心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー -77ページ目

心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー

あちらこちらを楽しく旅してみたいと思っています。

趣味の写真を中心として旅先情報などをお届けします。

ミラノのサン・マリア・デッレ・グラツィエ教会には、有名なレオナルド・ダ・ヴインチの描いた「最後の晩餐」の絵があります。

長い年月の間に多くの画家が描い足したものを最近、削除して純粋にレオナルド・ダ・ヴインチの描いたものを再現しました。

多くの観光客が見に来ることによる絵画の劣化を恐れ、入場制限を実施していました。

予約制ですが、一度の入場数が20名とあって、我々は9時10分入場組と午後2時入場組に分かれてしまいました。

教会の食堂にかかっていたので、他の部屋への通路をつくるときにレオナルド・ダ・ヴインチが描いたキリストの足の部分をカットしてしまうという大失態も侵しています。

見学時間は僅か15分でしたが、レオナルド・ダ・ヴインチの絵画を十分堪能しました。

キリストの左右にそれぞれ6名の弟子を配し、立体的な画法で描いています。

  

ミラノ市内の写真です。肝心の最後の晩餐の絵画は撮影禁止でした。

  

スフォルツェスコ城   スカラ座

スフォルツェスコ城                  スカラ座

  

アーケード   アーケード

ドゥオーモとスカラ座を結ぶアーケードの天井です。

  

  


ミラノは雨、でもこれが典型的な北イタリアの冬の気候。

ミラノでは、教会のドウオーモに行く。ドウオーモとは神の家という意味だとガイドさんが教えてくれた。

1386年に着工して500年後に完成したそうです。

イタリアのゴシック建築の最高傑作と称えられている教会です。

  

ドウオーモ

教会  ドウオーモ

  

ドウオーモ   ドウオーモ

教会内部                        教会奥のステンドグラス

  

写真のステンドグラスは左が旧約聖書、右が新約聖書、中央は黙示録を物語っているとされています。

このステンドグラスは14世紀に制作を始めて、19世紀に完成されたそうです。

 

営々と気の遠くなるような長期間に亘って教会を造っていくエネルギーに信仰心の厚さを感じれれますね。

今回のツアーは参加者29名でちょっと大勢で驚きました。

でも、大人ばかりで落ち着いたツアーでもありました。

といっても、私は若い人と一緒のツアーも嫌いではありませんよ。

なにしろ、長い間教師をしていましたから。

  

ツアーの添乗員は若い女性で名古屋出身で名古屋のN私立大学の英文科卒、

フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語と5カ国の外国語を自由に操れる才媛の方でした。

仕事熱心で親切で、これ以上はとても望めない素敵な添乗員の方に恵まれました。

  

行きのJALの各人の前にディスプレイがあり、それぞれ目的地の情報、映画やゲームが楽しめました。

これって便利ですね。暫くぶりに「第3の男」「奥様は魔女」を楽しみました。

  

イタリアのレストランの種類は,次のようなものがあります。

(1)リストレンテ(Ristorante):やや高級、でもそれほど高級でもない

(2)トラットリア(Trattria):家庭的な料理

(3)ピッツエリア(Pizzeria):ピッツアや手軽な料理

(4)ターボルカルダTravolta Calda):イタリア式スナックバー

(5)バール(Bar)

(6)カフェ(Caffe)

  

レストランでオーダーの仕方

最初:食前酒、ワイン、ミネラルウオータなど飲み物

第一の皿:スープ、パスタ

第二の皿:肉か魚料理

他に(頼まなくてもよいが):つけ合わせのサラダ、デザート、エスプレッソ、食後酒

 

ミラノで私たちが食べた昼食です。 

  

リゾット   カツ

リゾット(米に芯があったが     カツ(これは日本で食べるのと同じだった)

これがイタリア風?

