皆さんこんにちは、荒川です。

今回は北海道マラソン前後の楽しみ方についてご紹介いたします。

 

前日入りについて

北海道マラソン(というより多くのフルマラソン)は、現地で前日受付が必要なので遠征組は前日入りが必須となります。

※北海道マラソンの場合、前々日と前日に受付をしています。

 

要するに「地元にお金を落としてね」ということなので、素直にそうしましょう。

走りながら観光やグルメも楽しみつつ経済も回す一石三鳥となります。

 

とはいえレース前日となると余計な体力も使いたくないので、私は移動と受付と夕飯以外のことはしません。

そうなるとゆっくりと北海道入りして前日夜に受付すれば良いので、そうしています。

19時頃に受付に行くとかなり空いていてストレスフリーです。

 

 

受付を済ませたら宿にチェックインして、荷物を置いて夕飯になると思います。

札幌はちょうどいいビジネスホテルがなかなかなく、カプセルホテルかシティホテルかといった感じになると思います。

予算次第になると思いますが、当然北海道マラソンに合わせて料金は吊り上げられているので、飛行機をマイルで取るなど工夫は求められるなといった印象です。

ちなみに、遅めの時間帯だと飛行機もマイルで取りやすいのでその意味でもゆっくり北海道入りするのはオススメです。

私の一押しは札幌プリンスホテルになります。

シティホテルなので安くはないですが、受付場所・スタート地点の大通公園に比較的近く、すすきのにも出やすいので使い勝手が良いです。

設備も綺麗ですし、大浴場(フロントで1000円払うとその日は何回でも入り放題)もあるので快適に過ごすことができます。

 

夕飯はラーメンやスープカレーあたりで炭水化物を摂りつつ英気を養ってください。

人気店が多く行列になることがザラなので、候補は多めに見繕っていくのが無難です。

 

 

当日レース後のすゝめ

無事に完走したら、冷水シャワーを浴びてフィニッシャーズタオルやメダルやセコマのシャーベットを受け取り、公園の噴水あたりに腰掛けてシャーベットとスポーツドリンクを味わいながら一息ついたら、七丁目のマッサージにGOです。

 

 

地元の専門学校が無料で10分間マッサージをしてくれます。

私はこれが楽しみの一つになってますね。

受付で整理券を受け取り、タイミングによっては10分ぐらい待ちが発生することがあるので、そのときは近くのテントで着替えでもしておくと良いです。

なお、施術者が大ベテランの先生になるか若い女学生になるかはお楽しみです。

 

完走後のお昼に早速楽しみたい場合は、苗穂のビール園に行ってジンギスカンがオススメです。

1人4500円ぐらいでジンギスカン食べ放題と飲み放題という素晴らしい設定です。

食べ放題と侮ることなかれ、しっかりとしたクオリティのラム肉を堪能できます。

また、ビールも色々な種類の生やハーフ&ハーフなどを毎回スタッフがサーバーから注いでくれます。

レース会場からは三丁目を抜けて交通規制のすぐ裏側にある通りから直行のバスがあるので、それに乗るのが簡単だと思います。

急ぐ場合はタクシーが無難なので、予約の時間との兼ね合いで柔軟にやってください(ちなみにバスだと40分近くかかりました、通常の倍ぐらいの所要時間だと思います)。

 

 

お昼が済んだら、昼寝をしたりお風呂に入ったりして少しゆっくりしてから、夜はすすきのにでも繰り出して思う存分解放感に浸ってください。

ここまで頑張ってきて、過酷な夏のマラソンレースに挑んだご自身を褒めてください。

すすきのはいくらでもお店はあるのでお好みで選んでくれれば良いですが、〆のラーメンにすみれに行く価値はありますね。

行列必須で1時間ぐらいは待つと思いますが、その甲斐があるものが出てくるので時間が許せばぜひ試してみてください。

 

 

レース翌日のすゝめ

北海道は広大です。

1日で回れる場所はかなり限られるので、札幌から比較的近い小樽や余市あたりが個人的にはオススメです。

新千歳から飛行機に乗って稚内、釧路、函館あたりに飛んで、現地から帰るのも良いのかもしれません。

私はウイスキーが好きなので、余市にあるニッカウヰスキーの蒸留所によく行きます。

無料の見学ツアーや売店でそこでしか売っていないウイスキーを買うなど、ウイスキー好きなら満足できると思います。

 

