京都の四日目は、京都駅からJR奈良線で宇治に行きました。抹茶の「宇治茶」で知られる宇治は、おそらく小学生のときに遠足で行った場所の一つだと思うのですが、記憶にはほとんどありませんでした。

 

宇治には世界遺産の平等院があります。11世紀半ば、平安時代の後期に藤原頼通が極楽浄土を願って建てた寺で、国宝の鳳凰堂は藤原氏一族の威光を偲ぶ貴重な遺構です。

 

 鳳凰堂入り口

 

鳳凰堂の拝観は、30分ごとに定員35人づつ中に入って国宝・阿弥陀如来坐像を見ることができます。ただし写真撮影は禁止でした。鳳凰堂の阿弥陀如来坐像は仏師定朝の作で、寄木造りの仏像の最高傑作と言われています。係員の説明を聞きながら、手を伸ばせば触れるような至近距離から拝むことができました。

 

(平等院公式HPより)

 

阿弥陀如来座像のある空間の天井と壁面には52体の「雲中供養菩薩像」が配置されています。今はそのうち半分の26体は取り外されて平等院ミュージアムに展示されています。

 

 

雲中供養菩薩像(平等院公式HPより)↑↓
 
 
 

↑これらの菩薩像には楽器を持っているものもあります。妻によると、この楽器はタイに古来から伝わる楽器と全く同じものだそうです。

 

そしてタイの寺では、この「雲中供養菩薩像」そっくりの像が天井にたくさん描かれています。タイでは、これらを「テワダー」と呼んでいて、人々を守るいわば守護霊のような存在として認識されています。タイと日本では、小乗仏教と大乗仏教と言われるように、同じ仏教でも教義が違うとされるのですが、根っこは同じ仏教ですから多くの共通点があるのは全然不思議ではありませんね。

 

さて、平等院のすぐそばには水のきれいな宇治川が流れていて、宇治橋が架かっています。

 

 

 
写真を撮っていると、だんだん子供の頃にこの場所に来たような気がしてきました。また宇治は源氏物語54帖のうち、光源氏亡き後の10帖は宇治が舞台となっています。その意味では作者の紫式部ゆかりの土地でもあるのですね。
 

 

 

私たちは宇治から京都駅に戻り、電車を乗り換えて、この日も姉のいる病院へ向かいました。(五日目につづく)

 

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先週は病院で寝たきりの姉を見舞う合間に、妻を連れていくつかの観光地を訪れました。昨年は金閣寺と嵐山の二か所だけだったので、今年はそれ以外の主だった場所へ精力的に足を延ばしました。移動はほとんど電車とバスでしたが、歩いた歩数は一日12,000~15,000歩にもなり、数日後には二人とも足の親指付近が痛くなりました。

 

一日目は深夜便で大阪関西空港に朝着いたので二人とも寝不足。京都駅に近いホテルにアーリーチェックインして休息したり、近所をぶらぶらしたりして過ごしました。久しぶりに食べた京都駅八条口前にある「なか卯」の親子丼(450円)が美味しかったです。数日後に同じ店で食べたマグロ山かけ丼(920円)はまったく不味くてダメでした。

 

二日目

 

<御室仁和寺>

 

この寺は、私が子供時代から大学を卒業するまでを過ごした実家の近くにあります。小学生の頃はお寺の境内で遊んでいました。世界遺産になっていますが、今も建物の中以外は自由に出入りできます。最近は、藤井聡太さんがタイトルを保持している将棋の竜王戦の対局が行われる場所にもなっています。

 

紅葉がもう始まっていました
 
重要文化財の五重塔
 

訪れたのは木曜日の午前10時ごろでしたが、境内には殆ど人がいませんでした。近くの金閣寺などが開門前から外国人の長蛇の列ができるのと比べて静寂に包まれていました。私たちは境内を心ゆくまで散策できました。

 

 

国宝の金堂
 

 

