とおい冬の日

智恵子は東京に空が無いといふ
ほんとの空が見たいといふ
* * *
なんでも 揃っているはずの 東京に
ひとつ 足りないものが ふるさとだ
冷たい 冬の朝 記憶の空
あの頃の空は どんな色を していただろうか
仰げば 眼に飛び込む 白き稜線の連なりや
朝の光に 水面をきらめかす 滔々とした川の流れや
・・・
そして
また
ふるさとは いたる所に在る
古ぼけた商店街や 似たような建売の 窮屈そうな家並でも 構わない
眼に映る全てが ふるさとだった

かつては ありふれて 見えた そんな風景が
心の深いところに 根を下ろしていることに いまさらながら 気づく
懐かしく 時に いとおしく 恨めしく また 胸苦しく
貧しい生まれも 豪奢な家の跡取も カドの商店の兄弟も 両親共に教師の娘も
人は その土地に 風景の中に 生まれるものでもある
慣れ親しんだ 土地の 空気を吸って 空を眺め 石を蹴って 風に吹かれる
その風は 今も・・・

「 人間到る処青山有り 」
そんな 意気も なく 張った肩肘も 弛めて
身構えるでもない
私は よみがえる 風景の一部なのだから
とおく 今では
時折 吹き過ぎる 懐かしい匂いの風に
故郷の 面影を追って
酒に酔い 女に跪き(注) 旅を夢見て
いるのかも知れない
* * *
智恵子は遠くを見ながら言う
阿多多羅山の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとの空だという
あどけない空の話である。
( 高村光太郎 「あどけない話」 )
(注) 「跪き」は〈ひざまずき〉と読みます。間違え易いですが、決して「躓き」〈つまずき〉ではありませんよ(笑)
「 雪だより 」 松任谷由実
※ エッジのキズを息かけてみがく それは素敵な季節のはじまり・・・