仙台のオヤジの日記、ほっこりと。長男は自閉症。

仙台のオヤジの日記、ほっこりと。長男は自閉症。

 妻と長男と三人暮らし。日々の思いを日記として書いてます。高齢になりましたが、音楽、園芸、旅行、鉄道、寺社、ラーメンが好き。過去に実業団で格闘技、その体型でなんと服飾雑誌のモデルも経験。ペットのインコとメダカに癒されてます。

  

 

♪ほほにかかる涙 (ボビー・ソロ)

 

 

 ●私の事業所で支援学校、学級の実習を視野の「駄菓子屋コーナー」を併設していた頃だから、もう20年近くも前の話です。

 

 栃木の4人の高校生の残虐な事件で親の心情を憂い、彼らはどんな環境で、どんな育ち方をしたのだろう・・と、ふと、小学生とのかつての出会いが思い浮かび、この記事を出しました。

 

 

・・・・・・・・

 

●支援学校の生徒さんたちの実習が午後2時で終了して彼らが学校に戻ると、その日の私は本来の仕事と店番を兼務。駄菓子屋の客は滅多に来ないので、店番は形式的のようなものだった。

 

 だが、私が店番をする日に限って、夕方の決まった時間に一人で来る小学生の男の子がいた。いつも不機嫌そうで、靴のサイズが大きくて歩きにくそうなことも気になり、声を掛けてみた。

 

 寡黙だと思っていた男の子は、意外にも即座に反応して、夕方に出勤する母親をバス停で見送って、その足で駄菓子屋に来た事がわかった。

 不機嫌そうに見えたのは、母親と別れたことが寂しかったからだった。靴のサイズが合わないのは、誰かの「お下がり」で「今はこれしかないけど、後でお母さんが買ってくれるって」と言い訳をした。

 

 

●更に、母親がバスに乗る直前に男の子に「行ってくるね」と言いながら、50円玉を握らせてくれると教えてくれた。

 幼い子供を残して夜の仕事に向かう母親が、50円玉と一緒に子供の手を強く握りしめる・・・母親の後ろ髪を引かれる思いを察すると、切なくなった。

 

 

 

 彼が買うのは、当時10円の、うまい棒とヨグールかチロルチョコを50円分、と決まっていた。それを真剣に選ぶ姿が不憫に思った私は、咄嗟の思い付きで「この時間はタイムサービスで5個で40円」と50円硬貨を受け取って、10円のお釣りを子供に渡した。

 

 そして「10円でも毎日貯金すると、お金持ちになれるかも」と言うと、子供が「本当?」と目を輝かせ、鼻をピクピクさせるので思わず私は笑って頷(うなづ)いた。

 

 その後、私が質問も尋ねもしないのに、他愛のないことなど話すようになったのは、それからだったと思う。私は聞き役に徹し、特別なことは何も言わないようにした。

 

 

●そんなある日「もう来れないから」と男の子が言いに来た。新しくお父さんができたので、お母さんと一緒に遠い所に引っ越すのだそうだ。

 

「じゃあ、お別れに好きなお菓子プレゼントするよ」と言うと「欲しくても高くて買えなかったから」と当時100円のカプリコを選んだ。

 

「みんなが食べてると、いい匂いがするし、ずっと、これ食べたかったんだ」と喜んだ。そして「お母さんにも食べさせたいなあ」と遠慮がちに言うので1個追加すると満面の笑みを見せた。その笑顔から、夜遅くまで働く母親の背中を見て、真っすぐに優しく育った子供だと思った。

 

 

 不機嫌そうだった男の子の弾んだ声を、その日に私は初めて聞いた。「これ食べたかったんだ」と我慢していた幼い子供の気持ちを思うと、いじらしくて胸が締め付けられそうになった。

 

 そして、男の子の「誰かのお下がり」の靴の、「誰か」は、話の流れで、どうやら新しいお父さんの様に思えた。うまくやって行けるだろう。私は余計なお世話だが「新しいお父さん、どうぞ、よろしくお願い致します」と心の中でつぶやいた。