仁和寺からは、嵐電と言われる京福電鉄に乗って嵐山に出て、そこから阪急電車で姉の入院している病院へ行きました。来月の嵐山は外国人観光客のピークを迎えるでしょう。

 

嵐山の渡月橋

 

 

三日目

 

<清水寺>

 

 
 

おそらく京都で最も観光客の多い寺でしょう。妻も自分で調べて「kiyomizudera ikitai」と日本に行く前から言っていました。京都人の私は何十年ぶりか分かりませんが、二度くらい行ったような記憶があります。

 

 

清水寺門前のにぎわい

 

そのあとタクシーを拾って寺町通りにある「くら寿司」へ行きました。妻がチェンマイにもある「スシロー」以外の回転寿司に行ってみたいと言ったからです。

 

清水付近で拾った車の運転手さんが西洋人だったのでちょっと驚きました。日本語は外国人なまりがなく達者でした。風貌は西洋人でも日本国籍のある人かもしれませんので、「どこの国から?」というような野暮な質問はしませんでした。運転手が乗ってきた客に対して「どこの国から?」と質問するのはアリですが、客が運転手に聞くのはあべこべで、何だか変ですからね?

 

実は「くら寿司」は私も初めてでした。やたらシャリが大きくて、ネタが見劣りしてると妻が言いました。二日後に京都西院のスシローに行きましたが、二人ともチェンマイの店も含めて、スシローに軍配を上げました。

 

<京都御苑>

 

 

お昼の回転寿司のあとに行きました。たまたま仙洞御所の無料一般公開をやっていたので、その場で申し込んで中に入れました。

 

 
江戸時代から現存する醒花亭(お茶室)
 
12万個の玉石を敷き詰めた洲浜
 

仙洞御所は皇位を退かれた上皇陛下がお住まいになった場所で、今でも明仁上皇陛下が京都に来られた時はお泊りになるそうです。入り口付近には皇宮警察や宮内庁の職員がいる場所ですが、中には素晴らしい池のあるお庭と茶室がありました。宮内庁OBと思われる男性職員が小一時間かけて中を案内してくれました。

 

<銀閣寺>

 

 室町時代に足利義政が建てた寺です。


 
 

私は4~5歳になるまで知恩院の離れや銀閣寺の近くの借家に住んでいたことがあります。でも銀閣寺そのものに行ったことがあるのかどうか記憶にないので、一度訪ねてみました。ちょっと期待外れで、がっかりです。拝観料1,000円に値しません。タダの仁和寺の方が遥かに価値があります。(個人的な感想です)

 

                        四日目につづく

 

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妻と2人で1週間ほど京都に帰っていました。去年8月の脳内出血の後、長期療養型病院に入院している姉を見舞うためです。

 

姉は77歳です。1年前は倒れた2か月後に会ったのですが、その時の様子と比べるとずいぶん良くなっているように見えました。去年は顔を見ても、それが姉だと認識するのにちょっと時間がかかったのですが、今回は、以前の美人らしい面影がはっきりと見て取れました。

 

 

 

左半身は麻痺しています。気管切開をしたので言葉は喋れませんし、自分で食べることもできません。でも意識はしっかりしていて、ペンを握ると手帳やノートに手探りで字を書いて、言いたいことを伝えることができるようになっていました。

 

ずっと飽きずに字を書きたがるので、あっという間にベッドサイドに立ったまま一時間半くらいが過ぎて、姉よりも自分が疲れてしまいました。いや、姉も疲れるのかもしれませんが、それ以上に言いたいことがあるのです。

 

 

姉とその次男

 

1週間の京都滞在中に病院へは3回行きました。そのうちの2回は、京都に暮らしている40代の姉の次男と一緒に見舞いました。彼は週3~4回病室を訪ねているそうです。東京と九州に長男と三男がいるので、彼らが時々来てくれるのを楽しみにしているようでした。

 

医者は、左半身の麻痺は回復する見込みがまったくないと言っています。そのまま寝たきりのまま過ごさなければならないのかと思うと悲しすぎます。何とかしてあげたくても、どうすることも自分にはできません。祈るしかありません。

