2回で書くつもりだった新しい遺族年金制度についての記事、もう4回目に突入してしまいました。専門家でも何でもないのに、柄にもなくこんなテーマを選んでしまったキッカケは、先日チェンマイ在住者クラブのメンバーで成り立っている「遺族年金互助クラブ」という会には入って総会に出席したからなのですが・・・

 

さて、始めた以上はもう少し続けましょう。昨日、タイ人が申請するときの留意点をいくつか列挙しました。その3番目、「年金機構の担当者が外国人案件に詳しい人かどうか、とくにタイ人の案件に通じているかは重要」というポイントです。

 

実は4年前に申請をお手伝いしたケースでは、年金機構の担当者ばかりでなく、日本の親族が頼んだ社会保険労務士もタイ案件の必要書類については無知でした。両方とも始めてだったのです。

 

私が送ったタイの行政書類とその日本語訳について、とくに「婚姻の証明が不足している」と言われたのです。もちろんタイの婚姻証明書(タイ語でタビアン・ソムロットと言います)と、その日本語翻訳は送っています。彼らは「タイ人側の戸籍に婚姻の事実が記載されていない」と言い出したのです。「タイでは戸籍に当たる書類に婚姻の事実は記載されません」とメールで答えると、今度は「戸籍に記載されないのなら、役場で婚姻証明もらってください」とまで言い出したのです(笑)。「婚姻証明書」と、それを日本語に訳した文書を付けて送っているのに、どこに目が付いてるんでしょうかね?最終的には納得してくれたのですが、専門家でも経験がないとそんなレベルなのです。

 

次に翻訳について。タイの行政文書は、住居証明書あるいは日本の戸籍にも似ている「タビアンバーン」「婚姻証明書」「収入証明書(無収入証明書)」など全て日本語翻訳を付けなければなりません。最初の2つは多分誰でも簡単に翻訳できます。ネット上にも翻訳例があります。でも、そんな簡単な文書でも翻訳業者に頼むと1通数千円はします。

 

問題は「収入証明書」でした。彼女は無収入だったからかもしれませんが、2人の証人を役場に連れて行って作成された文書でした。それもあってか結構長い文書でした。さすがに私が知らない単語に出くわし、辞書を引きながら翻訳しました。

 

今だったらスマホの翻訳アプリの精度が向上しているので簡単に翻訳できるのではないかと思って、さきほど4年前の文書で試してみました。すると、まだ使いものにならないレベルでした。タイ語の「年金」を「事業」と訳してしまい、「日本の年金を受け取るために」と訳すべきところを「事業を行うために」とアプリは翻訳しました。もしこんな翻訳だったら、年金事務所の人もチンプンカンプンでしょうね(笑)。

 

次に夫婦が別々の所に住んでいる場合の証明方法について。別々と言っても、形式的に別々の場合と、実際に別居している場合では対応が変わります。

 

私は妻と結婚前から一緒に同じ場所で暮らしていますが、書類上は別々の住所になっています。というのは、妻のタビアンバーン(住居登録証)は自分の家(姉と共同所有)で登録されています。現在私はそこから100メートル離れた借家に住んでいて、日本総領事館が発行する在留証明書にはその住所が記載されています。もし仮に私の妻がこのままの状態で遺族年金を申請するとしたら、少しだけ面倒なことになります。

 

つまり書類で同居を証明できないので偽装結婚ではないかと疑うこともできなくはありません。また生計維持関係で疑われる可能性があります。そういう場合は「申立書」を書いて事情をきちんと説明する必要があります。私のように実態としては同居している場合は、行政の末端に位置する「プーヤイバーン(地区長)」の証明があれば大体クリアできます。借家やコンドミニアムの場合は、家主や管理人の証明も有効な証拠の一つになります。タイの場合は、日本人と結婚しても女性のタビアンバーン(住居証明書)は遠く離れた他県の実家の住所だったりすることもあるので、形式上の別居は普通にあることで、それほど面倒ではないようです。

 

ところが、もし本当に別居しているという場合はきっちりした説明と証拠が必要でしょう。まず生計維持の同一性をきちんと証明することが最も重要になると思われます。別居の理由としては、仕事上のこと、親の介護が必要というような家庭事情などを丁寧に説明し、婚姻関係の破綻が理由で別居しているのではないことを証明しなければなりません。このような場合は専門的な書類作成能力が必要になってくるので、社労士のような専門家の助力が必要になるのではないかと思われます。というのは、一度申請が却下されてしまうと、そのあと通すのはなかなかの難題になります。最初から“複数の証明”を用意する必要があると私は思います。裁判でも無罪を勝ち取るためには一つの証拠だけでは弱いのと同じです。そして最も大切なことは、絶対に虚偽の申し立てをしてはいけないということです。これは遺族年金に限らず、あらゆる場面でとても大切です。

