の私でした。

 

 あのTV番組のお父さんも、最後には娘さんとの仲が雪解けしたようで安心しました。父親の娘への思いは、どこも同じで、そのことにも安心しました。ニコニコ

 

 

 

 

♪Lovers Concerto

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪ ラジオスターの悲劇 (The Buggles)

トイレで中年男の悲劇が・・

 

 

●形成外科に通院でのこと。私は診察室に続く廊下に立って呼ばれるのを待っていると、車椅子の中年のヒゲの男性が大声で「あ~ あの人が私の邪魔をしてる!」と私を指さした。車椅子で通れるスペースは十分あるが、彼は私が立っている場所を通りたいらしい。

 

 私は少し移動すると、今度は「あ~ この人は、人に迷惑をかけても謝罪をしない非常識な人だ」と大声で私を指をさした。

 

 私は腹が立ったが関わりたくないので隣の小児科待合室に移動して長椅子に腰を下ろした。私の隣の長椅子には若い母親と幼い女の子と男の子が座って、控えめに歌を歌いながら楽しそうに手遊びをしていた。

 

 すると先ほどの車椅子の男性が近づいて「ここは病院だ!子供の遊び場ではない。非常識だ!親のしつけが悪い」と大声で母親を指さすと、突然の大声に驚いた子供は泣きだした。

 

 そこに小走りで通りかかった看護師さんを男が「トイレに行きたい、案内してくれ」と呼び止めた。子供を泣かせて気まずくなって、その場を去る口実のようにも思えた。

 

 看護師さんは明らかに急いでいる様子で「ちょっとお待ち下さいね」と応えると「待てないんだよォ!対応が悪いなあ、あんたの名前、名札で確認したからな!」と意気込んだ。

 

●私は思わず「待てないなら私が案内します」と男の車椅子に手をかけ近くのトイレに案内した。だが、そのトイレは採尿用で狭く車椅子の対応がなく「役に立たないなあ」と舌打ちされた。

 

 そこで彼が小刻みに震え始め、トイレに本当に行きたかったのだと察したが男の横柄な態度に腹が立っていた私は「ここは病院なので」とゆっくりと車椅子を押した。そして、トイレに間に合わないようにしよう、という「素晴らしい考え」を思いついた。

 

 ゆっくり椅子を押す私に彼は苛立って「急げよ!無理、もう限界!ダメ!」と車椅子から下りて、採尿用トイレに脱兎のごとく走った。彼は車椅子の必要がないのに病院の「無料貸し出し車椅子」を利用していたのだった。それこそこそ非常識だ。

 

●私は廊下に置きっぱなしの男の車椅子をトイレの入り口に戻しに行くと、バタン!とトイレの個室のドアの大きな音が聞こえ、うめき声が・・・まさか、うそ、うそ、小ではなかったのだ!

 

 あの状況で間に合ったのなら、彼は運が付いてる、ウンは付いていないだろう、などと心配?しながら何食わぬ顔で待合室に戻った。

 

 

ここで綺麗な画像を。ウンではなく、ランです。

展示品を下げて処分するよりは、と花屋のご主人から頂きました。

 

 

●待合室に戻ると、さっきの子供たちが「あの人、おトイレ、間に合ったの?」と心配そうに言うので私は「ダメだったみたい」と悲しそうな顔をして応えた。

 

 すると「えっ、どっち?」と言うので「どっち?ではなくて、うんち」と言うと、ぎゃはははは、と大笑い。幼い男の子は、お尻、とか、この手の話が好きなんですよね。

 

 聞き耳を立てていたお婆さんが「あら、どうしましょ、おほほほ」と楽しそうに笑った。私は子供に「お利口さんにして座ってたね、歌も上手だし。お母さんが教えてくれたんだよね、いいお母さんだね」と言うと、お母さんは笑顔でスミマセンと頭を下げた。

 

 

●人を見下したり傲慢で非常識な輩には、こんな「お仕置き」で溜飲を下げている姑息な私です。善人ぶっているようですが、見て見ぬ振りは、どうも気持ちが悪くなる性分なので・・ 

 

 お節介と嫌がられようと、せめて「老害」と言われないように、あなたに会えて良かった、と言われるように心掛けますので、改めまして、どうぞ宜しくお願い致しますお願い

 

 

 

 

♪あなたに会えてよかった (小泉今日子)

 

 

 

 

♪Yesterday Once More (The Carpenters)

 

●久しぶりに一番町(商店街)に行ったので、せっかくなので、かつて高校の帰りに立ち寄ったレコード店や本屋を探し歩いた。だが、全て違う店になっていて、時代の流れを感じた。

 

 歩き疲れたので、一休みをしようと喫茶店に入ると、店内は開放的な空間で一人づつテーブルを独占してスマホの操作やパソコンを広げている客が目についた。

 

 仕事や勉強をしているのだろうか、オンラインでパソコンに向かって話をしている人もいた。席が空いてるようで空いていなかったが、どうにか座れて、ほっとして、どっこいしょ。

 

 

