先日、京都へご購入いただいた絵をお届けに伺いました。
ついでに藤田嗣治展を一緒に見ましょうか、ということになり、会場まで絵をひっさげ(!)、絵のお届け&絵画鑑賞、というある意味「絵画三昧」な日を過ごしました。
ご一緒頂いた方には、
ずっと良い絵を描いて欲しいから
と仰って頂いて、会場でも応援の言葉を頂く有難さ。
良い絵を見て、伸びてほしい、
と思ってくださるだけでも、本当に嬉しいなと思います。
温かいお気持ちに、新たに目標もたてられた一日になりました。
(いや、その前に年末までの予定と作業の山を片付けないとあかんのよぉ~~)
藤田嗣治展
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2018/428.html
2018年10月19日~12月16日
京都国立近代美術館
受付カウンターにありました、猫さんと一緒の姿。
感動でした。
ご自分で装飾をほどこした額もあり、特別な空気で!
作品を前にして脈が速くなるのを感じるのは、久しぶりの感覚でした。
猫好きでおられたので、あちこちに猫がいます。
着物の懐に入り込んだ猫との自画像もあり、猫との生活を楽しんでおられたのだろうな、と想像してこちらも楽しくなってきます。
第二次大戦後、各界に戦争責任が問われ、名士と謳われた方の逮捕が相次ぎ、文化分野にも戦争責任が問われていたのだそうです。
このことは知らなかったのですが、あまりにリアルな描写をした藤田さんにも戦争責任が叫ばれたとか...。
そういう経緯から日本を離れたそうなのですが、もし...時代が違っていたら..どんなにすごい作品が誕生していたのだろうか、と思ってしまいます。
日本を離れる時に、
絵描きは絵に誠実に、絵だけを描いてください。仲間喧嘩をしないで下さい。一日も早く日本の画壇も、国際水準に達することを祈る。
と仰ったのは有名なのだとか。
私が日本を捨てたのではない、捨てられたのだ。
というフレーズも有名。
でも、どこかで読んだような気がする、
実は、藤田に捨てられたのは日本だった。
というのも分かる気がした展覧会でした。
あまりに才能あふれる作品と、個性あふれるご本人のファッションと生き方。
文化的な根っこは日本的であっても、進歩的な感覚は押し込めようにも無理だったのだろうと想像できます。
偉大な芸術家とその後にやっと近代文化的に発展していくだろうという国には差がありすぎ、歩調が合わなかったんでしょうね。
なぜでしょうか...現代のアニメや漫画にも通じるような空気も感じてしまうのですが...。
もし、生きている時代が違っていたら...すごいことになっていたのでは..?
時代のずっと先を走っておられた方だったんでしょうね...。