♪ドック・オブ・ザ・ベイ(The Dock of the Bay)
ドックは犬ではなく港のデッキのことです。
♪岬巡り(山本コウタロー)
若い頃、一人旅でこの歌を歌いながら岬巡り。
♪ささやかなこの人生
♪ドック・オブ・ザ・ベイ(The Dock of the Bay)
ドックは犬ではなく港のデッキのことです。
♪岬巡り(山本コウタロー)
若い頃、一人旅でこの歌を歌いながら岬巡り。
♪ささやかなこの人生
♪What a Wondful World
♪ささやかなこの人生 (風)
花びらが散った後の桜が とても冷たくされるように・・・
♪好きにならずにはいられない(エルビス・プレスリー)
●卒業、入学式と、この季節になると思い出すのが、かつて小学校の入学式に来賓として参列して、ある男の子の行動に心を揺さぶられた話です。
・・・・・・
●体育館で入学式の式典が終わると、クラスごとの集合写真撮影があり、その情景が微笑ましくて思わず足を止め、私は目を細めて眺めていた。
担任の先生は、全員の顔が写る様に子供の立ち位置や服装の乱れを直してあげたり、こまねずみのように忙しそうに動いていた。その忙しさに拍車をかける小柄な男の子がいた。
男の子は上着のボタンをはずし、お腹を突き出すようなポーズをとっていた。それに気が付いて彼のボタンをかけ直した先生が立ち去ると、彼は即座にボタンをはずして、お腹を突き出し、元のポーズに逆戻り。
それを繰り返すので、先生はたまらず「お行儀よくしようね」と優しく言い含めながら彼のボタンを掛け直した。そして男の子は観念したかのように先生の望む「お行儀のよい姿勢」になり、先生の「OKです!」の合図でシャッターが切られた。
ところが、だ。男の子は機敏に上着のボタンをはずし、お腹を突き出して撮影完了。かくして、彼の目的は達成された。男の子には、ふざけた様子がなく、いたって真面目だった。
●撮影が終わると解散で、子供たちは付き添いの親と連れ立って帰路に向かったが、あの男の子には付き添いの姿が見当たらず一人で帰ろうとしていた。その後姿が、私には不憫(ふびん)思えたのと、撮影のこともあり、無性にお話をしてみたい衝動にかられ彼に声を掛けてみた。
「こんにちは。きょうから小学生だね、おめでとう」。男の子は「うん、立派な小学生になれって父ちゃんに言われたんだよ」
「だったら、写真を撮る時も立派にできたのかな?」「うん、父ちゃんは仕事で来れなかったけど、父ちゃんに買ってもらったベルトを写真に撮れたから、立派にできたんだよ」![]()
●更に話を聞くと、男の子が父親と二人暮らしで、父親は当日に急な仕事が入り入学式には参列ができなかった、ということがわかった。そして、上着のボタンをはずして、お腹を突き出したのは、父親から入学祝いに買ってもらったベルトを写真に残すためで、それを「大好きな父ちゃんと一緒に入学式に参列した」ことにしたかった、ということがわかった
彼なりに一生懸命に考えたに違いない。保育園を出たばかりのまだ幼い子供が入学式に一人で登校し、不安で寂しかったろう、父親も後ろ髪を引かれる思いで辛かったろう・・そう思うと切なくて切なくて、胸がいっぱいになり次の言葉が出なかった。
そんな事情を知らなければ「お行儀の悪い子」との烙印を押されるだろう。あの撮影時の他の親たちの彼に対する手厳しい「ささやき」も気になった。
これはまずい!と思った私は、校長が来賓の見送りに出たタイミングに、その話をすると「教えて頂き有難うございます」と礼を言われた。校長を信じ、祈る気持ちで後をお任せした。
●子どもの話は根気よく聞いて、そこから子供の気持ちを引き出すことが大人としての務めだと思っている。あの男の子の父親は片親というハンデイがありながらも、立派に親としての務めを果たしている。あの男の子の感性に触れた私はそう確信した。
子供の「心の引き出し」の中は大人が見ればガラクタが入ってるが、そうは決めつけたくはない。思いがけない宝物が詰まっていることもある。大人はその引き出しを開ける手間暇を惜しむまい。面倒で疲れるが、その作業は案外楽しいものだ。
その作業の成果なのか、私は大声で叱ったり怒鳴ることなく過ごしている。要は、あせらないこと。お陰様で「キレる高齢者」と言われずに済んでいます。今のところは・・・ですがね。
♪恋はあせらず(フィルコリンズ)
♪花のささやき (ウイルマ・ゴイク)
カンツォーネ(イタリア)の名曲。懐かしい!