 私は、喫茶店はコーヒーを飲みながら新聞を広げたり本を読んだり誰かと静かに会話を楽しむ場所、そう思っていたが、今は、こうしてパソコンやスマホ相手に一人でテーブルで頑張る時代になったんですね。

 

 

 すると、突然、女性の甲高く、けたたましい笑い声が響き、驚いて目をやるとスマホ片手の若い女性だった。そして、どうでもいいような内容の話が聞き取れた。

 プライベートな話を公共の場で大声で話して恥ずかしくないのだろうか。むしろ聞きたくもない他人の話を聞かされた私の方が恥ずかしかった。

 

 

●私の学生時代は、店で友人と盛り上がって大声になると「他の人の迷惑になる」と公共の場での最低限度のマナーを守る様に店のマスターから注意をされ、恥ずかしくなって私たちは素直に従ったものだった。今だったら、それを「ウザイ」と返すのかな・・・

 

 

 

♪よーそこの若いの (竹原ピストル)

現場で 頭にタオルを巻いた私が若い人に小言を言うと「はあぁ?竹原ピストル?」と返された。

 

 

●店内は洗練されて機能的な喫茶店だったが、私には場違いで居心地が悪く、急いでコーヒーを飲み干してさっさと店を出た。

 

 昭和の純喫茶や名曲喫茶、ルノアールや田園を懐かしく思った。店内が少し薄暗いので、仕事をさぼっての居眠りにも最適だったよね。角砂糖だけ口に入れたりも。今は見かけないけどね。それと喫茶店のランチタイムのナポリタンセットは、学生時代の私にはご馳走でした。

 

 

 コーヒーは気分で味が変わるもの。コーヒーを点(た)てても、腹を立てたら洒落にもならないな、と昭和の親父ギャグが頭を過りました。

 

 

 街を後にした帰路にコンビニに寄ってドリップコーヒーを車の運転席で味わい、やれやれ、と一息付いた。Sサイズが140円に値上がりはしたが、有難いと思った。

 

 それにしても、私も年を取るにつれて気が短くなったなあ、世の中に付いていけなくなったなあ、としみじみと思いました。

 

 

 

♪Now And Then (The Beatles)

 

 

 

 

 

♪Down Under (Men At Work)

 

 

 

   ●学校の冬休みが終わり、登校する子供たちとすれ違い、いつもの日に戻ったなと思いつつ出勤しました。仕事は残務処理が主なので特に問題もなく無事に終わりました。

 ただ、電話や電力の基本料金が無料になる、とか、買い取り、などの電話が多く、仕事中は迷惑でした。

 

 0120や050からの電話は出ないようにしてますが、最近多いのが0800からの電話で、080は携帯だと思って出ると、0800はフリーダイヤルで勧誘などの電話なんですね。

 

 また、勧誘でなくても0120から発信する企業さんもあるので、0120からの場合は留守録に切り替えて対応しています。

 それにしても、迷惑電話、何とかなりませんかね。

 

 

●土木現場の仕事は、新規の仕事はなくて残務整理。資材運搬は、ポツンと一軒家でお馴染みの「軽トラ」で用が足りてます。軽トラはレンタルで、日割りだと1日3,000円、月極だと60,000円。

 

 油圧ショベルもレンタル、使用しない日はレンタル会社に自己申告でそれを告げれば「休車」扱いで、その日のレンタル料は発生しないのが有難い。お互いの信頼関係で成り立っているのが気持ちがよい。

 

 

 

 

●きょうは昼食に、正月おせちの残りを弁当に詰めてもらいました。

今年のおせちはアワビやウニ、イクラ、仙台牛など奮発したので残り物の寄せ集めでも豪華に見えました。それに、レンジで餅をチンして、定番の、ずんだ餅と納豆餅も。食べてるうちに昼間から一杯やりたくなりました。(^^)

 

 そして、愛媛県のブロガーさんから送って頂いた、紅まどんな(みかん)をデザートに頂きました。初めて食べましたが、ジューシーで、とっても美味しかったです。

 

●弁当は、おせちの残りでも美味しかったけど、次は違う物を、と言うと「お陰様で、おせちの残りは全部片付いた」とのこと。ですよね、いつまでも残ってる訳はないよね。ちなみに仙台牛は格安の切り落としでしたが、味に変わりなし・・だと思う。

 

 美味しい!と思うことは健康な証拠。 これで、今年もまだ頑張れる・・かな?いや、頑張らなくては。

明日のお昼はラーメンが食べたい。食べたい物があることはいいことだ、とも思っています。お酒も、ね。

 

 

 

 

 

♪天使のささやき (エレクトローン演奏)

この曲をBGMにしながら記事を書きました。

 

 

 

 ●かつて新年早々に、足の手術後の診察治療に行った時の話です。
 
 私は厚手の冬物の靴下がお気に入り。その靴下をさんざん履いて毛玉が目立ってきたが穴があいていないし、と当然のようにそれを履いて靴を履こうとした。
 
 すると妻が「毛玉だらけで、診察室でみっともない」と、慌てた様子で「好きな物を選んで」と初売りで買った5足入りの靴下の箱を持ってきた。
 
 私は言われたまま玄関で箱から出した新しい靴下に履き替えたが「時間がないのに」などと文句を言って、面倒くさい、と嫌味な顔をした。それで口論になりそうだったが、靴がピカピカに磨いてあったので「どうもね」とだけ礼を言って、妻の機嫌を取った、つもり。
 
