大阪ミナミの山小屋(別館)だより

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恩師の日 ( 「 仰げば尊し 」 の日 ) 3月24日

 

京都府八幡市の山中宗一氏が制定。

 

日付はこの頃に卒業式が各学校などで行われることから3月24日とした。学校時代の先生はもちろん、人生の中で師と仰ぎ 「 恩師 」 と呼べる人に 唱歌『 仰げば尊し 』の歌詞のような感謝の気持ちを込めてお礼の手紙を書く日。恩師への感謝の思いを忘れることなく生きて行こうとの願いが込められている。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

 

 

『 仰げば尊し 』について

 

『 仰げば尊し 』は、1884年 ( 明治17年 ) に発表された日本の唱歌である。卒業生が教師に感謝し学校生活を振り返る内容の歌で 特に明治から昭和にかけては学校の卒業式で定番の曲として広く歌われ親しまれてきた。2007年 ( 平成19年 ) に 「 日本の歌百選 」 の1曲に選ばれている。

 

その歌詞は以下の通り。

 

1 仰げば 尊し 我が師の恩

  教 ( おしえ )  の庭にも はや幾年 ( いくとせ )

  思えば いと疾 ( と )  し この年月 ( としつき )

  今こそ 別れめ いざさらば

 

2 互 ( たがい )  に睦 ( むつみ )  し 日ごろの恩

  別 ( わか )  るる後 ( のち )  にも やよ 忘るな

  身を立て 名をあげ やよ 励めよ

  今こそ 別れめ いざさらば

 

3 朝夕 馴 ( な )  れにし 学びの窓

  蛍の灯火 ( ともしび ) 積む白雪 ( しらゆき )

  忘るる 間 ( ま )  ぞなき ゆく年月

  今こそ 別れめ いざさらば

 

リンク:Wikipedia

雑学ネタ帳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 恩師の日 」の意味・由来とは?

 

3月24日は 「 恩師の日 です。「 恩師への感謝を忘れることなく生きていこう」 という願いを込めて、京都府八幡市の山中宗一氏によって制定されました。

 

日付は、3月24日やその前後が各学校の卒業式シーズンであることが由来です。唱歌『 仰げば尊し 』の歌詞にちなんだ記念日であることから、「『 仰げば尊し 』の日 」 とも呼ばれています。

 

恩師のことを思いながら、 感謝の手紙を書くことが 「 恩師の日 」 の目的のひとつ。記念日に特化したイベント・キャンペーンは少ないものの、卒業する人々に向けたニュースリリースを発信したり、教育機関にまつわるサービスのプレスリリースを出したりといった広報に活かせるでしょう。

 

記念日は、一般社団法人・日本記念日協会により認定、登録されました。

 

リンク:PR TIMES

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  世界気象デー(3月23日)

 

世界気象機関 ( World Meteorological Organization:WMO ) が発足10周年を記念して1960年 ( 昭和35年 ) に制定。

 

国際デーの一つ。英語表記は 「 World Meteorological Day 」。日本語では 「 世界気象の日 」 とも表記される。

 

1950年 ( 昭和25年 ) のこの日、世界気象機関条約が発効し、WMOが発足した。翌年、気象学 ( 気象と気候 ) およびオペレーショナル水文学など、これらに関連する地球物理学の分野における国際連合の専門機関として登録された。

 

 

世界気象機関 ( WMO )

 

 

WMOは、気象事業の国際的な標準化と改善および調整、並びに各加盟国・地域間における気象情報・資料の効率的な交換の奨励を主な業務としている。本部はスイスのジュネーヴにある。

 

2020年 ( 令和2年 ) 3月時点で、世界の186ヵ国と6地域が参加している。日本は1953年 ( 昭和28年 ) に加盟した。日本の気象庁は、WMOや各国の気象機関と協力しながら、気候変動対策などの課題に取り組んでいる。

 

この日には、気象知識の普及や国際的な気象業務への理解を促進するため、毎年キャンペーンテーマを設けてイベントなどが開催される。2018年 ( 平成30年 ) のテーマは 「 気象・気候への適切な備え 」 ( Weather-ready, climate-smart ) であった。

 

リンク:WMO、気象庁、Wikipedia

雑学ネタ帳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月23日は「 世界気象デー 」

 