●私の教員資格は中学、高校だけで、小学校は持っていないが、教育委員会からの依頼の研究授業で「ゲストテイーチャー」という肩書で小学校の教壇に立ったことがある。
それを知ってなのか「うちの子供がクラスでいじめを受けている」と、小学4年生の男の子を連れだった母親から相談を受けた。
「クラスのみんなから「汚い、キモイ」と言われ、しかも、担任の先生までも一緒になって言っているので、教育委員会に相談しようと思ってます」と母親は毅然と話した。
「それで、お子さんは、学校には行ってないのですか?」
「いいえ、それが・・・普通に、むしろ積極的に行ってます。おとなしい子なので詳しくは話さないけど・・・あの子は、我慢してるんでしょう」
●私は、大人の推測ではなく、真相を本人から直接聞く必要があると思い、男の子に「学校で何があったの?汚い、って言われてるみたいだけど」と声を掛けた。
だがその問いかけに、男の子はモジモジして何も言わず、たまりかねたように母親が代わりに話そうとしたが、
それを私は遮(さえぎ)って、再度、彼に同じ質問をした。
すると「僕・・・僕、教室で、鼻くそを取ったとき、それを食べるんです。それを見て、みんなが、汚い、キモイ、って言うんです。先生も、汚いから、鼻くそを食べるの、やめなさい、って言うんです。これって、いじめですよね?」
●普通、鼻くそは、取っても食べません!それ「いじめ」じゃないよ、って、思わず吹き出してしまって、ごめんなさい。
🌸我が家の庭(仙台)の桜が満開です.

言葉尻だけとらえると、確かに、先生も一緒になって「汚い」と言ってるのには違いないが・・・先生にも子供たちにも、他意も悪意もないようだが・・
あのお母さんは、男の子が学校で「汚い、キモイ」と言われたことにショックを受けていたようだが、自分の子供が学校で鼻くそを食べてることの方が、よっぽどショックだったようだ。
これで教育委員会に行ったら、恥をかいたことでしょう。(行けば良かったのに。)
●最近は、いろんなことがあるせいか、ちょっとしたことにでも過敏に反応する傾向があり、なんでもないことでも、歪曲や一方的な解釈で事件にしてしまうこともある。
落着いて、冷静に、感情的にならず、早とちりや独りよがりにならず、まずは話をよく聞くことが大切ですよね。
●母親は「なんで、教室で鼻くそなんかほじって食べたの!」と子供を強い口調で責めると「歯が痛くなったから・・」母親「はあああ~?」
子供は「おじいさんが、歯が痛いとき、鼻くそを歯に詰めると治る、と言ってたから・・・」母親「それ、正露丸でしょ!」
後の話はご家庭で、と穏便に引き取ってもらったが、あ~あ、力が抜けた。気が抜けた。
そもそも、特別な付き合いもなく学校のことを先生でもない他人に相談しに来るなら、事前に連絡をして都合を聞くとか、菓子折りの一つでも持ってくるもの、それが常識!私の事務所は無料相談所ではない!
私はボランティア活動をしているが、あのお母さんは何か勘違いをしてるのでは?そのために私にとっての貴重な仕事の時間を取られた、と少しムカムカした。
当時の私は知的障がい者支援活動の資金調達のために汗水流し、最もお金になる土木現場の仕事をメインにして、学校や市民講座の講師も引き受けていた。多忙だったが忙しい素振りを見せずにやり繰りしていたので、あの母親には私が余程の暇人にみえたのだろうか・・・
●後で聞いた話だが「衛生上、良くないので鼻くそは、食べないように」と担任と子供たちで話し合い、何も問題なく、みんな仲良く過ごしているようだった。問題を大きくしようとしたのは、早とちりの、あの母親だったのかも・・・
相手の話をよく聞かずに自分の権利ばかり主張して、自分の義務は、おざなりにするご時世になったのかな、と情けなくも寂しくも思いました。
●私が小学生の頃、担任の先生が話してくれたケネディ大統領の演説の一節を紹介します。
感銘した私は、水彩画でケネディ大統領の肖像画を描き、卒業文集には「ケネディのようになりたい」と書いたことを覚えています。あの一節はその後の私の人生に大きな影響を与えました。
相談に来た母親が帰った後、ふと、そのことを思い出したので・・・ あのお母さんは母親として我が子を守ろうとしただけなので、責めてるわけではありませんので。念のために。
「国があなたのために何をしてくれるのかではなく、あなたが国のために何ができるのか、考えようではありませんか。」
(原文) Ask nat what your country can do for you, ask what you can do for your country.