 

 

●駄菓子屋のオヤジの願いは、みんな、みんな幸せにな~れ。

いや、なれるさ、正直に真面目に生きてさえいれば、なれるとも!それを言ってやれば良かった、と後で思った気の利かないいつもの私でした。

 

 

 

♪素直になれなくて (シカゴ)

 

 

 

 

 

 

220714

 

♪花のサンフランシスコ (スコット・マッケンジー)

 

 

●日曜の午後、家の前に置いたプランターの花の手入れをしていると、通りがかった近所のお婆さんが「ご苦労さん」と私に声を掛けてくれた。

 

 脳梗塞で入院して退院してからリハビリを兼ねた散歩をしているのだそうだ。そして「あんだいんの庭ば(お宅の庭を)見せでけねすか(見せてくれませんか)」と、疲れたような声で話を続けた。長年のお付き合いで、ここで一休みをしたい口実だと察して「お茶っこでも飲んで休んでいがねすか(お茶を飲んで休んでいきませんか)」と庭の縁台に誘った。

 

●お婆さんは、趣味の民謡と踊りを通して私の亡き母と親交が深かった方で、私が子供の頃からのお付き合いなので、まだ私を子ども扱いすることがある。

 そして私をバカ真面目な息子、と、いじったり、からかったりするが、嫌味がなく冗談が好きで陽気で楽しい方だ。

 

「どれどれ」と庭を眺めていたお婆さんが「あら~ モルヒネだっちゃ、 きれいだごど~」 「えっ?モルヒネ?」と改めて花を見ると、それは「ネモフィラ」のことでした。

 

 

クローバー 庭のネモフィラ

 

 

 

●お婆さんは得意気に「病院では、麻酔にモルヒネ使うんだよ。ほいづ、その花だべ?」

私は「違うべ、似たような名前だけど、これは、オ・ヒ・ル・ネ(お昼寝)と言う花だよ」と言うと「嘘だ、ネモフィラだ、おひるね、でねえべ!」と逆襲された。

 

 お婆さんはネモフィラと知っていて、私をからかったのだ。そして「ネモフィラを、お昼寝・だど?あんだ(あなた)もバカ真面目から成長したもんだ」と褒められた 。ニヤリ

 

 あのお婆さんには、まだまだ太刀打ちができないと思ったが、脳梗塞を発症して不自由なことがあっても前向きで、口が達者で元気で明るいので、安心した。前向きが一番ですね。

 

 お年寄りとの会話は、結構楽しいもので、何か、利口になったような気にもなりました。

 

 

 

 

♪Sloop John B (ビーチボーイズ)

ビーチボーイズは私の青春

 

 

 

                                    210620

く 

 

♪太陽はもう輝かない (ウォーカーズ)

60年も前の曲。当時はレコードが擦り切れるほど夢中になって聴いた曲です。

 

 

●片側一車線の道路を車で走行中、左前方の歩道で、両手に荷物を持ったまま、つんのめるように前に倒れ込んだお爺さんの姿が目に入った。

 

 段差にでもつまずいたのだろう。起きようとしてもがいていたが、気が動転しているのか両手に荷物を持ったままで、起きるのが困難な様子。

 

 私は、何かできないか、と、とりあえず車を路肩に停車した。すると、倒れたお爺さんの後ろから若い男性が近づいてきたので、彼が手を貸すだろう、と思い、車を発進しようとした。だが、その男性は、倒れたままのお爺さんの脇を、歩きスマホで器用に避けて通り過ぎて行った。

 

 この歩きスマホ野郎め!と私は車から降り、お年寄りの元に駆け寄って、手に持ったままの荷物を持つと、両手が空いたお年寄りは自力で起き上がった。そして私から荷物を受け取ると、軽く頭を下げて、何もなかったかのように、元気そうに立ち去った。あっけなかった。