 

元気な時の姉と会ったのは13年も前です。冬でしたが日本に1週間ほど帰って、姉の家にも泊めてもらって得意料理をごちそうになりました。そのあと「今年は会おうね」「来年こそ日本に行きますよ」と、何度もやりとりしていたのに、結局姉が倒れるまで日本に帰ることはありませんでした。悔やまれます。

 

姉は父親に可愛がられ、私は母親に大事にされて育ちました。一般的にだいたいそのパターンが多いようですね。姉の2つ歳上にひとり兄がいましたが、高校生のときに亡くなりました。

 

姉と私は性格はかなり違うと思います。でも14年前にタイで暮らすようになってからは、時々長いメールを交換していました。日本にいるときは知る由もなかった姉の趣味や暮らしぶりが手に取るようにわかるメールでした。私はいつもその都度、付き合っているタイ人女性のことを書いていました。タイ人の最初の妻だった亡くなったカタイは、姉とオンラインで会話したことがあり、間違いなくお互いに好感を抱いていました。

 

三人目のタイ人妻のYのことは、Yが日本語を喋れないのでオンラインで会話したことはありませんが、結婚した2年ほど前の写真を見て、「まるで日本人みたいな女性ですね」と感想を書いてきました。姉が元気な時に京都に連れて行って、日本料理を教わればよかったと今になって思います。姉が自宅に戻れる時がきて、その機会ができることを願わずにはいられません。

 

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今週はチェンマイのゴルフ仲間8人でプレーしました。コンペではありません。先月下旬、半年ぶりにクラブを握ってプレーしてみたのですが、そう簡単に打てるものではなく、散々なスコアでした。

 

今回は、チェンマイの南のランプーンにある「ガッサン・レガシー」というゴルフ場でした。そこでプレーするのはかれこれ1年ぶりくらいでしょうか。出だしのホールは最悪で、ほとんどチョロに近いような玉しか打てませんでした。

 

ところが、同伴プレーヤーNさんの一言のアドバイスから風向きが変わりました。ヘボゴルファーに一番よくある悪い癖です。つまりヘッドアップ。インパクトの時に目がすでにボールから離れている状態でした。それを治す方法は、自分的にはインパクトに向かって「ちょっと頭を下げるような意識」が特効薬です。「首を傾げる感じ」にも似ています。昔は馴染のキャディーに指摘されて立て直すことが多かったです。

 

とにかく、たった一言のアドバイスでただちに修正できるところは自分もまだまだ捨てたものではありません?途中でもう一つの悪い癖の「打ち急ぎ」にも気を付けると、ベストコンディションの時に出る球が打てるようになりました。上がってみると後半は42。前半が54と振るいませんでしたが、それでも合計96ですから、久しぶりに100を切れました。

 

前回100を切ったのはいつだったか・・・多分、去年か一昨年、パタヤで友人とプレーした一日目に、まぐれで100を切ったような記憶があります。でも今回はまぐれと言う感じではなく、かなりしっかりとしたタテ振りのスイングを思い出せてきた気がします。スイング理論もへったくれもありません。頭が上がらないようにして、ほんの少し間を取ってクラブを降ろしてくるだけで別世界。こうなると、なかなかゴルフはやめられませんね。

 

今はショートアイアンで、目の前のボールが視界から消えてから身体を回す練習を狭い狭い庭でしています。何なら、打った後もボールのあった場所から目を離さない意識と言ってもいいでしょうか。つまりボールを打っても、すぐに目で追わない練習です。これが私には有効なようです。球の質が変わります。手に感じる感触と打球音がまるで違うように感じます。

 

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一昨年から毎年1回健康診断を受けるようになりました。チェンマイに来て約15年ですが、それまでは総合的な健診は2回しか受けたことがありませんでした。

 

