熊本地震で2度の震度7の激震で、98%の住宅に被害を受けた益城町。10年前の熊本地震後に知り合い、益城町に行くといつも会う友人がいます。

益城町の中心地から南東に車で約10分位の福原地区で暮らしていたエリさんです。

 

熊本地震後、自宅に住めなくなり、現在はこのような状態に。大きな頑丈な屋根が取り付けられています。

 

 

益城町では熊本地震を引き起こした布田川断層帯合計3ヶ所が、国の天然記念物に指定されました。エリさんのご自宅は谷川地区(たにごうちく)として整備され、震災遺構として見学施設になりました。

 



2016年4月14日、熊本地震・前震。エリさんのご自宅ではお皿が何枚か割れて、網戸が外れて。これくらいで済んで良かったねと、ご家族で話していたそうです。

その28時間後、4月16日深夜1時25分、本震では家全体が飛び上がったような突き上げるような揺れで、ちょっとやそっとでは動かない重い大きな食器棚がそれごと移動するなど、あらゆるものが移動し、家の中はグチャグチャになったそうです。

エリさんは揺れがおさまったあと、2階から1階に降り、玄関の扉を開けた瞬間、車が宙に浮いて見えたと。実際は、目の前に断層が現れたため、その上に駐車していた車が、闇夜だったこともあり宙に浮いて見えた、というわけです。

玄関の僅か1~2m先に現れた断層は約45m。もう一つ庭に現れた断層は約35mあり、この2つの断層が、アルファベットのVの字になって現れました。日本で唯一のV字断層、正式名称は「共役断層」と言います。日本国内のみならず世界でも珍しい断層ということで、国の天然記念物に指定されました。

 

案内図の6と7の赤い線の部分が地表に現れた共役断層です。

 

 

現場に設置されたパネルの写真。玄関の前に現れた断層です。

 

 

これまで2018年、2021年と2回、断層を見させていただきました。2度の大地震に耐えた古民家風の築150年の家は、地震発生の10年前にリフォームしたそうです。
 

中に入ると。お気に入りだった、というその家は解体され、ガランとした状態。断層の部分には頑丈な屋根が取り付けられていました。

 

 

反対側から。地面の黄色い部分に家がありました。

 

 

玄関だけが残されていました。

 

 

あちらこちらに説明が記載されたパネルが設置されています。

 



エリさんが住んでいたこの場所は、益城町の中でも風景が『ザ・田舎』です。

 

 

静かで緑が多くて、目の前に小川が流れていて、蛍が家までフワフワ~と飛んできて、そういう風景がとても気に入っていたそうです。

 


住めなくなったけど、田舎の風景にあったこの古民家風の家を解体しないでほしいと要望されていましたが、結局、傾いている小屋2棟を残して、2度の地震で倒壊しなかった古民家風の家は解体されました。私自身も家があってこそ、その断層の恐ろしさ実感して頂けると思ったのですが。

 

 

傾いた小屋と説明パネル。

 

 

以前インタビューしたとき「嫁いで4年後に地震に遭って、たった4年しか住んでなかったけど、家が無くなるというのはこういう事なんだなってしみじみ思いました」という言葉が印象に残っています。

 

断層はこのように保存され、間近に、自由に見学することが出来ます。



 

 

地震後、ずっと見学は可能でしたが、正式には2年前、2024年4月に震災遺構として「布田川断層帯 谷川地区(たにごうちく)」として整備。完成披露式典が行われ、エリさんもご家族で出席されたそうです。



熊本地震・本震で地表に現れた断層ですが、この断層が玄関先ではなく、もしも家の下だったら。「今、この世にいないですね…」とエリさん。。

自然の脅威を感じていただくことで、防災・減災の大切さを学べます。

 



近くには公園と、車が駐車出来るスペースが出来ていました。このは公園はイノシシがいる、まさに山だったそうですが、山を切り開き、町が一望できる展望公園として整備されました。


5年ぶりにこの場所を訪れたのは4月11日でした。公園の斜面に芝桜が沢山咲いていて、とても色鮮やかでした。

 

現在エリさんは、新しいご自宅で、ご家族との歴史を刻んでらっしゃいます。

 



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