為替介入の前段階と言われる“レートチェック”が日本側で(あるいはアメリカと同時に?)行われたかもしれないということで、ここのところドルに対して円高傾向が続いています。そのせいもあって、バーツに対しても円の為替レートが少しよくなりました。最近のどん底の時点では1万円=1,970バーツくらいでしたが、ここ数日は2,015~2,030バーツ程度に回復しています。

 

今後も円高方向に動くのか、それともまた戻ってしまうのかは誰にも分かりません。でも少しでも円高傾向が出てきた時にどうするか?

 

A、迷わずに両替に走る  

B、もう少し様子を見る

 

様子を見るといっても、数日か、あるいは1か月くらいかではレートが全然違ってくる可能性があります。もし日本円で数百万円以上を両替するのであれば慎重になった方がいいでしょう。たとえば1万円が2,000バーツと2,050バーツのレートでは、100万円を両替すると5000バーツの差が出ますよね。それだけあればスシローで何回も食事できます(貧乏くさいかな??)。

 

ということで月曜日にチェンマイで一番大きなSKという両替屋に走り、とりあえず2月分の生活費を確保しました。さらにレートが良くなってきたので、今日もまた両替してきました。持っている円を全部両替すると、あとで「もっと待てばよかった」となるかもしれないので、私はちょっとずつ小出しにするようにしています。日本の口座からのネット送金は、家に持っている円の現金がなくなってからとなります。

 

SKという大きな両替屋は、さまざまな通貨を扱っているせいか、今朝は外国人で一杯でした。中に40~50人、外にも10人以上が待っていました。「これはたまらん」となったので、速攻で別の両替屋のレートを調べてみると全く同じレートでした。外で待っている運転手の妻に「それ行け、ゴー」です。

 

数分で着いたその両替屋(Super money Chiangmai)には誰も客がいませんでした。何故SKに人が溢れていたんでしょうかね?昨年の暮れの朝に行ったときは数人しか客はおらず、今週月曜日の夕方は10人待ちくらいでした。ところが今朝は50人以上。きっとドルが下がったので、いろいろな通貨に対してバーツも安くなったのではないでしょうかね。だから私と同じような心理が働いて、「それ行け」となったのではないでしょうか???

 

今朝の食事です。

 

 

 
 
ひまわりの芽です。栄養価は非常に高いそうです。ニンニクもたっぷりでした。
 

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

「子供の学校送迎」を依頼した相手が家の地図を送ってこないので、妻は気持ちを切り替えて別の仕事を探し始めました。私の知らない間に、土曜日の夜からいくつかの候補にあたったそうです。そして、昨日日曜日には即決です。

 

昨日のお昼過ぎに面接に行って決めてきました。我が家から1キロのところにある「高齢外国人専用の長期滞在施設」と言えばいいのでしょうか。タイ在住で介護が必要な人が入る老人ホームとは違って、海外から静養のために高齢者がやってきて、2か月とか3か月とか滞在するリゾート施設です。かつては高齢者だけではない一般的なリゾートホテルだったのですが、3年前に高齢外国人専門の施設に変えたそうです。オーナーはスイス人です。10日ほど前から求人情報があったのですが、まだ採用された人がいなかったのです。

 

タイ人の女性マネージャーが英語オンリーで面接しました。妻は結婚前は外国人高齢者の買いものや病院通いなど、車を運転して生活の手助けをする仕事をしていました。外国人がアル中などの依存症を治療するために療養する施設で臨時に働いたこともあります。そういう経験があることが決め手になったのでしょう。来月1日からの勤務になります。時々夜勤があるそうですが、ちゃんと就業規則も整ったきちんとした職場のようです。

 

実はその施設以外にも妻がコンタクトしたところがありました。やはり外国人のお世話をする仕事です。ひとつは滞在施設や老人ホームではなく、チェンマイに在住している個人の高齢外国人相手の会社でした。給料はいいらしいのですが、たまたまマネージャーが出張中でした。もうひとつはチェンマイではなくバンコクで、老人ホームの住み込みの仕事でした。そこは部屋代や食事代等が一切かからず、月給は4万バーツでチェンマイに比べて断然良かったのですが、さすがに私と別居するのは危険と考えてパスしたそうです。

 