健診を受けるようになったキッカケは「チェンマイ在住者クラブ」に入ったことです。他の日本人団体と一緒に私立病院での健診を割引料金で受けられたからです。でも今年の健診日程が私の都合と会わなかったので、自宅の近くにあるチェンマイ大学の保健センターで受診しました。

 

保健センターに来るのは殆どはタイ人で、今回私は外国人には一人も会いませんでした。去年や一昨年のように顔見知りの日本人と一緒に受診するのとはだいぶ環境が違いましたが、何とか乏しいタイ語と英語で対応できました。もちろん妻も同行してくれたので助かりました。

 

健診を受けたのは9月下旬です。昨日結果を受け取り、医師から15分以上かけて詳しい説明も受けました。



結果は概ね良好でした。とくに昨年の健診で「悪玉コレステロール」の数値が高めでしたが、今回は正常値に落ち着いていました。おそらくアボカドなどの善玉コレステロールを増やす食品を食べるように心掛けている効果かもしれません。

 

腎機能がやや落ちていることがクレアチニンの数値で分かりました。今のところは問題はない範囲ですが、半年に1回は検査した方がいいと言われました。



胸部のレントゲン検査や今回初めて受けた腹部の超音波検査はすべて正常でした。胃、大腸、前立腺のがんのマーカーの数値も問題なし。心電図もとくに臨床的に問題となる変化は見られませんでした。

 

総じて今回の健診では、腎機能がほんの少しですが低下傾向にあるなど、老化に伴う変化の兆候が見られ始めたことと、食生活の改善によって脂質異常などは年をとっても改善できると言うことも分かりました。

 

健康診断は隠れた病気の発見につながることがあると思います。でもそれ以上に自分の健康状態を定期的にチェックして、高齢に伴う健康不安をできるだけ減らす意味では非常に有益だと思います。とくに腹部の超音波検査などはこれまで一度も受けたことがなかったのですが、各臓器が少なくとも外見上は問題なかったのと、自分の前立腺の大きさまで全く正常だとわかって安心できました。

 

費用は、私が受けたのはチェンマイ大学保健センターのメニューの中では最高ランクの健診で、5000バーツ余りかかりました。昨年まで私立病院で受けていた日本人団体の集団検診より項目がだいぶ多くて、費用はその分高めになりました。でも安心料だと思えば決して高くはないと思います。

 

医師の説明はタイ語と流暢な英語の混ぜ混ぜでしたが、妻が横にいたこともあり、理解できない点はあまりありませんでした。とくに通訳はいなくても、若い男性医師がPC画面を一緒に見ながら丁寧に説明してくれたのと、健診項目についての若干の予備知識があったので大丈夫でした。来年も、比較的安価な私立病院での集団検診よりも、検査項目が充実しているチェンマイ大学保健センターでの健診を選ぶかもしれません。

 

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気が付けば1週間ご無沙汰でした。今月は運気が上向いてきたと感じていたのですが、先週の久しぶりのゴルフは、ほぼ一番悪い時のスコアで終わりました。というより、ラウンド中ずっと、「どうやって打つんだっけな?」という試行錯誤の連続でした。

 

家に帰ってから、いままで見たことのなかった新しいyoutubeチェンネルを見てしまいました。あるツアープロのレッスン動画です。それを試してみるといい感じでスイングできるようになりました。庭のものすごく小さな練習場で打ってみるといい音です。「これだ!!!」という感触です。ゴルフをやる人なら分かりますよね。

 

数日後に本当の練習場に行ってそれを試してみました。新しいスイングで飛距離がそれなりに出ているかどうか、真っすぐ飛ぶかどうか・・・。結果は全然ダメでした。おまけに背中は少し痛くなるわで散々でした。やはりゴルフはyoutubeを見てよくなるわけがないのですよね。これはほぼ真理でしょう。とくにレッスン動画の見すぎは最も危険だということを知ってるはずでしたが不覚でした。

 