 

午前中に見学に行くと終わる頃には大体お昼時だと思うので、近くの柿崎商店で海鮮を楽しむのが満足度が高いと思います。

比較的リーズナブルでクオリティも十分なので、下手にあれこれ歩き回るより良いです。

また、屋号のとおり商店に併設されているので、お土産もバッチリ確保できます(塩水ウニやイクラなど、現地価格で手に入ります)。

 

 

余談ですが、余市から新千歳空港までの乗車券を買うと距離がちょうど100kmを超えるため、途中下車が可能になります。

後戻りしない限り何度でも乗り降りできるので、この後小樽や札幌に寄りながら空港に向かえます。

小樽にはかつて余市の蒸留所で仕事をしていた人が経営しているウイスキーバーがあったり、札幌にはBARやまざきという名店があるので、立ち寄ってみるのも良いでしょう。

ちなみにBARやまざきは日曜日が定休日で、上述のすみれと同じビルにあります。

 

無事に新千歳空港に着いたら、後は飛行機に搭乗して家に帰るだけです。

お疲れさまでした!

皆さんこんにちは、荒川です。

2025.8.31(日)に北海道マラソンに出場してきたので、振り返りをご紹介いたします。

 

レース結果

2時間58分54秒(20分56秒-20分24秒-20分57秒-20分48秒-20分45秒-21分32秒-21分36秒-22分6秒-9分50秒)

 

狙い

春夏の基礎構築の確認と、夏マラソンサブスリー達成。

 

大会の雰囲気

国内唯一の夏場のフルマラソンということもあり、エントリー2万人規模の大きな大会です。

都市型マラソンはこの大会以外出ないのですが、色々なレベルの選手が一斉に走る賑やかさや沿道からの応援の多さが印象的です。

実業団選手も多数出場していますが、トップオブトップの選手は見かけない印象です。

暑さ対策にかなり注力されていて、日本一長い(約400m)給水地点やミストシャワー、大きなヒシャクでの冷水浴び、公式エイドでの雪玉や氷の配布などこの大会特有の見どころ満載です。

 

当日のコンディション

気温はスタート時22℃、その後25℃まで上がり、風は穏やかでした。

雲は出たり入ったりといった感じで、悪くないコンディションだったと思います(それでもマラソンをやるには過酷なコンディションであることに変わりはないです)。

 

 

レース展開振り返り

コンディションもまずまずだったので、予定通りサブスリー狙いでいくことに。

知り合いに誘われて7時に写真撮影をしたのでスタートの1時間以上前にスタート地点に着いたのですが、MCがあれこれ盛り上げてくれ、寒くもないので快適に待つことができました。

 

スタートまで10分を切ったあたりで招待選手とエリート枠の選手がスタート位置に現れ、しばらくすると一般選手のブロックもロープが前に移動して体制完了となりました。

他のロードレースと同様、スタート時刻10秒前に「On your marks.」のコールがあり、8時30分の定刻通りにスタート。

 

スタートしてまずは自分の感覚を掴むところから。

しっくりくるペースでしばらく走ってみると概ね1kmあたり4分10秒前後だったため、そのペースでいくことに。

5~9kmあたりの区間は下り基調で少しペースが上がることも分かっていたので、マイペースで順調に巡行していきました。

 

やはり暑さで参ってしまう選手も少なからずいて、15kmあたりで明らかにおかしな動きでズルズルとペースダウンしてきた方がいて私が抜く直前で歩き出していたのですが、しばらくすると後ろから「救護班すぐに来てください!」と叫ぶ声が聞こえたので、おそらく倒れてしまったのでしょう。

 

途中、公式のエイドとは別におばさんがザルに氷をたくさん入れて並走してくれたり(「速すぎて渡せない」とのことで、上手く受け取れなかったのですが何とかいくつかゲット)、給水所の男子高校生5人組がノリノリでハイタッチしてくれたり、女子高生に手を振ったらキャーキャー言われたり、ガチガチの大会にはない雰囲気がまた楽しかったです。

 

