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100年の歴史を継ぐ...大阪の老舗「平岡珈琲店」 ( 2019年8月1日 )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

100年の歴史を継ぐ ・・・ 大阪の老舗

「 平岡珈琲店 」 が復活 → ビル3階でフロア拡大!名物ドーナツは健在

 

Lmaga.jp 2026年2月7日(土)

 12時00分 配信

 

左から 「 平岡珈琲店 」 の百年珈琲 ( 600円 )、揚げドーナツ ( 280円 )

 

 

2025年12月28日に幕を閉じた大阪 本町の老舗喫茶店 「 平岡珈琲店 」 ( 大阪市中央区 ) が、今年1月に再オープンを果たした。現在は間借り営業中という同店。オープンしてからの近況を覗いた。

 

 

「 平岡珈琲店 」 の新たな空間

 

「 平岡珈琲店 」 が現在入居するビル

 

 

「 カフェ周 」 で間借り中の 「 平岡珈琲店 」 の現在の内観

 

 

■    移転先はビル3階、看板メニューは7種に限定

 

大正時代から続く 「 平岡珈琲店 」 。約100年にわたりオフィス街で愛されてきた老舗だが、2018年の大阪府北部地震の影響で入居しているビルが損傷。そして隣接するビルの建て替え工事のため退去せざるを得なくなり、一度閉店することになっていた。

 

 

「 平岡珈琲店 」 四代目店主・たむさん

 

 

                                           以前と同じ 「 平岡珈琲店 」 のコーヒーの淹れ方 

 

 

                               国内でもかなりレアな 「 ボイリング法 」 で抽出する

                                                                                   「 平岡珈琲店 」 のコーヒー

 

 

前オーナーが今後の店の存続を考えている際に 「 伝統を守りつつ、 進化を続けていきたい 」 と4年前に同店に入ったスタッフ ( 兼現在の四代目店主 ) のたむさんに店を任せることを決意。スタッフ時代から精力的に新メニュー考案などをしてきたたむさんは、閉店後も 「 常連さんのためにも早くオープンを 」 と考え、 元々前オーナーと古くから付き合いのあった 「 カフェ周 」 で、1月19日より間借り営業をすることになったのだ。

 

 

                                                                                               ビル前の看板が目印

 

 

場所はビルの3階 ( 1階には 「 青空 blue 」 などの飲食店が入居 ) 。まるで隠れ家のような階段と通路を進むと、現在の 「 平岡珈琲店 」 に辿り着く。席は27席、店内の広さも前店の倍以上でゆったりした空間になっており、現在は昔から通っている常連客をはじめ、新規のお客さんも訪れているという。

 

 

  左から 「 平岡珈琲店 」 の百年珈琲 ( 600円 )、揚げドーナツ ( 280円 )

 

 

                                                  間借り営業中の 「 平岡珈琲店 」 のメニュー

 

 

 

 

また間借り営業中のため、現在は店で提供するメニュー数を限定。看板の百年珈琲 ( 600円 ) と揚げドーナツ ( 280円 ) 、持ち帰り商品を含む全7種をスタンバイする。また揚げドーナツに関しては 「 手作り感のあるあたたかみは残しつつ、さらにふわっとサクッとさせたい 」 という思いから、元々のレシピに少し牛乳を加えるなど、たむさんエッセンスが入っているのも魅力だ。

 

 

                                     間借り中の 「 平岡珈琲店 」 で購入できる商品たち

                                                                                 焼きドーナツ ( 300円 ) など 

 

 

椅子やテーブルなど以前の店の調度品は倉庫にまとめて保管中。振り子時計やパンカップなどは現在も 「 平岡珈琲店 」 のものを使用しているとか。たむさんは 「 実店舗をオープンする際は新たなメニューもたくさん作りたい。縁や繋がりのある場所でできたら と今後の構想についても話してくれた。

 

平岡珈琲店 」 ( 大阪市中央区平野町 4 - 5 - 8 井上ビル 3階 ) は 「 カフェ周 」 で間借り営業中。営業は10時〜18時 ( 17時 L.O. ) まで。金・土曜休。ほか詳細は公式サイトにて。

 

取材・文・写真/Lmaga.jp編集室

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駅そば」は、なぜ駅に必要なのか?―

―効率化が奪った「立ち止まる時間」、

移動社会が失った“滞留機能”の回復

 

Merkmal 2026年2月7日(土)

8時51分 掲載

 

 

駅そばは 短い滞在時間のなかで身体と場所を結びつける役割を果たしてきた。効率優先の移動が進む現代において、立ち食いの時間は、忘れかけた感覚と身体性を取り戻す小さな拠点となっている。

 

 

1903年の記憶と時間の余白

 

駅そば ( 写真AC )

 

2025年5月11日、岐阜県中津川市のJR中津川駅で「 根の上そば 」 が暖簾を下ろした。創業から122年。長い時間の重みを思わずにはいられない。ただ、単に懐かしいとか惜しいといった感傷だけで済ませられる出来事でもない。

 

1903 ( 明治36 ) 年、英国王エドワード7世がインド皇帝に即位し、 大谷探検隊が釈迦の霊鷲山を発見した。文豪・夏目漱石は英国から帰国し、 中央本線の笹子トンネルも開通した。小学校令の改正や国定教科書制度の導入といった社会制度の変化も重なった。そんな時代に生まれた一軒の店が、120年を超えて時を刻み続けたことには、小さくても確かな意味がある。姿を消すということは、 旅の途中で許されてきたわずかな時間が、現代の効率や合理性の判断によって削られていく現実を突きつける。

 

駅そばは、単なる食事の場ではない。移動の合間に、個人の身体や心に微細な変化をもたらす場所だ。歩き疲れた身体を受け止め、 次の一歩を支える。ある種の緩衝空間として、 近代化の波に順応するための身体的な余白を提供してきたのかもしれない。

 

本稿では、駅そばを通して、 移動が人間にもたらす影響や制度上の矛盾を見つめ直す。かつて存在した時間の感覚と、現代の価値観が交差する場所を、 もう一度考える試みである。中津川駅での廃業は、管理された時間のなかで進む移動の支配が、 ひとつの段階に達していることを示している。

 

 

