いつからか、自分の好きな物のことを他者に話すときには、正直に言っても良いか・話しても大丈夫かと考えてから教えるようになってしまった。
今は、そのことを自覚できているし、過去にしていた販売業から自己開示をすることの必要性を学んでもいるので、前ほどは抵抗なくすんなりと教えることができていると思う。
そもそもの話。
好きな物を言うことに躊躇を覚えた理由は簡単。
否定されたことが、恐怖に繋がったから。
自分の好きな物を否定されると、まるで考え方まで否定されたかのように感じてしまっていたこともあった。
そのように感じていた頃は、私は人を見て判断して話すようになった。
始めにその人の好きな物を知る。
同じなら、安心して私も好きだと打ち明ける。そして、意気投合。楽しい。
違うなら、わからないなりにもその人の好きな物に関しての知識を調べるなどして理解に努める。そして、自分の好きな物のことはあまり触れずにし、必死に話題についていこうとする。違う世界を知ることができ楽しいが、ふと我に返るとこれで良いのかと罪悪感やら何とも言い表せない感情になる。
後者とは、あまり仲が続かない。
壁を作ってしまっていたのだから、当たり前といえば当たり前だが。
離れていってしまったことに、案外淋しさは覚えなかった。
何よりも、自分らしさが出せていないこと。自己喪失に陥るのではないかとの危惧を持ちながらのお付き合いだったので、その危惧がなくなったことに安心したことを今でも思い出す。
案外、自分の好きな物のことを話しても否定はされない。
どころか、本当に人間性を見てくれている人は理解しようと歩み寄ってきてくれる。
このことを、社会人になってから学んだ。
社会人になり、早いもので4年目になる。
苦しいことや悲しいことも多々あるけど、学べることもたくさんある。
個性を大切に。
好きな物は好き、の姿勢で。
胸を張って好きな物を紹介できないのは、その程度のもの。
他人に否定されたとしても、自分が好きならそれでいい。
その物を作ってくれた感謝を持っていれば、嘘はつけないはず。
言えないというのは、自分の被害妄想。
私は、好きな物を好きと素直に言える人が好きです。
私も好きな物を言えるようになり、ますますその物に愛着が湧くようになりました。
今は、そのことを自覚できているし、過去にしていた販売業から自己開示をすることの必要性を学んでもいるので、前ほどは抵抗なくすんなりと教えることができていると思う。
そもそもの話。
好きな物を言うことに躊躇を覚えた理由は簡単。
否定されたことが、恐怖に繋がったから。
自分の好きな物を否定されると、まるで考え方まで否定されたかのように感じてしまっていたこともあった。
そのように感じていた頃は、私は人を見て判断して話すようになった。
始めにその人の好きな物を知る。
同じなら、安心して私も好きだと打ち明ける。そして、意気投合。楽しい。
違うなら、わからないなりにもその人の好きな物に関しての知識を調べるなどして理解に努める。そして、自分の好きな物のことはあまり触れずにし、必死に話題についていこうとする。違う世界を知ることができ楽しいが、ふと我に返るとこれで良いのかと罪悪感やら何とも言い表せない感情になる。
後者とは、あまり仲が続かない。
壁を作ってしまっていたのだから、当たり前といえば当たり前だが。
離れていってしまったことに、案外淋しさは覚えなかった。
何よりも、自分らしさが出せていないこと。自己喪失に陥るのではないかとの危惧を持ちながらのお付き合いだったので、その危惧がなくなったことに安心したことを今でも思い出す。
案外、自分の好きな物のことを話しても否定はされない。
どころか、本当に人間性を見てくれている人は理解しようと歩み寄ってきてくれる。
このことを、社会人になってから学んだ。
社会人になり、早いもので4年目になる。
苦しいことや悲しいことも多々あるけど、学べることもたくさんある。
個性を大切に。
好きな物は好き、の姿勢で。
胸を張って好きな物を紹介できないのは、その程度のもの。
他人に否定されたとしても、自分が好きならそれでいい。
その物を作ってくれた感謝を持っていれば、嘘はつけないはず。
言えないというのは、自分の被害妄想。
私は、好きな物を好きと素直に言える人が好きです。
私も好きな物を言えるようになり、ますますその物に愛着が湧くようになりました。