でも、それで退散するような私ではありません。泥沼から這い出す方法が一つだけありました。人間の記憶です。最善かどうか、正しいかどうかは関係ありません。とにかく自分のゴルフ人生で最もいいと感じたスイングに戻ることです。ただし戻ると言っても、ベストスコアを出した60歳前半にはそのまま戻れません。

 

ではどうしたか?2年ほど前に妻にゴルフの基礎を少し教えたレッスンプロが、隣で打っていた私のスイングを見て言ったことを思い出しました。「あなたは身体が使えていませんね。高齢者なりの身体の回し方を教えてあげましょう」と、先生が私の左利きのクラブを構えて教えてくれました。そのスイングを試してみたら、そのあと参加した初めてのコンペで、ピンまで150ヤードのセカンドショットが何と30センチに寄る完璧なバーディーが出ました。キャディー以外の誰も私のセカンドを目撃していなかったので、あとからグリーンに上がって来た同じ組の人から「パーでしょう?」と言われてしまいました。また同じ日に160ヤードのパー3ホールで1.5メートルのニアピンも出ました。その時のスイングが今も体の中に記憶としてはあったのです。

 

実はその“高齢者にふさわしい身体の回し方”をするスイングの感覚と、60代のころ80台のスコアを時々出していた頃のスイングの感触が非常に似ています。10年以上前のスイングもちゃんと身体が覚えていて、呼び起こすことはできるのです。問題は、それよりももっと正しい、もっと飛ばせるスイングがあるはずだと思って、色々なyoutube番組で研究して試してみるから泥沼にはまっていくわけです。「わかっちゃいるけど、やめられない」の典型ですね。

 

人間の身体が覚えている動きの記憶は理論ではないので、一度身についてしまうと忘れることがあっても、すぐ思い出すことができます。泳ぎ方を一度覚えたら、何十年も泳いでいなくても泳げるのと同じような原理でしょう。「どうやって泳ぐんだっけ?」と考えることは決してないのです。ゴルフも同じように考えれば、一番良かった時の記憶を呼び戻すことができれば、またそれなりに楽しめるような気がしてきました。たぶん正しくは筋肉が覚えているのではなく、脳内にある記憶です。やっぱり脳はいつまでも大事にしたいですね。

 

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今日はほぼ6か月ぶりに循環器内科の先生に診てもらいに某私立病院へ行ってきました。2年半ほど前に見つかった不整脈の経過観察のためです。

 

女医さんの指示で薬を飲むのをやめてから1年ほどが経ちました。この間、不整脈はまったく発現しませんでした。これまで半年に一度診てもらってきたのですが、今日が最後になりました。「もう来なくていいですよ」ということです。

 

次に昨日のこと。スピードを上げて走ると「ブーン」という異常音が出るようになったTOYOTAの車が直りました。原因は前輪ホイールのベアリングの不具合でした。タイヤのローテーションをしてもらったときに指摘されたので、TOYOTAのディーラーではなく、「TYRE PLUS」というタイヤショップに修理をお願いしました。

 

AIで調べると、日本の場合は2つの前輪のベアリングの交換には3~6万円かかると言うのですが、このショップではTOYOTAから純正品を取り寄せてもらっても5,000バーツ(約25,000円)で済みました。自動車の価格は日本よりタイの方がかなり高いです。でも修理代は工賃が日本より低いので、概ね安上がりのようですね。

 

この「TYRE PLUS」というショップでは、修理に時間がかかることが見込まれる場合は車で自宅まで送ってくれて、修理が終わったらまた自宅まで迎えに来てくれました。今回は修理所要時間が2時間で済みましたから、店で待っていても良かったのですが、ありがたいサービスでした。片道20分をTOYOTAのカムリという車で送迎してくれました。

 

3つ目は・・・妻が宝くじに当たりました!!実は彼女は私と付き合い始めた3年前までは何回も何回も当たっていたそうです。頸椎を痛めていた数年間は仕事ができなかったので、その間は宝くじの当選金だけで生活していたそうです。ところが不思議と頸椎が治り、私との出会いがあり、それ以降はなぜか全くダメでした。それが先週ついに3年半ぶりに当たりました。ただし、以前のように1回数万バーツという訳には行きません。車の修理代に届かないくらいの金額ですが、当たっただけでお目出度いことです。