 

最後に、前回ポイントとして挙げておいた「給付が認められた後のフォローが重要になる」という点です。これは新制度が実施に移されて、5年の有期給付となった人が、収入が少ない理由等で継続の申請をする場合を想定して書きました。おそらく毎年毎年収入額を証明する書類が必須になると思われるほか、その他の書類(例えば再婚していない証明とか?)を求められる可能性もあるかもしれません。

 

以上、4回にわたって2028年4月に施行される新しい遺族年金制度について、私なりに整理してみました。とても十分とは言えませんし、よく間違うAIでなくても私の誤解が含まれているかもしれません。専門家ではないのでその点はご容赦ください。

 

私のように高齢になってから、かなり年下のタイ人と結婚した場合は、近い将来のことを考えると遺族年金は重要な案件として意識されることになります。4年前に73歳で亡くなった友人は奥様のために、遺族年金の申請に必要なあらゆる情報を集めて記録に残していました。そうした資料があったので、私のような素人でも必要な書類を知ることができ、奥様に“役場で入手すべき書類”が何であるかを伝えることができ、翻訳作業を含めて短期間で必要書類を揃えることができたのだと思います。

 

ところが、自分がいくら遺族年金について詳しくなっても、自分自身がいなくなってしまえば残された妻はどうしていいのか困ってしまうことでしょう。それを考えて、私は「遺族年金互助クラブ」という会に加入しました。ひょっとして自分の妻のためと言うより、会員の奥さんのためにお手伝いすることが将来あるかもしれません。「タイの行政文書の翻訳程度ならタダでやってあげます」くらいの互助精神は発揮できると思います(無報酬でやるとすれば、営業妨害とはいいません)。

 

最後に言いたいことは、当たり前ですが、自分の妻やほかの奥様のためには、年金を受け取っている夫ができるだけ長生きすることが一番だということです。

 

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2028年4月から始まる新しい遺族年金制度のポイントを書いてきました。このシリーズの(1)は、主にAIの回答に沿って記述したので相当多くの誤りがありました。厚労省の公式文書を確認して訂正したのが昨日の(2)です。

 

さて今日は、タイ人(特に女性)が遺族年金を申請するときの留意点を、亡くなった友人の奥さんのために書類を作成した経験を踏まえて書いていきます。

 

①夫は、できるだけ申請がスムーズにいくように生前に書類を準備しておくこと。

 

②妻がタイ在住の場合、日本の専門家(社会保険労務士や行政書士)、それに加えて夫の親族の協力も必要となることがあります。

 

③申請は日本年金機構の事務所ならどこでも可能ですが、担当者が外国人案件、とくにタイ人の案件に通じているかどうかはかなり重要です。

 

④タイ側の行政書類は素人には分かりにくいので、日本語への翻訳は専門家が行うのがベストです。しかし、今では翻訳アプリを活用すれば、実はそんなに難しいものではありません。

 

⑤夫婦が別居していた場合の証明方法

 

⑥いったん給付が認められても、そのあとのフォローが新制度ではとくに重要になると思われます。

 

以下、ひとつひとつ説明します。

 

もし日本人の夫が、自分の死後にタイ人妻が遺族年金をスムーズに受給できることを望んでいるとすれば、少なくとも次のものは分かるように残しておきましょう。

 

●年金手帳または2か月ごとに送られてくる厚生年金の年金通知書

それで年金番号がわかります。分からなくても調べは付くのですが、残しておいて当然です。

 

●戸籍謄本

日本の戸籍謄本は取得してから3ヶ月しか有効期限がありませんが、本籍地と婚姻関係の確認の為に、あらかじめ持っておくべきです。

 

●タイの結婚証明書

妻も1通持っている筈ですが、これは絶対に必要なものですから、自分の書類のある場所を妻に知らせておきましょう。

 

●在留証明書

夫の居住地の証明に必要です。念のために1通残しておきましょう。妻なら最新のもの(除籍したもの)を夫の死後に取得することができます。また妻本人でなくても、妻の委任状があれば総領事館が発行してくれます。

 

●銀行口座の履歴

生計維持関係の証明が必要になる場合があるので、夫の口座と妻の口座の出入りが分かる銀行発行の履歴を取っておくといいでしょう。生活費を夫が管理している場合や、現金で妻に渡している場合は、その証明が難しいので注意が必要です。私が手伝ったケースでは、同居の証明がたやすかったせいか(妻のタビアンバーンと夫の在留証明書が一致)、そういった金銭の出入りを証明する書類は求められませんでした。

 

●委任状は必要?

