二十歳になった皆さんへ、と云うより、生きるのが訳の解らない人達へ、基、やはり自分へ、だな。 | ●×●の備忘録

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物忘れがきっと来る自分の為の備忘録

急いでも、

人よりどんなに遅れても・・


人生とか、何ゆえ生きるとか、意義とか、意味とか、答えとか・・・・・



これ、

ひょっとして、

いえ、

限りなく、


掴まらず、

1つに還らず、

亦、1つに帰すかもしれないものが・・


ひとがこの世で生きていく王道、意味って何なのかと、未だに解りません、


答えは自らが求める処にあって、でも正解はない、

けれど、その行き着く先繋がる何かにある、


思いに思い、でもまだ答えが見つからない、大概生きた気がしている人間も、今も悩むのです、


人間と云うものに生まれついた時から、

曰く人間なる、人生なる、大海か坩堝に生れて、


その答えを得るも得ないも、

結局、回帰し、

ただ朽ちる存在だと。


けれども、

その朽ちる、と云う事は、


不毛と云う事とはまた違うのだと、気づきつつあります、


生きるとは、

一縷、と云うものだとそれは何だかずっと感じていて、


つまり、

一縷とは、

綿々、

なのです、


綿々???

何を???

名を?

存在を?

現世を?


残すにこした事はない、

残せるにこした事はない、


何を綿々?

けれど、大概の我々は、

せめて単なる一縷ななんたるかで、残したり残るようなものもないのですが、


そう在りながら、

一縷とはまた、綿々と続く「時=想念」なのです、


時を造る綿々たる想念が、永劫を創っているのだと、何となく思っています、


未来=永劫を創るとは、


視える視えない何れの場所でも、

そういう類のリーンカーネーションなのではないかと思うゆえ、


みえる、みえない、

何でもいいし、答えが自分の知る世で見つからなくても、


漠とある綿々と繋がる一縷の想念に繋げる、


普通の人に、そう生きている訳や意味なんて中々掴まりません・・・

まして、そんなに上出来、まともな精神性でも徳でもないと、

でも、

なんだろうか、

なんだか、解らないけど何となく・・・

ここだよ、これはね、


流石に今更もう自分の力量にないそれこそ妄想?嫌、幻想です。


(閑話休題。

実は近頃安易に蔓延る流行のこの「妄想」なる言葉、

大嫌い、

本来「幻想」と云うほうがなんぼマシ、

妄想=それは「夢」にすらもならない無責任か邪道な戯言ちゃうのか??

叶わぬ、叶えぬ、見果てぬ夢「幻想」にもならない「妄想」??って??)


ただ、その程度でいいから、

その程度でも自分に思えたそこ、


そこを、魂の種には植えておく事、

(上手くいけば芽もでる???)


それが、

自分にとっての、


生きていくって事の、

一先ずの意味合い、


実は最早種も干からびそうで(苦笑) 芽が出る無しも置いといて、

せめて、種くらい植えたいもんだ。。。