今週の朝礼では、看護師さんや受付さん、管理栄養士さん達へ
「前立腺癌 その②」として主に前立腺癌の治療について解説しました。
内容は看護師さんたちが日常診療のなかで「?」と思うことや
患者さんから尋ねれらそうなことを中心にまとめました。
以下は朝礼で話した内容のダイジェストです。
一般的なことの解説を行った後に、いま実施している私の方針(考え方)という順番で説明を行いました。
Ⅰ.何を基準に治療方法を選択するのか?
前立腺癌の治療方法には、
① 監視療法
② 手術療法
③ 放射線治療
④ ホルモン療法(内分泌療法)
⑤ 化学療法
などがあります。
まず、その患者さんが
(1)局所限局癌(前立腺に限局して転移がない)
(2)局所進行性癌(腫瘍が前立腺外に進展しているが転移なし)
(3)転移性癌(リンパ節や骨に転移している)
で分けて治療方針の大筋を決め、あとは年齢や合併症の有無、さらに局所限局癌であればリスク分類(PSA値やグリソンスコアなどで分類)で絞り込んでいく。
ということが基本。
Ⅱ. 監視療法とは?
ここも強調して解説しました。
前立腺癌には、癌と診断しても治療をすぐに開始しない
「監視療法」があります。
当院では今まで数名ですが患者さんがこの方針を選択していました。
「腫瘍マーカーPSA検査を契機に発見される前立腺癌の中には患者さんの生命予後に影響を与えないものが少なからず存在する」
ということが、この治療方針の背景です。
悪性度が低い前立腺癌(高分化型前立腺癌)であれば、15年間治療しなくても9割は癌死しないという報告もあるようです。
「監視療法」を選択するには転移がない前立腺限局癌で、PSA≦10ng/mL、前立腺生検での陽性本数≦2本、グリソンスコア≦6、PSA密度(PSA値÷前立腺体積)が<0.2あるいは<0.15などの条件があること。
また定期的な直腸診やPSA検査、そして1~3年毎の前立腺生検が必要であること。
患者さんが「監視療法」を受けるメリットやデメリットをしっかりと理解していることが大前提だと言えます。
Ⅲ. 手術療法について
こちらも転移がない「前立腺限局癌」であることが条件になります。当院からも多くの患者さんを前立腺癌手術目的で基幹病院へご紹介しています。
佐賀県では佐賀大学病院と佐賀県医療センター好生館が
da Vinci サージカルシステムを用いたロボット支援前立腺全摘術
( robotic-assisted laparoscopic radical prostatectomy: RALP)
を行っています。
意外と知られていないのが、患者さんの体位です。
患者さんは約25度の頭低位で手術を受けます。
つまり頭がかなり下がった状態、つまり「頭に血が上ったような状態」で数時間の手術を受けるそうです。
だから眼圧が上昇するので事前に眼科受診が必要になるそうです。
手術を受けるメリットがある患者さんは比較的若い人、少なくとも10年以上の生存が期待できる人ということになっているので70歳ぐらいまでが理想だと個人的には思っています。
当院では手術がふさわしい患者さんには、佐賀大学医学部付属病院や佐賀県医療センター好生館へご紹介しています。
Ⅳ. 放射線治療について
前立腺癌の放射線治療には、限局癌に対する根治治療目的と転移巣に対する疼痛緩和目的に施行する2つの目的があること。
根治照射には
1)外照射療法と 2)組織内照射療法があること、
そして1)外照射には
ⅰ)X線治療 とⅱ)粒子線治療(重粒子線と陽子線)
があること。
1)外照射の場合は
低リスク群:外照射単独(のこともある)
中リスク群:外照射前に3~6か月の短期ホルモン療法
高リスク群:外照射前に3~6か月のホルモン療法を行い
さらに外照射終了後に2~3年のホルモン療法を追加。
佐賀県には鳥栖市に九州国際重粒子線がん治療センター(通称ハイマット)があるわけですが、
X線治療と重粒子線治療の違いは、
①X線は体を突き抜けるが重粒子線は病変の場所によってエネルギーが届く距離を調整できる。
→病変以外の正常臓器への照射線量を低減できる。
②重粒子線はDNAの2本鎖を直接切断してDNAに大きな損傷
を与えることができるがX線はDNAの損傷が重粒子線より軽度。
→これを「重粒子線は生物学的特性が高い」という
③X線治療はだいたい8週間~9週間ぐらいの治療期間が必要なのに対して重粒子線治療は2週間~3週間で終了する。
→どちらも月曜日~金曜日まで連日通院。
組織内照射では、永久挿入密封小線源療法(低線量率組織内照射)が低リスク群には良い適応と言われている。
だだし、佐賀県内にはこれができる施設がない。
→福岡県の病院を紹介しなければならない。
佐賀市にある当院ではやっぱり重粒子線治療を希望される患者さんが多いようです。