 

 私は、やれやれ、と小走りで駐車した車に戻ると、ワイパーに白い紙が挟んであった。気が動転したのは私の方で、うっかり駐車禁止の標識の下に駐車して車から離れてしまったのだ。

 

 ああ、違反切符を切られてしまった。ゴールド免許だったのに・・点数も・・良かれと思ったことが・・余計なことをした・・・無駄な出費になった、収入が減っているというのに・・・と暗く嫌な気持ちになった。

 

 

 だが、それは私の早とちりで、違反切符ではなくて、単なるメモ紙だった。

メモには「車からわざわざ降りて、お年寄りを助けた貴方は最高です!」と、走り書きだが、優しい字体で書いてあった。違反切符でなかったことが、この上もなく嬉しくて力が抜けた。

 

 

プレゼントかつて父の日に、次男から届いた鉢植えのブルーベリーが、沢山花を付けました。

 

 

●それこそ「わざわざ」メモを書いてくれた方に心から感謝。私は、こんな気配り、配慮ができる人が、この世の中にいる、しかも身近な社会にもいる、ということを知って嬉しかった。

 

 この、私のほっとした瞬間と、嬉しい気持ちを、読んだ方に「お裾分け」のつもりで書きました。受け取ってもらえたら幸いです。

 

 何よりも『あなたは最高です!』とメモに残してくれた、あなたこそ最高です!拍手 

どこのどなたかはわかりませんが、そんな貴方に感謝します。有難うございます!

 

 

 

 

♪エデンの東( ビクター・ヤング )

この映画でジェームスデーンに憧れました。

 

 

2306

 

 

♪ Take On Me ( a-ha- )

歌ががストリーの動画です。結構、楽しいです。

 

 

 

●私の事務所の「駄菓子コーナー」を覗き込んでいた男の子が「絵を描いたから、おんちゃんに見せてあげる」と入ってきた。近くの保育所に通う「元気君」だ。

 

 黄色や赤や茶色など、ぐじゃぐじゃで意味不明だが、とりあえず「上手だね。何を描いたの?」すると「うん、すべり台で遊ぶと、おもしろいんだよ」

 

 私「??・・そうだね、すべる時が気持ちいいよね、で、何を描いたのかな?」

 

「なおちゃんがね、げんき君の分も、ってチョコアイス買ってきたんだよ」

 私「・・いいなあ、おんちゃんの分は、ないのかな?」

 

「うん、ないけど。えっとね、ぼくね、転んでけがして、血が出たんだよ」

「それは大変だったね。で、もう大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。なおちゃんが、ちりょうしてくれたから治ったよ。ぼくのお母さん、親のかいごで実家に帰って家にいないけど、なおちゃんがいるから寂しくなんかないんだよ。それに父ちゃんがいるし」トラック

 

「なおちゃんって優しいんだね、お友達?」と聞き返すと「うん、おともだち。ボクがチョコアイス、シャツに付けたら拭いてくれたんだよ」

 

 ???よくわからないけど、何とか話がかみ合いそうになったので、面倒でも、もう少しだけ彼の話に付き合ってみることにした。

 

 そんな私の様子を感じ取ったのか、興奮した口調で「なおちゃんがね、ぼくが滑り台で転んで怪我して血が出た所を包帯みたいにハンカチで結んでくれて、それで治ったんだよ!おんちゃん、あのね、この絵ね、その時のね、おもい出なんだよ」

 

●元気君の話は、これが「本題」だったのだ。やっとたどり着いて安堵した。

 

ぐじゃぐじゃの絵の茶色はチョコ、赤は転んだ時の血、黄色はハンカチだ。彼は、そのストーリーを1枚の絵で表現したのだ。そう解釈できた私は、スゴイ!と思うと同時に、なぜか涙が出そうになった。

 

 シャツについたチョコを友達がハンカチで拭いてくれたこと、転んで血が出て慌てた様子、それを心配した友達がハンカチで「ちりょう」してくれたこと、そして血が止まって喜んだ二人。その喜びを伝えようとしたのが、この絵だったのだ。

