言葉の大切さ、今読んでいる本に書いてあった。
本の名前は
「上司が鬼とならねば部下は動かず」 染谷和巳氏著
第一に 言葉は思考の土台である。
第二に 言葉は国そのものである。
第三に 言葉は人間の成長の糧である。
同じ言葉も立場によって意味が違うらしい。
給与
社員は
「毎月定額支払われる生活費で、毎年上昇するもの。」 と理解し
経営者は
「能力と働きの見返り。 会社の業績が悪ければカットもダウンもある。」
実社会
常識的には
「自立した大人たちが法、その他秩序に従い、それぞれが責任をもって事故の任務の果たす努力をする現実の社会」
三省堂「新明解国語辞典」では
「虚偽と欺瞞(ぎまん)が充満し毎日が試練の連続であると言える、厳しい社会を指す」 とある。
社員と経営者が給与、もしくは実社会と言う言葉を使い会話をすると話は通じない。
とある。
ん~~~~なるほど。 だから僕と労務士の先生とでは話が通じないはずだ。 一つなぞが解けた。
話は変るが・・・この間ふと思ったことがある。
僕達が子供の頃って朝から晩まで空き地で「野球」をしていました。 遊びの中に考えてみれば「夢」がありました。
将来は野球選手になろう! 王選手の真似をして一本足打法。 長島選手の真似をして華麗な守備。
今、子供は テレビゲームに夢中。
夢中と書くが テレビゲームの中に彼らが将来なりたいもの、すなわち「夢」 ってあるのだろうか? 彼らの憧れってゲームの中にあるのだろうか?
僕が 永六輔さんの話が好きなことは何度も書いた。
東京では毎週土曜日の午前中、永さんのラジオ番組が流れます。 3週間くらい前かな、ゲストで大分県の「山ちゃん先生」と言われる人が登場。
山ちゃん先生は大分のある学校で保健室の先生をしていたそうです。
山ちゃん先生が言っていました。
「学級に知恵遅れの子どもを入れなくなったのは頃から子供がおかしくなってきた。」
今の学校はそういう子供を一つのクラスにまとめるらしい。
「子供は子供達で助け合い、そこから思いやりを勝手に覚えてゆく。 それをしないから思いやりの無い子供が出来ている。」
なるほど。 と思う。
灰谷健次郎さんの本の中にも同じような文章があった。 「兎の目」だったろうか、クラスで子供同士が助け合う場面が沢山出てくる。
こんど「兎の目」、読み返してみようかな。