そんな感じで順調に中間地点・新川通の折り返しと通過していき、30kmあたりから徐々にペースダウンが始まりました。

やはり夏だとマイペースで刻んでも後半どうしても落ちてしまいます。

ある程度覚悟はしていたのと、タイム的にサブスリーにはまだ余裕があったので大幅なペースダウンだけはしないように粛々と刻み続けていきました。

33kmの給水地点でコーラがあったので頂いて気力を回復したものの、35kmあたりで嗚咽がきてしまい「ヤバい」と思いましたがそのまま行くことができ、丈夫な内臓に感謝しつつ一抹の不安を抱えながら進みます。

 

そしてラスト5kmの地点で残り全部1km4分30秒かかってもサブスリーは余裕なラインになったため、心理的にはかなり優位になりました。

まあ肉体的にはメチャクチャきついので、1km過ぎる毎に「これで更に時間の余裕が増えた」と心の中で呟きながら突き進んでいきました。

40kmを過ぎたところで残り1km5分かかってもサブスリーには間に合うセーフティリードとなったので、最後の給水地点は歩いて思う存分身体に水をかけたりがぶ飲みすることを選択(ここまで来れば内臓も持つだろうとの算段でした)。

結果この選択が正解で、40~41kmも4分36秒と思っていたよりロスがなく後は残りの1.195kmを耐えるのみ。

北海道庁を出てからのあと少しがとても長く感じましたが、何とか2時間58分台に入ったことを確認しながらフィニッシュ。

MCの方が「ここまでの長い旅路を見事走り切りました、おかえりなさ~い!」といった感じのことを言っていたのが印象的でした。

フルマラソンのとき、フィニッシュ後に一礼するのをいつも忘れてしまうので良くないです。

 

フィニッシュ後は導線に従い、フィニッシャーズタオル、完走メダル、オリジナルタンブラー、サントリー天然水500mL、セコマのシャーベットブドウ味とそれらを入れられる袋を受け取り、スタッフがホースで出してくれる冷水のシャワーを浴び、大通公園の番地の数字が大きい方面に戻っていきます。

本当はスタッフの方々に声をかけながら進みたかったのですがそんな元気も残っておらず、手を振ったり会釈をしたりしながら進んでいきました。

ちなみに招待選手とエリート選手はフィニッシュ地点すぐ側にある個別の控えテントに通してもらえるみたいです。

 

後は噴水の近くに腰掛けてさっき受け取ったシャーベットを食べながら一息ついてからエキスポで写真撮影をしたり、近くの専門学校のブースでマッサージを受けたりとフィニッシュ後のひと時を楽しみ、今年の北海道マラソンも無事終了しました。

 

レース後の振り返り

ペースダウンもそうですが、得意のスパートが全くかからずに終盤順位を下げてしまった結果に「もっともっと強くならねば」と思わされるレースでした。

一方、以前から達成したかった夏マラソンサブスリーを無事に達成したため、ひとつ区切りが付いたという思いもありました。

 

1年前の北海道マラソンが3時間3分ちょうどだったので、4分と少し早くなったわけですが、言い換えればこのままいくとピークを持ってきて迎える冬のマラソンでも4分と少し早くなるという理屈で、2時間45分台が予想タイムとなります。

そこから足りないものを考えると、5000mのタイムから言ってやはり持久面が課題になるため、2月頭の別府大分毎日マラソンに向けて、5ヶ月の比較的長いスパンでピーキングをしていく方針でいこうと思っています。

それであれば再度基礎構築に時間を使えるので、持久力の底上げも期待でき2時間40分を狙うのも夢ではなさそうです。

 

この後札幌周辺であれこれ美味しいものを楽しんだのですが、それはまた別記事にまとめることとします。

 

 

 

皆さんこんにちは荒川です。

先週のトレーニングメニューの振り返りとなります。

 

トレーニング記録

2025.8.25(月)

  • Eペース走15km(主観強度:中)
  • 平均ペース:4分42秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:通常の内容の練習は一旦この日まで。残りの日は北海道マラソンに向けた調整練習に充てました。

 

2025.8.26(火)

  • Eペース走15km(主観強度:中)
  • 平均ペース:4分51秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:レースも近いので基本的に緩いペースで走りました。間2kmだけ刺激入れがてらペースを上げましたが、不要だったかもしれません。

 

2025.8.27(水)