2月から働く施設では、今度スイスからやってくる老人の担当になるそうです。日々の掃除や料理などはまた別の専門スタッフがいます。妻は滞在者のレクレーション(軽い運動や手芸教室、タイ料理教室などがあるようです)の場面を中心に、生活面でのお世話をする仕事らしいです。車椅子の要介護老人はごく少数いるようですが、ハードな仕事かどうかは分かりません。

 

ところで、その施設に就職が決まったあと、昨日の夜8時を過ぎてから、「子供の学校送迎」の母親から自宅の地図が突然LINEで送られてきました。金曜日の夜中に「月曜日の朝に子供を迎えに来れますか?」と書いてきて、妻がすぐに「はい大丈夫です。ご自宅の地図を送ってください」と返事したにもかかわらず、次の日も、その次の日も、夜まで何の応答もしなかった人です。ところが妻は「明日の朝、子供を迎えに行ってあげなくっちゃ」と言い出しました。

 

どうですかね。妻の返事に対して「OK」とか「地図は明日送ります」とか、「はい、もうちょっと待ってください」とか、何か応答したのならまた別です。二日間も完全に放ったらかしておいて、月曜の前の晩になってから、何のメッセージも添えずに地図だけ送ってくる人って・・・私は「迎えに行くのはやめておきなさい。もう別の就職先が決まったのだから。ややこしくなるよ。相手は2日前に貴女のLINEを読んだくせに放ったらかしたんだよ。しかも催促までしたのに、一切音沙汰なし。これは向こうの落ち度。貴女は悪くない。『別の仕事が今日決まったので明日は迎えに行けません』とハッキリ書いて送りなさい」と妻に言いました。

 

言いたくはないですが、いくら金持ちの奥様だからと言って、常識的なことのできない人に雇われていいことはないと思いました。自分を高みに置いている人とかかわると、ちょっとしたことでトラブルが起きる可能性が高いですから。


今日の朝食です。

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

昨日の続きです。子供を学校に送迎するドライバーの仕事のこと。相手は金曜日の夜、「月曜日の朝に来れますか?1週間試しに送迎してみてください」と妻に言ってきたので、妻は「はい大丈夫です。正確な住所を教えてください」と返事しました。これを書いているタイ時間の今日午前10時半ごろの段階で、なしのつぶてです。妻は昨夜は相当にしょげていました。

 

妻は毎日夜の8時半から9時まで、お寺が配信している映像音声に合わせてお祈りします。バーリー語のお祈りです。たいてい私も一緒に妻の横に座って心を合わせます。昨夜はその最中に、横にいる彼女にLINEを送りました。

 

「彼女(子供のお母さん)は貴女が2回住所を尋ねても答えないよね。つまり彼女はいい加減な人かもしれない。お金持ちだとしても、責任感に欠けている人かもしれない。そういう人のために働くのはどうかと思うよ。貴女には何の問題もない。もっといい仕事を探した方がいい」

 

正確を期すために、google翻訳を使ってタイ語で送りました。妻はLINEメッセージの着信に気づかなかったので、私のスマホ画面を横にいる妻に直接見せました。妻は黙ってそれを読んで軽く頷き、そのままお祈りを続けました。そしてお祈りの時間が終わると、自分のスマホを手に取ってハートマークのスタンプを私に送ってきました。

 

妻は今朝はすっかり気持ちを切り替えたようです。facebookに自分から求職情報をアップロードしたそうです。見てませんが、「〇〇に住んでいる〇歳の私は〇〇〇の仕事の経験と能力があるので、どなたか仕事をくれませんか?」という感じでしょうかね?確率は低いと思いますが、やってみるのはいいことです。

 

ところで、子供の送迎ドライバーを募集していた女性ですが、私の想像はこうです。20人の応募に対して、金曜日にオンラインで5人と面接しました。その日の夜、5人ではないと思いますが、面接した中の複数の応募者に対して「来週月曜日の朝7時半に来れますか?」というLINEを送った可能性があります。「貴女を採用します」と書いたわけではないので、いくらでも言い訳ができますよね。でも、それを受け取った人は妻のように「私に決めてくれたんだわ」と思って当然です。OKの返事をした人の中から誰か一人だけに正確な住所を送り、あとの人は無視。その可能性が高いでしょう。私なら絶対に絶対に、そういうことはしません。「他の人に決めましたので、ごめんなさい」と必ず返事してから終わりにします。

 