駅そばの普及と軽井沢駅

 

駅そばイメージ ( 写真AC )

 

鉄道が初めて開通したのは1872 ( 明治5 ) 年、品川の新橋から横浜までであった。列車が日常の移動手段として人々の生活に組み込まれると、駅を訪れる乗降客や見送り、 出迎えの人々の数は少しずつ増えていった。こうした利用者の要求に応えるかたちで、 駅構内では早くから食堂や喫茶店、売店の営業が始まっている。

 

記録に残る初期の例として、同年6月に上田虎之助が新橋駅停車場内で西洋食物店を開いたことがあるその後、 1891年には九州鉄道が門司駅に待合室に隣接する駅食堂を設けた。 北海道でも翌年 室蘭駅に本州からの乗客向けの簡易食堂が登場し、 1908年には青函連絡船の新造船就航に合わせて函館駅にも待合室併設の食堂ができた この流れのなかで 駅そばの起源は函館本線の長万部駅か森駅とされることがある。

 

駅そばが広く知られるようになったのは、1894年の長野信越線開通にともなうとされる1897年ごろには軽井沢駅で営業が始まり徐々に一般にも広まっていった。当時、横川と軽井沢の間は急勾配の難所で 列車は区間ごとに機関車を交換しなければならなかった。そのため横川駅や軽井沢駅ではおよそ15分の停車時間が生じ乗客は弁当の代わりに調理したてのそばを口にすることができた 列車の運行上の都合が、 移動者に温かい食事を提供する必然をつくり出したのである。

 

土地の特色を身体に取り込む機会としても機能し、 停車時間は経済的な価値にもつながった。 機関車の冷却と人間の暖まりが同時に行われる、短いが特異な時間である。 この時間を活かすかたちで、駅そばは鉄道利用者にとって身近な食事として定着していった ( 『 蕎麦辞典 』『 駅弁通史 』、 日本麺類業団体連合会・全国麺類生活衛生同業組合連合会ウェブサイトより )

 

 

駅の三つの役割と中間時間

 

駅そばイメージ ( 写真AC )

 

駅は移動の始まりであり、 終わりでもある。途中で立ち寄る場所としての顔も持つ。この三つの機能が重なることで、 移動と滞在の間に中間的な時間が生まれる。

 

その短い時間のなかで、人は 「 何をするべきか 」 を問われることになる。改札を出るのか、乗り換えまで待つのか、 それとも少し立ち止まるのか。この瞬間には、 最も少ない手間で最大の満足を得る行動が求められる。駅そばは、 その需要に応える形で機能している。

 

駅での食事時間は、 概ね5分から8分程度だとされる。この間に、 麺を茹で、 つゆを準備し、 注文を受け、 代金を支払い、食べ終えるという一連の流れを完結させるのは珍しい。 一般的なファストフード店であれば、席を確保し、 メニューを選ぶ時間が加わり、効率は落ちる。

 

駅そばは、最初から 「 素早く食べる 」 ことと 「 回転を速くする 」 ことを重視している。座らず、待たず、選ばず、会話も必要ない。支払いも即座に済む。決定の手間を最小化し 駅という空間の構造に自然に適合しているのだ。

 

麺の湯通し時間、天ぷらの作り置き、必要最小限の調味料、シンプルなメニュー。これらの工夫は、コスト削減のためだけでなく、短時間で利用者が求めるものを届けるためのものである。

 

座る権利や時間の制限もない。 従来の飲食店のモデルとは逆で むしろ去ることが前提になっている。 この構造は交通の仕組みに合致しており過剰な投資を避けつつ、 少ないコストで多くの人と接触できる

。不動産の効率的な活用例としても興味深い形を示している。

 

 

期待を超える満足と情報遮断

 

駅そばイメージ ( 写真AC )

 

駅そばの味わいは そばそのものの質だけで決まるわけではない。電車に乗るときの慌ただしさと、 それが和らぐ瞬間との落差が、味覚の受け止め方に影響を与えているだろう。

 

列車の利用者は常に時刻表に沿って動く。乗り換えまでの数分や、 発車までのわずかな時間のなかで人は自然に効率的な行動を求める。その限られた時間に提供されるそばに対し当初は大きな期待を抱かないことが多い。だが、 思いのほか味がよければ、驚きとともに満足感が強く生まれる。移動の合間に起きるこの 期待と実感の差 」 が

身体的な感覚として現れる例といえる。価格や店の構え、 サービスは控えめに整えられているのに、味は意外と優れている。この逆転の体験が、駅そばの魅力を支えている。

 

現代の都市生活では、 食事にはさまざまな情報が付随する。SNS映えやカロリー表示原材料やアレルゲン接客の評価まで。駅そばでは

こうした情報に振り回されることはない。消費者は情報を遮断する余地を持ち、目の前のそばだけに意識を向けられる。「 早い・安い・うまい 」 という単純な条件が、 情報過多の社会における休息の場となる短時間で食べることは、 脳が情報を整理し評価する作業を一時的に止め、食べる行為そのものに集中させる。

 

立ち食いの形式も、 身体と社会の関係に影響を与える。椅子のないカウンターでは、座ることで生まれる階層意識が消え、重力に従って直立する条件の下で 利用者同士の関係は平らになる。注文から食べ終えるまでの数分間、 社会的な立場は意味を失い、食事は自己表現ではなく、身体を動かすための栄養摂取という直接的な行為に変わる。

 

資産家も労働者も同じカウンターに立ち 同じ手順でそばを口にする

。通勤途中の利用であれば経済的な差は行為に影響を及ぼさない。ここには 消費における階層差が薄れ、都市における快楽の平等な分配が、ひそかに成立しているのである。

 

 

地域の味と個人の記憶

 

2026年2月23日 ( 月・祝 ) まで行われている168店舗横断 

「えきそば界隈 フォトポストキャンペーン 」 ( JR-Cross )

 

かつての駅そばは、駅弁業者や地元の小さな店舗など 多様な主体によって提供されていた。土地ごとの味わいは、移動者にとって、自分がどこにいるかを身体で確かめる手がかりにもなった。

 