  • Eペース走12km(主観強度:低)
  • 平均ペース:5分1秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:低強度に下げて距離も落とし、調整に専念です。

 

2025.8.28(木)

  • Eペース走10km(主観強度:低)
  • 平均ペース:4分59秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:引き続き調整練習です。体感でかなり涼しく気持ちよく走れました。
 

2025.8.29(金)

  • Eペース走10km(主観強度:低)
  • 平均ペース:5分0秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:ここまできたら低強度で疲れを残さず調子を整えるのみです。休みでも良かったぐらいですが、レース前特有の精神状態からの気分転換も兼ねて走りました。

 

2025.8.30(土)

  • ジョギング6km(主観強度:低)
  • 平均ペース:4分53秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:出発前にいつもの河川敷で軽くジョグ。札幌は涼しいようだったので楽しみでした。

 

2025.8.31(日)

  • 北海道マラソン
  • タイム:2時間58分54秒(ネットタイム)
  • 使用シューズ:PUMA Deviate Nitro Elite3
  • コメント:夏マラソンでサブスリーを達成できたので良かったです。詳細は別記事で紹介します。

皆さんこんにちは、荒川です。

今回は走り始めた頃からサブエガ達成までをざっくり振り返ってみたいと思います。

※自分語り的な長文になりますが、ご了承ください。

 

ランニング開始~デビュー戦サブスリー失敗

きっかけは会社での飲み会でした。

ある夏の日に会社で皇居ランをやるというイベントがあり、何となく参加してみてその後の飲み会でのことでした。

確か1km6分ペースで2周したと思います。

で、当時既にサブスリーだった爽やかイケメンと、サブスリーまであと一歩のベテランおじさんから「初心者でそれだけ走れるならフルマラソンを目指してみてはどうか」と乗せられて、「じゃあ明日から練習します」と答えたのが運の尽きでした。

 

で、何も分からないなりにたまたま近所にあった荒川河川敷を週に何回か走り、ダニエルズ博士のランニングフォーミュラを読み込んだりしつつ我流でトレーニングをしていました。

最初の頃は1km5分半ペースで息が上がりまくり、5km走ったら筋肉痛で翌日走れないとかそんな感じでした。

当時は「マラソンサブ2.5を目指そう」なんて夢にも思ってなかったです。

 

そしてフルマラソンデビューが板橋シティマラソンに決まり(東京マラソンは当然落選)、張り切っていた矢先にCOVID-19なるもので社会情勢が一変。

板橋シティマラソンも開催中止、いつ大会デビューできるかも分からないままただ一人で練習を続ける生活に突入しました。

 

そんな感じで段々と走れるようになってきて、「デビュー戦でサブ3.5を目指したい」などと考えるようになり、更に練習を続け、近所の30kmレースに出場しました。

そこで2時間2分で走ることができ、この瞬間「デビュー戦でいきなりサブ3を狙う」とハッキリ意識しました。

 

その後、徐々に開催される大会も現れ始め、2022年12月の加古川マラソンに出場しました(このとき既に走り始めてから3年以上経っていました)。

そこで「マラソンはそんなに甘いスポーツではない」と知ることになります。

低温と強風のコンディションの中、まだまだ基礎体力もきちんと仕上がっていない実戦経験ゼロの男がサブスリーなどできるはずもなく、終盤ボロボロでゴールタイムは3時間1分52秒でした。

残り500mぐらいの地点で手元の時計が3時間を指した瞬間はおそらく一生忘れないでしょう。

ゴールした瞬間、吹き荒れる強風を浴びながら一人で泣いていました。

その5分後ぐらいに「もう一度鍛え直して来シーズンまた挑戦しよう」と決意を新たにしていました(今思うと、もしかするとここで辞めていたかもしれないです)。

 

サブスリー達成

2023年のシーズンから再開される大会も増え、選択肢がグッと豊富になりました。

特に練習内容は変えない(1km×5のインターバルや20分テンポランをポイント練習にして、残りはEペースのジョグで繋ぐ感じでした)ままサブスリーリベンジに選んだのは、過去に住んでいた仙台で開催される東北みやぎ復興マラソンでした。

 

以前仙台に住んでいたこともあり、昔からの悪友たちも応援に駆け付けてくれました。

 