 
雪の庭
 
 
●私は病院の診察室で靴を脱いで足先を出して治療を待つと、いつものベテラン看護師さんに「あら!新しい靴下ね」と言われた。
 
 なぜ新しいとわかったのかと訊くと 「だって、靴下にシールが貼ったままよぉ~」 私は、出がけに妻に言われて履き替えた、と言い訳をすると「あ~ら、いいじゃない。私、そういう話、好きよ。素敵な奧さんね」と、妻のことを褒めてくれた。さすが看護師さんは白衣の天使!気を使ってくれたんだよね。
 
 
 看護師さんの話を聞いていた先生がチラリ私の靴下を見てニヤリ。そしてベッド下の私の靴を見て「いい靴、履いてるね、それ医療用?どこの?インソールも作ったの?高いから領収書はとっておいた方がいいよ」などと、普段は寡黙で気難しい先生が饒舌だったのが意外で驚いた。
 
 

 

●足の手術後の治療は順調で、抜糸後に固くなった皮膚を液体窒素などで削る程度までに回復し、痛みもなく楽になった。治療はベッドに仰向けになって受けるが、仰向けになると天井にアニメのキャラクターが賑やかに貼ってあるので、思わずニヤリ。
 
 すかさず看護師さんが「アニメ、好きなの?」と言うので「聖子ちゃんかキャンディーズの方が・・・」と言うと笑われた。そして「私はジュリーよ。年がバレるわね」とまた笑った。
 
 
●毛玉だらけの靴下がきっかけで、和気あいあいで和やかな雰囲気での診察治療は手術後の経過が順調だからだと思った。
 
 
 今回は、ある意味では妻のお陰もあるかな・・と思い、私は靴下のことで文句を言って出てきたお詫びのつもりで、病院の売店で、妻の好物の豆大福を買って帰りました。ニコニコ
 
 

 

 

♪あなたのとりこ(シルビーバルタン)

バルタンの歌も好きでした(^^)

 

 

 

 

♪あなたのとりこ

映画「ウオーターボーイズ」より

 

 

 

 

 みなさんから頂いた、いいね、コメント、メッセージに背中を押され、なんとか今年もブログを続けようと思います。年の初めに初詣での話題を。お賽銭の金額の参考にでもなれば・・・

 

 

 

♪Beautiful Sundy   

元日は日曜日感覚なので

 

 

鉢植えレモン、雪にも負けず色が付きました

 

 

 

●初詣の列に並んでいると「お賽銭は1円玉がいい」との声が聞こえた。声の主は列の後ろのお年寄りご夫婦で、私は「なんでだべ?」と聞き耳を立てると、500円硬貨はこれ以上の金額の硬貨はない、つまりこれ以上の効果(ご利益)がない、1円玉は、これ以上崩れないからいいのだそうだ。語呂合わせだと思うが、こんな話、私は初めて聞きました。

 

 そして、千円、5千円、1万円は、お札だけで硬貨がない、つまり、効果がないそうです。これは私にとっても都合の良い話のように思い、更に聞き耳を立てると・・・

 

 

●おばあさんは「お賽銭は1円でいがす。これ以上崩れねべ。あんだの顔ど同じだ。1円っこ なら おらいの財布さ なんぼでも入ってる。けでやりでぐれだ(あげたいほどだ)」と言うと、おじいさんは「ばんつぁん、ほいづは神様に対して失礼だべさ」と会話が続いた。

 

 すると、おばあさんは「失礼だど?何かだってんのしゃ(何を言ってるの)。宝くじば おどげでねくれ(驚くほど)買って神棚さ願掛だべ。そいづ みなスカ (ハズレ)だっちゃ。お茶もお茶しらまつも あげだのに失礼なのは神様の方だ。税金も払わねで、まる儲けだべ」とまくしたてた。

 

 おじいさんは「まるもうけ・・んだな。物価は上がって年金が減って、神様からお賽銭もらいでぐれだ。」と会話が続き、おかげさまで参拝の順番待ちの間、私は退屈せずに済みました。

 

 

お茶しらまつ(白松が最中)仙台の高級和菓子

白松がモナカ - 白松がモナカ

 

 

 私も妻も特別な意味はなく、お賽銭は通常は10円玉を数枚、初詣は奮発して100円、長男は「ご縁がありますように」と五円玉。ご利益があったのか、長男のおみくじは大吉でした。

 

 

 他の方のブログにもあるように、お賽銭は金額ではなく信心する気持ちだと思いますが、みなさんのお賽銭事情はどうなのかな、と思ったりもしました。

 

 

 何はともあれ、これからもも、健康で無事に過ごせますように。そして、何よりも、能登の皆様のご健康を心よりお祈り致します。お願い 

 

 

 

 

高校生の和太鼓

正月らしく和太鼓を