遺族年金手続きを社労士などに依頼するときは必ず委任状が必要です。でも夫の死後に夫の委任状が必要になることはありません。妻の委任状が必要なので、妻が相手の名前と日付、そして自分のサインをすれば済むように、日本語の委任状を用意しておきましょう。タイ語と日本語が併記されている委任状であれば完璧ですが、そこまでの必要はありません。タイ側に妻の代理人がいれば、あらかじめ準備の必要はありません。’

 

●連絡先リスト

自分の関係する年金事務所の連絡先や親族の連絡先などを分かるように残しておきましょう。

 

これらのものをバインダーやクリアファイルに「遺族年金申請用」として1か所にまとめておきましょう。私はまだしていませんが(笑)。

 

最初の項目だけで思いのほか長くなったので、続きはまた次回に。

 

 

 
亡くなった日本人男性のタイ人の奥さんの遺族年金申請を手伝った時の書類一式です。当時は翻訳アプリを使って日本語に翻訳することを思いつかなかったので、少し手間のかかった書類も1通(無収入の証明書)ありました。
 
もう4年前のことですが、これらの書類を日本の社労士の事務所に送って私の仕事は終わりました。郵送代の実費以外は一切謝礼をいただきませんでした。社労士の報酬は日本にいる息子さんが支払ったので、いくらだったのかは知りません。一般的には最低でも3万〜5万円、ちょっと面倒な案件だと10万円以上と言われています。
 

 

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昨日から、18歳未満の子供のいないタイ人が受け取る遺族厚生年金について記述しています。昨日は主にAIの回答を基に書きましたが、それには誤りのあることが分かりました。その部分については訂正しつつ整理し直します。

 

2028年4月からスタートする新しい遺族年金制度は、①これまで女性に手厚い制度だったものを、できるだけ男女差をなくす。 ②終身給付を原則60歳以上とし、それ以下の年齢の人は5年の有期給付とすることによって、残された(夫や)妻ができるだけ自助努力で生計を立てるように促す。③そうは言っても、一定以上の収入が得られない人や障害のある人には配慮をする。

 

制度変更のポイントは大体この3点に集約されます。もちろんこの制度変更には、年金財政の逼迫をできるだけ先延ばししようという隠された意図もあることは言うまでもないでしょう。

 

さて、遺族年金を申請する人が60歳以上の場合は、中高齢寡婦加算の額が変わる(25年後にはゼロになる)以外は、ほぼ従来通りの扱いを受けられます。年に60万円程度の寡婦加算は、いったん支給が決まると65歳まで額は変わりません(昨日の曖昧な記述を訂正)。

 

次に、昨日は2028年4月の時点で50歳くらいの人は終身給付の対象になるであろうと書きましたが、厚労省の発表文を読むと、2028年の年度末時点で40歳以上であれば終身給付になると明確に書いています。

 

5年間の有期給付となった人(2028年で40歳に満たない人)には新たに「有期給付加算」があります。AIはその額の算定方法について誤解していました。正しくは遺族厚生年金(亡くなった配偶者の厚生年金額の75%)のきっちり30%増しが正しいです。「年金額の多寡にかかわらず、その30%を上乗せ」です。

 

ここで疑問が出てきます。

 

最初から終身給付となった人には30%の加算はありません。ところが厚労省は、最初に5年の有期給付となったあと、障害があったり収入が少ないという理由(年収120万円程度以下)で継続給付が認められると、増額された年金額のまま継続すると書いています。つまり、年齢が若くて5年の有期給付となっても、収入が少なくて5年を超えて継続する人は、最初に終身給付のカテゴリーに入っている人(2028年で40歳以上)よりも多い年金額を支給される可能性があるということです。これはちょっと変な制度だと思いませんか?論理的には若い人の方が有利だと考えられるからです。

 

これについて穿った見方をすれば、夫が亡くなった後、どちらかというと若い人の方がすでに職に就いていたり新たな就職口も見つけやすく、年収120万程度を超えるのが中高年より比較的容易なので、継続給付の対象になりにくいと厚労省は考えたのかもしれませんね。遺族年金で暮らしていくか、それとも仕事をして自分で稼いで暮らしていくか、人それぞれとはいえ、50代以下のような人は仕事を選ぶ人が圧倒的に多いのではないでしょうか。「(国民民主党が提起した)年収の壁問題」で話題になったのと同じ構図で、働きを抑えて遺族年金の継続を選ぶ人もいることはいるでしょうけれど・・・