要するに、人品骨柄の問題です。その40歳前後の女性は我が家からは2キロほどしか離れていないチェンマイでも最高級のムーバーン(住宅団地)に住んでいます。きっと送迎の運転手に応募してくるような下層の庶民を見下しているのかもしれませんね。妻は高市早苗さんと同じで、国立大学の経営学部を卒業しています(笑)。私の見立てでは、事務の仕事などもテキパキと良くできると思います。車の運転の仕事も経験しています。英会話もできます。粘り強く探していれば、きっといい仕事が見つかるでしょう。

 

今朝の食事です。もちろん妻が作りました。今日は豆腐ワカメのみそ汁が付いていました。

 

 

 

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

妻の本当の悲願は私たち二人だけの家を持つことです。でも今日書く“妻の悲願”とは家のことではなく仕事を持つことです。すでに「造花作り」と「老人の世話」の二つについては書きました。「造花作り」は求人2人に対して最終的に50人以上の応募があり、お呼びがかかりませんでした。アメリカ老人一人の世話をする仕事も遅れをとって断られました。

 

その後も主にfacebookで求人情報を毎日チェックしています。1週間ほど前には徒歩圏にあるナーシングホーム(老人ホーム)の求人があり、月給は15,000バーツでした。家から近いので有望だと思ったのですが、仕事は24時間のシフト制で、昼間以外に夜勤がありました。夕方から翌朝までの泊りがけの日が必ず何日かあるのです。私は全然かまいません。でも彼女に持病があって、夜は薬を飲んで寝なければならないのです。それで徹宵勤務のある仕事は、迷った末に避けたようです。

 

そんな苦戦をしているとき、「子供1人を小学校に送迎する」というドライバーの求人が一昨日ありました。わが家から2キロほどのところに家があり、学校はそこから4キロほどと近いのです。朝の7時半に家に迎えに行き、夕方4時に学校へ行くという仕事です。トータルで一日2時間以下の拘束でしょうか。妻はさっそく応募しました。応募には、住所と仕事の履歴に加えて、車の写真を送ったそうです。


その送迎の仕事、給料は月1万バーツにもならないのですが、拘束時間が短いせいか、たった一日で20人以上が応募したそうです。チェンマイは人手不足の逆で、多くの人が職探しに困っているのかもしれませんね。生徒の母親はその中から5人に絞って、昨日オンラインの面接をしました。妻のYはその一番手だったようです。

 

その母親は「夕方に返事します」と言っていたのですが、夜になっても音沙汰がありません。妻はまたもや採用されなかったものと思い、えらく落ち込みました。私はお金のことより、鬱病のある妻が求職に失敗して悲しみに暮れることが一番心配でした。「必ず仕事は見つかるから、根気よくトライしよう」と励まし続けてきました。

 

昨夜は9時を過ぎても連絡が来ないので、私たちは諦めて10時過ぎに床に就きました。でも妻も私もなかなか眠れません。ふと妻がスマホを見るとメッセージが入っていました。発信された時刻は10時半を過ぎていました。「来週月曜の朝7時半に家に来られますか?試験的に子供の送迎を1週間やってみてくれませんか?」と言う内容でした。妻は「月曜日の朝に伺いますので、ムーバーン(住宅団地)の家屋番号をお知らせください」と返事しました。

 

今日は昼間に妻が車を運転して、そのムーバーンをゲートの外から確認しました。そして試しに学校まで行ってみました。走行ルートの確認です。でも家屋番号の入った正確な住所をまだ知らされていません。月曜日は明後日なので、まだ時間があります。でも場所の問い合わせになかなか答えないのは、かなり不自然な気もします。その母親は本当に妻を送迎運転手として採用するつもりなんでしょうか?それとも、すぐには問い合わせに反応しない“のんびり屋さん”なんでしょうかね?「今晩にでも、もう一度LINEで聞いてみろ」と妻には言っておきました。さてどうなるか、少し不安です。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

昨日はバーツに対する円安がさらに進んで、1万円=1,965バーツという近年にないレートになってしまいました。私の知る限りの最安レートです。今日はほんの少しだけ持ち直していますが、1万円=1,980バーツほどで動いていて、いまだに2000バーツ台に戻りません。今年は戻らないかもしれませんね。

 

今日は円ではなく、アメリカドルとタイバーツの為替レートはどう変動しているのか調べてみました。現在タイはバーツ高に悩まされていて、観光収入の減少だけでなく輸出競争力の低下による経済成長への影響が懸念されています。そのためタイ政府・中央銀行はドル買い介入を行っているようですが、あまり効果を上げていないようです。また金の取引がバーツ高の一因なので、1日あたりの取引上限を設けるなどの対策をとっています。