 

 

 元気君は、自分を助けてくれた友達への感謝の気持ちを込めて絵を描いた、そう思って改めて絵を見ると、ぐちゃぐちゃの絵が短編小説のようにも思えた。

 

 

クローバーヘリオトロープ・芳香剤のようないい香り

 

 

「とってもいい絵を描いたね」と褒めると「だったら先生に、もう一回見せに行くね」とパタパタと走り去った。保育所の時間外ということで、保育所の先生に、きちんと見てもらえなかったことが不満で私に絵を見せに来たのだ。

 

 

 今度は、先生にちゃんと見てもらえるといいけど・・・・

「先生、働き方改革などで、何かとご都合があるかとは思いますが、どうぞ、よろしくお願いします」と心の中でつぶやいた私でした。

 

 

 

 カブト子供の日にちなんで、同様の過去記事を短く編集してアップしました。

 

 

 

♪見つめていたい (ポリス)

 

 

 

♪ すばらしい日々 (ユニコーン)

 

 

 

 

 

♪I’m Yours (Jasson Marz)

「僕は君のもの」という内容の歌で私の好きなラブソング。20年も前の曲ですが、聴いて頂ければ幸いです。

 

 

 

 

● 通院の帰りに乗り込んだ電車内は、さほど混んではいなかったが、ぐるり見渡すと座席は先客で埋まっていた。

 

 退院の際に、看護師さんから「腕を上げて吊革につかまると手術後の胸骨が、カパッと はがれる場合があるから気を付けてね」と言われたことが頭から離れず、それで、吊革ではなく手摺棒にしがみつくようにして立っていた。それにしても、カパッと、だって。嫌ですね。

 

 私は、どうせ すぐに降りるし、リハビリにもなる、とよろめきつつも踏ん張って立っていた。すると、手摺棒の脇の座席に座っていた制服姿の二人の男子中学生が、意を決したかのように突然立ち上がって「座ってください」と席を譲ってくれた。

 

 だが私は「次で降りるから、大丈夫だよ」と断った。

 

 中学生は、彼なりに勇気を振り絞って私に声を掛けたのだろう。なのに断られて気まずかったのか、譲ろうとして空いた席には戻らず、立ったまま。私は、気が利かなくて、ごめんね、という気持ちになった。ほんと、ほんとに、ごめん。お願い

 

 

●ほどなく私の降りる駅に近づいた。このまま私が下車をしたら、彼らには気まずい気持ちだけが残るだろうと思った私は、立ったままの中学生に「君の親切、嬉しかったよ、いい子だね」と、他の人にも聞こえるように、少し大きな声でお礼を言った。

 

 すると中学生君は「嬉しかったよ、って、嬉しいです!」と私に向けてVサイン。そのあどけない表情を見たら、良かったと、ほっとして、安心して、ジーンときて、鼻がツーンとなった。

 

 

●余談になるが、10年以上乗っていた車の買替えの相談に予約で行った販売店の若い担当者は、言葉は敬語で丁寧だが、年寄りの暇つぶしとでも思ったのだろうか、慇懃無礼な対応だった。私の希望する車種のカタログを提示もせず、最も安い定価を口頭で告げるだけで、軽くあしらわれた。そんなことがあったので、あの中学生の対応が心に染みたのだと思った。

 

 

ぽってりフラワーボタン・花は一つだけですが・・ 

 

●電車が駅に着きドアが開くと、私は彼らに軽く会釈をし、Vサインをして下車をすると、即座に「やったぁ~」と彼らの声が上がった。こんなことで中学生は喜んでくれるんですね。チョキ

 

 私は席を断って申し訳なかったという気持ち以上に、何かいいことをしたような、そんな気持にもなった。

 

 