 

ところが、これがタイ人女性となると話はだいぶ変わってきます。日本だと年収120万円程度ではちょっとしたアルバイトの感じで高が知れてます。でもタイ、とくに賃金の高いバンコクなどは別として、チェンマイのような田舎では40代や50代の女性が年に120万円、今の為替レートで25万バーツを稼ぐのはそんなに簡単ではありません。つまり120万円と言えば、今でもタイ人なら一人の生活が可能なくらいの金額です。例えそれ以下の収入だとしても、基本的に日本人と同等の遺族年金がプラスされるわけですから、タイ人の配偶者は相対的に恵まれていると言えるでしょう。10年も20年も先のことは分かりませんが・・・

 

さて、今日はタイ人の配偶者が遺族年金を申請する場合の留意点を書こうと思っていました。でも昨日の記述の誤りを訂正することになりましたので、明日以降にします。AIの回答を鵜呑みにしてはいけないという典型例になってしまいました。その原因は、おそらく制度改正の内容を誤解して書いているネット上の情報をAIが何故か鵜呑みにしたからだと思います。AIには今だにそういう誤解が多いのかもしれませんね。イラン戦争でも、軍事基地ではない小学校にミサイルが撃ち込まれ180人近い子供たちが死亡した原因がAIの間違いにあったことは、多分9分9厘事実だと思います。

 

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先週の土曜日、チェンマイ在住者クラブの会員で構成する「遺族年金互助クラブ」という集まりに妻と一緒に参加してきました。それはそれとして、新しい制度の事実関係を私なりに整理して、2回にわたって書いておきます。

 

まず、法律改正が行われたのは2025年ですが、新しい制度の施行は2028年4月からだと言う点に留意が必要です。遺族年金を受け取る配偶者の、その時点以降の年齢が重要なポイントになるからです。

 

以下の記述は一般論ではなく、タイ人の配偶者がいて、夫婦の間に18歳以下の子供がいない遺族厚生年金についてです。情報源はネット上の「資産運用EXPO」(2025年9月3日)の「遺族年金はいつまでもらえる?」という解説記事と、私の質問に対するChatGPTの回答です。

 

●一番気になる受給期間は?

 

現行制度は受給者が30歳以上は終身支給→新制度は60歳未満は5年間の支給。

原則はそうなっていますが、60歳以下であっても終身受給の可能性があるのは次のケースです。

 

①配偶者の年齢が2028年4月1日時点で50歳を超えている

現時点では経過措置の内容が明確でないので、はっきりした年齢の線引きはできません。でも50歳を超えていれば、ほぼ終身支給になる可能性があるとも言われています。もし終身型にならずに「5年有期給付」になったとしても、別の救済手段が用意されています。

 

②仮に年齢が終身給付の年齢に達していなくても(たとえば40歳とか)、給付開始から5年後の時点での年収が日本円で122万円以下であれば、継続して支給されます。ただし、収入の証明については厳しく見られると思われるので、きちんとした書類を整える必要があるでしょう。

 

●有期給付加算の新設

 

原則5年間の支給という制度変更に伴って、およそ30%と言われている「有期給付加算」が加えられます。遺族厚生年金は亡くなった配偶者の(基礎年金を除いた)厚生年金部分の75%が支給されます。でも有期給付加算がその30%だというわけではありません。

 

30%の加算というのは、平均的な遺族厚生年金支給額の約30%という意味のようで、厚生年金額の多寡にかかわらず一定額(おそらく25万円程度?)になると言われています。ですから、0.75×1.3≒0.97で、配偶者が生前受け取っていた厚生年金額のほぼ100%に近い額が5年間支給されると考えるのは間違いのようです。(ChatGPTによる)

 

●中高齢寡婦加算の段階的減額

 

遺族年金を申請してみたら、意外に支給額が多かったと感じるのは中高齢寡婦加算があるからです。現行では40歳から65歳までの期間、年60万円余りが加算されます。これを25年かけて段階的にゼロにするというのが今回の制度変更です。つまり寡婦加算額は毎年およそ4%ずつ減額されていきます。ただし、まだはっきりしない点もあります。

 

例えば50歳で遺族年金を受給し始めた女性(もちろん男性には寡婦加算はありません)は、最初の年に受けた寡婦加算額がその額のまま65歳まで15年間継続するのか、それとも毎年4%ずつ減っていく額を支給されるのか、情報源によって見解が分かれます。おそらくは最初の年に決まった寡婦加算額が65歳まで続くという考え方が正しいのかもしれませんが。

 