 

さて、ドルとバーツの為替レートです。私がタイに移住した2012年の年間平均レートは1ドル=31バーツ程度でした。それがどう変化しているか最近のレートを見てみましょう。

 

2012年  31.07バーツ(年間平均)

 

2024年

1月     34.5

4月     37.2(最高値)

9月     32.3(最安値)

12月    34.2

 

2025年

1月     34.3

4月     34.8

9月     31.6

12月    31.5

 

素人的にこの数字を見ると、まず14年前のレートと現在のレートは殆ど変わらないと言うことが目に付きます。次に、14年前(1ドル=約31バーツ)に比べてドル高になっている2024年のレートを見ても、1ドル数バーツの変動幅に収まっています。昨年の後半になってバーツ高、ドル安が進んではいますが、あくまでも2012年の平均レートの水準です。タイ政府が大騒ぎする割には対ドルのレートは(円に比べてですが)それほど大幅にバーツ高に変動しているようには見えないですね。幅はそれほど大きくなくても、かなり急激に変動して戻らないので、その影響が大きいと言うことでしょう。

 

一方の円はどうですか。2012年と現在を比べると、10数%の変動どころではありません。円はバーツに対して当時の半分の価値も持たなくなっているのです。1万円で4000バーツ買えたのが、今では2000バーツも買えません。この先、長期的に見れば円高に振れる可能性がゼロではないと思いたいところです。しかし、1997年の「アジア通貨危機」(バーツの暴落が発端)とか2008年のご存じ「リーマンショック」(円が安全資産として買われて超円高へ)のような世界的な激変が起きない限り、円のジリ貧状態は続くでしょう。とくにタイバーツに対しては狙い撃ちに遭っているような酷い状況になっています。

 

円安の影響はタイ人の日本への観光旅行ブームを生み出しましたが、逆にタイへの日本人観光客が減っているだけでなく、老後をタイで暮らそうという日本人はもっと激減しています。「強い経済、強い日本」と何度も唱えている方が日本にはいますが、口でいくらそう叫んだところで、選挙のために減税を言ってみたり、財政規律をないがしろにするような政権では世界の信認は得られないのではないでしょうか?

 

 

唐突に今朝の食事です。

 

最近は魚のカオトム(お粥)ではなく、豚肉の入った野菜炒めが圧倒的に多くなりました。今朝はズッキーニに似ているタイ野菜の「ブア」と人参でした。味は塩分少なめです。納豆と一緒にいただきました。

 

 

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

今日はまた歌にしてみようと思います。北原白秋の詩に山田耕筰が曲をつけた日本の名曲「からたちの花」は歌詞を覚えていないので、紙に書きだして歌いました。今度は昔から馴染んでいるイタリアオペラの中からです。19世紀の終わりごろにジョルダー二という作曲家が作ったオペラ「フェードラ」の中の「amor ti vieta」という有名な短いアリアです。

 

でも、このブログは音声ファイル(MP3など)をアップロードできないようです。だから仕方なくスマホで動画撮影するのですが、1分までしかアップロードできません。いくら短い曲だと言っても1分半はかかります。そこで奇抜な名案を思い付きました。



歌詞の意味は・・・

「愛というものは『愛さない』ということを禁止するものだ(どうやっても愛さずにはいられない)。貴女の柔らかな手が私を拒絶していても、本当は私の手を握りしめようとしている」

(今だったら、これは男の側の勝手な思い込みだと言われそうですね・・・)

 

さて自分の声を録音してみると、喋り声はお話にならないくらい掠れた老人の声になっていますが、歌声に関しては、昔の若い頃とそれほど変わっていないような気がします。なぜなのかよくわかりません。歌う機会はほとんどなくなったとは言え、まあ、いいことには違いありませんね。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

昨日に続いて政治のことです。高市さんの記者会見の内容は文字情報でチェックしました。新党の「中道・・・」の会見はほんの一部をyoutubeで見ただけです。率直に言って、高市さんは予想通りの人なのだなと確信しました。予想通りと言うのは、「権力をふるいたい」という思いがものすごく強い人だなと言うことです。悪しざまに言うと「ついに馬脚を現したな」という感じでしょうか。

 