サブスリーペーサーが率いる集団には付かず、その少し前でマイペースで走ることを選択。

しかし、30km過ぎで集団に飲み込まれたのでそこで切り替えペーサーにひたすら付いていくことにしました。

このとき、ペーサーに黙って付いていくことの効果を知ることになりました。

普通であれば30km過ぎでペースダウンし始めた時点でかなり厳しい状況なのですが、そのままあれよあれよという間に35km地点、40km地点と粘り続け、とうとうゴール400m手前からペーサーの前に出て一気に加速。

そこから順位を20個以上上げて、2時間58分52秒でサブスリー達成となりました。

 

必死の形相でゴールに飛び込んだ時の写真と、その数分後にフィニッシャーズタオルを掲げた笑顔の写真とを比べて、まるで憑き物が落ちたような感じでした(笑)

 

終盤に沿道から「3時間切って人生変えろ!」という檄が聞こえてきたのですが、その方の言ったとおり、ここで人生が変わったかもしれません。

 

初めての別府大分毎日マラソン

加古川マラソンのタイムで応募した別府大分毎日マラソンに当選したため、次のターゲットはこのレースとなりました。

サブスリーを達成して心身ともに気力に満ち溢れた状態で練習を再開しましたが、そうすんなりとはいかず、このタイミングで故障してしまいました。

これまでに経験したことのなかった症状で、前腿が痛み酷く張っていました。

仕方がないので少しずつ走れるだけ走るということを繰り返していると、幸いにも徐々に状態が上がってきて、正月頃には15kmのEペース走がコンスタントにこなせるところまで回復しました。

「これなら出場して完走はできそうだな」という手応えを掴んだところで欲張らずに残りの期間は調整に徹しました。

(この判断が結果として大正解でした)

本当に馬鹿の一つ覚えのごとくEペース走を繰り返し、最後の1週間だけ調整して当日を迎えるという開き直り状態で臨みました。

 

当日は気温が7℃で風もほとんどないという絶好のコンディション。

心理状態は一言で言えば「自然体」だったと思います。

入れ込んでいるわけでも弱気になっているわけでもなく、起床から会場入り、スタートと粛々と進めていました。

 

そしていよいよスタート。

最初の感覚は「思ったよりも身体が動く」でした。

自然と1km4分7秒あたりのペースに収まったので、そのまま刻むことにしました。

10km地点で別大国道をUターン、そして20km地点でスタート地点のうみたまご前まで戻ってきたとき、近くの選手と「戻ってきましたね」『まだ始まってもないですけどね(笑)』などと会話する程度には余裕がありました。

※「マラソンは30kmからが始まり」という格言があり、それを交えた冗談です。

そしてその30km地点を迎え、35km地点に到達しても変でした。全然苦しくならなかったのです。

何が何やら分かりませんでしたが、苦しくないならそのまま進むのみで、40km地点を超えフィニッシュ地点のジェイリーススタジアムに向かう最後の堤防道路で飛んできた声援はハッキリと覚えています。

「2時間50分台前半いけるぞ!」「55分切れるぞ!」

そうなんです、この大会は2時間55分以内のタイムを持っているとカテゴリー2(上から順にカテゴリー1~4まであります)に入れるのですが、おそらく沿道の観客たちはそれを知って応援してくれていたわけです。

そんな応援にも後押しされ、得意のラストスパートもしっかりとかかり、2時間54分9秒で2時間55分切りとなりました。

 

12月にまともに練習をできていなかったことを考えると、奇跡的な結果だったと思います。

今でもこのレースが自分の中でのベストレースになっています。

 

サブエガならず

さて、サブスリーを達成して迎えた次のシーズン。

「もっと速く強くなりたい」と強く思うようになっていました。

(どなたかの応援のとおり、人生が変わったかも知れません)

ここまで我流で何とかやってきたわけですが、「このままでは遅かれ早かれ伸び悩む」と思ったため、色々と調べてみたり、指導実績のある方に教えを請うたりして改善できる部分を改善しました。

具体的な話は↓の記事で紹介したような内容がメインです。

 

 

そんなこんなで夏の暑さも残暑も厳しい中、再びの東北みやぎ復興マラソンでサブエガを取りにいきました。

1年前に引き続き、悪友たちの応援もあり準備は万端でした。

 

