NPO法人富岡町3.11を語る会
語り人 渡辺好さん

 

東日本大震災が発生する前は

高校の教師
あと1年で定年でした

 

今年4月から語り人をされ
郡山市から週に3日ほど
富岡町に通って活動されています

 

車に乗り込んでいただき
富岡町を案内して下さいました

 

 

(人口)

 

福島第一原発から
南に約9キロ

第二原発がある町で
双葉郡の中心をなす大きな町

 

原発事故前
約1万6千人が住んでいました

 

現在、住むことが出来ない
帰還困難区域は北東部で

富岡町の約30%

約4800人の町民が住んでいました

 

2017年4月
帰還困難区域を除き
避難指示が解除

 

住めることになりましたが
住民登録をし住んでいるのは
今年4月で約1000人近く 
まだ10%に満たない状況です

 

 

(お店)

 

待ち合わせは
「さくらモールとみおか」
富岡町唯一のショッピングモール

中にフードコートもあります


平日のお昼時
そして夕方6時を過ぎると
残っている弁当を買いにくる
作業員の皆さんで賑わうそうです

 

町に食堂もいくつかはありますが
町民のため、というよりは
作業員のために作られ
平日の日中のみ営業しています

 

この日は5月11日(土)
人も車も少なかったです

 

そして町中
作業員のアパートが
増えていってます

 

 

(災害公営住宅)

 

災害公営住宅は
150世帯分くらい建設されました

 

3階建ての集合住宅は
入居者でいっぱいですが
平屋と2階建ては
けっこう空き家があるようです

 

かつて富岡町には
約6300世帯ありました

 

地震・津波で
住めなくなったのは
約250世帯でした

 

原発事故後
全町避難のため戻れず


何とも出来ない
放置された状況が何年も続き
雨漏り、動物の被害etc...

 

渡辺さんの住まいも
一部損壊でしたが
住まない状況が長く続くと
カビ臭くなるなど
リフォームをしないと

住めない状態になり
解体されたそうです

 

昨年度から
住居の解体が進んでいますが
帰還困難区域の30%の世帯は
除染をしないと解体希望が出せません

 

その帰還困難区域も含め
6300世帯中
4000世帯以上は
解体されるのではと予想されています

 

原発事故さえなければ・・・

 

復旧復興のために
行政も頑張っていますが
国も含めて
パフォーマンス的なことが多い


現実はまだまだ
住める町

とは言えない状況だそうです

 

<渡辺さん>

 

 

(医療体制)

 

災害公営住宅の近くに
診療所がありますが
救急ではありません

 

昨年富岡町に出来た
県営ふたば医療センター付属病院

 

24時間365日対応
常設されているヘリコプターで
大きな病院に搬送出来ます


病院に常設しているヘリは
全国でココだけだそうです

 

福島県立医大病院まで
車で2時間~2時間半のところ
ヘリで15~20分位で
いわき市の大きな病院も 
10分位で搬送出来ます

 

<モニタリングポスト>

 

(大津波)

 

津波は双葉群の中で
富岡町が最も大きな
21.1mの津波に襲われました

 

地形などの影響で
被害は少ない方でしたが
津波で犠牲になったのは24人 
うち6人が現在も行方不明です

 

避難誘導中のパトカーが
津波に巻き込まれ
橋のたもとで
大量の土砂にまみれた状態で
発見されました

 

そのパトカーに乗っていた
40代の警察官は遺体で発見
24歳の警察官は現在も行方不明です

 

双葉警察署のすぐ隣
児童公園で被災したパトカーが
公開されていたそうですが
新たな場所で公開する準備のため
今回は見ることは出来ませんでした

 

新聞の記事から・・・

 そのパトカーの
 ハンドルは折れ曲がり、
 ワイパーが柳のように垂れ下がり

 

津波の破壊力の凄まじさを
物語っていました

 

 

(小学校と中学校)

 

富岡第一第二小・中学校
公立4校は
2011年9月に三春町に
仮設校舎を開校しました(三春校)

 

昨年春、富岡校がスタート


7年ぶりに戻ってきたのは
小学生14人と中学生3人

 

今年の入学式は
小学生の女子1人でした

 