北海道の音威子府駅で2021年に閉店した 「 常盤軒 」 の黒いそばと濃いつゆは、極寒の地で体を温める役割を担った。東北では仙台駅の 「 杜 」 の鶏から揚げそば、関東では我孫子駅 「 弥生軒 」 の大きな唐揚げが、ただ空腹を満たすだけでなく、思わぬ満足感を届けてきた。近畿の姫路駅 「 えきそば 」 は中華麺と和風だしの組み合わせで独自の個性を示し九州の鳥栖駅 「 かしわうどん 」 もまた、地域の食文化を駅に刻み込んでいた。

 

駅の出汁の香りが 人生の節目の記憶と結びつくこともある。駅そばは、 移動者の記憶を外部に保存する仕組みの役割も果たしてきた。前述の 「 根の上そば 」 には、帰省のたびに立ち寄る人がいたという。初めて食べたそば、 子どもと来た思い出。個人の記憶が語られ、駅そばが生活の接点として受け止められるのは珍しくない。 都市生活のなかで変わらない駅とそば、 立って食べるという構成が、人々にリズムを与え、 このリズムが味わいとして身体に刻まれるのだろう。

 

1990年代以降、鉄道会社のグループ再編にともない、味の均一化が進んだ。1996 ( 平成8 ) 年には子会社による製麺が始まり、1998年には 「 あじさい茶屋 」 の名称でメニューが統一された。こうした変化は、移動中の不確実性を減らし 広い範囲で一定の品質を保つ効果をもたらした。だが一方で、 地域ごとの特色は薄れ、 移動中に身体が受け取る情報の鮮明さは低下した。高速化した鉄道は駅に留まる時間をさらに短くし、地方の店舗は生き残りを模索している。2026年1月19日から2月23日まで 関東沿線6社が168店舗で行った共同キャンペーンも、駅そばの価値を広く伝える試みのひとつといえる。

 

新潟駅の 「 やなぎ庵 」 が2020年に閉店した後、2023年に再開した例や、桜木町駅の 「 川村屋 」 の営業再開は、駅に蓄積された個人の記憶をつなぎとめようとする意思の表れだ。小山駅のホームから2022年に姿を消した 「 生そば 」 の味が、駅周辺の街なかで受け継がれていることも、駅そばが地域の共有財産であることを示している ( 旅行読売 「 駅そば研究家・鈴木弘毅のコラム『 駅そばは永久に不滅です ! 』」 )

 

特定の味が守られることで、移動者の出発や帰還の記憶は保たれ個人の歴史は土地と結びついていく。

 

 

目的地としての立ち食いそば

 

音威子府駅 ( 写真AC )

 

駅の外で提供される立ち食いそばは 駅構内のものとは少し違う方向を向きつつある。かつての 「 早くて安い 」 という価値だけではなく立って食べるという行為そのものを楽しむ文化が育まれているのだ

 

2026年の現在、立ち食いを目的に訪れる客も増えておりそばを立ったまま啜ることは、時間や金銭の制約に迫られた結果ではなく自ら選び取る食の形として受け入れられている。都市生活が整いすぎたなかで体の重心を意識しながら味覚に向き合う不自由さは、意図的な摩擦を伴う贅沢な体験へと変わりつつある。

 

渋谷の 「 SUBA VS 」 は その変化を象徴する例だ。1500円という価格帯ながら、 ワインとの組み合わせや秋田県産の旬の食材を取り入れることで、 立ち食いという所作自体を洗練された行為へと押し上げている。神田の 「 SOBAPY 」 ではグリーンカレーそば ( 1200円 ) 板橋区の 「 TGS622 」 ではあえそば ( 550円 ) と、従来のそばの枠を超える工夫が見られる。神田小川町の 「 立ち喰いそば  豊はる 」 は肉系メニューを22種類揃え 食の娯楽性を前面に打ち出す。かつて不足を補うための手段であったそばは、 今や自ら選ぶ楽しみとして確立され、生存のための食から、 身体の均衡を意識しながら味わう演劇的な体験へと変化した。

 

ここでは、 駅での移動や急ぎという背景は存在しない。立ったまま食べることで、 日常の雑多な情報やノイズから離れ、味覚に向き合う時間が生まれる。不安定な足元で出汁の香りに包まれる瞬間には デジタルの管理網では捉えきれない身体感覚が現れる。 回転率や効率を意識する要素は残るものの 立ち食いそばは、感覚を研ぎ澄ます食の儀式として再評価されつつある。

 

 

原材料高騰の圧力

 

駅そばイメージ ( 写真AC )

 

華やかな立ち食いそば文化の背後には 確かな経済的重みが横たわっている。2024年6月の調査では、主要な原材料の値上がりが直接的に業界に影響を及ぼしていることが示された。醤油は前年比で2割ほど上昇しかつお節はほぼ半分近く高くなった。人件費や物流費、 光熱費も重なり、店舗経営は強く圧迫されている。

 

東京・荒川区の 「 一由そば 」 では、天ぷら用のイカゲソが10%、 揚げ油は11%、みりんは12%、わかめも5%と、ほぼすべての仕入れ価格が上昇している。それでも看板メニューの 「 ゲソ天太そば 」 は500円で提供され続けている。安くあることを当然とする消費者の期待はここでは強い制約となる。価格を維持する努力は、 単なる経営判断を超え、 移動する人々の生活を支えようとする意思の表れとも言える。低価格がサービスではなく利用者の権利のように受け止められる状況は、価格転嫁を難しくしている ( FNNプライムオンライン 』202

4年6月7日付 )

 

同店は 2023年12月に20円の値上げを行ったが、原価の圧迫は依然として続く。小規模店はコスト上昇を価格に反映しにくく社会構造のなかで存続の危機に直面している。市場の淘汰だけでは説明できない。長年にわたり共有されてきた 「 安く食べられる生活インフラ 」 という価値観が、供給側にとって矛盾として浮かび上がるのである。立ち食いそばは市場経済と地域の公共性の間に位置する不安定な存在であることが、この経済的圧力からも見えてくる。

 

一方で、デジタル化や省力化を取り入れた資本力のあるチェーンや、独自性を打ち出して高単価を成立させる目的地型店舗は、 競争上の優位を手にする。高性能な製麺機や調理支援機器の普及は 異業種の参入も後押しした。だが、その結果として地域ごとの食文化の厚みは徐々に薄れている。情報技術を活用し、効率と品質を両立できるかどうかが存続の分かれ目となり、従来、公共性を担ってきた立ち食いそばの空間的価値も、変化の渦に巻き込まれつつあるのだ。

