【プライベート】年始早々私に起きていたこと①祖父について | 福岡県北九州市 元保育士が教える☆息抜きしたい子育てママのためのアットホームなリボン教室 あるぺじお

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北九州市小倉南区の自宅リボン教室 あるぺじお/石橋優紀(いしばしゆうき)です

子育てのあれこれを話しながらリボンを作ってみませんか?

自宅教室の様子や子育ての話などに加えて
保育士だから、3人のママだからできるお話も
していきたいと思っています♪

 

 こんにちは!

 

北九州市小倉南区の自宅サロン

元保育士が教える☆

息抜きしたい子育てママのための

アットホームなリボン教室あるぺじお

 

講師の石橋優紀(いしばしゆうき)ですニコニコ

 

 

今回はちょっとプライベートなことを。。

 

 

ブログに残すべきか悩みましたが

私自身が前を向くため、向き合うため

やっと自分の中で消化できて来たので

少し前のことになりますが書くことにしました

 

 

※閲覧注意※

2月の末に母方の祖父が亡くなりました

その時のことについて書いています

楽しい内容ではありませんので

苦手な方はここでおしまいにすることをお勧めします

 

 

喫茶店でこのブログを書いているのですが

涙があふれてくるのを我慢しながら書くのが大変でした^^;

 

________________

 

 

年末から年始にかけて

いろいろなことが起こった我が家ですが

一番ダメージを受けたのが

大好きだった祖父の逝去でした

 

 

久しぶりに帰省した年末年始

祖父の入っている施設に行く予定だったのですが

子どもたちの相次ぐ体調不良…

 

 

ギリギリまで悩んだのですがこの時は

面会に行くことをあきらめました

 

 

今思えば私だけでも時間を作って

会いに行けばよかったのですが…

 

 

実家から帰宅して我が家に2度目の

インフルエンザパニックが襲来

 

 

やっと落ち着いたと思った矢先

叔父から連絡が入りました

 

 

祖父がもう危ないかもしれない、と。。

 

 

年始の時はボケてきてるけど

まだ会話ができると聞いていたので

とてもびっくりしたのを覚えています

 

 

すぐに母に連絡を取り夫の後押しもあり

わたしが1人で会いに行くことを決めました

(私は福岡在住、実家と祖父の施設は横浜です)

 

 

92歳という年齢もあり覚悟はしていたのですが

いざ面会してみると元気だったころの祖父の面影は薄く

意思疎通もままならない状態でした

 

 

声をかけても眠ってしまっていて

なかなか目をあけてくれません

 

 

介護士さんや看護師さんが声をかけてくださって

少し意識が戻った時

わたしや母の顔が見えたのかどうなのか

少し笑ってくれた気がします

 

 

"あぁ、もう長くない"

 

 

率直に思った感想です

でもこの時はまだ冷静でした

実感がなかったんだと思います

 

 

顔も見せられたし、と

少し安心して帰宅した2日後に

 

 

祖父の訃報を知らせる連絡が入りました

 

 

何とか日程を調節して祖父の葬儀のために

帰宅して1週間もたたないうちにまた

飛行機に飛び乗りました

 

 

葬儀には母のきょうだい、孫、ひ孫が勢ぞろいでした

祖父は体格がよく大柄で豪快だったので

親戚が集まるとよく「棺桶は特注品だね」なんて

冗談で笑っていましたが

 

 

そんな必要は全くないくらい細くやせてしまっていて

特注品じゃなくてよかったねぇなんて笑い合うくらい

みんな明るく振舞い明るくお送り出そうという感じでした

 

 

久しぶりに会う親戚もたくさんいたので私も少しはしゃぎながら

みんなで祖父とのお別れを済ませて火葬場へ向かいました

 

 

火葬場に到着し祖父が火葬されはじめた時

急に実感したんだと思います

 

 

祖父との思い出が頭の中に流れ込んできて

気が付くと目の前がかすんで見えなくなるくらい

 

 

涙があふれてきて止まりませんでした

 

 

祖父にとって私は初孫でした

母にとって祖父はわがままで自己中心的で

あまり好ましくない存在だったと思いますが

 

 

わたしにとっては会うたびに可愛いと言ってくれる

いつもいっぱい全力で遊んでくれる

 

 

大好きな大好きなじーじだったんです

 

 

孫の中でも一番かわいがってもらってたいたと

親戚みんなから言われますし自分でもそう思います

 

 

自分でもびっくりするくらい

嗚咽が止まらないくらい

こんなに涙が出るのかと思うほど泣いてしまって

しばらく落ち着くことができませんでした

 

 

あぁ、もういないんだ

もう会えないんだと思うとなかなか

涙を止めることができませんでした

 

 

みんなが控室へ向かっている一番後ろから

声を殺しながらついていきましたが

どうにも涙が止まらなくて

落ち着くまでしばらく控室の外ですごしました

 

 

お落ち着いてからはしばらく大丈夫でしたし

バタバタ自宅へ帰らないといけなかったので

思い出している暇もありませんでしたが

 

 

自分でもビックリするくらい

ショックを受けていたようで

 

 

しばらくはふとした瞬間に

フラッシュバックのように

 

 

思い出しては泣きつぶれる、という生活が続きました

 

 

何をする気も起きず仕事も手につかないので

毎日を過ごす最低限のことだけをして

からだと心を休めることに専念することにしました

 

 

なかなか調子を取り戻せずにいましたが

たまたま参加していた講座のセッションで

不思議な体験をしたんです

 

②へつづく