「右傾化などではなく、普通の国になるだけ」という高市さんの言葉。つまり、これまでは「普通の国」ではなかったので、自分の力でそうする。そう思っているのですね。つまり長く続いた自民党と公明党の連立政権は「普通」ではなく、「左寄り」だったと彼女は認識しているのでしょうね。

 

「普通の国」とは何を意味しているのでしょうか。それは「戦争のできる国」と言う意味であることは明らかです。高市さんが総理になる遥か前から、「普通の国」とは「戦争のできる国」のことだとよくよく言われていたので、今回の発言はついにご本人の口から本音が出てきたと言うことでしょう。

 

それよりも私が驚いたのは解散総選挙によって「内閣総理大臣としての進退をかける」と発言したことです。そして加えて「高市早苗に国家経営を託していただけないか」を国民に問うと言うのです。私の理解では、衆議院選挙は「政権選択選挙」と言う意味合いが強いのですが、それはどの政党を選ぶかと言う意味での「政権選択」です。だから衆議院選挙のあとは「首班指名」が行われ、野党からも候補者が立つのです。

 

ところが高市さんの頭の中は違います。自分が中心であって、自民党ではないのではないでしょうか。自民党ではなく、「自分に託してほしい」と言っていますね。こんな総理大臣を見たことがありません。あの小泉純一郎ですら郵政解散のとき「自分に託してほしい」という言い方ではなく「郵政の民営化に賛成かどうか」のワンイシューを国民に問うて選挙を行ったのです。高市さんは「私に国家を任せてくれるかどうか」と問うて解散するわけです。「自分中心解散」です。

 

高市さんは今回の選挙で過半数が取れなければ、首相をやめると宣言しました。安倍元総理は森友問題で「自分や妻が関わっていれば議員辞職する」とはっきり宣言しました。それを真似たのかどうかは知りませんが、高市さんは総務大臣時代の「放送法問題」で追及された時、立憲の議員が突き付けた総務省の内部文書を「怪文書」と決めつけ、もしそれが真正の文書であれば議員を辞めるとタンカを切りました。その後その文書は怪文書などではなく、事案にかかわった複数の担当者が作成した事実関係を記したメモであることが判明しました。でも高市さんは議員辞職しませんでした。そして今回。選挙で過半数に達しなければ首相をやめると。何なら議員を辞めると言った方が迫力があったでしょう。そういうタンカを切れば自分に有利に働くと言う計算ですね。そういう自己中心に物事を考える人だと言うことです。トランプの真似をしようとしているのかどうかはわかりません。しかし、いま世界中で流行りの「分断と対立」をあおる政治家。高市早苗もその範疇に入る一人だということがこれではっきりしたと思います。

 

解散総選挙を急に持ち出した理由は何か。彼女は内心では相当に焦っていたのだと思います。その原因を推察すると、「台湾有事」についての国会答弁の結果、中国との関係が自分の思いとはかけ離れた大問題に発展して、現実的に打つ手がなくなっていることがひとつ。もうひとつは、財務省の案を「これではしょぼすぎる」と押しのけて大型の補正予算をごり押ししたところ、「赤字国債に頼る積極財政」を評価しないマーケットに嫌われて、さらに円安が進んでしまっていること。またアメリカのトランプは選挙で勝った首相でなければまともに相手にしてくれないこと。さらに私の勝手な推測を加えるとすると、現在の閣僚の中にとても大臣としての国会答弁に耐えられないような能力の低い人物が紛れ込んでいることを彼女自身が分かって、通常国会を乗り切るためにも内閣改造を急がなければならないと考えたのではないでしょうか。名前はここでは書きませんが、国会中継を見た人なら誰もが唖然としたでしょう。よく国会議員に当選したな、というレベルの閣僚がいます。

 

さて、高市早苗は日本を普通の国にするのでしょうか?私は「右傾化」どころではないと思います。積極財政そのものが悪だとは思いません。しかし予算の配分を見ると、彼女の言う安全保障関連の部門へ大きく舵を切っているのがわかります。その多くが簡単に言うと「軍事関連、およびそれに関連する技術分野」への傾斜だと思われます。昨年の補正を見ても、国民生活関連ではたとえば国民民主党や公明党に言われて仕方なく織り込んだような項目が目立ち、いかに彼女が一般庶民の暮らしに関心がないかがよくわかります。

 