・・・・・
♪リーチアウト・アイル ビー・ゼア (フォー・トップス)
米国の人種差別が過激だった1966年の大ヒット曲で、私の好きなモータウンサウンド。
♪ビタースイート・サンバ(Herb Alpert & Tijuana Brass))
オールナイトニッポンのテーマ曲
●支援学校、学級の職場体験の場として事業所に駄菓子屋コーナーを併設していた頃、宿題をせず遊びに行くことを、お爺さんに叱られて、不機嫌なまま当方にきた近所の男の子の話です。
・・・・・・・・
●職場体験の実習生が帰り、後片付けをしていると、近所の男の子が駄菓子屋コーナーに入ってきた。何も言わず不機嫌な様子なので「いらっしゃいませ」と声を掛けてみた。
だが彼は返事もせず仏頂面で、そっぽを向くので「あれ?今日は耳が日曜日でお休みかな?」と、からかうと「どうして、うちのおじいちゃんは、学校にも仕事にもいかないで、何もしないで、ただ家にいるだけでいいの?それに勝手に決めるし、怒るし」と言い放った。
何があったのか尋ねると、友達が遊びに誘いに来たのに「まだ宿題をやってない!」と、おじいさんに一喝され、それで友達が帰って行ったことが面白くなかったようだった。
●すかさず私は「この前、家族でデイズにーランドに行った、って聞いたけど、おじいさんは?」と言うと「行かない。だって、ママが誘っても、いつも留守番してるって言うんだよ」
「お留守番かあ。あのね、おじさんが運転で家族で蔵王にドライブで、高速のインターまで来た時、家の鍵をかけ忘れたって、あわてて家に戻ったことがあるよ。でも勘違いで鍵はかけてあったから一安心したけど、それで遅くなってしまって、あんまり遊べなくて残念だったよ。
それと、うちのお母さんが、出がけは忙しくてアイロンの電源を切ったかどうか自信がない、って家に戻ったこともあるしね。こんな時、家にお留守番でおじいちゃんがいれば、電話で確認をお願いして戻らずにすんだのにね。」
こんな話を神妙に聞いていた男の子は「僕のうちでは、そんなことないよ。ボクの家には、いつもおじいちゃんがいるしね。パパのお父さんなんだけどね」と少し得意げになった。
庭のショウジョウバカマ
●そして「それと、うちのおじいちゃんは、宗教の人やセールスを追い返すのがうまいんだよ。迷惑電話もね。ボケたふりして、おもしろいよ。風が強い日に「干した布団が、ふっとんだ」って、教えてくれたり。ママがね「とても助かる」って言ってたよ。
それと難しい言葉、う~んと知ってるんだよ。ニイハオ、とかシェイシェイとか中国語も話せるし、将棋も強いし」と話してくれた。
私は目を細めて話を聞いて、話が一段落したところで『おじいさんは人生の経験者だから、やりたいことがあってもみんなに気を使うことができるんだよ。感謝しようね」と言って男の子に目くばせをすると、大きくうなずいた。
この子はおじいちゃんが大好きで、甘えてるんだな、おじいさんも、ただ甘やかすだけではなく、言うべきことは言っている、と察しがついた。
●お年寄りは『ただ、いるだけでいい』ただいるだけが、家族の役に立っているということに、男の子は気が付いたようだった。「誰だって、ただいるだけで何かの役に立っているんだよ、君もだよ」と言うと嬉しそうに笑った。
男の子がおじいさんに叱られても、他人の私に一生懸命、自分のおじいさんの自慢をしてくれたことが、嬉しかった。
♪ただお前がいい (中村雅俊)
●私は孫には恵まれないが、もしも孫がいたら、ちゃんと叱ったりできるかな・・嫌われるのが恐いのと可愛いさで、何でも買ってあげたり、盲目的に甘やかすだろうな・・彼が帰った後、そんなことを思った私です。
私も「ただいるだけでいいんだよ」って、言われたら嬉しいしね。
♪白い色は恋人の色 (ベッツイアンドクリス)
♪希望の轍(わだち)
「バカって、恥ずかしい?」
「気難しくなって・・・それで、どうなったの?まさか、まさかの、ひきこもり?」
「すごい!細かいところにこだわって心づかいができるなんて、すごいよ。
おじさんは大人なのに心づかいができなくて、ひきこもり?だなんて言ってしまうし、ごめんね。君が頑張ってるんだって、今わかったよ。結果が出ていないだけなんだよね」
「まさか。してないけど、そう聞こえたの?細かいことが気になるって、そういうこと?」