 

というわけで今月はいいことがいくつか重なりました。明日は半年ぶりにゴルフコースに出ます。首を寝違えたり、足腰を痛めたりして体調不良が続いていたのですが、やっと回復してきました。先週狭い庭でボールを軽く打ってみました。以前のスイングをほとんど忘れています。それが吉と出るか凶と出るかはわかりません。スコアも全く気にしないで楽しんできます。

 

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今日はAIの優秀さについてです。

 

つい数日前、6年乗っているTOYOTAの愛車から小さな異音が発していることに気づきました。久しぶりに3車線の幹線道路に出て、スピードを制限速度の80キロほどに上げた時に「ブーン」という音が聞こえました。バイクが高速で走る時のような音でした。

 

きっとバイクが近くを走っているのだろうと思ってミラーを見てもいません。明らかに自分の車からの音でした。スピードを70キロ以下に落とすと音がほとんど消えました。エンジンからなのか、それともタイヤからだったのか・・・?

 

一昨日、たまたま車の定期点検のためにTOYOTAディーラーの整備工場へ持ち込みました。私は「ブーン」という異音のことも言いました。でもそれについては専門の技術者が来ないと分からないと言われてしまいました。点検だけに3,000バーツも払いました。無料の軽食と飲み物は出てきましたが・・・

 

そして昨日のことです。今度は1年前にタイヤを交換してもらった(ディーラーではない)近くの専門店へ妻が一人で行って、タイヤのローテーションを無料でしてもらいました。その時に、「前輪のベアリングに問題があるので交換が必要」と言われ、見積もりだけをしてもらって帰ってきました。妻は異音のことはよくわからないので、まったく言わなかったそうです。

 

私はベアリングの問題と異音が発生することが関係あるのかどうかわかりませんでした。そこで今朝、AIに質問してみました。「最近速度を上げるとブーンという音がどこからか出るようになったのですが、原因は何でしょうか?」と聞きました。

 

AIの回答はたった一つの原因を指摘しました。ベアリングの劣化、破損です。「まだ4万キロ余りしか走っていないのですが・・・」と聞いたら、「十分可能性があります。放っておくとタイヤが突然ロックしたり、最悪の場合は脱輪の危険すらあるので、すぐにベアリングの交換が必要です」と答えてくれました。修理するまでは、高速で走ってはいけないという注意もありました。

 

ディーラーでの点検でも、出てきた従業員に「速度を上げるとブーンという音が発生する」と明確に言ったにも関わらず、「別の日に来てくれますか?」という対応だったのに比べると雲泥の差です。私がディーラーの経営者だったら、すぐに調査して能力のない従業員を解雇・・・とまではいかなくても厳重注意しますね。「点検修理の受付をやるんだったら、ちゃんと車のことを勉強しろよな」と。そして、たった一言の短い質問に対して自信をもって回答するAIを受付担当として採用します。

 

それにしてもディーラーの定期点検はオイル交換もしないのに、いったい何を点検して3,000バーツ(約15,000円)も取るんですかね?バッテリーも問題ないとしていましたが、昨日のタイヤ専門店では、「バッテリーは現在65%に減っているので、近いうちに交換も考えください」と言われたそうです。今後はディーラーではなく、そのタイヤ専門店で全部点検してもらったほうがいいかもしれませんね?