最後に新しくできる「中道何たら」という政党について。「分断と対立を煽る政治からの決別」「生活者ファースト」・・・これらは納得できます。ただ、もし選挙に勝つことがあって、しかも万が一にも衆議院で過半数となれば(実際はありえませんが)、いったい誰が首班になるのでしょうかね?野田さんは首相経験者で人格者かもしれませんが、改革できるひとではありません。斎藤さんは賢くて意思の強い人だと言うことは今回よくわかりました。ただ、ファイティングポーズを取れる人ではありません。世間では「よほど高市早苗が嫌いだったんだろう」と言われていますが、本人は否定しています。真相は分かりません。池田大作由来の「人間主義」「平和主義」の創価学会と高市早苗は相いれないということだけは事実でしょう。

 

高市さんは昨日、維新との連立のことを含めて解散総選挙を行う理由をいろいろ言いました。つまるところ「私の国家経営能力を信じて託してくれるかどうかを問う選挙」ということです。政治は宗教ではありません。国民の生活を少しでも向上させ、他国との摩擦をできるだけ起こさない安定した外交を進める手腕が首相には求められます。現実的な結果を出さない限り、私はどんなに自民党が勝ったとしても、彼女の国家経営者としての能力には疑問符が付くと思います。たった数か月ですが、その発言と行動は国家の指導者として合格点がつけられるでしょうか?権力を手にして、できれば独裁者のようになりたいという欲望を持っている人物。それが高市早苗ではないかと、昨日の発言を見て思いました。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

久しぶりに日本の政治のことについて書こうかな、とここ数日思ってはいたのですが、どうもスッキリとアイデアが浮かんできませんでした。それはなぜだろう・・・?そう考えてみると、その理由がひとつ見えました。なんかもう、日本の政治状況は国民のことよりも、“国家の大計”を装いながら政治家や政党が自分たちのことばかり考えている末期的な迷路に入り込んでいるのではないか?そう思えてきたのです。昔から政治家は権力闘争するのですが、それでも日本の将来を本気で考えるからこその闘争という側面が強かったと思うのです。とくに日本が成長していた頃の自民党はそうだったと思います。

 

私の母方の祖父が戦前の政治家(衆議院7期を務めました)で戦後公職追放されているのですが、どうもそういう祖父がいたおかげで小学生のころから政治、というか選挙には強い関心を持つ子供でした。若い頃は労働組合員だったせいもあって社会党のシンパでした。それでも選挙では(自分の選挙区だったときは)石原慎太郎に投票したりしていました。一方で投票したことがなくても共産党の一部の政策には共感することもありました。分類すれば「無党派」ということになるでしょうか。とくに今は完全にそうです。

 

今の日本の総理大臣については、彼女が自民党の政調会長だった頃は「結構いい玉だな」と思っていたことがあります。でも、いろいろ調べていくうちに「この人が首相になると、どうもやばそうだ」と感じるようになりました。そして実際問題として、経済政策と外交政策の両方ともピント外れの人だったという気がしてきました。いわゆる左派系のジャーナリストや評論家などは「このままの政権が続くと日本が滅びる」とまで言い出す人がいるようです。トランプの「G2構想」を真に理解しているかどうか。アベノミクスの失敗をまったく学んでいないのではないか。そういった点ではその通りかもしれません。総務大臣の頃のエピソードを持ち出して来て「人格破綻者」と断定する人もいます。ただ、彼女を強く支持して今後にも期待する人が多いことは事実です。どこか魅力があると感じている人が多いのでしょうね。それとも目が節穴の人が多いのでしょうか?

 

公明党と立憲民主党が衆議院では新しい政党を作るという話には全然驚きませんでした。もともと公明党は池田大作の「人間主義」と「平和主義」を根底に持つ政党です。どちらかと言うと庶民の側よりも財界や裕福な側に立った政党のイメージの強い自民党と30年近くも連れ添ってきたことが不自然だったと今さらのように言われてますよね。現状では政権交代がいいとは全く思いません。でも今の自民党は本当にいったん解体しないと日本の将来は非常に暗いだろうという気持ちを私は持っています。「昔の自民党に戻れ」と言う意味ではないんですが。

 

政治家が権力を握りたいと思うこと自体は誰も否定できないと思います。でもその権力は国家の将来と国民の生活の安定のために使うのでなければ、とんでもないことになります。政治家それぞれが自分の国家像を思い描くのは当然いいとしても、そのために手段を択ばない、そして結果として国民を犠牲にするような権力の使い方は許されないと思います。

 

