【チューニング】という、コミュニケーション能力
先日、 【インプット<アウトプット】 を書いた経緯もあるのだが、
昨日、今日と、同僚の○島と、会議の内容を踏まえての雑談と
「サービスどうするよ」を、話し合いながら、メシを食った時の事。
今日の会議も、グループリーダーや、「主要顧客はアナタじゃない! 」さんと、ガッツリやってしまった。
上だ、下だ、がどうも、相互の意識の中にあって、上からモノを言われている感覚があり
どうしても柔らかく、「オブラートにつつんだような」「咀嚼した」言い方をしない。というか、出来ない。
「ツタエヨウ」とはするが、この一ヶ月強は「引き」でモノを言う気が失せた。
「引き」で言おうが、「押し」で言おうが、伝わらんものは伝わらんし、理解されぬことは、理解されぬ、上等、故。
まぁ、ここでは往々にしてそうだった、という「道行」もあるが。
※ なんか【形骸、損】 の続きになってしまいますが。
○島が、言う。
「雨留乃助さんは、お客さんの為って思ったら譲れないから、あの勢いでくるんだもんね」
うん、そうなんだけどね。
「で、何回言っても、わからない、だから」
今日の、仕様の修正が、数ヶ月経っても、誰も疑問を持たず、現在に至っているのもそう。
でもさ、「あえて」じゃないんだよ。
おのずとチューニングされている、っていうのかな。
やさしくいったほうがいいな、とか、ここはガッツリいかなあかん、とか
相手によって、こっちは「響く」ように、反応しているだけなんだよな。
「それは、雨留乃助さんとフィーリングがあうっていうんじゃないの?」
うーん、そういうものでもないように思うのだが、そういうものか?
大切なことなんだ、というのを、熱情や勢いで伝えようとするところは、確かにある。
ある種の、プレゼンテーション能力って言ってもいいんじゃないのかな。
それから、「仕事」という、或る共有意識、ここで言えば「顧客サービスなんだから、利用する顧客の立場で考えて動け」の上で、モノを考え、伝え、意見を交換してゆくわけだ。
この人は語気が強い人だから、とか、この人の顔は怖いから、とか、そういう問題ではないんじゃないか、と思っている。
のだけれど、そうなのかな。
でも、「本当に」「理解できるように」「ツタエヨウ」とするには、相手が「受信」できる周波数に合わせていかないと、伝わらないのだよな、とココロの何処かでは、思う。
みんなで共有して、やってゆかなくちゃならないことだ。
なら、ちゃんと「伝わら」なくちゃ。
相手の「受信できる」、周波数、言語、容量で、此方の「情報」を渡してゆかないと、その「理解量」は低くなってしまうだろう。
でも、どこまでやっていったらいいのかな。
会議の時のような「平均値」でもってやってゆく時など、何と何と何を掛け合わせて、平均値にすればいいんだ?
それが思いやり、っていうのかな・・・。
とはいえ。
どうにしても伝わらないってのは、どうすりゃいいのだか。
うちの、もうひとつの軸プロジェクトの、定期的に打ち合わせに来る美容業界の方に
「雨留乃助さん、痩せたんじゃないですか。顎の輪郭がよりくっきりと・・・」
、と。
奥歯を噛み締める回数が、増えたせいでしょうかね・・・。
自分にはもっと、人としての思いやりや、ゆとりが必要なのでしょう。