 

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昔のブログ記事を少しだけ改変してnoteに投稿し始めていることはすでに書いた通りです。今日までに15くらいの記事を出しました。

 

その過程で以前のブログにざっと目を通すことになりました。思いのほか文章が稚拙だったり、当時考えていたことが筋違いや錯覚だったことに気づくことがあります。

 

noteに投稿し始めている記事は、9年前に妻カタイを亡くしたあと、一緒に暮らすようになった私より37歳若いMのことです。もう少しすると彼女との結婚、そして別の女との出会い、離婚、そしてまた別の女との出会いと言う風に、目まぐるしい女性遍歴を経験することになっていきます。

 

前のブログの記事の多くは、何の変哲もないエロじじいの要素と、純愛のふたつが混ざり合った何年間かの記録です。高年齢と言うことと、よくあるタイ人女との疑似恋愛物語ではないところがちょっと変わっているかもしれません。

 

かかわった女たちのことははっきりと覚えています。でも当時自分がどんな風に思っていたかは、必ずしも記憶がさだかではありません。なので昔の記事をざっと読み返してみると、「へえ~、自分はそんな風に感じていたんだ」と気づくことがままあります。過去の自分の日記を読み返すのと同じ行為ですから。

 

「別れた女たちとの色恋沙汰を思い出してどうする」という声も聞こえてきそうです。キャディーのMとの関係は1年や2年ではなく、ゴルフ場で知り合ってから数えると、10年以上という時間経過がありました。だからどうやっても自分の記憶から消すことは不可能です。「今頃どうしてるかな?」と思うことがゼロではありません。でもそれは“思慕”というものとは全然違う性質のものに変わっています。

 

noteでは、今の妻であるYとの出会いまでをきっちり書くつもりでいます。相当に長い道のりになると思います。でも最後に辿り着いたYが自分にとって最高の伴侶だと確信できるようになった今だからこそ、自分の過去を思い出しても恥じることがないのです。

 

その意味では、過去の女たちとの恋愛劇を単に振り返るのではなく、今のYに辿り着くまでの道程を自分自身で確認する旅なのです。ブログを書いていた当時は、まったくそのような意識は皆無でした。そして、その旅に付き合ってくれる人が少しでもいるのは、とても嬉しいことです。

 

日記というものは自分だけしか目にしないのであれば、ほとんど存在しないに等しいものです。路傍に落ちている石ころに譬えてみましょう。もしその石ころを水面に向かって投げれば、それがどんなに小さく軽いものであっても、水面には必ず波紋があらわれます。それはすぐに消えていくかもしれません。でもそれを投げなければ決して波紋が生まれることはありません。

 

言葉というものは、別の誰かの行動を変えることがなくても、誰かの心に波紋を投げかけます。私の書いている記事も、誰かにとっては無意味でも、別の誰かにとっては何らかの意味を持つことがあります。それが自己表現の本質だと思います。テーマが地球規模の問題であっても、日本の政治であっても、そしてごくごく個人的な恋愛であっても、いったんそれが水面に投げられさえすれば、必ず波紋を描くのです。

 

大きなメディアを使って自己表現すれば、良きにつけ悪しきにつけ、それは大きな波紋を呼ぶことがあります。過去にそのような経験をしたことはありました。ブログやnoteでは、ほんの一握りの人にしか波紋は投げかけられないでしょう。でも何もしないよりは余程意味のあることだと思います。

 

恋とか愛とか・・・それぞれの個人の人生において、それはどれくらいの大きさなのでしょうか?どれくらいのウエートを占める問題なのでしょうか?私には他人の心の中を覗くことはできないので想像もできません。

 

でも自分の心の中は自分で分かっています。私自身の後半生において、恋愛、というか伴侶探しは、とても大きなイシューでした。現役を退く頃からの自分にとって、他の何よりも大きなウエイトを占める問題だったと言っていいでしょう。

 

自分自身の経験したことがどんなに小さな石ころのようなものであっても、地面から拾って投げてみたくなるのです。世の中に大きな波紋を描く大きな石を持っている人への、ちょっとした嫉妬があるのかもしれませんけど・・・

 

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今日は久しぶりに政治向きの話です。「僕の目に狂いはなかったな!」と思っている人物が何人かいます。

 

総理大臣の高市早苗さんについては、去年あたりに書いたことに尽きますので触れません。最近の日本の政治は思っていた通りの展開で、ひとこと言うとすれば、「もうすぐ1年になりますが、日本にとって、日本人にとって、何かいいことがありましたか?」と言う感じでしょうか。

 

自分の目が曇っていなかったなと思っているのは石丸伸二さんです。私は2年前にベタ褒めしました。一昨年の東京都知事選、その後の「再生の道」という地域政党の結成と、惨敗した都議選を経て、石丸さんの評価はダダ下がりというのが一般的な見方だったようです。でも、最近はどうでしょうか?

