急いでも、
人よりどんなに遅れても・・
人生とか、何ゆえ生きるとか、意義とか、意味とか、答えとか・・・・・
これ、
ひょっとして、
いえ、
限りなく、
掴まらず、
1つに還らず、
亦、1つに帰すかもしれないものが・・
ひとがこの世で生きていく王道、意味って何なのかと、未だに解りません、
答えは自らが求める処にあって、でも正解はない、
けれど、その行き着く先繋がる何かにある、
思いに思い、でもまだ答えが見つからない、大概生きた気がしている人間も、今も悩むのです、
人間と云うものに生まれついた時から、
曰く人間なる、人生なる、大海か坩堝に生れて、
その答えを得るも得ないも、
結局、回帰し、
ただ朽ちる存在だと。
けれども、
その朽ちる、と云う事は、
不毛と云う事とはまた違うのだと、気づきつつあります、
生きるとは、
一縷、と云うものだとそれは何だかずっと感じていて、
つまり、
一縷とは、
綿々、
なのです、
綿々???
何を???
名を?
存在を?
現世を?
残すにこした事はない、
残せるにこした事はない、
何を綿々?
けれど、大概の我々は、
せめて単なる一縷ななんたるかで、残したり残るようなものもないのですが、
そう在りながら、
一縷とはまた、綿々と続く「時=想念」なのです、
時を造る綿々たる想念が、永劫を創っているのだと、何となく思っています、
未来=永劫を創るとは、
視える視えない何れの場所でも、
そういう類のリーンカーネーションなのではないかと思うゆえ、
みえる、みえない、
何でもいいし、答えが自分の知る世で見つからなくても、
漠とある綿々と繋がる一縷の想念に繋げる、
普通の人に、そう生きている訳や意味なんて中々掴まりません・・・
まして、そんなに上出来、まともな精神性でも徳でもないと、
でも、
なんだろうか、
なんだか、解らないけど何となく・・・
ここだよ、これはね、
流石に今更もう自分の力量にないそれこそ妄想?嫌、幻想です。
(閑話休題。
実は近頃安易に蔓延る流行のこの「妄想」なる言葉、
大嫌い、
本来「幻想」と云うほうがなんぼマシ、
妄想=それは「夢」にすらもならない無責任か邪道な戯言ちゃうのか??
叶わぬ、叶えぬ、見果てぬ夢「幻想」にもならない「妄想」??って??)
ただ、その程度でいいから、
その程度でも自分に思えたそこ、
そこを、魂の種には植えておく事、
(上手くいけば芽もでる???)
それが、
自分にとっての、
生きていくって事の、
一先ずの意味合い、
実は最早種も干からびそうで(苦笑) 芽が出る無しも置いといて、
せめて、種くらい植えたいもんだ。。。