今の政治家は物事を考える順序が逆なんじゃないでしょうか。まともなプロセスは、まず国民が幸せに生きていけるための国家の設計と具体的な政策があって、それを実現するために選挙を戦い、そして権力闘争をする。ところが今は“選挙に勝つための政策”を考えるのが先になっている。だから今も、あれだけ消費税は減税できないと強く強く主張していた自民党が選挙のために減税を言い出す始末。「積極財政」というのも国民の歓心を買うためだとしか思えませんね。こんないい加減な政治の結果はどうなると思いますか?ますます日本は世界からの信認を失い、国力は落ちていくと思います。日本の落ち方は他の国の比ではないことを、どれだけの人が知っているのでしょうか?

 

たまたま昨日のエントリーで、日本の古い歌の良さを再発見したと言う意味のことを書きました。歌だけではありません。ほかの世界にはない日本の伝統文化、消滅するとクマが出没する原因になると言われている美しい里山の自然、困っていればお互いに助け合う優しい国民性・・・そういう価値のあるものがどんどん変化してきたのがここ数十年です。政治がダメになるとまず経済が衰退します。そしてだんだん伝統文化の良さが失われ、ついには人々の心までもが荒廃していくのです。それはもちろん政治だけの責任ではありません。でも政治家が単に権力の亡者になってしまったら・・・過去の歴史がたくさんの実例を示しています。アメリカの誰かさんや日本の誰かさんがそうならないことを願います。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

確か数年前のブログで若い頃の自分がいかに歌がうまかったかのような自慢話を書きました。教会の聖歌隊に入っていたり、高校の音楽の授業ではシューベルトの「セレナーデ」をドイツ語で歌って、東京芸大出身の先生から97点をもらったり・・・

 

実際は自分の声は貧弱だと思います。テノールとしては大事な高音があまり出ませんでした。それでも、よくイタリアオペラのアリアやドイツリートを家で歌っていました。社会人になって20代~30代後半にかけては、そういうクラシックの歌ではなく、井上陽水や玉置浩二、チャゲ&飛鳥などの歌を<夜な夜な>仕事が終わると行きつけのスナックのカラオケで歌っていました。友人と二人で最高60曲も!!!歌った夜もありました。

 

さて、チェンマイに来てからはほとんど歌っていませんでした。ところが最近「テノールオペラアリア集」という楽譜の本が残っていたので、ときどき家で声を出すようになりました。妻のYは「それは何語ですか?」と聞くので、「イタリア語だよ」と答えると、「噓でしょう。勝手に適当に歌詞?を自分でつけて歌っているだけでしょう」と主張します。「そんなことないよ。ちゃんとしたイタリア語だよ」と言うと、「じゃあ歌詞の意味を言ってください」となるのです。

 

実は自分自身でもオペラ・アリアのイタリア語の意味は正確には分かりません。それでも発音は、本物のオペラ歌手の演奏を若い頃よく聞いていたので間違いはありません。ドイツ語もそうです。ところがつい先日、妻が「オペラとかじゃなくて、私は日本の歌が聞きたいです。歌えますか?」と来たのです。

 

そう言えば、井上陽水とか玉置浩二などの歌ではなく、伝統的な、昔からある日本の歌はほとんど歌ったことがありませんでした。妻のYに「歌ってよ」とせがまれても、何を歌ってよいのか、そもそも歌詞を覚えているような歌は本当に皆無でした。そこでネットで歌詞と楽譜を調べて、日本の童謡などをいくつか聞かせてみました。妻は「からす、なぜ鳴くの、からすは山に、かわいい七つの子があるからよ・・・」という歌をすっかり聞き覚えてしまいました。歌詞の内容を説明してあげたら、ほとんど全く同じ内容の歌詞の童謡がタイにもあるんだそうです。からすのお母さんが遠くにいる子を思う気持ちを歌った淋しい歌です。

 

「からす」の歌や「うさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川・・・」という歌詞の「ふるさと」などを急に思い出したように歌ってみると、「日本の古い歌ってすばらしい」と思えるようになってきました。そこで、もう少しレパートリーを広げようと思って、「この道」や「からたちの花」という古い名曲を自分で歌ってみました。

 

さすがに70代も半ばになると昔のような声は出ませんが、今日一曲録音してみました。北原白秋作詞、山田耕筰作曲の「からたちの花」です。動画は1分までしかアップロードできないので途中までです。よかったら、画像は見ないでお聞きください。

 