 中学生に「いい子だね」は余計だったかな?でも咄嗟に「いい子」だと思ったし、何よりも勇気気を出した、その優しさが嬉しかった。本当に、本当に有難うね。

 

 

 最近 若者による迷惑行為がネットなどを賑わしているが、いやいや、そんな若者ばかりではない。「嬉しかった」と言われたことを「嬉しかった」と素直に返せる若者がいたことに、日本の未来に光明を見た思いがした。それをお伝えしたくて、この記事を書きました。

 

 この気持ち、皆さんに少しでも伝われば、それこそ私も「嬉しい」です。 

 

 

 

 

♪A面で恋をして (大瀧詠一)

私の好きな日本のラブソングです

 

 

       この曲も、好きです。

 

 

 

2305

 

♪熱き心に(大瀧詠一・小林旭)

お二人のデュエットです !

 

 

 ●前回記事の「近所のおばあさん」は私の母が最も懇意にしていた方です。

母の葬儀では友人代表としてお別れの言葉で見送り、語学が堪能で海外を巡り「兼高世界の旅」とかいうTV番組に携わった経歴だけあって、感動的な内容で、参列者の涙を誘いました。

 

 おばあさんは、ご主人を亡くして以来、人工透析で通院中の50代の息子さんと二人暮らしだったが・・・その後、一人暮らしになると、歩くのもやっとの状態で、身体が弱くなったことが目に見えてわかるので、気になっていた。

 

●生前の私の母は、煮物や炊き込みご飯など「沢山作って美味しくできたから」と小鉢に入れ、それをおばあさん宅に持っていくのが私の役目でした。私が子供の頃から、そうしていたので。

 

 母が亡くなった後は、私の妻がそれを引き継ぎ「お父さんなら気を使わないから」との理由で、相変わらず私が持っていく役目だが、安否確認も目的にしていた。

 

 

●私が頼まれもしないのに勝手に庭の草むしりや、雪かきに行くのも、そんなお付き合いの積み重ねがあったからです。ついでに、と話し相手をすると、目を細めて生前の母とのエピソードを聞かせてくれることもあり、有難いとも思っている。

 

 私は、あのおばあさんの影響を受けた部分が多くあると思っている。そして、こうして「おばあさん」と言う私も年を重ね「おじいさん」になり、あのおばあさんの気持ちが、よりわかるようになった。

 

●じいさんになった私だが、障がい者スポーツ団体の陸上の世話係を続けている。若作りをしている訳ではないが、グラウンドではスポーツウエアに帽子、サングラス、マスク装着、背筋を伸ばして活動している。それで実年齢より若く見えるだけ。実態は、通院中で薬をどっさり持ち帰る高齢のおじいさんなのだが・・・ 心だけは熱い。

 

 去年の画像ですが・・

 

 老化現象で落ちた体力の動作が「手抜き」と思われないように「見た目より年を取ってます」と帽子、サングラス、マスクを外すと親御さんは納得以上に納得、そして恐縮される 爆  笑

 

 

●最近、健康も優れず、思うように事が運ばず、若い人に年寄りだから、と見下されたり、アンラッキーも多く、やる気が起きない。

 あのおばあさんのような人生の積み重ねをしてこなかった、その反動かな、と思ったりの昨今です。もう手遅れだとは思うが、何とかしなくては。先ずは「やる気」から、ですかね。

 

 

 

♪アフリカ(Toto)

 じいさんでもコンサートに行き、一緒に歌ってきました。

 

 

 

 

♪Don't Look Back  振り向くな(Boston)

わざわざLPを買って聴いた曲 。うるさいけど・・

 

 


 

♪雨を見たかい(CCR)

カラオケの練習にどうぞ。

 

 

 

●お寿司屋さんから、私の家族の人数分の上寿司の出前があった。

私は注文をした覚えはなく、近所に同じ姓の家があるので「あちら様との間違いでは?」と制すると、「ご近所のお婆さんからのご注文で、お代は先ほど頂戴しまして、お寿司はお宅に届けるように指示されました」と経緯を説明をした。 