序盤はいいペースで刻み、2時間45分ぐらいのペースでレースを進めていましたが、かなりの強風で時折身体を横方向に持っていかれるぐらいの横風を浴び続けていたせいか、25kmあたりで既に苦しい状態でした。

30kmの通過が1時間59分で、「これはもう最後までは持たないな」と思いました(方角からして、終盤はこの強風を思い切り浴びることになるのは分かっていたため)。

終盤は本当に辛かったのを覚えています。

35km地点ではもうサブエガは不可能な状態で、37km地点あたりから「もう辞めてしまおうか」と何度も思いました。

相も変わらず吹き続ける向かい風に、40km地点あたりからは怒りに任せたような状態で走っていたと思います。

フィニッシュ地点MCのがんばれゆうすけ氏が「これは普段から相当鍛えていなければ決して出せないタイム、今フィニッシュです!」と盛り上げてくれ、そのまま倒れ込もうとしたのですが、「フィニッシュした選手の方は立ち止まらずに導線に従って進んでください」という無慈悲な放送に従って歩き続けました。

それでも倒れ込むと車椅子を持った救護班が飛んでくるので、なるべく頑張りましょう!

 

タイムは2時間51分52秒、PB更新でしたがそこに喜びの感情はありませんでした。

 

フィニッシュ後、悪友たちと合流するまでの間は「合わせる顔がない」といった気持ちで辛かったのですが、予想に反して彼らの目にはかなりいい走りに映っていたらしく、「1年前とは走りの圧が全然違った」「1年で7分も早くなってて素晴らしい」など惜しみない労いの言葉をかけられ、とても嬉しかったのを覚えています。

その日の夜と翌日は仙台で遊びながら解放感に浸り東京に戻ると、ピークを合わせて全力を出し切った反動が思い切りきて、声が出なくなっていました。

 

その後1週間は全く走ることもできず、在宅勤務で仕事だけ何とかこなして終業後PCを閉じた瞬間ベッドに潜り込んでそのまま翌朝まで寝込む日々が続きました。

神経もかなりやられていたようで、明らかに集中力や頭の回転が落ちているのが分かりました。

 

裏を返せばしっかりピーキングができていたことになるので、方針自体は間違ってなかったと確認することができた点が収穫でした。

 

2度目の別府大分毎日マラソン、サブエガ達成

東北みやぎ復興マラソン後の強制休養を経て、少しずつ練習を再開。

基礎構築から組み直す時間はなかったので、移行期、特異期、調整期と進めていきました。

夏までの基礎構築の時点でベースとなる能力自体はほぼ決まっているため、後はマラソンに特化した能力にシフトしていくことになります。

 

ざっくりと言えば、特異期に持久面は35km走や40km走をマラソンレースペースの90~95%でこなせるようになり、スピード面はマラソンレースペースでのテンポ走15kmや変化走をこなせるようになれば良いわけです。

クリスマス前あたりの金曜日に40km走をやり、河川敷からあちこちで忘年会をやっているであろう街明かりを見たとき「もう戻れないところまで来てしまったかもな」と思いました。

 

別府大分毎日マラソンは2月の第一日曜日に開催のため、ちょうど年末年始に帰省しているあたりが特異期の大詰めになります。

おかげで親からは「息子がおかしくなってしまった」というような目で見られるハメになりました。

実家から家に戻ったその日も荷物だけ片付けてそのまま35kmをマラソンレースペース95%でこなしていました。

 

そんなこんなで調整期は走力を維持しながら疲労を抜いてレース当日にピークを持ってくるというセオリー通り、順調に調整を進め、当日を迎えることができました。

今度はカテゴリー2での参加だったので、当日はうみたまごの建物の中の空いているスペースを使って準備ができました。

精神状態は1年前と同じ自然体でいられました。

「今日これから自分はサブエガを達成するんだな」という静かな自信があったと思います。

 

そしていよいよ号砲。

1kmあたり4分を少し切るペースで淡々と刻んでいきました。

30km地点までは完全に予定通りのレース運びで「よし、いける。シミュレーションの中で“予定通り”のパターンだからこのままのペースで」といった感じでした。

しかしそのまま最後までいくことは許されず、32km地点あたりから急激にキツくなり、35km地点あたりからペースダウンが始まりました。

37km地点からは地獄で「これはもはやスポーツのキツさではない」といった感じでした。

 

