田代宿~中原宿
地図がないとわからないと思われる道を進むと本陣跡、佐賀と久留米の追分道標があり、そこを右、佐賀の方へ。
道なりに進み鳥栖駅西の方へ。途中に中富くすり博物館の案内があった
八坂神社瓜生野
。鳥栖駅近くのところで食事、久留米ラーメン期待でラーメン屋に!典型的な久留米ラーメンではなかったがそこそこOK。
食事後風情のある通りが続き、しばらくして右折、細い道へ。程なくゆるやかに左折、轟の宿の方へ。
鹿児島本線と分岐したばかりの長崎本線のガードを潜った。
道真公縁と言われる姿見の池、腰掛石があった。姿見の池は京街道の小野小町の池を彷彿させた。
そこからしばらく、轟木川にかかる境橋を越えた。境橋とはもちろん対馬藩と佐賀藩の境のことである。
しばらくして右手に日子神社のところで街道は直角に左折している。ここに轟宿の案内板、標識があった。しばらく南進したあと道なりに西進し、轟宿を後にする。
西進していくと34号線に繋がる県道を超え、左手に工場、倉庫らしきものがあるところを進む。工場の方へ行かないように案内板があった。
遠く、九州新幹線のガードが見えた。
鹿児島に向かっているはずなので、西側に少し遠回りな気がする。新幹線のガードを潜って山に迫ったところでまた右手遠く、新鳥栖駅が見えた。
山を登るように進み、右手にゴルフ場、道路の上にはボール除けのフェンスがある。
やがて下りになり、一本松というところで国道を横切り、村田の六地蔵に。村田八幡宮を経て国道に平行な道となりやがて合流。面白くない国道の西進が続く。
やはり国道は面白くない。途中のバス停で休憩。なんでこんな所で休憩しているのかから始まり、街道歩きまで自問自答したくなるほどモラルが下がる。早速立ち上がり西進、無我の境地で我慢歩行。しばらくして佐賀競馬場が左手にあった。
五反三分の畑を潰して作った溜池、畑潰した恨み(笑)がその名に表現されている五反三分池を過ぎて大刀洗峠の郡境石、馬頭観音を見ながら進む、陽がやがて落ちそうな雰囲気となった。中原宿へと急ぐ。
左折し国道へ合流し、やや上りの道。昔の道の写真が。
北茂安へ向かう大きな交差点を過ぎて、すぐ左斜めに分岐する道があった。道標があった。国道から分岐している中原宿の方へ進む。西日が綺麗、沈んでゆくと少しづつ暗くなってきた。
途中、長崎街道の冠木門、道標があった。東木戸口から宿跡を経て西木戸口に来たところで終了かな。
東寒水で右折、三養基高校を経て中原駅へ。
丁度上り普通がでたところだった。何もない駅での30分超の待ち時間は大変長く感じた。屋根のない陸橋を超えて早めにホームに。すっかり暗くなってしまった。




