「うまいね、って褒めてくれて、どうも有難う。何をどう頑張ったらいいか大人だってわからないし。そもそも頑張れって言葉は挨拶みたいなもので、相手のことを思っての善意の言葉だから、「頑張って!」と言われたら、素直に、はい、頑張ります!と言ってみれば?気持ちいいよ」
♪I was Born To Love You (クイーン)
●東日本大震災から15年目の節目の年、と今年は例年よりメディアの特集が多いように思う。「あの日を忘れない」ということは大切で、地元民として有難いことでもあるが、忘れたいこともある私には「寝た子を起こされた」と感じることもありました。
●震災当時、私は身の危険を感じ避難所へ、と走ったが、長男が自閉症で避難所は難しいと感じ、家に戻り自宅の一室を片付けて居住スペースを作り自主避難にした。
その後、半壊の家の北側の外壁と台所、浴室、玄関、駐車場を解体して修復工事で、どうにか震災前の生活を取り戻すことができました。
そして、自宅の風呂が使えるようになったのは、ガスの復旧が遅かったこともあり震災から7か月後の11月でした。その間、寒さと空腹に耐えて風呂なしの生活は不自由でも、我が家は津波や火災、原発被害でもないので、被災者、と名乗るには遠慮があり、おこがましくて、支援の手が届かなくても、半壊の家でも自分の家で暮らせることが恵まれていると思っていました。
ガラケーで撮影の15年前の復旧工事中の自宅
●被災地に日赤、全国、全世界から沢山の義援金が寄せられたようで、我が家にも、その配分として3万円の振込がありました。それが唯一の全国からの支援でしたが、世の中から見捨てられていなかった、と、やっと救われた気持ちになりました。
●家の修理工事を依頼した業者は、半壊査定で行政支援のない私の支払い能力を危惧して、ローンは不可、工事代金は現金で、即払いが条件でした。
頼りの綱の地震保険は、未曽有の大災害で全額支払いは保険会社の存続が困難になる、と全額ではなく見舞金として200万円の支給は想定外でした。工事の見積は約600万円で、定期預金や生命保険を解約するなどして、現金の用意できた分だけ工事、そして現金が用意出来たら残りの工事を発注、その繰り返し、という状態でした。
●余談ですが、二人の幼い子を連れた若いお母さんが、炊き出しの列に並び順番になると、NPOだかNGOとやらの人に「自主避難者の分はない、全員に配って余ったら支給する」と断られたと嘆いていた。担当の彼らは「避難所の人たちを守るのに懸命なんです」とは言うが・・・
あの母娘は避難所に行ったが、満杯で入れない、と、あの担当者に言われて引き返し、床下浸水の自宅に自主避難、夕方、その避難所に炊き出しの列に並んで受けた対応だった。「わざわざ仙台まで来てやった」と言う彼らとの温度差を感じました。
♪Lemon Tree
交通事故で彼女を亡くした男の歌です
●今年は15年目ということで東日本大震災に関する報道や再現ドラマなどが多く、津波のシーンの予告が出ただけで、見なくても津波に流された大切な人たちが思い出され切なくなります。
当時、私はメンタル面に違和感を覚え、病院で鬱と診断され、45日分の抗うつ剤が処方され、カウンセリングを受けました。その当時と同じような感覚が戻ってくるような昨今です。
こんな時、自分の気持ちを、どう持っていけばいいのだろうか。抗うつ剤やカウンセリングを受けるほどでもないが、どうにかしなくては、と他の方のブログを読んで参考にしています。
●ところで、当事者の私たちではなく、あの大震災と無縁の地域の方は、東日本大震災関連の報道や番組が多すぎるとは思わないだろうか、しかも似たような内容なので、うんざりはしてないだろうか。それで私と同じような気持ちにならなければいいが・・と余計な心配もしています。
更に、東日本大震災以外の災害での被災地は、その後どうなんだろうと心配しています。
能登地震の様子は、こちらでもよく報道されますが、熊本地震、広島の土砂災害は、あれだけの大災害なのに報道が少なく気になっています。
当時、あのニュースを見て他人事ではない、と被災地の市役所宛に仙台の名産品など応援の気持ちを送りましたが・・・その後、みなさん、どうされたろうか、何かできないか、理不尽な思いをしてなければいいが・・そんなことを思う心配性の私です。
龍の松(気仙沼市 岩井崎)
津波で残った松
●あの出来事を忘れないように、と今年も震災遺構を訪ねて気仙沼、南三陸に家族で行ってきます。ホテルも予約済み。忘れないことが大切だと思っていますが、忘れることがあってもいいのでは、前に進むためにも・・そうも思っています。
