心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー -65ページ目

心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー

あちらこちらを楽しく旅してみたいと思っています。

趣味の写真を中心として旅先情報などをお届けします。

羽衣伝説は日本中に形を変えて残っています。

一番有名なのは三保の松原の羽衣伝説ですね。

衣を脱いで泳いでいた天人の羽衣を取り上げて、返還するように懇願する天人に踊りを見せてくれることを条件に衣を返す話を小学校で習いました。

  

愛知県豊川市にも羽衣伝説があります。

 

豊川市を流れる豊川に今も、一本の松があります。

  

羽衣の松 ←クリック

豊川市の羽衣の松

  

その昔、一人の天人が、この松の前を流れる豊川で水浴びをしていたとき、通りかかった若者が岸辺のこの松にかけられた羽衣を見つけて持ち帰ってしまいました。

天人は羽衣を返してもらいたい一心で若者のお嫁さんになり、やがて子供も生まれ幸せな生活を送っていましたが、ある日若者の居ない日に、羽衣を見つけ出し、天に帰ってしまいました。

そのとき、天人は実を食べると病気が治る片葉のお茶の実と人形を可愛い子供に残したと伝えれています。

その子はやがて成長して京都の三十三間堂での弓の大会で優勝して有名な弓の名人の星野勘左衛門となります。

写真の羽衣の松は当時の松ではありません。4代目の松です。

場所も当初の位置から離れた場所に植えられていると想像されます。


豊橋駅から東へ8キロ離れた豊橋市岩崎町に葦毛湿原があります。

3.2hの小さな湿原ですが、東海の尾瀬とも呼ばれている貴重な湿原です。

この湿原の近くの小高い山に湧水源があり、その湧水は岩盤のために地下に浸透しないで

湿原を形成しています。

この湿原には春と秋に美しい花が開きます。

シラタマホシクサ、ミカワベンケイソウなどの珍しい花も咲き乱れます。

この湿原を友人と訪れました。時期的に花は少なかったですが、森林浴を楽しんできました。

何度でも訪れたいところです。

  

イモウ湿原

  

イモウ湿原

  

イモウ湿原

  

参考文献

「花かおる葦毛湿原」  吉田豊・撮影、著  ほおずき書房  2005年刊

愛知県蒲郡市に形原(かたはら)温泉があり、その横に形原アジサイの里があります。

いま、丁度アジサイが満開になっています。

一昨日、そこを訪れました。想像していたよりは遙かに大規模で、しかも美しい里でした。

  

形原アジサイ

  

形原アジサイ

  

形原アジサイ

  

形原アジサイ


今朝、散歩をしながら、自宅近くの道端に咲いている花を写してきました。

辞典で花の

名前を調べるつもりでしたが、忙しくてその暇がありませんでしたので、名無しのまま掲載します。

  

明日から旅です。旅から帰ってから名前を調べて、記入します。

  

道端の花

  

 道端の花

  

  

道端の花

  

  

道端の花

  

  

道端の花

  

  

道端の花

  

  

道端の花

  

  

旅の間、コメントをいただいても、ご返事ができません。。


  


カメラ仲間と長谷寺に行ってきました。

長谷寺というと奈良と鎌倉にありますが、今回は鎌倉の長谷寺です。

千葉駅から3400円のところ、鎌倉・江ノ島フリー切符を購入すると2910円になります。

もちろん、これを使っていきました。

鎌倉から江の電に乗って、長谷で下車、少しあるくと長谷寺です。

長谷寺は、今はアジサイが見ごろです。

  

長谷寺

  

長谷寺

長谷寺

  

長谷寺の中の蕎麦屋で昼食をとるはずが、長蛇の列、仕方なしに近くの花の寺として有名な光則寺で

花を撮影したあと、ラーメン屋で遅い昼食をとり、成就院へ。

ここは、坂の道にあいているアジサイと海を一緒に撮影するのが写真の定番になっていますが、

人、人、・・・で撮影はギブアップ。

でも成就院の中は岩タバコがきれいに咲いていました。

今回は、フィルムカメラしかもって行かなかったのが失敗!

