その「すみません」は、「すみませんっ!」と言っているか。 | 雨留乃助、和而不同 -今日を生き、今日又反省-

その「すみません」は、「すみませんっ!」と言っているか。

資生堂の文化事業の一環「WORD」で、豊竹咲甫太夫と、鶴澤清馗さんの
素浄瑠璃を聞いたことがきっかけになって、最近「文楽」を聞きにいくようになった。
 
WORDでの、咲甫太夫と、いとうせいこうさんのやりとりの中で
「今言った「にくい」は、ほんとうに「にくい」と思っていっていますか」
という問いかけが、お稽古の間であるらしい。
 
 
「はぁ」ひとつにしても、
 
 
すっとぼけた、「はぁ」
 
 
退屈な、「はぁ」
 
 
思い詰まって、「はぁ」
 
 
いろいろある。
 
 
太夫たちは、その言葉ひとつひとつに、魂を込めて、語ってゆく。
そのための稽古であり、そのための日々であり、生活である。
そのくだりが、とてもココロに焼きついた。
 
だから、人形にその魂が伝わり、
場内の空気を、話の筋に染めてゆくチカラがあるんだろうな、と思う。
そのコトバを聞いた時から、自分はそのコトバに意志を持ってしゃべっているか、と
「意識」するようになった。
 
 
会社の電話は真っ先にでる。 
 
 
「はい、株式会社○○○です」
 
その
「はい、株式会社○○○です」に
  
「○○○にお電話下さり、ありがとうございます」
を、込める。
 
 
「いつもお世話になっております」
 
その
「いつもお世話になっております」に
 
「おつきあい下さり、誠にありがとうございます」
を、込める。
 
 
込めると、自然と、丹田から声を出すことになる。
ノドから出る、浅い発声では伝えられない、と識る。
次第に、呼吸そのもので、真意が掴めるようになってくる。
 
 
カスタマーセンターを(自ら)運営しているので
申し訳ございません」ひとつにしても、
音の振動と、わずかな呼吸の振動しか、相手の耳には届かない。
だが、意外にその「微妙な」部分は、相手に大きく届いている。
 
電話のクロージングや、その後頂くメールに、その「効果」が如実に現れる。
お客様にとって、宜しくない状況で連絡を受けているのに
「ありがとうございました」 「^^」
なんてのがくると、ほんとうによかった、と思う。
 
 
会議でも、適当にモノいっている奴と、
「ここでどうにかしないでどうすんだ!」という奴の
気持ちも、手に取るようにわかってきた。
 
 ※ 「語気」っていうことも、いずれ考えてみたほうがよさそうだ。
 
 
省みて。
自分もわかる人にはわかってしまうよな、と気が引き締まる。
自分の考えに躊躇や、戸惑いがあったら、
なんとなく、や、思いつきで言っているようでは
人には伝わらないのだ、と。
 
 
その「すみません」は、「すみませんっ!」と言っているか。
 
 
 
それを伝えようと、言ったか。