 

 

 思い起こせば・・心当たりは・・・ある。

 

●近所のお婆さんの家の庭の雑草が、この陽気もあって目立つようになった。大きな家で、雑草が目立つ人気のない広い庭、一人暮らし、ということで、防犯上、私は気になっていた。

 

 それで、雨上がりの日曜日、土が柔らかくて抜きやすい今のうちに、と頼まれもしないのに私は庭の草むしりに行き、庭の目につく場所に持参したパンジーを移植した。

 

 おばあさんは「何かお礼を」と恐縮したが、家の庭で増え過ぎたので持ってきたので気にしないで下さい、と応えたが、盗まれるよりマシ、という気持ちもあった。

 

●と言うのも、私は家の前にパンジーを植えたプランターを並べていたが、それを誰かに抜いて持ち去られ、余程慌てたのか土がついたまま落としていったパンジーもあった。抜かれた花の土の穴を見て、私は落ち込んでいたからだ。

 

 

 ぽってりフラワーはなみずき、さすがにこれは無事でした。

 

 

●あの寿司の出前は、おばあさんから「お父さんには内緒」と妻に事前に連絡があったらしく、花が盗まれて落ち込んでいたことを知ったおばあさんからの、私へのサプライズだった。

 

 

 

 私は「お年寄りが、なんとまあ、洒落たことを!よっしゃあ!」と電話ではなく、走ってお礼に行った。

おばあさんは、私の顔を見るなり「せっかく植えた花が盗まれたんですって?奥さんに聞きましたよ。世の中、悪いこともあれば良いこともあるんですよ。これ、頂きものだけど、私は飲まないから」とワインまで持たせてくれた。

 

 

♪スシ食いねェ(シブがき隊)

 

 

 

 花を盗まれ嫌な思いもしたが、それ以上良いことにも巡り合えた。が、それにしても、他人の家の花を盗むなんて・・丹精込めたのに、とがっかりしたし、気味も悪かった。

 

 

 

 寿司の出前のプレゼントは、そんな私への慰めの気持ちも込められていたのだ。私も見習って、真似をしようかと思いました。

 お婆さん、長生きして、これからも私にいろいろ教えて下さいね。いろんな意味で感謝してます。有難うございました! 

 

 

 

♪幸せな結末(大滝詠一)

 

 

 

 

 

 

 

♪歩いて帰ろう (斉藤和義)

この歌を歌いながら運転してます。車なのにね(^^)

 

 

●私の事業所に駄菓子屋コーナーを設けていた頃、夕方になると、毎日ではないが、決まってブタ麺(カップ麺)と、キャベツ太郎(スナック菓子)を買いに来る男の子の兄弟がいた。二人の会話で、予算は200円らしい。それを、その日の夕食代わりにすることがわかった。

 

 私は、つい「お母さんは?」と声を掛けると「夜はいないけど、朝は家にいるよ。夜の清掃の仕事が終わってから朝早く帰ってくるんだよ。ほかにもパートをやっていて忙しいのに、交通費を節約して歩いて帰ってくるし、それで、今日は食事の支度ができなかっただけ」と言う。

 

 そして「お母さんは二つもパートをやって、頑張ってるんだから、悪く言わないで」と踵(きびす)を返した。私は、そんなつもりはなかったのだが・・・ 

 

 それにしても、食べ盛りの子が、あれだけでは足りないだろう。あの子供たちのプライドを傷つけないように、200円の予算かあ・・それで、私は何かできないだろうか、と考えた。

 

●そして知恵を絞って「駄菓子の代金は。君たちが、大きくなって仕事をして、自分でお金をもらえるようになってから払いに来てください。その時に、この店が、つぶれるかして、なくなっていたら、災害などで、困っている人に寄付をしてください。コンビニの募金箱でもいいです」と伝えた。

 

 すると「おんちゃんお店、ぼくたちのせいで、つぶれるの?」と心配してくれた心の優しい子供たちです。

 