 

 

移動と食の一体化

 

駅そばイメージ ( 写真AC )

 

立ち食いそばの変化は、移動のあり方と深く結びついている。新型コロナウイルスの影響で広がったテイクアウト文化は、立ち食いのために固定された場所を必ずしも必要としなくなった。

 

丸亀製麺の 「 シェイクうどん 」 に見られるように、プラスチックカップにうどんと具材を入れ、 つゆを注いで振るだけで食べられるスタイルは、 移動中でも手軽に食事を可能にしている。こうした形式は、 人が 「 一点で止まる存在 」 から 「 流れのなかに置かれた存在 」 へと変化していることを示す。

 

食事は滞在の時間を失い、移動の過程に溶け込むようになった。かつて生活の儀式だった食事は、移動の裏側で並行して行われる処理に近づきつつある。駅そばのような立ち寄る空間は必ずしも必要ではなく、栄養の摂取が座標移動の一部として機械的に行われる場面も増えている。

 

これは、移動の効率化が極限まで進んだ結果ともいえる。身体は情報端末の延長のように扱われ、食事も補給活動として片付けられがちだ。場所の記憶や身体の感覚は薄れ、食と身体の結びつきは分断される。移動する代謝と停止する身体の不協和が生じ、食事が場所を必要としなくなると、移動者の身体そのものが 「 移動する食卓 」 へと変わる。定住的な食文化から、 遊牧的な代謝への移行傾向は、 徐々に定着しつつある。

 

ところが、非身体的な摂取が増えるほど、 人は逆に身体性を意識させる体験を求めるようになる。立って食べる手触りや感覚をともなう

身体を空間に接地させる。そうした行為を通じ、場所と身体を再び結びつけようとしているのだ。効率を優先する移動者ほど食事は移動の一部に溶け込み場所の記憶は均質化された情報として消費されがちである2020年代後半の移動空間ではこのふたつの傾向が並行し、食のあり方に新たな動きが生まれている。

 

 

感覚を結びつける場所

 

駅そばイメージ ( 写真AC )

 

自動運転や MaaS の進展は、駅のあり方を徐々に変えている。かつて止まることを前提とした拠点だった駅は接続点としての性格を強めつつあり駅そばが以前のような役割を維持するのは容易ではない。

 

移動の摩擦が減り物理的な距離感が情報の速度に置き換わる世界では人があえて立ち止まる理由が薄れている。すべてがデジタル上の予約や自動運行で完結する環境のなか茹でたての麺から立ち上る湯気や熱気は情報化できない現実としてそこに現れる。高速移動で感覚が鈍った視覚や聴覚を出汁の塩味や温度がそっと現在の座標に引き戻す。駅そばは移動者の精神を揺れの少ない状態に保つための小さな拠点として働いている。

 

この場所は空腹を満たすだけにとどまらない。都市を流れる情報の雑音を一時的に遮断し移動する身体を物理的な現実に結びつける感覚の係留点としての機能を持つ。中津川駅の 「 根の上そば 」 が刻んできた122年の歴史は効率化の先に生じる人間性の回復という課題に

具体的な形で応えてきた。

 

移動の負担が軽くなる一方、現代人はデジタル空間で細分化され管理される心理的な圧力を抱えている。疲れた身体が求めるのは湯気の立つ茹で上がりの麺、熱いつゆの香り隣に立つ見知らぬ他者の存在感だ。情報の重みが失われた時代立ち食いという不自由な姿勢は

自らの存在を物理的に確認する手段となっている。

 

駅そばのカウンターは、管理社会の徹底した監視から一時的に離れ身体感覚を呼び戻す場として残る。効率や安全に覆われた都市のなかで、 自分の身体を地面に結びつける場所を見出すことは、 これからの移動空間における自律的な行動の中身を示しているのだ。

 

 

身体を地上に結ぶ行為

 

「 駅そば 」 の歴史と意義。

 

2026年の移動はかつてないほど滑らかで無機質なものになった。自動化された乗り物や情報の統合は身体が感じる摩擦をほぼ取り去った。しかし同時に「 ここにいる 」 という実感は薄れている。中津川駅の 「 根の上そば 」 が姿を消したことは効率や合理性を追求するあまり土地の匂いや滞留の時間を人が手放した現実を示している。

 

駅そばで立ち食いをする行為は、管理された時間の流れに少しだけ抗うものだ。熱いつゆを啜り、喉を通る感触を意識する。ほんの一瞬でも、自分が情報網の一部ではなく、血の通った身体を持つ存在であることを思い出す。原材料費の高騰や経営の効率化という圧力が増すからこそ、あえて立ち止まり、不安定な足元で食事をする時間には意味がある。

 

私たちは目的地に早く着くことを優先するあまり、移動の途中にあるささやかな豊かさを見落としがちだ。だが身体が求めるのは、ただの効率ではなく、場所と結びついた感覚である。数分であっても構わない。移動の合間に立ち止まり、重力と自分の身体を意識しながらそばを口にすること。その行為が、加速する社会のなかで、自分自身を地面に繋ぎ止めるひとつの方法になるはずだ。

 

( 伊綾英生 ( ライター ) )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選挙権 「 18歳以上 」 引き下げ10年

過去の国政選挙では19歳で投票率急落傾向 ・・・

「 若者1票投じて 」 選管苦心

 

読売新聞オンライン 2026年2月7日(土)

 11時22分 配信

 

立会人の学生 ( 左2人 ) が見守る中、期日前投票する学生

( 4日、福岡県久留米市の久留米大で )

 

選挙権年齢が 「 18歳以上 」 に引き下げられてから今年で10年となる過去の国政選では、 10歳代の投票率が低迷し特に19歳で急落する傾向が続いている。今回の衆院選 ( 8日投開票 ) でも各地の選挙管理委員会などは、若者に1票を投じてもらおうと苦心する。

 

 

国政選投票率の推移

 

「 もったいない 」

 