さて、2028年4月から始める遺族年金の制度変更。まだ完全に明確になっていない部分もあります。次回はとくにタイ人の配偶者が遺族年金を申請するときの留意点等について、AIのアドバイスを基にして書いてみようと思います。私自身は3年前に友人の日本人男性が亡くなった後、タイ人の奥様の遺族年金申請のための書類を作成したことがありますので、その経験も踏まえて書いてみたいと思います。

 

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昨日と一昨日の家庭内エピソードから一転です。

 

ほぼ毎日ネットでニュースは見ています。やはり一番の関心事はイラン戦争。アメリカとの和平協議が再開されるのかどうか、世界中が固唾を飲んで見守っているように、私も本当に心配しています。どちらかというと、トランプさんがまた暴走するのではないかと言う点が心配ですが・・・

 

「一方的に勝利宣言するとイランはどう出るか?」というのがトランプ政権内の大きな関心事になっているそうです。いくつかのソースを読み比べてみると、イラン国内の穏健派と強硬派の対立が深まっていることが協議再開の最大のネックになっていることは間違いないようですね。

 

イランの現大統領や日本通ともいえるアラグチ外務大臣は協議再開に前向きだそうです。ところが革命防衛隊が異を唱えているのだと。やはり想起されるのは戦前の日本です。歴史の細かいところを見れば、必ずしもそうとばかりは言えない側面もありますが、軍部の暴走ですね。どうも軍隊と言うのは、そちらに傾いてしまうものなのでしょう。イスラエルとアメリカの暴走。加えてイランも暴走しているとすれば、もう手が付けられませんね。

 

多くの国にとって石油問題はもちろん大問題でしょう。でも独立国の指導者を初日に殺してしまうような戦争は、もう戦争とは言えないテロ行為です。高市さんが先月19日に面と向かって言ったように、トランプさんが“正気で”決断しさえすれば、これ以上の惨禍は防げるのに・・・政治家って、ほんとにクズだと思いますよ。「国益」とかいうわけのわからない言葉で好き勝手やってる連中としか思えませんね。軍隊も軍隊なら、政治家も政治家です。本気で世界のことを考えだしたら憂鬱になります。

 

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一昨日の日曜日に“犬も食わぬ険悪な事変”が勃発しました。その原因はと言えば、犬にあったことは明らかです。妻が、金曜日にもう少し犬を思いやる気持ちを見せてくれていたら、そうはならなかったでしょう。そのあと直接の引き金となった「リビングウイル」問答が続いたのです。私も珍しく感情を爆発させました。

 

さて、「もう朝ご飯を作りません」と宣言していた妻ですが、今朝は カオパットを作ってくれました。

 


昨日は相手を観察しながらの“様子見の空気感”が漂っていました。会話は殆どありません。ただお互いに、日曜日の朝の険悪な感情が尾を引いている気配は殆どありませんでした。私はと言えば、来月の生活費を彼女に渡すかどうか、つまり家計を管理する権限を彼女から取り戻すかどうかを思案していました。

 

おそらく彼女は冷静になってみると、私なしでは自分の生活が成りたたないことに気づいたと思います。もしも経済的に自立している女なら、また違った展開もあるかもしれません。昨日の午後、いつものように私がPCに向かっていると、すぐそばのソファーに寄りかかってきた彼女は、珍しく甘えるような視線を投げかけてきました。和解を望んでいる目だと言うことはすぐに分かりました。主導権が私にあると思いました。

 

夫婦が仲たがいしたあとの和解方法は、昔からだいたい決まっているのではないでしょうか?とくに私の場合は相手が誰であっても、ひとつの作法に思い当たります。75歳になっていても、若い頃と同じように有効なような気がしたのです。一方の彼女は、ここ数か月というもの、「もう自分は歳だから」と言っては避けようとすることが多くなっていたのです。

 

「女は魔物」とよく言われます。でも私はそうは思いません。またひとつ今回の事で学んだことがあります。学んだと言うより、確認したと言うべきでしょうか。

 

普通の女は何よりもお金が好きです。好きと言うより、それが一番大切だと錯覚しているのでしょう。そして自分の体で男を操れると錯覚している女も多いでしょう。でも彼女の場合はちょっと違うようです。お金が何よりも大切だと考えている点ではごく普通です。でも男の操り方に慣れていない、どちらかというと純情な女なのかもしれません。

 

もしもお互いが“ある種の純情さ“を保っている人間同士だとしたら・・・それが吉と出るか凶と出るか、答えはいつまでも出ないかもしれませんね。

 

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気が付いたら1週間以上ブログを更新していませんでした。今日はブログを書かなかった日々を思い出してみることにしましょう。