個人的には、ハイリスクの前立腺癌の患者さんが優先的に治療を受けられるようにするのが理想だと思っています。
Ⅴ. ホルモン療法について
前立腺癌がアンドロゲン(男性ホルモン)依存性に増殖することから、アンドロゲンを低下させる去勢療法が中心。
これには外科的去勢(両側精巣摘除術)と内科的去勢(LH-RHアゴニストまたはGnRHアンタゴニスト)がある。
去勢療法以外のホルモン療法として抗アンドロゲン薬(ビカルタミドなど)やエストロゲン薬投与がある。
内科的去勢療法として使用されるLH-RHアゴニスト(当院ではリュープロレリン使用)とGnRHアンタゴニスト(デガレリクス:ゴナックス®のこと)の違いは、LHやFSHというホルモンが脳下垂体からでるのを抑制するという点は同じだが、抑制方法が違う。
だからそれぞれ利点・欠点があること。
リュープロレリンはアゴニスト(作動薬)だから一時的にLHの分泌が促進されて、そのあとに関連している受容体の反応が低下してLHが分泌しなくなる。
→ 前立腺癌の症状がある場合は一時的に症状が悪化する可能性があり、それを予防するために前もって抗アンドロゲン薬の内服治療が必要なこと、また効果が出るのに少し時間がかかる。
一方でGnRHアンタゴニストのデガレリクス(ゴナックス®)はアンタゴニスト(拮抗薬)だから、直接受容体をブロックするためすぐにLHの分泌が抑制される。
→ すぐに投与可能であり、効果がでるのが早いが副反応(おもに注射部位の痛みや腫脹など)がよく出る。
ホルモン療法はいつの日か効果がなくなる時がくる場合がある。
これを去勢抵抗性前立腺癌(castration-resistance prostate cancer: CRPC)と呼んでいる。
これに対しては新規抗アンドロゲン薬のエンザルタミド(イクスタンジ®)やアビラテロン(ザイティガ®)や抗がん剤のドセタキセルやカバチタキセルがある。
どの薬をどのタイミングで使用するかには、まだ決まった順番がないので、最新の情報と患者さんの状態で主治医が考えて決めているのが現状。
当院では新規抗アンドロゲン薬の使用から抗がん剤のドセタキセルまでは投与してます。
カバチタキセルは副作用管理の問題から必要な患者さんは佐賀大学病院に紹介しています。
長くなりましたが以上のような現在の原則的なことを中心にまとめた内容の解説をスタッフに資料を配って行いました。
この基本を踏まえたうえで、
現在、私が考えていることをまとめました。
☑ 前立腺癌の患者さんは多いが年齢は50歳前後の人から90歳近くになって発見される人など様々である。
☑ 症状がある人も、無い人もいれば、すぐに治療しなければならない人も当面は治療しなくても大丈夫な人もいる。
☑ 大まかな治療選択肢は医学的(科学的)根拠を元に決めることができるが、最終的な治療方針を決めるためには患者さん自身の置かれた環境(年齢や合併症、仕事や住んでいる場所など)や生き方(考え方)、病気に対する理解力、家族の考えなどいろいろなことを考慮しなければならない。
→病気の進行は通常は急激ではないのであせらずゆっくり考える時間がある。
☑ 患者さんとその家族が病気についてしっかりと理解して自分が納得できる治療方法を選択 しなければならない。
→時間をかけて十分な説明が必要。
☑ そのためには私たちが最新の情報を整理して患者さん達が理解できるように時間をかけてでもきちんと説明する必要がある。
☑ 医師(私)の説明だけでは理解できなかったり、聞きにくいこと、説明が不十分なことがあれば院内の看護師さんたちに補足してもらいたいので病気の知識や患者さんの状態を共有して欲しい。
ということを今は考え、これからも院内のスタッフと情報を共有したいと思います。
前立腺癌は診断から治療までの期間が非常に長いので、私たち泌尿器科開業医がしっかりと対応していく病気だと思っています。
最後に下の図は私が患者さん説明の時に使うものです。
根治治療を選択しなかった(選択できなかった)前立腺癌が将来的にどのように進んでいくかのイメージです。
患者さん全員が必ずこうなるわけではないのですが、自分がどの場所にいて、これからどのような経過を進むのか、そのためには今何ができるのかを説明するときに使っています。
前立腺癌についてはこれからもしっかり勉強しながら最新の情報を院内のスタッフに伝達し、すこしでも当院を受診して頂いた患者さんに有益な治療を提供できるように努力していきたいです。
注)上記内容は教科書や最新の論文やレポートを元に一般論をまとめて作成しました。
分かりにくい点や納得できない点などありましたら診察の際に質問してください。(あるいは現在の主治医の先生に尋ねてください)