終わりよければすべてよし?ブログネタ:終わりよければすべてよし? 参加中
終わりが良ければよし。
そりゃ、良い方がいいに決まってる。
誰も、自分の人生に関してバッドエンドなんか望まないであろう。

終わり(=結果と書かせていただく)

結果を出すためには、やはりそれなりの努力や忍耐が必要となる。
結果が大きければ大きいほど、それらも大いに必要となる。
時間やお金もかかることだろう。


受験生の立場となって、終わりよしで仮定し考えてみたい。


まず、受験生の場合。
終わりよし=志望校の合格
必要となるのは、上記に書いたものは最低限。
合格すれば、今までの成果を出した本人はもちろんのこと、支えてきたご家族や先生も喜んでくれることは間違いないはず。
志望校で自分のやりたいことや学びたいことをできる希望で、その先の道が輝いて見えることであろう。
何も問題はないはず。


ここで、途中経過をここで考えてみる。
志望校が難関であったり、もともと勉強が不得意である者は、費やす時間も多くなる。(2点のみ挙げさせていただいたが、その他にも頑張っている方々はいらっしゃる)
学生生活をほぼ勉強に費やした人もいる。
合格時には、結果が出せたから良い。努力が報われたのだから喜んで当たり前。

しかし、社会人になってから、老後になってから…と自分を振り返れば見えてくるものも違ってくるであろう。

もう少し、友人との学生生活を大切にした方が良かったか。
部活動を頑張るべきだったか。
恋愛しておくべきだったか。

終わりは人生の節々にあると思う。
その時、その場は良くても、また時を経たり、環境が変わったりすれば当然見え方は変わってくる。
第三者からの視点になることで、新たな気づきもあるかもしれない。


今の私に言えるのは、自分の考え方次第ということ。
これで良かったと思えるなら、終わりよし。


振り返った時に、胸を張って良かったと言えるために頑張って歩いていきたい。