ブログには紹介できません。上の写真もスキャナーで変換したものです。

でも、変換は時間がかかるので、2枚で終わりです。

  

成就院の次は極楽寺、ここで抹茶を飲んで帰宅。

楽しい一日でした。

村上ファンドは、インサイダー取引により法を犯し、暴利を貪ってきた。

株式の世界はゼロサムの世界である。

誰から得をすれば誰かが損をする世界である。

村上ファンドの違法な取引で、多くの善意の人々に多くの損害を与えてきたことうはいうまでもない。

代表の村上氏自体、この違法は取引が原因で司直の手にかかり逮捕されている。

 

村上ファンドのしてきた違法なことは、インサイダー取引だけではない。

阪神の株を買い集め、経営陣に村上氏自身を含めて村上ファンド関係者を送り込むことを要求してきた。

阪神は多くの通勤客を安全に移送する重大な業務を担っている。

ファンドを経営しながら、片手間で経営に首を突っ込むようなことはできないことは、村上氏も十分承知していたはずである。

要は、取得した阪神の株を時価よりもはるかに高い価格で阪急に買い取らせようとしたのである。

やることは、悪質な総会屋と同じである。

  

こういった違法な行為の積み重ねで、2割、3割の配当を約束して出資金を集めてきた。

出資者は、当初はともかく、村上ファンドの違法性を認識してきたはずである。

遅くとも、現在は認識していよう。

違法性を認識しながら、配当金が高いという理由で村上ファンドに出資を続けるなら、その出資者のモラルも問わなければならない。

出資社、出資者は、一日も早く、出資の解約し、不当に得たいままでの利益を何らかの形で日本社会に還元すべきである。

出資者について知りえた限りをあえて公開したい。

出資したままの企業、個人  

アメリカ、ハーバード大学(かなりの額と予想されている)

オリックス(百億円)

オリックス会長 宮内氏(個人) 数十億円

  

出資を解約申し入れしている企業、個人

ウシオ電機 17億円

日銀総裁(個人)  1,000万円

オリックスは今年の2月に村上ファンドに派遣していた役員を引き揚げている。

この時点でオリックスは村上ファンドの違法行為を認識していたと思われる。

にもかかわらす、1,000億円の出資金は、いまだにそのまま、金さえ儲かれば

というのがオリックスの企業姿勢だとは思いたくはないが・・


江戸東京博物館に行って江戸の本膳料理を調べてきました。

本膳料理は飯と汁に重点をおいた料理で、酒に重点をおいた宴会料理と相対するものです。

なお、このデータは私が江戸東京博物館で展示の説明文を写真に撮っていたところ、そこのボランティアの方から写真ではよく写らないと思うので後で知らせていただくと約束され、お手紙で提供を受けたものです。

ここに感謝を表します。有難うございました。

  

なお本膳料理の(坪)とは、本膳料理に用いる深い蓋のある漆器または、それに盛った煮物のことです。

  

本膳(春)

一の膳 (膾) さより細作り(ほそづくり) 裂き鱈(さきたら) 

茗荷(みょうがく)竹織

         生若布(なまわかめ) くり生姜

     (坪) 白和え(しろあえ)

     (汁) 合歓豆腐(ごうかんとうふ) 香の物 白飯

  

二の膳 (焼き物) 木の芽田楽

     (坪)  衣手(ころもで)

     (汁) 結び豆腐


本膳(夏)

一の膳 (膾) 防風(ぼうふう)  鯛作り身

         細切り鮎 紫蘇繊切り(しそせんきり)

         白髭瓜(しらがうり)

         たで繊切り  

     (坪) 玲瓏(こおり)豆腐

     (汁) どじょう汁 香の物 白飯

  

二の膳 (焼き物) 鰯酢煮

     (坪)  松皮豆腐

     (汁) 六条豆腐

本膳(秋)

一の膳 (膾) こち薄作り(うすづくり) 白髪蓮根(しらがれんこん)

         寿海苔(ことぶきのり) ふくめ生姜(しょうが) 

     (坪) 豆腐麺(とうふめん)

     (汁) 狸汁(たぬきじる) 香の物 白飯

  

二の膳 (焼き物) 鰻豆腐(うなぎどうふ)

     (坪)  秋の山

     (汁) 渦巻豆腐(うずまきどうふ)

  

本膳(冬)

一の膳 (膾) 朝日ひらめ いか繊切り(せんぎり)

         白髪新独活(しらがしんうど)