 

●先週の日曜日~水曜日

 

この四日間は全く記憶がありません。何か美味しいものを食べたとか、妻と喧嘩したとかいうような記憶もまったくありません。

 

●木曜日

この日は愛犬のレックレック(チワワ)をチェンマイ大学の動物病院へ連れて行きました。具合の悪い歯が1本見つかったからです。

 

犬の歯の治療は心臓に問題があるとできないそうです。なのでまずはX線検査。すると心臓が肥大していると言われました。とりあえず歯の炎症を抑える薬を貰いました。

 

●金曜日

同じ病院で心臓のエコー検査。ずいぶん待たされました。私と妻と、助手の女性の3人で犬の手と足を押さえつけて検査。なぜか女性の医者から男性に交代して再度検査。

 

結果は、心臓が肥大しているので弁膜に問題があると言われました。歯の治療はまだできません。病院で長い時間待たされたので、妻がすごく不機嫌になりました。「飽き飽きしたわ。次からは貴男ひとりで連れて行きなさい。それとも、もう放っておきなさい」と命令調で言いました。何という冷たい女かと唖然としました。

 

●土曜日

この日は午後に「遺族年金互助クラブ」という会の総会があり、妻も一緒に連れて行きました。タイ人の奥さんたちもいて、楽しそうに談笑していました。そこで奥さんたちから聞いた話で翌朝問題が勃発しました。

 

●昨日の日曜日

妻は朝食を食べません。コーヒーと黒ゴマのせんべいだけ。妻の作った朝ご飯を私一人で食べていると、突然こう切り出したのです。

 

「リビングウイルの用紙を貰ってきてください」

「誰のリビングウイル?」

「貴男に決まってるでしょう。昨日、周りの奥さんたちは全員旦那さんにリビングウイルを書かせているそうです。貴男も当然しなければなりません」

 

また命令調です。リビングウイルとは、延命治療を拒否すると言う意思表示を文書にしておくことです。もう助かる見込みのない怪我や病気になったとき、人工呼吸器などの延命のためだけの治療をするなという意思表示です。私も意思表示してもいいとは思っていたのですが、突然妻に言われて反論しました。

 

「リビングウイルというのは本人が決めることだよ。人に言われてするものではない。夫婦であっても強制するものではない」

 

すると妻は突然切れてしまいました。ここしばらくはなかったのですが・・・

 

「いつも貴男はそうやって物事を曖昧にするのよ。私のことを何も考えてないのね!!!」

 

食事中だったので、私も黙ってはいませんでした。

 

「人が飯食ってるときにする話じゃないだろ。飯が不味くなるよ。その話はまた今度!」

 

すると妻はこう言い放ったのです。

 

「私の作った御飯が不味いと言うなら捨ててしまいなさい!!!」

 

私は妻の顔を鬼のように睨みつけて立ちあがりました。台所へ行って、食べ始めたばかりの朝ご飯をドバっとゴミ箱に捨てました。

 

「もう明日から朝ご飯を作りません」

 

「どうぞ。そのかわり毎月の生活費は貴女に渡しませんよ」

 

昨日は夕方に、私の痛風のフォローアップで病院へ行く日でした。いつもは必ず妻が一緒ですが、一人で行きました。通訳もいません。40歳くらいの女医さんと向かい合って、英語とタイ語を混ぜて話をしました。血液検査の結果は、薬が効いているのか尿酸値は5.0と理想的な数値。念のために調べてくれた腎臓も肝臓もまったく問題のない数値でした。3か月後にまたフォローアップです。

 

今日は記憶のテストのつもりが夫婦げんかの話に変換してしまいました。一番記憶に新しいイベントですから当然そうなります。「俺も大人げないなぁ」と思ってみたり、「いや、彼女は犬に冷たすぎる。すべてが自分本位にすぎる。人として問題がある。だから簡単に妥協してはいかん」・・・ふたつの思いが交錯するのですが、まあ、なるようになるでしょう。

 

今朝彼女は初めて朝ご飯を作りませんでした。私が外へ食べに出ようとしていたら、「私も一緒に行っていいですか?」と。私が運転して近くのタイ料理屋へ行きました。払ったのは当然彼女。まだ4月ですから。「金目当てで結婚した女とどこが違うんだろうか」という思いが湧いてきます。来月から、お金の管理は自分でしようかと考えてもおかしくないでしょう。彼女は切れるでしょうけど・・・

 

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ソンクラーンの期間中、私たちはDhara Thevi(ダラー・テーヴィー)という、現在は営業していない豪華ホテルへ通いました。ホテル入口に設けられた祈りの場に参加するためでした。(このホテルについては、15日に書きました)