4日、福岡県久留米市の久留米大学内に設けられた期日前投票所。学生たちが、投票に訪れた人に投票用紙を渡すなどしていた。

 

市選管は、国政選で初めて18歳選挙権が導入された2016年の参院選から同大に期日前投票所を設けている。運営も学生に協力を求めこの日も11人が応じた。参加した1年の角田倫華さん (19) は投票に行く予定で、「 若者も選挙の権利があるのに投票しないのはもったいないと思う 」 と話す。

 

市選管によると昨年の参院選で市全体の投票率は53. 37%だったが

10歳代は43. 89%にとどまった。年齢別では18歳は48. 34%19歳は39. 35%で1歳差で大きく違った。

 

全国でも同じ傾向だ。1819歳が参加した過去7回の国政選 ( 選挙区 ) では18歳の投票率は3~5割台19歳は2~4割台に低迷。特に19歳は18歳の投票率より毎回低く24年衆院選ではその差が18ポイントも開いていた。

 

主権者教育に詳しい東洋大の林大介准教授 ( 公共政策学 ) は 「 18歳は初めての選挙で、学校でも投票を促されるが19歳は進学や就職などで忙しくなる。住民票を移さないまま大学進学などで転居し、遠隔地で投票がしにくくなるケースも多い 」 と指摘する。

 

 

「 センキョ割 」

 

投票へのきっかけ作りを行う大学もある。

 

福岡市の福岡女学院大では授業の一環で、若者の投票率向上に取り組む。投票者が地元の商店で割引を受けられる 「 センキョ割 」 を企画するほか投票の手順や期日前、不在者投票の方法、投票先を選ぶための手段などを紹介する資料 「 主権者ナビ 」 も作った。

 

学生は、 資料を閲覧できるQRコードを載せたチラシを学内の図書館やカフェに設置した。担当した3年、橋本光優 ( みゆ ) さん (21) は 「 選挙のことが分からずに戸惑って投票所に足が向かない人も少なくない。公約などを見れば自分に関わるテーマも多い。選挙は自分の未来を考える機会と呼びかけていきたい 」 と語った。

 

 

受験生にも啓発

 

今回の衆院選は36年ぶりに2月に投開票され、受験シーズンと重なる。10歳代の投票率低下に拍車がかかる恐れがあり各地の選管などが受験生に配慮しながら啓発に取り組んでいる。

 

長野県松本市選管は投票所入場券の発送と合わせて昨年の参院選の後に新たに18歳となった約1300人に「 そうだ!選挙に行こう!」 と記したはがきを送った。百瀬誠事務局長は 「 はがきなら届いても受験生の負担にならないと考えた 」 と話した。

 

鹿児島市の 「 鹿児島高等予備校 」 ( 秋元達也校長 ) は「 勉強に集中してもらいたい 」 として口頭での呼びかけはしないものの校内の掲示板に 「 あなたの確かな一票を 」 などと記した鹿児島県選管のポスターを貼っているという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 大阪トリプル選挙 】

「自民 vs 維新」怪奇バトルの裏側を突撃取材!

 

週プレNEWS 2026年2月7日(土)

 7時04分 配信

 

演説を行なう吉村洋文前府知事 ( 右 ) と横山英幸前大阪市長 ( 左 )

 

 

高市早苗首相による解散・総選挙宣言に乗じて日本維新の会代表の吉村洋文氏から飛び出たのは大阪府知事選、市長選の出直しダブル選挙だった!

 

 

                            吉村前知事の演説で掲げられる 「 嘘つき 」 プラカード

 

 

突如異例のトリプル選挙に突入した大阪。連立を組んではいるけど、大阪では仇敵同士――そんな自民と維新の複雑な関係が、選挙の現場にただならぬ緊張感をもたらしているようで......。思惑渦巻く現地を突撃取材!

 

 

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【 選挙準備が間に合わない 】

大阪の選挙シーンが大混乱に陥っている。衆議院選挙に加え、 大阪維新の会が大阪府知事選、 大阪市長選のダブル出直し選挙を仕掛け、 投開票日がそれぞれ2月8日に集中する前代未聞のトリプル選挙になったためだ。

 

トリプル選の最初の火ぶたが切られた大阪府知事選の告示日 ( 1月22日 ) に、大阪市選挙管理委員会を訪ねてみた。

 

そこで耳にしたのは「 選挙準備が間に合わない 」 という悲痛な叫びだった。

 

「 普通は突然の解散による衆院選でも1ヵ月弱、日程がわかっている統一地方選などでは半年前くらいからじっくり選挙準備を進めるものなんです。

ところが、今回は3つの選挙が不意打ちのように突然やって来た。なんの準備もできていないことが本当につらいですね 」 ( 選管スタッフ )

 

府知事選の場合、吉村洋文知事が辞意を表明したのが1月15日。出直し選の告示日が1月22日だから、選管に与えられた準備期間はわずか1週間しかなかった。

 

その結果、どうなったか。

 

「トリプル選では掲示板が1ヵ所に3枚、つまり通常の3倍必要になるので、設置場所を3分の1に減らして対応したのですが、それでも知事選用の掲示板は22日の告示日までに間に合いませんでした。

 

また、各家庭に届く投票案内状も間に合いません。いつもは期日前投票開始日までに届くよう準備するのですが、今回は投票日までに届くことを目標に動いています 」

 

ただ、各政党からは大きな不満は出ていないらしい。なぜか?

 

「 実はあまりに急だったため、告示日までに府知事選の吉村候補の選挙ポスターの印刷が間に合わなかったんです 」 ( 大阪維新の会・森和臣 [ かずとみ ] 選対本部長 )

 

掲示板もなければ、張るべきポスターもない。本当に異様な選挙光景だ。

 

それにしても維新サイドはどうして、ろくに選挙準備ができないことがわかっていて、トリプル選挙に打って出たのか?