クローバー庭のネモフィラ

 

 奇しくも東日本大震災以前の出来事で、その後、本当に店はつぶれました。彼らは、それを知ったら悲しむだろうな。だけど、消息がわからないし「自然災害だから、きみたちのせいじゃないからね」と言ってあげられなくてね、ごめんね。

 

●当時、中学生のお兄ちゃんは、学校を卒業したら東京に行って働いて、お母さんに楽をさせたいと話していた。母親代わりにスーパーで買い物や家事を手伝っている彼は、学校で心無い言葉を投げかけられていたようだが「いじめではない、からかわれてるだけ」と毅然としていた。

 

 今更ですが、あの中学生に、優しさとか、何かを教わったような気持ちになった私です。

 

 

 

♪バイシクルレース(クイーン)

自転車に気を付けよう。青切符も。

 

 

 

 

 ●ラジオから流れた♪愛こそすべて(ビートルズ)で思い出した話です。

 

 

 ●昭和の学生時代、入部したサークルに学生運動に熱心な4年生がいた。彼は3浪で入学したらしく私より6歳は年上ということで、私を「弟」と呼ぶようになった。そして東北訛りの残る学生服姿の私を「東北の田舎から出てきたばかりだから」と、何かと擁護したり面倒をみてくれた。

 

 彼は実直で正義感が強く理論家で、私にとっては良き相談相手の先輩として頼りになる存在だった。

 

 サークルで新人自己紹介の時が初対面で、彼は腕組みをして無表情で私を直視、がっちり体型のガテン系で、恐そうで距離を置こうと思った。だが、帰り際に「困ったことはないか?」と声を掛けられ、自分の先入観は間違いだと気が付いた。

 

 

 そんな先輩は「女性なら、おばちゃんだけにはモテる」と、同年代の女性の対応が苦手らしく、心配していた。だが、それは余計なお世話で、縁有って結婚することになった。そんな先輩を人生の伴侶として選んでくれた女性は「人を見る目がある」と嬉しく思った。

 

太陽今朝の庭・ボケの花

 

 

●彼のアパートは古い木造で、名前ばかりの狭い台所と4畳半。部屋に難しそうな本が野積みで崩れそう、それが格好良くも見えた。ギターやダンベルは誰かが置いていったようだ。そんな雑然さが居心地がよく、複数の仲間が出入りしていた。

 

 先輩の方針は「来る者は拒まず、去る者は追わず」で、部屋の鍵が郵便受けに入っているのを大体は知っている。それで勝手に入り込んだ誰かが袋麺のラーメンを作っていたり、押し入れで寝ていたり、私は・・ダンベルで筋トレ。

 

 

●そんな我々に先輩の学生結婚の話は明るいニュースだった。我々の「第二応接室」と称していた喫茶店のマスターは店を貸切りで提供してくれた。そのマスターは中卒で青森から集団就職、日本橋の繊維問屋で働いて貯金をして店を出した苦労人。

 

 喫茶店の店内を結婚式と披露宴の会場への設営では、談笑しながら椅子やテーブルを移動して並べたり花を飾ったりして、和やかな雰囲気が楽しかった。

 

 役割分担で仲人はラグビー部の元顧問に依頼。親戚に神主がいるのが理由というのがおかしかった。顧問は前歯が欠けてるのを気にしながらも快諾してくれた。

 

 司会役には、店にマイクがないので「声が大きいから」と元応援団長で決定。定食屋でバイトの仲間が調理場のマスターの助手を買って出た。私はバンド経験者との理由で音楽担当に指名され、ビバルディの「四季」をBGMに使いました。

 

♪協奏曲「四季」より「春」第1楽章 ビバルディ

 

 

●当時、奨学金はよほど成績優秀でないと、東大生でも審査が通らないほどの高嶺の花で、大半はバイトで頑張った。それが当たり前と思っていたので苦にはならず、貧乏だったが心は豊かでお互いに助け合って乗り越えて、楽しかった。