 

彼は今年44歳になりました。現在は主にyoutubeチャンネル「ReHacQ」の九州支局長という肩書で仕事をしていて、相変わらずネット住民からの熱い支持を受けているようです。一昨年の選挙前後に雨後の筍のように湧いて出た“アンチ石丸”は以前と比べれば激減しつつあると言うのが現状のようです。

 

最近で言えば、大阪府知事、そして政権与党の党首でもある吉村洋文さんと、現在は福岡市長の高島宗一郎さんとの親密ぶりをアピールするネット番組が頻発しています。また先日は小池東京都知事が重用していて、文字通りのベストセラーだった「五体不満足」で知られる乙武洋匡さんと初めて対談している番組を見ました。

 

乙武さんは「恋愛病院(abemaTVの恋愛リアリティショー)を見てから、石丸さんのことをいい人だなと感じ始めました。実際に会ってみて、その通りのいい人だと実感しました」と感想を述べていたのが印象的でした。都知事選のとき、乙武さんは、どうやって石丸という悪い男を退治するか、その策を練る役回りだったそうです。ところが最近になって、やっと石丸さんの“良さ”を認識したと言うのです。私なんか、すぐに見抜いてましたがね・・・

 

さて大阪府知事の吉村洋文さんは、(政治家としては)私のあまり好きなタイプではありませんが、今50歳ちょっとまだまだ若い。麻生太郎さんが“将来のドン”として担ごうとしているのではないかと噂されてもいる福岡の高島宗一郎さんも同じく50歳ちょい。そして石丸さんは40代半ばにさしかかったところ。政治の世界で生きていくとすれば、3人ともまだまだ若い。これから脂がのってきて、将来の日本を背負っていくことになる人材かもしれない、と言う目で3人を見る人が多くなると思います。私もその一人です。

 

この3人に共通しているのは、「東京にすべてが集中している今の日本を、地方分散型の国家に変えていかなければ、日本の将来はもたない」ということだと私は理解しています。その認識が間違いないかどうかは私などには分かりません。しかし、いまの 日本のシステムに手を付けずにいたら、やがて先進国の仲間からも外れることになるのではないかと言う危機感はあります。その意味では、現状維持が最優先で、自分たち一部が安泰であればいいと言うような視野狭窄の人物が政治の中枢にいては大変なことになる時代にとっくに差し掛かっています。

 

吉村、高島、石丸・・・この3人の仲の良さは何を意味しているのか・・・維新、自民、無所属の3人。吉村は弁護士だったけれど、どちらかというと人情派で意気に感じて行動するタイプ。高島と石丸は徹底的に考えて論理を詰めてから結論を出すタイプ。その中でも一番バランスが取れていると思えるのは高島。実は最もよく自分を知っていて控えめなのは石丸。仮にこの3人が日本の政治の中枢に座る日が来れば、日本の政治風景はガラリと変わって、少なくとも権力に縋りつくような政治は一掃されるのではないかという期待が芽生えてきます。

 

政治とは国民の期待によって動かされるのが健全な姿です。せいぜい50代までの若い人たちに頑張ってもらいましょう!!!60代、70代、ましてや80代は論外。40代、30代、そして20代にも活躍してもらいましょう。10代にも(選挙以外にも)何らかの形で参画してもらいましょう。そして、年寄りの知恵と経験を少し味付けのひとつとして加えれば、まだまだ日本も捨てたものではなくなるでしょうよ。

 

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