 

大阪府議会関係者がこうささやく。

 

「 出直しダブル選の表向きの理由は、過去2度にわたって否決された大阪都構想の是非をいま一度有権者に問うというもの。

 

ただ、裏の理由もある。府知事選の告示は1月22日で、衆院選の公示は1月27日。出直しダブル選をやることで、維新はほかの国政政党より5日間、早く選挙戦に突入できる。

 

その間、発信力のある吉村知事が府知事選の名目で府下の衆院選挙区を回り、維新候補の票を掘り起こそうとしているんです 」

 

今、維新は 「 国保逃れ 」 で批判を浴びている。同党の地方議員6人が一般社団法人から役員報酬を受け取り、 議員報酬ではなく、 それよりも大幅に低額の役員報酬を基準とした社会保険料を支払うことによって、 意図的に国民健康保険料 ( 国保 ) の支払いを回避する、 という脱法的行為に手を染めていたのだ。

 

「 出直しダブル選でこのスキャンダルをうやむやにしつつ、党勢にブーストをかけようと狙っているのでしょう 」

 

【 吉村前知事の演説で目立つ " アンチ " 】

ただ、衆院選よりひと足先にスタートした府知事選、市長選共に演説会は荒れモードだった。まずは府知事選挙戦初日、吉村前知事の第一声となる大阪難波・髙島屋前での演説会。

 

選挙カーを中心にぐるりと鉄柵が張られている。そこに入れるのは入り口で手荷物検査を受け、入場シールを衣服に貼った人だけという物々しさだった。

 

その周囲には 「 嘘つき 」 「 組織的国保逃れ 」 「 NO吉村 」 などと書かれたプラカードを持つ人たちがいた。彼らは維新の出直しダブル選に批判的だ。

 

「 都構想にもう一度挑戦させてください!」

 

吉村知事の訴えに「 いつまで言うてんねん 」 「しつこいぞ、吉村!」 とヤジと罵声が飛び交う。

 

その後の天王寺駅前での演説会でも同じような光景が繰り返された

 

吉村前知事が選挙カーの演台に上った途端、聴衆から一斉にヤジが起こる。「 国保払え~!」 「 ( 出直しダブル選の ) 費用28億円!」 嘘つき! イソジン!」 との大合唱に、 ついに吉村知事も頭にきたのか、 こう気色ばむ。

 

「 ( 演説の ) 妨害はやめろ! なんで妨害するんですか!」

 

大阪では絶大な人気を誇る吉村知事だが、 これだけボロカスに言われるシーンは珍しい。

 

演説会を遠巻きに見ていた30代女性が言う。

 

「 これまでも都構想を問う2度の住民投票の前に、橋下 ( 徹 ) さんや松井 ( 一郎 ) さんの演説を聞きに行っていました。そのときと比べると聴衆の数が少ないことにびっくりしています。あの頃の維新を取り巻いていた熱気はなくなっていますね 」

 

別の40代女性もこう言う。

 

「 以前はこんなアンチの人々はいませんでしたよ。怒声を上げて危険な印象があるけど、ヤジの中身はけっこうまともだし。そもそも、3度目の住民投票なんて話は聞いたことがない。

 

だって、吉村さんは2度目の住民投票で敗北したとき、もう住民投票はやりませんと明言していたはず。あの言葉は全部嘘だったの?って感じです 」

 

府知事選に立候補した納藤保 ( なっとう・たもつ ) 候補 ( 44歳 ) も遊説で感じた大阪の有権者の変化をこう表現する。

 

「 私が演説で『 ほかにやるべきことがいっぱいある。都構想なんて論じている場合じゃないんだ 』と維新の都構想を批判すると、途端に大きな拍手が起こるんです。びっくりです。みんな、3度目となる都構想話には反対しているんだなと感じています 」

 

同じく府知事選に出馬した大西恒樹 ( つねき ) 候補 ( 61歳 ) もこううなずく。

 

「 大阪都構想のように、大規模な開発を想定した政策はもう完全に時代遅れ、終わっています 」

 

3度目の都構想実現に挑む維新の動きに不信を示す大阪府民は少なくないようだ。こんな調子では本番の衆院選で前回と同じく、維新が府内19選挙区全勝をコンプリートできるのか、怪しく見えてくる。

 

実は維新の 「 出直しダブル選挙で衆院選にブースト 」 作戦に、あまり知られていないもうひとつの " ブレーキリスク " が潜んでいる。前出の府議会関係者が言う。

 

「 市内の東住吉区はトリプル選挙どころか、クワッド選挙となっていることはあまり知られていません。衆院選で大阪2区に出馬するために、東住吉区選出の高見亮 ( りょう ) 市議 ( 維新 ) が辞職し、補選が行なわれるためです。

 

ブーストが不発に終わりこの補選で高見市議の後釜候補が落選するようなことがあれば吉村知事らが狙う大阪都構想がストップする恐れがあるんです 」

 

大阪市議会の定数は81。維新は過半数ギリギリの41を確保していたが、高見市議の辞職で欠員となり、市議会は与党の維新40、その他の野党40で均衡することになった。

 

「 都構想は市議会が設置する法定協議会で論議の上つくることになっています。野党は維新の都構想に猛反対している。だから、東住吉区の補選で野党が勝利して41人の多数になれば、当然、野党は法定協議会の設置を否決する。そうなれば、都構想はそこでストップということになるんです。

 

維新としては来年春の統一地方選で勝利し、再び市議会の議席を過半数に回復させるしか手がなくなる。つまり、この出直しダブル選で吉村、横山の両氏が当選しても無意味になってしまうんです 」

 

【 杉田水脈氏の擁立に大阪・自民は反発 】

1月27日に公示となった衆院選も異様なムードで進んでいる。

 

その原因は連立を組む自民と維新が一切の選挙調整をせず ガチンコ勝負しているためだ。大阪の19小選挙区の各区で両党の候補が激しいつばぜり合いを演じている。

 

大阪の自民関係者が言う。

 

「 大阪・自民にとって維新は絶対に許せない天敵なんです。維新は

もともとは自民出身の地方議員らが中心になってつくった政党で、いわば身内。それが自民をぶっ壊すと宣言し、実際に大阪の自民を壊滅状態にまで追い込んだ。大阪・自民の国会議員は、15区で比例復活した島田智明衆院議員1人のみです。

 

永田町では連立のパートナーとして付き合っていけるでしょうが大阪は別。『 いまさら維新なんかと一緒にやれるかい!』というのが大阪自民関係者の共通の思いなんです 」

 

別の自民関係者も、維新と選挙協力する気はさらさらないと言う。

 

