さぁ、唐突に始まりました。
波瀾万丈伝②
離婚した母、そして。
異父兄弟の兄。
共にどうなったでしょう。
実家は立派なお家でしたが、
出戻りとなった母。
しいては可愛い初孫である
兄の為、
祖父母は家の改修工事に
着手しました。
母には激オコの祖父も、
初孫であった、
長男にはデレデレで、
昔なので、長男は後継者として
大事にされました。
跡継ぎも、叔父の後は長男と
考えていたのでしょう![]()
何でも買い与え、
浅草が自分の庭。
老舗の天麩羅屋さんに
しょっちゅう祖父は連れて行き、
溺愛していたと聞いています。
天ぷら屋さんも常連客だったので、
兄は小さい頃に1人で行っても
顔パスで食べれたそうです。
ツケは祖父がお支払い。
さて、その頃でしょうか。
人生の分かれ道に母が
差し掛かりました
これが運の尽き
というものでしょう。
母の実家は例の改修につき、
短期集中で住み込みの
大工さんを雇い入れました。
そこに住み込みで来た大工さんが
私の父となる人です。
勿論、私は生まれていません![]()
父は中学卒業後、
家出同然に家を出たそうで、
大工の棟梁に弟子入りし、
腕を磨いてきた人です。
住み込み当時、
父は次男を連れて来たそうです。
当時次男は小学生。
既に両親が離婚し、
父親と一緒に住み込んで
いたそうです。
母が「毎日ご苦労様」
と、大工さん達のお茶出しの手伝いを
していました。
目にした父の子供が
前夫との間に残して来た子と
同じ名前であったので、
情がわいたそうです。
実際問題、
情に絆され?
再婚しました![]()
次男は私には次男ですが、
父にとっては、
長男でした。
これまたややこしい
父には元々、
男の子が2人いました。
父の浮気が元で
前妻に家を追い出されたそうです。
男って懲りないのね
というのが
私の後日の感想です![]()
その際に、次男である
長男を連れて行き、
本来の次男は
前の奥さんが
引き取り、別れたそうです。
(オヤジ談)
こうして両親は出逢い、
お互い子持ちで再婚へと
歩み始めたのです。
結婚を決めたら
母は惜しみない。
愛情もお金も使い、
尽くし始めました。
リッチウーマン家育ちらしく
親のお金使いま〜す![]()
最初は無難に
庭付きの借家住まい。
それから、
父を社長に据えて
建築会社を立ち上げます。
30名程雇用し、
あれよあれよと言う間に
父を逆玉の輿社長にしました。
借り上げはやめ、
新築のマンションをさっさと
父名義で購入。
さっき申したように、
全額母方の出資です
躾に厳しいけど、
お財布の紐は緩いとみました。
再婚だし、
安定した生活を
送って欲しかったのも
あったでしょう。
職人気質の父。
普通は愛想が悪そうですが、
他人には愛想も良く、
人にも優しく気前良く。
八方美人で
誰からも好かれている。
祖父母も特別
反対しなかったようです。
その父親譲りの性格は
やはり次男が
譲り受けた部分でしょう。
いや、
何故か絡んでいない
DNAに八方美人が入る
我が家の男たち。
父は顔は濃いめ。
懐かしのソース顔をした
男前でした。
人相的には
母の方がきつく見えました。
それが損だと
母はよく言っていました。
しかしながら、
経営の才と、
先見の明があるのが母。
母はマネージメントをし、
父の為に
仕事をどんどん取ってきました。
お嬢様育ちの割に、
かなりのやり手。
そして、それにも飽き足らず、
祖母の経営する不動産の一つである、
アパートの1階を改築し、
東大輩出を前提とした
塾を立ち上げました。
長男は大学生の傍ら、
親の塾で
講師のバイトを始めました。
講師も数人雇用し、
母は持って生まれた
才覚を発揮する形で
本格的な塾経営者となりました。
私は当時幼稚園児
母の塾で
叔父の娘である従姉妹と共に
英語を教わっていました。
ところが、
これまた皮肉なもの。
仕事をバリバリ取ってくる母、
やり手の母の存在が
父のプライドを
傷つけたのか、
社長になった
大きな勘違いか。
面白くなくなっていったのか、
元々浮気の虫がいるので
疼いて来たのか…。
母の愛情は無常にも
暴力で返ってくるようになりました。
私が生まれた頃。
既に長男は家にいませんでした。
継父である父が
兄の事をそこそこ疎み、
居づらくなって
全寮制の高校に進学したのです。
なので、お盆とお正月しか
会った事のないのが長男でした。
それでも、
年の離れた妹である私を
とても可愛がってくれました![]()
それは次男も同じでした。
どちらの兄も目の中に入れても
痛くないと言うレベルで
私を可愛がってくれました。
父は違えど、
母は違えど、そこは
とても恵まれており、感謝しています![]()
長男は私がオギャーと泣いて、
歩き出す頃には大学の建築学部へ入学し、
祖母の経営するアパートで
一人暮らしを始めました。
比較的近いのに、
やはり
顔を合わせるのは
盆と正月だけでした。
そして。
私の誕生日には
必ず帰って来てくれていました。
長男は頭が良く、
学校の先生に
慶應の経済だか
経営を勧められました。
次男はルックスよく、
モテモテでしたが、
学力はなく、
レベルの低い高校に
通っていました。
「お勉強が出来なくて」
と母はフワフワした感じで
こぼしていましたが、
なるほど。
成長してから
自分が受験生になると、
その高校名は
唸るレベルでした![]()
お兄ちゃ〜ん
お風呂上がりには
ソフトマッチョを目指して
筋トレしながら
芸能人の真似をしたり、
話も通じるカッコよき
面白アニキでした。
長男は無言で勉強していました。
学力差は
そのモノマネ筋トレタイムで
ついたのかな??![]()
父は兄弟の地頭の差、
母の前夫が慶應ボーイというのも
しっかり知っているので、
学歴にコンプレックスが強く、
それが面白くなくなっていました。
慶應には絶対行かせない!
俺の会社を継がないなら
大学も行かせない![]()
ビタ一文金は出さない!
建築学部だけ行かせてやる、
となったそうです。
お金は母方に言えば
どうにかなるのは明白ですが、
夫婦の関係性、
長男と父との今後の関係性もあり、
要求通りとなりました。
長男は継父なので、
反抗もままならず、
破れたジーンズに下駄のまま
両親に何も告げず
建築学部の大学受験に行ったそうです。
父や次男に気を遣い、
ランクを落とした大学の建築学部に合格し、
不本意ながら、
実家の会社を
設計士として継ぐ事を決意しました。
私の記憶では
5歳の誕生日までだった![]()
…そう記憶しています。
それがこの家族での、
最後の
平和な誕生日であった…と。