しばらくまたまた更新が滞ってしまいました(ぺこり)
台本を書くくせに筆不精
これは一生治らないのかも知れませぬ
ということで、土曜日のよるに大竹野さんの追悼公演第二夜『密会』を観劇。
追悼ということや、密会が名作であることの噂やらで、チケットは完売……
バアイによっては、モニターで観ないと……という事態だったけど、
塚本さんに手配してもらって、どうにか客席で観劇。
このステージは、古賀先生らによるアフタートークもあるので、懐かしい顔ぶれが客席に並ぶ。
思わず20代に戻ったような錯覚にとらわれる。
あの当時は確かに、週末にはスペースゼロに泊まったり、カラオケに繰り出したりなんて
回想もしきり。
アフタートークで広瀬さんが言っていたことに賛成、という芝居だった。
カワマタグンジという昭和の犯罪者を愛おしく描きながらも、
それは社会の矛盾を突く、というのにはあまりにも私的で、
広瀬さんの言葉を借りれば、「家」というものに帰りたいけれど帰ることのできない男の話だ。
多分、大竹野さんが見ていれば、以前ウイングでやった再演のほうが完成度が高いというんじゃないかと感じた。
決してけなしているのではなく、視点が違うな、と感じたのである。
それは、テーマがあまりに直截に出すぎていて、解りやすいのだが、少し照れるくらいに
「お家に帰りたい」が出ているからだ。
無論イチ観客としては、解りやすくてとても喜ばしい清清しい、よい舞台だった。
けど、 故人の感覚を考えると、あまりにもベタで恥ずかしいのでは、なんて思ったりした。
ただ言えることは、関係者全員が大竹野さんに思いを馳せ、故人が生前には造り得なかった舞台を
構築している。そして、それは観るものの心を確実にワシヅカミした。
秋月雁氏のダンスも年齢のせいもあってか、意図的なのか、キレが悪い。
それが正にこの役柄=カワマタグンジのどうしようもない不恰好さ、やるせなさを示す。
人間はなかなか成りたい自分にはなれない。
またそのことを受け入れるのはとても辛いことだ。
けれど、それを受け入れられなければ、架空の世界を自分で築くしかない。
そんなベタなことを愚直に描くからこそヒトの心を打つ。
そんなベタなことが丁寧に綴られるからこそ世紀の犯罪者が他人とは思えない。
いい台本にかける役者の意気込み。
故人に対する思いが見事に結集し、素晴らしいアンサンブルが仕上がる。
演出名は故人だが、当たり前のことであるが、それは故人の演出ではない。
それが明確に顕われながらも、故人の思いが表出されているという点において、
この舞台は稀有な、唯一無二の舞台である。