無用者通りから猫逢瀬橋へ

横浜の街の特徴的な景観のひとつは 間違いなく海 そして港であろう
みなとみらい 山下公園 港の見える丘公園・・・
大都市ながらも ノスタルジックな異国情緒と解放感に満ちて
そんな東京湾に面した横浜の街も 南へと下るにつれて波音と潮の匂いは遠のいてゆく
ユーミンの 「 海を見ていた午後 」 ・・・ソーダ水の中の貨物船が沖合に見え
煙突と巨大タンクのコンビナート的風景に変わってくると
埋め立てられた臨海部は 発電所や立ち並ぶ大手重電・重機メーカーの工場が占拠
海岸線はその広大な敷地の向こう側 錆びついたフェンスに阻まれてしまうのだ

そんな大工場の間を縫うようにして流れるこの川は みなとみらいにも注ぐ大岡川の分水路
そしてこの水路に沿って数百メートル 海まで辿り着ける数少ない道路が延びている
左右は工場の敷地で抜ける道も無く 行き着いた海も護岸にフェンス張り
訪れるのは釣り人とごく稀に工場のパトロールらしき人影

それでも日中には 営業や工事 貨物など 「 勤務中 」 と思しき車がよく並んでいる
車内で気持ちよさそうに寝ている者もあれば ぼんやりと川面を眺める者
サボってる・・・なんて失礼なことを言わないでもらいたい
「 ひとはいずこより来りて いずこへと向かうのか 」
てなことを考えているかはともかくとして
まあ 「 非生産的 」 な空気が辺りに漂っているのも否定できないけれど
魂が抜けてしまいそうな 警戒感皆無の大あくびに 何故だか共感を覚えないだろうか
明らかにズレた周囲との時間の流れは 勾配の緩やかな河口付近の淀んだ流れと同調し
私の気持ちも共犯意識のようなものに包まれ この場の空気に親近感のようなものを抱くのだ
私はここを 「 無用者通り 」 と命名した (笑)
人間の知識は日々に進歩し、科学や技術は無限に進歩してゐる、それによって我々は現実のさまざまな困難や不幸を克服しうる、人間は自分の力で、現実の歴史や社会の中で、自由で幸福な生活を送りうるではないか、さういふ論もあり、事実もある。然しそれだけではをさまらない。我々の生活空間が、月にまで伸びても、なほそれを狭しとして、無辺際に遊ばうとする本性が人間の内にある。
雅と俗、虚と実、想と実、空と色、さういふ二元がでてきたのは、一方では歴史や社会の条件からであらう。歴史や社会の条件から生みだされたといふ発生時間を無視して、ひとたび、雅や虚や空にいたりついた者は、それを本質的に先なるものとして自覚する。世間無常、諸行無常において反って常を自覚し、遁世、韜晦において反って真の現実を自得し、旅こそ栖家といふ逆説を実行することが起る。実が虚によって、色が空に貫かれて、反って本来の面目を発揮するといふことは単に議論の遊戯ではない。すぐれた詩人が事実によって示してゐるところである。みづからの詩業を夏炉冬扇といった無用詩人の業績を思いだせばよい。虚や空や詩を、歴史の条件や科学の進歩でぬりつぶすことはできないのである。
やや 話が大きくなりましたが・・・
そんな虚と実の狭間に遊ぶ人々を横目に行き止まりの海まで歩いてみると
まさに分水路が海に注ぐところに その印のようにして 小さなコンクリートの橋が架かっていた

幅は一メートル足らずで 車両も通行できない
仮に出来たところで 渡ったその先は工場のフェンスで閉ざされて続く道も無い
これまた 無用の橋ではないか・・・
そんなことを思っていたところ

その橋を 一匹のネコ ( 命名 イシカワジマ ) が渡って来るではないか !

停滞した時間の淀みに吹き寄せられるように集まってきた われわれ無用者達に対して
イシカワジマの眼光は鋭く それは強い意志を宿しているように思われた
橋のほぼ中央で たもとにいる私と対峙したイシカワジマは怯むことも無く
戻ろうとする素振りも見せず じっとこちらの様子を伺っている
「 もしや ! 」
ハッと気が付いて 私が背後に眼を移すと
なんと そこには ! !

ヤツのハニー ( 命名 ハリマ ) とおぼしきネコの姿が !
知らぬこととは言え どうも猫の恋路を邪魔していたようだ

ハリマもジッと 橋の中央のイシカワジマへと熱い視線を注いでいる
「 これは どうも 失礼しました 」
と
二歩 三歩 と 驚かさないように後ずさりして 橋から距離を置いてみれば・・・

放たれた矢の如く ハリマの元へと 一気に駆け出す イシカワジマ !

タタッ !

シュタタッ !

「 いつまでも撮ってんじゃねーよ ! 」
「 ちったあ気を利かせろよ ! 」
と
イシカワジマ

われわれ無用者には行く手を遮る厄介なフェンスさえ
なんなく潜り抜けて 弾むように駆け寄っていく イシカワジマ
そこは造船・重機の工場 広大な敷地が廃材置場として使われているようで
いかにもネコが隠れ場として 遊び場として好みそうな場所になっている
イシカワジマ & ハリマ
仲良くな !

追いかける野暮はこれくらいにして 帰り道
ふたりの見つめ合った橋を渡りつつ 「 猫逢瀬橋 」 と 命名
ひとり
家路へとついたのでありました
やけに 名付けてばかりいた 曇りがちな午後でありました
「 はじめてのチュウ 」 RASMUS FABER PRES. PLATINA JAZZ 2