ちよりは取り乱した様子で病室に飛び込んできた。
リノリウムの床にちよりのローファーの靴音が響く。
ちよりは怒ったような、それでいて泣きそうな表情で僕のベッドの脇に立った。
「何でそんなぼーっとしてたの?!階段から落ちるなんて!大丈夫なの?ちゃんと歩けるようになるよね。まだデートもしたことないんだよ、私達。痛くない?」
ここでようやく一息。
「これから毎日寄るからね。仕事も当分休みでしょ?ある意味、一緒にいられる時間ができてラッキーだけど。ホントに早く治してね。初めて彼氏ができたのに、一緒に遊びに行けないなんて嫌だよ」
「ゴメン」
僕は口数が少ない。
無口な方ではないのだが、ちよりの話は切れ目がない。
だから、僕は思っていることの半分も伝えられない。
「ゴメンね、いきなりしゃべり倒して。メール見てホントにびっくりしちゃって、慌てて学校早退してきたから」
「早退?ダメだよ。授業は受けなくちゃ」
「いいの。どうせ気になって上の空なんだから。でもよかったぁ、元気そうで」
「怪我だからね。病気じゃないから、寝てればちゃんと治るよ。安心して」
「そうね。よかったぁ。心配したよ。気をつけてよね、ホント」
ちよりはそう言って泣いた。
僕の涙とは違い、キラキラしてまぶしい涙だった。
僕は仕事でミスを犯した。
理由は明白だった。
とっさの判断を誤り、右足を骨折し、しばらく病院のベッドで過ごすことになった。
これまでの僕にはなかったミスだ。
理由はちよりの存在に他ならない。
自分の身をかばい、正確な判断ができなかった。
その結果、仲間に迷惑をかけ、自分もまた不要な怪我を負った。
理由はちより。
僕は死にたくなかった。
明確にそう思った。
ちよりとの時間を失いたくなかった。
死にたくないと思った瞬間、体が硬直してしまった。
いや、正確にはちよりに会えなくなることを、本能的に怖れたのだろう。
死ぬのは怖くない。
それは今までと変わるものではない。
しかし、僕は自分の身を守った。
色々な感情がこみ上げ、僕は久しぶりに泣いた。
西河に言われるまでもなく、僕とちよりの関係は危うい。
彼女の自宅は、同じ路線を二駅ほど下った所にあった。
拓けても寂れてもいない、新しい駅前から5分程歩いた所にちよりの自宅はあった。
僕たちはちよりの家から数十メートル離れた所で別れた。
次にまた会えることを疑うことなく。
どこのどんなカップルにも、本来次に必ず会える保証はない
とはいえ、もしもこのまま二度と会えなかったらと、心配するような二人はいないだろう。
僕は可能性的に、一般のカップルよりも低いことを認識しながらも、また会えることを当然のように振る舞った。
ちよりはそんな僕の内面に気づくことなく、嬉しそうに次の休みの予定を話し、笑顔で手を振った。