 

 昭和の古き良き時代だったのかな。人間は、みんな、みんな温かいです!そんな人との出会いで人生はお互いの思いやり、そして愛こそすべて、とも思いました。

 

 

 

♪22才の別れ (風)

当時、下手なギターで練習しました。

 

 (タイトルを変更しました)

♪それが大事

 

 

●私たち有志が30年前に立ち上げた知的障がい者対象のスポーツ団体の活動が、日曜日に今年度初めての活動があった。私は自閉症、ダウン症、言葉が出ない、多動、著しい問題行動など、どちらかと言えば手がかかる子供たち約20名を専門に陸上競技のお世話をしています。

 

 子供たち、と言っても長年通い40歳前後の大人もいるが、中等部当時からお世話をしているので、私にとっては「子供たち」の感覚でいる。例年のことだが、4月は陽気のせいと、久々の活動ということもあって、メンバーのテンションが高く、より活発に動きまわる。高齢になった私は、彼らと一緒に走るには無理があるので、手抜きをしてそれなりに対処している。

 

 

私の担当のメンバー

 

 

●準備体操の輪に入らず、グラウンドの隅で、固まっている女の子がいた。いつもはおとなしい子だが今回は奇声を上げて、母親を殴り腕を噛もうとしていた。

 

 付き添いの女性の支援員さんは、どうにもならない様子だったので、私は走って二人の中に割って入ると、彼女は私の腕に噛みついた。母親が、それを制止すると、再度お母さんを殴り始めた。母親はたまらず「大変だから、もう帰ります」と言うので「このままの状態で帰ったら、もっと大変」と私は腕を出すと、女の子は鬼の形相で私の腕に噛みついた。

 

 思わず支援員さんが悲鳴を上げたので、私は「それ、やめて!あの子が興奮するから。それに痛くないから」と私は言い放つと、女の子は私の腕を噛むのをやめて殴りかかった。私は「彼女は葛藤してる。落としどころが見つかるといいな」と無言で耐えるのみ。 彼女は「甘噛み」だと私にはわかるし、慣れてるから少し痛いだけ。腕に歯形が少し残るだけ。

 

 

 そして次は中等部の行動障害の男の子だ。彼は縦横無尽に走り回り、フィールドに座り込んで靴と靴下を脱ぎ捨て大の字に寝転んで笑っていた。機嫌はいいようなので、私はおもむろに近づき彼の靴と靴下を持って集合場所に誘導。

 

 彼は裸足なので足が痛くなって、何も言わずとも自分で靴を履きました。私の作戦勝ち(^^)その行為を尊重して褒めたが靴下は、履かず私に預けたままなので、付き添いのお母さんに届けました。

 

 集合場所では200m走で最下位になったダウン症の子がふさぎこんでいたので「フォームが格好よかったよ、よしよし」とハグしてやると、他のダウンの子がくっついて団子状態になり大変でした。ダウンの子は負けず嫌いなので、お世辞でも褒めるようにしています。

 

●私は陸上競技のお世話係りと言っても高齢になって、以前の様に走れなくなった分、こんな感じでやってます。基本、みんな自分に正直でピュア(純真)な心の持ち主です。だから、私も一緒に頑張れるんだと思っています。みんな幸せにな~れ。いや、なれるとも、そう願ってます。

 

 

 

 ♪ シュガーベイビー・ラブ

 

・・・・・

 ところで、京都の行方不明になった小学生が気になっています。私はグラウンドで行動障害の子供の靴を拾い上げ「小学生の靴が見つかった」との報道が頭を過り重い気持ちになりました。

 

 目撃者が誰もいない、咄嗟に思ったのは、彼の父親が学校で車から降ろさず、そのまま何処かへ連れて行った・・・まさか、私の考え過ぎで、そんなことはないとは思いますが・・・ 何はともあれ、無事に帰ってくることを祈ってます。