現在、三春校と富岡校
小・中学生
あわせて45人が学んでいます

 

富岡町の教育委員会は
学習支援コーディネイターを採用
三春校に1人、富岡校に4人
子供達をサポートしています

 

今年4月からスタートした
認定子供園には
1歳から5歳まで7人通ってます
ちなみに保育士も7人です

 

*三春校に行きました
 後日ブログで改めてご報告します

 

 

(富岡高校)

 

双葉地区教育構想
画期的な教育が福島県で始まり
富岡高校はモデル校でした 

 

国際・スポーツ課を新設

JFAサッカー協会が
選抜した選手らが集い
全国大会2回出場

 

バドミントン日本代表
大活躍の桃田賢斗選手は
香川県の出身ですが
富岡第一中学校、富岡高校卒業
富岡校時代に頭角を
現してきたそうです

 

ゴルフの岸部桃子プロも
富岡校出身

 

コミュニケーションコースでは
海外にどんどん留学させるなど
画期的な教育改革で
勉強もスポーツも
英才教育に取り組み
活気に溢れていました

 

しかし・・・

 

その5年後に東日本大震災
そして原発事故で閉鎖

 

何億もかけた芝生グラウンドは
除染できない状況に陥っています

 

双葉郡の教育の灯を
絶やすことなく灯し続けたい

強い願いのもと広野町に
ふたば未来学園中学校・高校
2015年春に開校しました

 

<高台にて>

 

(メインストリート)

 

メインストリート
と言われなければ分らないほど
寂しい町並み

 

なんとか住もうと
解体の申請をしなかった
家や商店

 

こんなに家が解体され
無くなってしまうとは
思ってなかったでしょう

 

半壊以上の場合
昨年3月までに申請すれば
環境省から解体費用が出ましたが
今後は自力で
解体しなくてはならない


放射能で汚染されているので
簡単には出来ず
莫大な費用がかかります

 

ところで・・・

 

災害発生後
被災地では家人が避難し
いないことをいいことに
泥棒をはたらく不届き物がいる

 

富岡町でも
バリケードの手前に車を止めて
帰還困難区域に入り
一人で300件もの家に入ったという
泥棒が逮捕されました

 

町民の皆さんが
帰還困難区域に入れるのは
年間15回で
しかも町の許可が必要

 

なのに

許されへん
怒り爆発・・・

 

 

(地魚と地ワイン)

 

震災が、原発事故が
町を無情にも
変えてしまいました

 

少しづつ住民の皆さんが
戻ってきてはいるものの
厳しい現実が目の前に
立ちはだかっています

 

そんな中
心温まるお話を
渡辺さんがして下さいました

 

沖縄県伊是名村ご出身で
第一原子力発電所がスタートした際
エンジニアだったある男性

その後、独立して
東北エンタープライズという
会社を設立しました

 

社長を息子さんに譲り
会長になったときに
富岡町の小高い丘に
終の棲家を建てました

 

2階建ての立派なお家
さすが沖縄の方
屋根にはシーサがいます

 

でもその2ヵ月後に
東日本大震災が発生し
原発事故がおきました

 

現在はいわき市から
たまに来るだけですが
富岡町に大変協力的です

 

その家のすぐそばで
息子さんが加入している
若者の経営者の団体10人位で
力を合わせ葡萄を育てています

 

当初より大規模に開墾し
かなり広い葡萄畑 
作り始めて3年位になります

 

昨年台風で
塩害の被害を受けましたが
今年は芽吹き順調に育っています

 

特に白ワインを作る葡萄の品種を
たくさん育てています

 

なぜか・・・

 

地元のやがて揚がるであろう
お魚と白ワインで
福島に来る人をおもてなししたい


地魚と地ワインでおもてなし

お話を伺った日は5月11日
風が強くて
その小高い丘は
寒かったんですけど
心温まるお話を
聞かせていただきました

 

<葡萄畑>

 

(6/3放送 曲目リスト)
M1.山崎潤/水無月
M2.オリビア・ニュートン・ジョン/カントリー・ロード
M3.human note/うたのたね
M4.Dream/笑顔の花
M5.ダ・カーポ/野に咲く花のように