●東日本大震災の記憶を忘れまい、被災地以外の方にも何かの参考になれば、と2011年 の震災直後のブログ(当時はYahoo)に出した記事を複製しました。
ラジオから得た相次ぐ情報をピックアップした記事ですが、当時の生々しい様子がよみがえり、改めて災害時に備えようと思いました。
・・・・・
2011年 3月15日 記
津波で閉鎖されていた仙台空港は、救援物資搬送用のヘリコプターの発着ができるようになりました。ただ、民間の一般の航空機の発着の見通しは立っていないそうです。
仙台市で災害ダイヤルが設置されました。 022-214-3805 PM 9:00まで受付。
避難場所、ゴミ、ライフラインなどの問い合わせができますが、電話は繋がり難いようです。
仙台市青葉区五橋の福祉プラザ内と、宮城野区新田の宮城野体育館内に、災害ボランテイアセンターが開設されました。電話がつながらないので、直接来て欲しいとのこと。
今はボランティアさんに宿舎の用意がないので、自分の責任で活動できる経験者を希望。
自転車、スコップは貸与できます。お願いしたいのは、救援品の仕分け、高齢者宅のゴミの搬出など
泉インター近くのエネオスGSで、ガソリン24時間給油販売しますと、今朝、情報がありましたが、AM 10:00の情報では、売り切れで販売中止になったそうです。
太白区鹿野のコスモは、1回2リットルの制限で給油可能。長蛇の列で道路が渋滞。1時間は並ぶようです。それ以上必要な場合は再度、並ぶ必要があります。その後10リットルまで可に。
仙台市体育館近くのカメイで、灯油を一家族10リットル1,000円で販売。沢山の方が買えるように、同じ方が2回並んで買うのはご遠慮ください、なくなり次第終了、とのこと。
青葉通のダイエーの買い物客の行列は、1km以上。定禅寺通りまで続いてます。
ヤマザワ泉店が「一人1点だけ」の販売でAM 10:00 開店。生協桜ヶ丘店では400人以上の行列。
長町南のヤマザワは店舗全壊で営業不可だが、店員さんが懸命に瓦礫の中から商品を取り出して、駐車場に並べて無料配布しています。
入浴施設は、富谷町の「湯っぽ」もAM 10:00 に開店予定。 かなりの混雑を覚悟して下さい。
太白区の「極楽湯」は、約2時間並んで整理券を受け取り3時間後に入浴可能。入浴時間制限、湯量が少ないそうです。節水にご協力を、とのこと。
山形行きのバス停は、ミヤコーも山交も勾当台公園までの長蛇の列で、乗るまでに3時間以上は待つそうです。 雨が降って温度も下がり寒いので、寒さ対策をしっかりして並ぶように、とのことです。 (当時は、仙台から山形に非難する人が沢山いました)
みんなで助け合い、協力し合って災害を乗り切ろう!
●以上、2011年3月15日にアップした記事でした。ご参考まで。
気分を害されたり、不適切と思われましたら、お詫び申し上げます。悪意や他意はありませんので、手直しをして再度アップを考えますので、ご容赦のほどよろしくお願いいたします。
・・・・・
美談も多々ありましたが、商魂たくましく被災者の足元を見て販売する店もありました。
たとえば、妻の友人の話で「乾電池を求めてスーパーに行くと、いかにも売れ残りの在庫品との抱き合わせ販売だった。乾電池が必要だったので仕方なく購入した。ケンミンショーに時々登場する地元のUスーパーだが二度と利用したくない」
オーガニックが売りの女性が経営のパン屋は、大きさも形もソフトボールのようなパンを1個1,000円で予約販売。高いと思ったが他に食べる物がなかったので整理券をもらい買いました。 更に、彼女の家のストックのような調味料、缶詰、果物などをテーブルに並べて販売。変色したバナナ、しなびた小さなリンゴが1個500円だった。娘が果物が食べたがっていたので、そのリンゴを買ったが、どこか情けない気持ちになりました。
こんなこともあった、ということも付け加えておきます。何でも有り。これも、未曽有の大災害だからなんですね・・・
(注)他の方のブログ記事からお借りしました。
拡大すると文字が読めます。
♪Imagine
♪What a Wonderful World
素晴らしい世界、美しい人々
♪The Rose (Bette Midler)
続・飴ちゃんおばちゃん。で、こんなエピソードもありました。
♪オブラディ・オブラダ(The BEATLES)
飴ちゃんおばちゃんと出会った時に思い浮かんだ歌です