 

ホテル入り口

 

さて、こわ~い話と言うのは、一昨日の木曜日のことです。

 

妻のお姉さんは美容院を一人でやっています。その日、30代くらいのお客さんが来ました。その女性は「Dhara Thevi」に5~6年勤めていたことがあったのです。お姉さんが「先日お祈りに行って来たわよ」と言うと、女性はちょっとためらいながら、こんな話をしたというのです。

 

夜の勤務のときに、ときどき幽霊をみた。

敷地内のプールで、自分が勤めていた間だけでも5~6人の客が溺れて亡くなった。

客同士の殺人事件が発生したことがある。

何人かの客が自殺している。

 

お姉さんはこの話を聞いてびっくりして妻のYにLINEで連絡してきました。昨夜妻からこの話を聞いた時、私たち2人が最初にホテルを訪れた日の午後のことを思い出しました。

 

敷地内にあるお寺のような建物

 

正面のゲートを入って、手前の建物を少し覗いたあと、私たちは一番奥にあるメインの宿泊棟に向かいました。

 

 

向こうにあるのが一番奥の宿泊棟

 

そのあたりには当然ですが人影一つありません。建物正面の階段を上がって、入口の近くに来た時です。「バタン!」と、とても大きな音がしました。目の前10メートルくらいのところに白い開き戸がありました。そこから発生した音のように思えました。私は、「変だな、人はいなし・・・」と訝しく思いました。

 

 

赤い矢印が白い開き戸

 

隣にいた妻は、じっとそのドアを凝視したまま言いました

 

「音がした時、あの開き戸の錠前がガタガタ揺れるのを見ました。あれはスピリッツ(霊)です」

 

私は「そんなわけないだろう」と踵を返して入口の方へ戻り始めると、妻は「あの入り口の写真を撮っておいてね」と言いました。それが上の写真です。とくに怪しものは写っていませんよね(笑)。

 

 

奥の建物の入り口から、遠くの正面ゲートを望む。後ろに白い開き戸がある

 

妻は昨日、お姉さんから元従業員の話を聞いて、あれが霊の仕業だったと確信したようです。そして私まで「そうかもしれない」という気になってきました。というのも、奥の建物の白い開き戸のアップの写真を一枚撮ったはずなのに、その写真だけスマホの中に存在しないのです。撮ったつもりでいただけかもしれませんが・・・

 

もうひとつ。水曜日には私たち2人のほかに、妻のおばさんとその友人の女性も一緒に行きました。私たちがホテル入口手前にある祈りの場所に先に入って待っている間、おばさんと友人はホテルの敷地内を散策しました。一番奥の建物を眺めてから戻ろうとして歩いていた時、おばさんは後ろから女性の小さな声を聴きました。

 

「こっちに来て」

 

あれっと思って、声のする方へ振り向くと・・・誰もいません。一緒にいた友人の女性は、だいぶ先を歩いていたので、その声は聴いていないそうです。

 

白い開き戸からと思われる「バタン!」という大きな音、元従業員のなまなましい証言、おばさんが聴いた「こっちへ来て」という女性の声。わずか数日の間に、これだけの状況証拠が揃えば、私も認めざるを得ませんね。あのホテルには霊の存在がある、と。ただ、それが「幽霊」なのか、「スピリッツ(霊)」なのかで意味が違ってきます。

 

幽霊は現実の人が死んだあとに、何らかの理由でこの世をさまよっている姿だと言われています。妻は子供の頃に二度幽霊を見たことがあるそうです。私はありません。でもスピリッツ(霊)は、さまよっているのではなく、なんらかの意図があって存在し、とくに霊には、よい意味でも悪い意味でもパワーがあると言われています。

 

キリスト教でも仏教でも、霊の存在を認めています。仏教では、霊のほかに「テワダー」と言われる、天使のような存在もあるそうです。たいていお寺の天井付近に描かれています。テワダーは誰にでも付いていて、人が危ない目に遭いそうになった時に助けてくれる守り神のような存在だとも言われています。逆に人を不幸にするテワダーもあるのかもしれません。

 

霊の話はこの辺にしておきましょう。ただ、あのホテルに関しては、本当に霊が宿っているのかどうか、興味はあります。私が先ほど「一番奥の建物の白い戸を触りに行ってくる」と言ったら、妻は「あなたは怖くないのですか?ダメです。絶対に行かせません」と激しく反対しました。でも、こっそり一人で行ってみようかな・・・

 

私は幽霊や霊よりも、人の方が危ないと思うので、あのホテルに一人で行くとすれば、人の気配にだけは注意すると思います。

 