「 もし、党本部から維新との選挙協力の指示が来たら、自民党を離党して無所属での出馬に突き進む候補がたくさん出てもおかしくないと思います 」

 

そんな大阪自民の空気を象徴するのが、松川るい自民大阪府連会長のこんな言動だ。

 

「 松川会長は高市早苗首相や党幹部らに、衆院選では連立相手だからといって維新候補の応援に行かないでほしいと要請したんです。高市首相が応援すると 天敵の維新候補に自民票が流出しかねないと懸念してのことです。

 

あまりの反発の強さに 高市首相は衆院選中の大阪入りそのものを見送る調整をしています 」 ( 全国紙政治部デスク )

 

こうした自民の維新アレルギーは、党本部の候補者選びへの不満となって表れている。その一例が、大阪5区での杉田水脈 ( みお ) 候補擁立への反発だ。

 

「 5区は立憲民主党と公明党による新党『 中道改革連合 』( 以下、中道 ) が候補を立てず、公明票は人物本位で投票先を決めることになっていた。そして5区での自公の関係は比較的良好なんです。つまり5区ではそれまでの協力関係を評価し、公明は自民候補に票を回す可能性がありました。

 

ところが、 党本部が擁立したのはよりによって超タカ派の杉田さん。これでは中道を自任する公明は票を回せない。実際にその後、 公明は5区では自民と協力しないと宣言してしまった。

 

そのため公明票が自民に乗らない分、天敵の維新候補が有利になったんです。できれば杉田さんではなく、穏健保守の候補を擁立してほしかった 」 ( 前出・大阪自民関係者 )

 

一方で、維新もまた連立パートナーの自民に神経を逆なでされ、 ストレスをためている。それが大阪2区での元維新と現維新同士のバトルだ。

 

2区では維新を除名となり自民から推薦を受ける守島正候補 ( 無所属

・当選2回 ) と、 前大阪2区支部長で前出の高見候補 ( 維新・新人 ) が激突する。

 

「 ふたりは共に大阪維新の政調会長を務めたエリート。ただ、守島氏は維新の党運営を不満として離党・除名処分となり、 その後に自民会派入りした。その不満分子を自民は推薦して2区に送り込んできた。

 

維新としては心穏やかではいられない。維新もまた、自民のこの挑発的な擁立行動に内心ではコノヤローと毒づいているはずです 」 ( 前出・政治部デスク )

 

維新の高見候補を直撃したところ、こうファイトを燃やしていた。

 

「 守島さんとは共に都構想の政策をつくってきた仲。食事にもよく一緒に行っていました。それが別々の党の候補として議席を争うことになるなんて本当に残念です。

 

とはいえ、2区で守ってきた維新の議席を失うことはできない。衆院選ではしっかりと守島さんを倒しにいきます 」

 

連立のパートナーががっぷり四つに組んで争う大阪選挙区は、 混乱の様相を呈しながらもほかの地域とはひと味違った熱を帯びている。その行方に注目だ。

 

取材・撮影/ボールルーム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国人旅行客激減で京都人は

「ずっとこのままがいい」

ホテル支配人は

「ドライヤーが盗まれることもしばしばだった」

 

デイリー新潮 2026年2月6日(金)

 5時55分 配信

 

春節で中国人と思しき旅行者でにぎわう高山エリア

 

高市早苗首相による “ 台湾有事 ” 発言を機に、かの国で日本への渡航自粛が要請されているのはご存知の通り。さらに中国政府は1月26日

2月中旬から始まる春節の連休に向けて、改めて訪日自粛を呼びかけた。肝心の観光地では、いま何が起こっているのか。

 

 

「 中国人は雪の中にポイ捨てする 」 白川郷の惨状

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*     *     *

 

 

「 ありがたいことに、自粛になってから、中国人の団体ツアーの姿はパタッと見かけなくなりました 」

 

そう声を弾ませるのは、京都の花街、祇園町南側地区協議会の太田磯一幹事だ。

 

昨年11月に中国政府が自国民に要請した、日本への渡航自粛。インバウンドに頼り切った日本の経済政策ゆえ、 大ダメージ必至かのように喧伝されたのはご記憶だろう。日本政府観光局の発表によれば、 昨年12月の訪日中国人は、前年同月比で45%減となっている。団体旅行客がめっきり減ったのはたしかなようである。

 

 

 

 

太田氏が続ける。

 

「 個人旅行の方は今も来てはると思いますが、彼らは悪さをしませんね。以前のような路上のタバコの吸い殻はなくなったし、白タクも減った。車道の真ん中で騒ぎながら写真を撮る人もいない。無許可で舞妓さんの写真を撮ろうと、追いかける人もいなくなりました。中国からの団体客は、もともとお金は落とさんと、迷惑を残していくだけだったんですよ。地元の人はみんな “ ずっとこのままでいい ” と言うてはります 」

 

 

「 静かな嵐山になってなにより 」

 

 

 

同じく京都の名勝地で屋形船業を営む 「 嵐山通船 」 の小島義伸社長が語る。

 

「 これまで観光客の3分の1は中国人でしたが、今の嵐山に中国人はほとんどいません。敷地内に勝手に入ったり、 モミの木の枝を折ったり

やたらとツバを吐いたりするのは、だいたい中国人でした。今は代わりに韓国人の観光客が増えていますし日本人も戻ってきました。静かな嵐山になってなによりですよ 」

 

 

 

 

同じく中国人人気の高い北海道に目を転じてもらおう。

 

われわれの組合に加盟している札幌の122軒のホテルや旅館のうち中国人のお客さんを受け入れていた宿泊施設は8割でした 」

 

そう語るのは、札幌ホテル旅館協同組合の安藤雅信理事長。

 

「 高市さんの発言の直後に取ったアンケートではこの8割のうちキャンセルが出ているとしたのは31%。現在では中国からのお客さんは例年の4割になっています」(同)

 

一見、手痛い損害が出ていそうだが、

 

「 すでに2カ月以上が経過しており、各ホテルは受け入れの国や旅行会社を変えるなどして対応しています。現在は他国のお客さんで部屋が埋まり、稼働率は例年並みです 」 ( 同 )

 

 

「ドライヤーがなくなることもしばしば 」

 

