別れが
ちょっと切ないなと思っていたら・・・
電車の時間まで一緒に遊べるみたいで、嬉しい。
夢二館をめぐり、白山比瑪神社へ。
白山への道のりは一人・・・さみしいと思いながら一人で発掘作業。
何を謝るのかを考える。
そして、どう謝るかも考える。
行動はわかりやすいので、謝り方はすぐに決まる。
でも、何を謝るの??
自分に何度も問いかける。
逃げた卑怯な自分、救えなかった不甲斐ない自分が出てくる。
でもね、腰はますます痛くなる。
おかしいな・・・・
そして比瑪神社到着。
丸投げでお任せしますとおみくじを引けば、「時を待て」と出る。
自分の意思を持って引けば「すぐに実行するが吉」真逆なおみくじ。
まあ、やりたいようにするしかないですね(^^)
そして、気持ちの良い木立を下り、お茶屋さんでおいしいソフト三昧。
ご満悦で駅までLさんと一緒に行くことにこの「謝る」のテーマを
さらに掘り下げていくのだが・・・・
なんで謝るか?わからない話へ発展。
私は心から大切にしている守りたいものを守っただけ。
そしてやってもらってない事は、やってあげられない。
という事実に至った。
ああ、因果応報ってこの事だ。
客観視した時に恐ろしくなった。
私は、この事実に蓋をしてなおも謝ろうとしていたのである。
しかも、愛しい人たちを危険にさらして・・・
謝るもんか!むしろよく耐え抜いたへ変化。
自分の馬鹿な行動を止めようとする息子の気持ちも少しわかった。
この瞬間、腰の痛みが無くなった。
「ええーーーー!!」と思ったが、腑に落ちた瞬間腰痛は消えた。
これが体が仲裁に入るという事なのかと、初めてわかる。
謝りに行くことに、腰が引けていたのだと思っていた。
謝るって勇気もいるし、誰もしたい事ではない。
でも、腰を引っ張ってくれてくれていたのだ、謝りにいかないように。
まさに身をもってしったびっくり経験だった。
体は身を張って頭と心の仲裁役を買って出ている。
つまり、病気は、頭と心が喧嘩している状態なのだ。
う~~~ん、心の声を目いっぱい聞きたい。
まあ、後回しになることもあるだろうが、体とも仲良しして
愉しく毎日を過ごしたいものだ。
この後、めっちゃ睡魔に襲われつつ、金沢駅を後にして
我が家についたら、爆睡したのは言うまでもありません。
帰路の遠い、LLさんと、Kさんは、どうだったかしらねぇ~?
プチ女子会の延長戦はどこで終了したんだろう?
まさに、人は人によって磨かれる。
断捨離は、ごきげんに人を磨くツールでもある。