 

 

名曲ですけど、相当に歌うのが難しい曲だと言うことがよくわかりました。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村

今日はズバリお金の管理のことです。

 

昔日本に暮らしていて、日本人の妻と良好な関係を保っていた頃のこと。サラリーマンでしたから給料は銀行振り込みになっていました。自分名義の2つの口座に分けて振り込まれました。メインのA口座の通帳と印鑑は妻が管理していました。もうひとつのB口座には自動的に毎月一定額が振り込まれるようになっていました。要するに小遣いですね。金額は・・・給料が上がると、少し上げてもらったような記憶がありますが、40代の頃で月5万円だったような気がします。その後もっと多い時期があったかもしれません。

 

日本人の妻とは離婚しました。そのときメインの銀行口座にいくら預金があったか、私はまったく知りません。聞いても妻は答えてくれませんでした。そして金額不明のまま全額を妻に差し上げました。ついでに築5~6年だった東京の一軒家も未練なく差し出しました。今から思えば・・・なんて、なしですね。

 

さて、ここからが本題。タイ人と結婚してからは銀行口座を妻に任せたことはありません。亡くなったカタイには毎月一定額を口座に振り込んであげていましたし、そのあとの彼女もそうです。今のYも同様です。でも、70代も半ばになってくると、何かあって妻だけが残される確率が年々高まってきますよね。そういう事態になったときのために、今から私の銀行口座を管理してもらおうと思っています。というか、結婚直後から妻の方からうるさく要求していました。

 

タイにある私の銀行口座のキャッシュカードの暗証番号はYに教えています。ただ、この円安のご時世で日本からの送金を抑えています。そのため最近の残高は限りなくゼロに近いです。逆に日本の銀行口座には定期的に年金が振り込まれます。私には複数の年金があるので、以前は口座を分散させていましたが、昨年ひとつの口座に1本化しました。

 

さて、チェンマイに住んでいる高齢者が認知症になったり、最悪の場合突然亡くなったりする日本人が毎年何人かいます。奥さんがタイ人で、夫のお金の管理をしていなかった場合は大きな問題が発生します。つい先日も認知症の方が誤嚥性肺炎になり入院。私立病院なので結構な支払いが必要になったのですが、奥さんは夫の口座情報を知らないのでパニックになったそうです。私の場合も、もし何かあれば妻は困ってしまうでしょう。ということで、これまで封印してきた日本の口座の扱い方をそろそろ教えようと思っています。ところが、結構面倒なことがあります。

 

私の場合はネットを使って日本の銀行の普通預金口座からタイの銀行口座へ円建て送金しています。その際、口座番号もしくは登録番号、そして暗証番号を入力することが必要なのですが、ごく最近アクセスして気づいたのですが、登録してあるメールアドレスにワンタイムパスワードが送られてきて、それを入力しないと先へ進めない仕様に変更されていました。つまり、セキュリティが強化されて、これまで以上に煩雑な手続きが必要になっていました。

 

もし私が認知症等になって自分で操作できなくなれば妻に代わりにやってもらうしか方法がありません。ネット上の画面がすべて日本語だという問題は、画面を順番に印刷して、英語(あるいはタイ語)で注釈を付けておけば妻もそれに従って操作することができるでしょう。しかし同時に私のメールを開いてワンタイムパスワードを確認して入力するなど、操作はかなり面倒になってきました。パスワードの入力間違いを繰り返すとロックされます。もしそうなったら、それを解除してもらうには本人が日本の銀行のコールセンターに電話する以外には方法がありません。

 

何らかの操作ミスが起きることを心配するのなら、厚生年金などでは日本の銀行口座ではなく、タイの本人名義の口座に直接振り込んでもらうこともできます。その場合は為替レートを見て自分で送金するというメリットはなくなるのですが、何もしなくてもタイバーツが手に入るので便利は便利ですね。ところが・・・私の場合は外貨で振り込んではくれない別の年金もあるので、どうしても誰かが送金手続きをする必要が出てくるのです。

 

まあ、できるだけ自分が元気でいて、最後の最後まで認知症にもならず、入院もせず、ある日ころっと・・・となるのが理想的で、そうなれば妻も面倒な操作をさせられることもないでしょう。そうは言っても、遺族年金の手続きなどは自分でできるわけはないので、妻も誰かのお世話になるんでしょうね。そのときは私はいないので、心配する必要はないでしょうけど・・・

 

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村