黄色はサフランで色づけされています。)

  

ミラノレストラン

ミラノで昼食をとったレストランです。


イタリアに行ってきました。

成田から英国のヒースロー空港へ(ロンドン)

ヒースロー空港からマルペンサ(ミラノ)へ14時間くらいかかりました。

でも、昔私がアンカレッジ経由でヨーロッパに出かけた頃は26時間くらいかかったので

早くなったなーというのが感想でした。

  

イタリアでは

ミラノ、ベニス、フィレンチェ、ローマの順に観光しました。

それぞれの都市の観光の話は、写真を整理しながら順のご紹介したいと思っています。

  

ローマでは、偶然にも大学での教え子に出会いました。

「先生!」と呼びかけられてビックリしました。

新婚旅行中とのことで、しばらく話をして別れてから、振り返ると

幸せそうに彼氏と腕をくんで歩いていました。

いつまでも幸せにね!!

  

今回は、これからイタリアにお出かけになる方のために安全情報をお知らせします。

イタリアの治安について
やはり、かなり注意が必要ですね。

(1)病気のふりをして
すり、アイスクリームを塗りつけて、とるふりをして財布をすりとる。
病気のふりをして介抱させて、財布をすりとる。
(2)観光客のふりをして
観光客のふりをして、道を聞き、すきをみて財布をすりとる。

日本人は、同じ観光客が道に迷って困っていると思いこんで夢中になって教えようとします。

その間に・・・
(3)強奪!!
バイクによるひったくり
警官を装い、荷物を開けさせ、めぼしいものをかっぱらう
カメラをもった観光客を取り囲み、カメラを強奪する
などなど
財布とパスポートがターゲットでした。特にパスポートは高く売れるようです。

  

とは、いっても怖がっていては折角の美しいイタリアの古都も楽しめないので

(1)大金を入れた財布は人前で開けない。

(もう一つ財布をもち、小銭をいれてそちらを使う)

(2)パスポートはホテルのゼーフティボックスに預けるか、肌の近くに隠す。

(3)歩道を歩くときはバックは車道側の肩でかつがない。

(4)リックのような後の入れ物には、貴重品をいれない。

(5)ショルダーバックは前にして手で押さえている。

  

怖い話ばかりしましたが、

ローマは警官だらけという感じで安全そうでした。

ともあれ、楽しんできました。

  

都市別に写真をお見せしながらお話しします。

 もう少し、お待ちください。

暫くぶりのお台場。

この前は、名古屋から東京見物にきた教え子たちを案内したとき。

  

夕暮れのお台場は、静かで美しい。

  

いくつかの観光船が夜の港に浮び、船の灯りが幻想的にきらめく。

  

レインボーブリッジが夜のお台場に映えてきらめき、おとぎの国への橋のよう。

  

自由の女神が、自由のたいまつを掲げて、平和の日本を賛美する。

  

お台場は、外国の景色と見まごうばかり。

  

とにかく、日本離れした景色に心動かされる。

  

若者の町、お台場、新しい日本の象徴、お台場。

でも、古い日本のよさをどこかに忘れてきたような感じがないでもない。

  

こんな独り言をいいながら、夜のお台場で過ごした時間、また来たい。

  

ラインボーブリッジ   自由の女神

レインボーブリッジ                  自由の女神(お台場)

  

夕陽の中のお台場の海   夕陽を浴びるお台場ビル

夕陽の中のお台場の海               お台場のビル

NHKの連続5夜ドラマ「ハルとナツ」が3回まで終わりました。

生木を裂くようにブラジルと北海道に分かれたハルとナツ。

その二人に、これでもか、これでもかと過酷な運命が襲ってきます。

お互いに出した愛の手紙は相手に届きません。

  

カットバックの手法を使って、ブラジル、北海道での事件が同時進行的に進んでいきます。

私は、涙もろい方なので、ドラマの時間の最初から最後まで、涙、涙、ナミダ・・・

  

でも、ハルもナツも頑張って生きていきます。

不幸な運命に弄ばされながら、それに負けずに懸命に生きていく姿は輝いていますね。

  

ドラマとはいえ、最後には二人が幸せになりますように!!

