それは、「曳舟湯」と言うお風呂屋さんに関してです。前にも書きましたが、再開発の波でこの80年続いた銭湯が取り壊しになりました。
昨日辺りで、最後に残っていた煙突もキレイに取り壊され、更地状態になってしまいました。
この「曳舟湯」(ひきふねゆ)は、私の幼馴染の実家であり、私にとっては小さい頃の遊び場でもありました
大きい湯舟は、子供たちに取っては、ちょっとしたプールのようでした。そこで私たち悪ガキは、当時何をしていたかというと。模型を浮かべて遊んでおりました

1960年代は、現在では少なくなってしまいましたが、海洋冒険物がかなり流行っておりまして、それに伴った潜水艦等の模型が結構発売されていて、それを作っては、湯舟で遊んでいたりしたもんです。水中モーターなる物も、当時発売され、それを船に付けて遊んでもいました…水中モーター単独で、魚雷とか言って遊んだりもした記憶が…

当時流行っていたのは、マンガでは小沢さとる先生の「サブマリン707」や「青の6号」、テレビ・ドラマでは海外物の「原子力潜水艦シービュー号」や「海底大戦争スティングレー」といった物です。…それと日本映画で「海底軍艦」なんかもありましたね~

かなり荒唐無稽なお話しが多かったですが、大変面白かったです\(*⌒0⌒)♪
子供には、そんなに複雑な科学考証は分かりません…原子力を使っていても、それが最先端の強力な武器なんだ位にしか思っていませんでしたから…。
ただ、海底には怪物や得体の知れない生き物や海底人、さらには海を巣窟とする秘密結社や団体が蠢いているんだァ~みたいに思っていました。
最近、こう言った子供向けの海洋冒険ドラマや、番組を見かけなくなったのは、寂しい限りです
お話し自体も面白かったのですがそこに出て来る、潜水艦や潜水艇もカッコ良かったです。特に、私自身好きだったのは、「青の6号」のコーバック号(青の1号)や、青6の搭載潜水艇・フリッパー、さらにはスティングレーも良かったですネ。敵艦ではありますが、ムスカも好きな潜水艦ではありました。
当時、全部が全部模型化されてはいなかったんですが、お小遣いで買える物を買って組み立てて、それをお風呂屋で浮かべて遊んでいたんですが、結構怖いおじさんやおじいさんが居たので、良く怒られました。
そんな時は、お風呂屋にある中庭の池に浮かべて遊んでいました。池に泳いでいる鯉が、海底の怪物っぽくて面白かったです。
あの時代は、こう言ったキャラ物以外の潜水艇で、深海用のバチスカーフの模型も出ていて、重りが付いていて、水の底に着くと、重りが外れて浮かび上がると言う物もあって、それも池に沈めて遊んでいました。…ただ、子供が作ったもので、上手く重りが外れず、沈みっぱなしになり、それを回収するのに苦労した思い出もあります。
あの当時は、それ以外にもスパイ・ドラマが流行って、モデルガンが子供の憧れになったりと、いろいろなブームがありました。その辺の事は、また日を改めて書く事にします。
今回は「曳舟湯」の思い出として、当時の海洋冒険物の玩具・模型の話しをさせていただきました。
子供の頃の思い出とともに、「曳舟湯」…ありがとう、そしてサヨウナラ
( ´ ▽ ` )