東京はどうか。観光客でごった返す浅草のさるホテルの支配人が言う。

 

「 これまで3割ほどが中国の方でしたが、現在は1割いくかいかないか。うちでは他国の方を増やすために、例えば1万円だった客室単価を8000〜9000円にしていますので、売り上げ自体は若干、下がりましたね。とはいえ、中国人が減って残念だなという気持ちは湧きません 」

 

なぜかといえば、

 

「 なにしろチェックアウト後の室内が汚い。カップ麺の汁が入ったままの容器が床に置きっぱなしになっていたり、買い物をした袋や箱が散乱したままだったり。備品もよく持っていかれます。シャンプーやメモ帳、靴ベラやコップぐらいならまだ安いものですが、ドライヤーがなくなることもしばしばでした。連絡がついたときにはすでに帰国していて、こちらは泣き寝入りでしたから 」 ( 同 )

 

一方、自粛前後で、特に変化がない観光地もある。後編では、今も中国人観光客による問題行為に悩まされているという人々の証言を紹介する。

 

「 週刊新潮 」2026年2月5日号 掲載

 

 

 

 

 

 

 

 

「中国人に依存していたらひどい目に遭うと実感」

中国人観光客が起こす数々のトラブル

路上で用を足し

「 ぽつりぽつりと ” 残骸 “ が ・・・ 」

 

デイリー新潮 2026年2月6日(金)

 

春節で中国人と思しき旅行者でにぎわう高山エリア

 

高市早苗首相による “ 台湾有事 ” 発言を機に、かの国で日本への渡航自粛が要請されているのはご存知の通り。さらに中国政府は1月26日

2月中旬から始まる春節の連休に向けて、改めて訪日自粛を呼びかけた。肝心の観光地では、いま何が起こっているのか。

 

*     *     *

 

 

         「 中国人は雪の中にポイ捨てする 」 白川郷の惨状

 

 

 

 

前編では、中国人観光客の減少に対して、京都や浅草などで観光業に就く人々の本音を紹介した。

 

一方、自粛前後で、特に変化がない観光地もある。金沢から車で1時間半ほどの距離にある景勝地白川郷のさる民宿の女将 ( おかみ )

 

「 うちでは1割が中国からのお客さんですが、白川郷全体としても、特に中国人が減ったという感じはしません。今もテイクアウトのお店にはすごい行列ができていますよ 」

 

 

「 ぽつりぽつりと用を足した “ 残骸 ” が ・・・・ 」

 

ここでも、嘆かわしい事態が起きている。

 

「 常に道路にはゴミが落ちているし、毎年雪の中に空き缶や食べ物の包み紙が捨てられています。春になって雪が解けると、そうしたゴミが地面に散らばるんですよ。さらに、私有地の新雪にダイブして倒れ込むかと思えば、人のお墓に登ったりすることもあります。自粛の影響は感じませんが、自粛が解除されてさらに人が増えたらどうなるか、不安を覚えるほどです 」 ( 前出の女将 )

 

また北海道でも、幻想的な青い池に立ち枯れのカラマツで知られる美瑛は “ 通常運転 ” だとか。この地で農家を営む男性が明かす。

 

「 人気のある『 クリスマスツリーの木 』は、最寄り駅から2~3キロのところにあります。タクシーなどないので、中国人はスーツケースをガラガラ引いてぞろぞろ歩いている。地面も凍結していて、歩くと結構時間がかかるので、どうやら途中で “ 催す ” ようなのです 」

 

駅からツリーの道中には、

 

「 ぽつりぽつりと用を足した “ 残骸 ” が落ちています。ある農家の人は、自分の納屋に行くと、見知らぬ中国人が用を足しているのに出くわしたと言っていました 」 ( 同 )

 

ここまでの話を総合すると、自粛要請以降もたいして変わらないあるいはやや売り上げでダメージがあっても現在は立て直しに成功した

というケースが多い。

 

「 コロナ禍で中国の観光客が来られなくなり、打撃を受けた教訓があります。ほとんどの宿泊施設や観光業態では、一つの国や地域に偏らないよう、工夫しているのです 」 ( 札幌ホテル旅館協同組合の安藤雅信理事長 )

 

 

「 中国人に依存していたらひどい目に遭うという実感 」

 

 

 

 

しかし今回、訪日中国人に依存したビジネスであっけなく崩壊した例もある。

 

「 うちはほぼ中国の団体客で客室を埋めていたので目下 “ 全滅 ” 状態です 」

 

とは、富士山を望む山梨・河口湖のホテル経営者の弁。

 

「 ツアーというのは3カ月ぐらい先まで決まっているので、昨年11月にキャンセルが相次いでから、すぐに他国の団体客を呼ぶのは難しい。現在は韓国や台湾、タイからのお客さんを入れて、なんとかしのいでいる状況です 」 ( 同 )

 

なぜ中国の団体客に客を絞っていたのか。

 

「 大人数をまとめて管理できてラクだったんです。それでも、この先も中国人に依存していたらひどい目に遭うという実感はありました例えば食堂のバイキングで、エビの天ぷらを揚げると、バッと集まって一人で6個も7個も取っていく。それを3個も4個も残したあげく元の大皿に戻すのです。大浴場では浴槽のなかで髪の毛を洗うなんてこともあった。それでいて、口コミサイトには “ このホテルはサービスが悪い ” などと書き込むのだから始末に負えません 」 ( 同 )

 

 

「 中国のツアー客がいなければここにします 」

 

むろん、こうした客と同宿したいと望む者はなく、

 

「 これまで台湾をはじめ、他の国の旅行会社は “ 中国のツアー客がいなければここにしますが、いるならやめておきます ” と言っていた。うちとしても今後は台湾や韓国、東南アジアなどの地域からのツアーを積極的に呼び込んで、経営を成り立たせるつもりです。いずれにしろ中国依存のやり方を見直さないといけなかったのだと思います 」

( 前出のホテル経営者 )

 

かの国の思惑はいざ知らず、渡航自粛は “ 願ったりかなったり ” というべきか。

 

前編では、中国人観光客の減少に対して、京都や浅草などで観光業に就く人々の本音を紹介している。

 

週刊新潮  2026年2月5日号掲載