  

参考データ

現在、日系ブラジル人は140万人で、殆どが都会で中産階級として暮らしています。

移住当時は、このドラマにあるように農場の契約労働が殆どで低賃金に喘いで悲惨な生活を送った方々が大部分でした。

今日から始まったNHKの5夜連続ドラマ「ハルとナツ」のその1をみました。

夢を見て、ブラジルに移民した人々を待っていたのは、過酷な労働と悲惨な生活でした。

ハツとナツの生き別れにも、心が痛みました。

  

明治村でブラジル移民の家を見たことがあります。

でも、あれはずっと後にブラジル移民がある程度成功した後の

家だと今頃、悟りました。

  

ブラジルでの移民の方々のご苦労はテレビのドラマ以上かもしれませんね。

ハワイの移民も大変だったと聞いています。

シアトルへの移民は、シアトルに富士山そっくりの山があるので、

その山を見て、過酷な生活に耐えたと聞いています。

移民は、どこへ行っても大変だったようです。

千葉市の野外観察講座に参加しました。

御前10時から午後4時まで、千葉市内の里山を歩き周りました。

講師の方は、かなりのお年と拝見しましたが、歩くのが速くて追いつくのに一苦労しました。

博学で人柄もやさしく、参加した数十名の人たちと楽しい一日を過ごしました。

色々な植物を見ましたが、ハイライトはマヤランです。

  

マヤラン

マヤラン

  

体長、15cmくらいで日の当たらないところにひっそりと花を咲かせていました。

この花は、長野県売木村の山を歩いているときにも見かけた花です。

この花は自分では、光合成などはできないので、寄生植物だそうです。




ハハナシラス

ハナハシラズ

  

何のことか、お分かりですか?

葉花知らず

花葉知らず

彼岸花は、花の咲いているときは、葉がでていない。

葉がでているときは、花が咲かない

葉と花の生き別れです。

花が終わると葉が出てきます。

いつ頃、葉が姿を消すのか私は知りません。

    

  彼岸花

   赤い彼岸花

  

黄色い彼岸花   白い彼岸花

 黄色い彼岸花                    白い彼岸花

  

今日、自宅から数キロ離れた里山を散歩して、色々な色の彼岸花を撮影してきました。

彼岸花を別名、曼珠沙華といいます。

彼岸花が咲くと、もう秋がきたな、と思いますね。

  

昔は、お墓の周りに赤い彼岸花が咲いていましたね。

昔は、土葬だったので、野鼠、もぐらなどの地中動物から遺体を守るために墓(遺体)の周りに

毒性のある彼岸花を植えたのです。

彼岸花の根は、リコリンなどのアルカロイドを含んでいて、有毒植物です。

野鼠、もぐらは、彼岸花に守られた墓の近くに寄るのを敬遠したのでしょう。

浦安市にある宇田川住宅、大塚住宅は建てられていた場所で有形文化財として保存されています。

他の古い建物は、浦安市が買い取って1カ所に移築して保存する明治村方式を採用しています。

古い建物は、本来元の場所で保存されるべきだと思いますが、多くの地域で貴重な建物が取り壊されている現状からみると次善の策だと思います。何もしないで手をこまねいているところより数段ベターです。

  

浦安市郷土博物館の1階に「懐かしい浦安のまち」として古い家が移築されたり、古い家をモデルとして建築されたりしています。こうした家が10軒くらい博物館の外に展示されています。

  

たばこ屋   魚屋

たばこ屋                        魚屋

  

たばこ屋は大正15年(1926)の建築です。窓が多く、開放的で大正末期の標準的な商家といわれています。浦安市有形文化財に指定されています。

 

魚屋は明治35年(1905)の建築です。浦安ではとれないような魚やはんぺんなどを築地で仕入れて販売していました。浦安市有形文化財に指定されています。

  



てんぷら屋   お風呂屋   

天ぷら屋天鉄                     お風呂屋

  

天ぷら屋天鉄は堀江フラワー通りにあった天鉄を再現して作ったものです。

山本周五郎が書いた小説「青べが物語」の話の中によくてでてくる店です。

  

山本周五郎は昭和3年8月から昭和4年9月まで浦安に滞在しました。

浦安にいたときは、山本周五郎は失業、貧困、病気、失恋などに苦しめられたときになります。

いわば不遇の時代です。しかし、ここで友人や下宿していた船宿に助けられます。

山本周五郎は後に、昭和35年に浦安をモデルにした小説「青べが物語」を執筆します。

 

  

お風呂屋さんは入り口だけ、中は無しです。

  

博物館は、因みに3階建てで、立派です。