世界気象機関 ( WMO ) が、発足10周年を記念して1960年に制定した国際デーのひとつ。

1950年のこの日、世界気象機関条約が発効し、WMOが発足したことにちなんでいます。

 

気候変動は、私たちの文明全体に対する現実的で否定できない脅威です。

その影響はすでに目に見えており、私たちが今行動しなければ、壊滅的なものとなります。

 

2025年のテーマは 「 力を合わせて早期警戒のギャップを埋めよう “ Closing the Early Warning Gap Together ” 」。

# WorldMetDay

 

リンク:長野県地球温暖化防止推進センター

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

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  世界水の日(3月22日)

 

1992年 ( 平成4年 ) 6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された 「 地球サミット 」 ( 環境と開発に関する国連会議 ) の21世紀へ向けての行動計画 「 アジェンダ21 」 で提案された。そして、同年12月の国連総会で決定し、翌1993年 ( 平成5年 ) から実施されている。

 

国際デーの一つ。英語表記は 「 World Day for Water 」 または 「 World Water Day 」 。水資源の開発・保全やアジェンダ21の勧告の実施に関して普及啓発を行う日。また、 水の大切さや、 きれいで安全な水を使用できるようにすることの重要性を世界中で考える日である。

 

 

世界水の日

 

 

 

 

国連は加盟国に対して、この日に各国で活動を企画するよう薦めており、水や水資源の持続可能な開発に関連する取り組みを行う国連機関も記念式典など様々な企画を催している。この日には、世界の様々な国で水の大切さを人々に知ってもらうための会議やセミナー展示会などが開催される。

 

日本では8月1日が 「 水の日 」 、水の日を初日とする8月1日~7日の一週間が 「 水の週間 」 となっており、水資源の貴重さ、水資源開発の重要性などについて考える期間となっている。そのため、この 「 世界水の日 」 は、世界的な観点からもう一度、水の貴重さ、大切さについて世界中の人々と一緒に見つめ直す 「 地球と水を考える日 」 としている。

 

 

 

 

 

 

 

リンク:United Nations、World Water Day

国土交通省、Wikipedia

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何色のランドセルがタイプ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ランドセルの日(3月21日)

 

ランドセルをミニサイズに加工する店 「 スキップ 」 の革細工職人・増田利正さんなど、ミニランドセルの制作者らが制定。

 

日付はこの日が卒業式の頃でありそして 「 3+2+1 」 が小学校の修業年数の 「 6 」 になることから。6年間ありがとうの意味も込められている。6年間の思い出をいっぱい詰め込んだランドセルに感謝の気持ちを表す日。

 

 

教室の机に掛かるランドセル

 

 

ランドセルについて

 

ランドセルは、日本の多くの小学生が通学時に教科書・ノートなどを入れて背中に背負う鞄である。色は男子は黒、女子は赤が主流であるが、その他、ピンク、茶、紺、緑、青などカラフルな色の物も発売されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

江戸時代 ( 幕末 ) 幕府が洋式軍隊制度 ( 幕府陸軍 ) を導入する際、将兵の携行物を収納するための装備品としてオランダからもたらされたバックパック 「 背嚢 」 ( はいのう ) のオランダ語呼称 「 Ransel 」 ( 「 ランセル 」 または 「 ラヌセル 」 ) がなまって 「 ランドセル 」 になったとされている。

 

明治時代以降本格的な洋式軍隊として建軍された帝国陸軍においても歩兵など徒歩本分者たる尉官・准士官・見習士官および下士官以下用として革製の背嚢が採用された。

 

通学鞄としての利用は、 官立の模範小学校として開校した学習院初等科が起源とされている。創立間もない1885年 ( 明治18年 ) 学習院は 「 教育の場での平等 」 との理念から馬車・人力車による登校を禁止、学用品を入れ生徒が自分で持ち登校するための通学鞄として背嚢が導入されたが、当初はリュックサックのような形であった。

 

1887年 ( 明治20年 ) 、当時皇太子であった嘉仁親王 ( 後の大正天皇 ) の学習院初等科入学の際、初代内閣総理大臣・伊藤博文が祝い品として帝国陸軍の将校背嚢に倣った鞄を献上、それがきっかけで世間に徐々に浸透して今のような形になったとされている。

 

 

 

 

リンク:Wikipedia

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