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今月6日にユミちゃんがいなくなって、今日で丸10日が過ぎました。夜寝る前に、愛猫が好きだった餌と水を玄関先に置いて、(蟻が出てくる前に)翌朝早くに回収するということを毎日繰り返してきました。門の扉は下の部分を網で覆っているので、ハサミを入れて猫が入って来られる隙間も作りました。




ユミちゃんのように怖がりの子猫の場合は、外に出て行っても家から50メートル以内、遠くても100メートル以内の所に潜んでいると言われています。身を隠している猫は、昼間ではなく夜から明け方にかけて動き出す傾向もあるそうです。

 

最初の数日は、まだ暗い朝5時には起きて近所を探しました。家から30メートルのところに停めてあった車の下に懐中電灯をかざすと、白っぽい猫がいたこともあります。一瞬ハッとしました。でもユミちゃんではありませんでした。

 

調べてみると、1週間くらいして家に戻ってくることはよくあるそうです。でも10日となると、そろそろ諦める時かもしれません。どこにも見当たらないと言うことは、どこかに隠れたままだったり、事故に遭った可能性はまずないでしょう。ということは・・・誰かに拾われたと思うのが一番妥当な考えでしょう。

 

妻のYは私が玄関先に毎晩餌を置いていることを知っています。朝早くにベッドを抜け出していることも。ふと、良からぬ考えも浮かびました。

 

「あの日、妻はわざと台所のドアや門の扉を開けっぱなしにして外出したのではないだろうか・・・」

 

一度だけ、それを妻にぶつけそうになったことがありました。でも、止めました。「ユミちゃんはいらない。誰かにあげたい」と口では言っていても、ちゃんとトイレの世話をしたり、毎晩寝る前には気になってユミちゃんのいるリビングに見に行ったりしていました。妻も心の中では大切にしていたように見えました。

 

私は10日経っても毎日ユミちゃんのことが忘れられません。私がPCに向かって何かしていると、小さなデスクの上に乗っかって来て私に甘えるのです。その愛らしい姿が瞼から離れません。



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13日(月)から今日15日まではタイのソンクラーンです。「水かけ祭り」とも言われます。タイ人にとっては年末年始に匹敵する楽しい連休です。いや、それ以上かもしれません。

 

 

チェンマイ市内のMAYAショッピングモール前で行われているイベントの光景です。日曜日から広い道路を完全に通行止めにして行われている夜のイベントで、仮設の舞台には毎夜入れ替わりでスーパースターが登場しています。昨日のゲストは超有名女性歌手のMILLI(ミリ)でした。若者を中心に10万人が集まりました。

 

 
さて、私と妻が日曜日から毎日訪れているのは、MAYA前のイベントとは似ても似つかぬ「Dhara Thevi(ダラー・テーヴィー)」という変わった名前のホテルです。

 

ホテル入り口

たくさんの建物がある中、一番奥のメイン客室棟を望む

メインの客室棟入口。妻は、この中に「スピリッツ(霊)」が宿っているのを感じるという。

 

この古めかしいホテルは、古都チェンマイを象徴する超豪華ホテルでした。ところが元々資金繰りが悪化していたのと、コロナ禍が経営に追い打ちをかけて現在は営業していません。しかも1年前の4月には、敷地内の建造物に原因不明の火災まで発生しました。

 

ホテルが建っている土地は、その昔、クルーバー・スリウィチャイという有名な高僧が修行したという歴史的な場所です。ホテルの営業が止まった後、鎮魂の目的もあって正面玄関前に“祈りの場”が設けられました。私たちがよく行くチェンダオの洞窟寺院「ワット・タム・ムアンナ」の高僧ルアン・タ・マーが時々やってきて、祈りの集会を開く場所の一つになっています。

 

一週間ほど前、その高僧がここで集会を開いた時、妻は従姉と連れ立って参加しました。その“祈りの場”は高僧が来なくても毎日解放されているので、妻は私を誘ったという訳です。「妻の言うことには、多くは従うほうが得策」ということに最近気づいたので、一緒に行くことにしたのです。

 

 
昨日は妻とお姉さん、従姉も一緒でした。
 
 
高僧が来るときは満員盛況ですが、さすがにそれ以外は人が少ないようです。向かって左のチェンダオの高僧の姿に見えるのは写真です。
 
 
左の青い服が妻のY、その前がお姉さんのY、その隣は従姉のY。祈りの姿勢は三者三様ですね。
 

帰りに私たちはこういうものを貰いました。お守りの首飾りと指輪です(写真は二人分)。

 

 

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