         巻岩茸 青海苔  くり生姜(しょうが)

     (坪) 落葉から

     (汁) あられ豆腐 香の物 白飯

  

二の膳 (焼き物) 叩豆腐

     (坪)  巌石(がんせき)豆腐

     (汁) 豆腐粥


なお、本膳料理は江戸時代の料理書「料理通」「豆腐百珍」などを参考に江戸東京博物館で作成されたものです。


またまた、根津へ

今回は根津の駅から南へ歩き、東京大学の塀沿いに上野の不忍池まで歩く。

お目当ては、美術館です。

 

最初は、竹下夢二美術館、ここは弥生美術館と同じ建物の中にあります。

というようりは、同じ経営と見てよいでしょう。

竹下夢二の説明は不要ですね。

  

夢二

  

夢二

  

上野の不忍池の湖畔に横山大観記念館があります。

ここは、横山大観の住所でした。

1909年から東京大空襲で、この住所が全焼する1945年までここに住み、

住居が再建された1954年から1958年の90歳で没するまでここで暮らしています。

住居も庭も素敵でした。

  

大観

横山大観記念館の正門

  

大観

横山大観記念館の庭

 

部屋の中は撮影禁止だったので、写真は撮れませんでした。

このあと、松坂屋でソフトクリームを食べて帰宅。

有松絞り祭りの最後に絞りを販売する店をちらりとお見せします。

そのうちまず、井桁屋の裏庭から写した倉庫の写真です。

裏庭は普段は、一般の人は入れませんが、お祭りの日だけ例外的に入れてもらえました。


井桁屋倉庫

写真 井桁屋倉庫

  

次に笹加(ささか)の店の内庭をご覧にいれます。

  

  竹田庭園1












 

竹田庭園2

  

竹田庭園3

笹加の内庭

  

江戸時代の店は、京都の店に代表されるように奥域が深く、正面の間取りが狭いのが特徴です。

これは道路に面した店の幅で税金がとられたからですね。

 

有松の店は奥域も深く、道路に面した店の幅も広いのが特徴です。

これは、松林であったこの地方への移住を促進するために、この地域が無税であったため?と思われます。

 

地図

写真 江戸時代の有松の地図

(赤い部分は無税の地域を示す)

  

有松の西側に位置する久田邸にもお邪魔しました。

ここは、冷たいウーロン茶の無料接待が行われていて、まちなみツアーで疲れた人々を癒していました。

 

有松絞り祭りで「有松まちなみツアー」に参加した人は1,000人にもなったと聞いています。

ツアーの人々にご説明をしていただいたボランティアの「あないびと」の方々、本当に有難うございました。











  

  



祇園寺の右側の道を北に歩いて文章嶺とい山上に有松の神社天満社があります。

この天満社は創建1789年(寛政十年)、改築が1810年(文化七年)という歴史のある神社です。

  

有松の氏神は天満社が文章嶺に祀られるまで桶狭間の神明社でした。それは有松が慶長13年(1608年)に桶狭間(桶迫間)村の支所として東海道筋に開発されたことに由来しています。

このため、有松は昭和初期まで天満社と神明社の二重氏子でした。(名古屋市山車調査報告書4より)

  

この神社のお祭りは春祭りが3月第3日曜日で秋祭りが10月の第1日曜日です。

秋祭りの祭礼には、東町、中町、西町の山車が旧街道(現在の有松のメインロード)に曳きだされます。

なかなかの見ものです。

  

ちなみに、桶狭間神明社の祭礼は現在、10月第2日曜日に行われています。

そのときに、桶狭間の上、中、下の3地区がそぞれぞれ笠鉾と音頭台を行列でつくり神明社に参詣をしています。

  

今回は天満社までは行かなかったので、天満社の写真はありませんが、山車は展示してあったので撮影してきました。 

  

唐子車山車

唐子車山車

  

神功皇后車

神宮皇后車山車

  

有松には、山車がもう一台、布袋車山車があるのですが、今回は撮影しそこないました。

なお、有松の祭りと山車については215ページの詳細な調査報告書が作成されています。

「名古屋市晩夏剤調査報告33 名古屋市山車調査報告書4

有松まつり 布袋車 唐子車 神宮皇后車 」 1997年 名古屋市教育委員会