「水球のまち柏崎」と東京五輪の誤算 2/2 | 猫と、水球。

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「水球のまち柏崎」と東京五輪の誤算 “皇帝”青柳勧、シンガポール代表率いる狙いとは

配信 THE ANSWER

 

東京五輪の開催により下がったクラブのメリット

「クラブは上手くいっていたのですが、誤算というか、イメージできていなかったのが、東京オリンピックです。柏崎に来なくても、日本代表を続けられる環境になった。日本開催のオリンピックということで、選手を支援して会社や自治体の活性化につなげたいというところが新たに出てきました。日本水泳連盟も年間300日くらいの代表合宿をして、所属クラブで練習環境を確保しなくても活動できるようになった。仕事をせずに競技に集中できる環境を得た選手もいて、マイナースポーツの選手がフルアスリート化しました。交通の便や商業施設、娯楽施設の多さなどから、大都市での生活を希望する選手もいて、ブルボンKZに選手が集まりにくくなった」

 

  これまで練習環境の確保に四苦八苦していた水球選手に、国内五輪の開催でプレーを続ける場が増えた。一方で、地方都市で地道に競技環境作りをしてきたクラブのメリットが相対的に下がってしまったのが、東京五輪における「誤算」だった。

 

 「クラブを作った責任者として、クラブの衰退を止めて、存続させることを考えなければいけない。さらにクラブだけじゃなくて、まちづくりを一緒にやってきた柏崎市の活性化を考えたら、日本一になるとか、日本代表選手やオリンピック選手がいるというだけでは難しい。イノベーションを起こして、クラブ特有のもので新しい価値観を生んでいかないといけない。そう考えていた時に、シンガポール代表監督の話があり、ウルトラCを思いついたんです」

 

  青柳の言う「ウルトラC」とは、国際性を含めた人財育成をクラブの新しい価値に加えようという狙いだ。日本一になる、日本代表選手が所属している、という競技面の理由だけでは、クラブが存在する説得力に欠けてしまうと思った。

 

 「地方都市にはいろんな資源があって、魅力あるものがいっぱいあるんですけど、それを活用できる人がいないと成り立たない。地方は人材に投資して資源にしないといけない。そこで、若い子が成長できる機会を与えられるようなクラブになろうと考えたわけです。10年以上、水球で頑張ってきたけれど、産業として成り立っていない。マイナースポーツで興行収入がないですから。じゃあ僕らがスポーツをする意味はなんだろうか。それを説明できないといけない」

 

  自分がシンガポールの代表監督になることで交流の機会が増え、柏崎の国際化が進むのではないかと考えている。

 

 「水球によってシンガポールと柏崎が直につながるようになります。シンガポールの水球強化という視点では、なかなか見つけられないスパーリングのパートナーが日本に得られる。実は、こういう希望を持つ国はめちゃくちゃ多いんです。でも日本って、英語が喋れないからとか、どうやって受け入れていいか分からないとか、そういう理由でできなかっただけで、地方にもいっぱい来てくれると思います」 

 

「学生なら、今はオンラインで授業が受けられる仕組みが整ってきているので、シンガポールで練習をしながら日本の大学に通うこともできます。柏崎のクラブの選手だったら、シンガポールも同じようなシステムで練習しているので支障が少ない。柏崎で冬にプールが使えない時にはシンガポールで合宿をしてもいい。昨年、僕たちが企画して始まったインターネーションカップに出場してもいい。ブルボンKZは柏崎の企業で働いている選手が多く、企業の東南アジア進出のきっかけにならないかとか。そんな行き来を10年くらい続けられたら、グローバルな人材が現れてくるのではないでしょうか」

 

シンガポールと地方都市が直接つながる価値

 スポーツ選手のセカンドキャリアにとっても、プラスの面があるのではないかとも青柳は話す。

 

 「特にマイナースポーツの選手は、このまま続けても将来食えるようにはならないと考えてしまう。水球を続ける意義ってなんだろうとか。でも、シンガポールと行き来しながら水球を続けるなかで、もがきながら水球以外の道に気がついたり、英語が使えるようになったり、チャンスが広がるきっかけが増える。海外を経験すると、大きく物事を捉えられる人が育ちやすいですし。以前は柏崎に来たら日本代表に入れるかもしれないよ、と言って誘いましたが、今後は柏崎の大学に来て水球やったら、海外遠征にバンバン行って、卒業した時は英語ペラペラになっていますよ、みたいなふうになる。なんか柏崎ってめちゃくちゃ海外とつながっているよね、と思われるようになるイメージを作っていきたい」

 

  小さな島の都市国家ながら世界的な金融センターとして存在感を増しているシンガポールだけに、交流によって柏崎市にもメリットをもたらす可能性もあると期待している。

 

 「約10年間、柏崎で仕事して、久しぶりに海外のシンガポールに来てみると『あれ? 日本の経済力って1位じゃなかったの?』と感じました。シンガポールは教育水準も生活水準も高くて、アジアでビジネスの一つの中心地になっている国です。そんな国と、地方都市が直につながるなんて普通じゃなかなかないですよね。しばらくコロナ禍でダメでしたが、格安航空券なら往復5万円くらいで若い子たちが行き来できた距離感です。水球のスパーリングでもそうですが、上のランクの人と組むと見習うところがあって、絶対にメリットがあると思います。そんなユニークな仕組みを作るのが僕の役割だと思っています。将来のことを考えると柏崎の水球にもメリットがある。ブルボンKZや街の活性化を、次のステップへ進めるための選択をしただけです」

 

  シンガポール代表強化とクラブの発展の両方を見据え、「皇帝」はダイナミックに新しい道を切り開こうとしている。(文中敬称略)

 

 ■青柳 勧(あおやぎ・かん)

  1980年生まれ、京都市出身。京都・鳥羽高3年で日本代表に選ばれ、筑波大在学中に1年間休学してスペインのプロリーグでプレー。卒業後、イタリアで3シーズン、モンテネグロで2シーズン、プロとして活躍。2009年に新潟産業大の教員となり、10年に大学のある新潟県柏崎市でクラブチーム「ブルボンウォーターポロクラブ柏崎(ブルボンKZ)」を発足させ、選手兼監督に就任。12年と18年に日本選手権で優勝した。12年ロンドン五輪出場権が懸かったアジア地区予選に日本代表主将として臨んだが、出場権は得られなかった。21年2月、シンガポール代表監督に就任。22年2月からはシンガポール水泳協会の水球のテクニカルディレクターを兼任している。