40km地点で貯金を使い果たし、ここから元のペースに戻さなければサブエガはできない瀬戸際の状況でした。

要するに「元のペースに戻す」以外の選択肢はなかったわけで、「戻したところで100mで失速するかもしれない」とも思いましたが、「いかなきゃ…」といった感じでペースを上げ始めました。

40~41kmのラップタイムは4分1秒、ここで初めて「いける」と思いました。

「あと1.195km、必死のパッチでぶん回すだけ」「走れ!クソ野郎!」などと自分に言い聞かせて最後の堤防道路を突き進んでいる間、既に見えているジェイリーススタジアムの入り口までが何と遠かったことか。

沿道からの「2時間50分切れるぞ!」「サブエガ間に合うぞ!」「諦めるな!出し切れ!」といった声援を力にして突き進み、スタジアムのトラックを夢中でスパートをかけてゴールに飛び込みました。

 

タイムは2時間49分51秒、一度はこぼしかけたサブエガを何とかもぎ取ることに成功しました。

 

40km地点からゴールまでシューズを履いている部分が足湯に浸かっているかのように熱く、心拍数は最大心拍数の97%まで上昇し、ゴール後は手指の痺れが酷く受け取った500mLペットボトル入りの飲み物を持っているのが辛い有様でした。

 

文字通り全てを出し切ってこのタイムだったので、「まだまだフルマラソンに適応しきれていないな」と課題感も残るレースでした。

一方、きちんと心身が仕上がっていないと40kmからの巻き返しはできなかったはずなので、今回もピーキングはしっかりとできていたのだという自信にはなりました。

 

2シーズンに渡ってサブスリー・サブエガと節目の記録を達成でき良かった半面、悔しい思いをした場面もあり、更に課題も見付かっているので、これからも走り続けていこうと思います。

始めに私をランニングに誘ったお二方も、ノリで誘った相手がまさかここまで沼にハマるとは思っていなかったでしょうね(笑)

皆さんこんにちは荒川です。

先週のトレーニングメニューの振り返りとなります。

 

トレーニング記録

2025.8.18(月)

  • 休み
  • コメント:日帰り弾丸ツアーでほぼ1日中移動や運転をしていたので帰宅後身体が動かず、休みにしました。

 

2025.8.19(火)

  • Eペース走15km(主観強度:中)
  • 平均ペース:4分42秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:前半はイマイチ動きが悪かったですが、後半はまずまずでした。

 

2025.8.20(水)

  • Eペース走15km(主観強度:中)
  • 平均ペース:4分48秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:お盆の後半あたりからぶり返した蒸し暑さに苦戦。ご先祖の皆さまの霊が帰ってしまったせいでしょうか。

 

2025.8.21(木)

  • Eペース走15km(主観強度:中)
  • 平均ペース:4分36秒
  • 使用シューズ:PUMA Deviate Nitro Elite3
  • コメント:皇居ラン。夕方以降は比較的暑さも和らいで走りやすかったです。ちなみに桜田門のところのトイレは16時で閉まってしまうので気を付けましょう(私はそれを知らずピンチに陥りました)。
 

2025.8.22(金)

  • Eペース走10km(主観強度:低)
  • 平均ペース:4分46秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:日帰り出張だったので4時に起床して朝のうちに練習を済ませておきました。いつもは金曜日に距離走をするのですが、北海道マラソン直前だったのでスキップしました。

 

2025.8.23(土)

  • Eペース走10km(主観強度:中)
  • 平均ペース:4分39秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:この日も朝の8時から約束があったので早めに練習を。家を出たときは涼しいかなといった印象でしたが、少し時間が経つとかなりの蒸し暑さがきて、騙されましたね。

 

2025.8.24(日)

  • ジョギング6km(主観強度:低)
  • 平均ペース:4分40秒
  • 使用シューズ:ASICS THRTHER RP3
  • コメント:14時台に走ってみましたが、日差しに焼き殺されるかと思うぐらい暑かったです。妻は近所に少し買い物に出かけただけでかなりヘタレていたので、「もっと鍛えなさい」とコメントしておきました。