田村隆一
「木」
木は黙っているから好きだ
木は歩いたり走ったりしないから好きだ
木は愛とか正義とかわめかないから好きだ
ほんとうにそうか
ほんとうにそうなのか
見る人が見たら
木は囁いているのだ ゆったりと静かな声で
木は歩いているのだ 空にむかって
木は稲妻のごとく走っているのだ 地の下へ
木はたしかにわめかないが
木は
愛そのものだ それでなかったら
小鳥が飛んできて
枝にとまるはずがない
正義そのものだ それでなかったら
地下水を根から吸い上げて
空にかえすはずがない
若木
老樹
ひとつとして同じ木がない
ひとつとして同じ星の光のなかで
目ざめている木はない
木
ぼくはきみのことが大好きだ
この詩は私の大好きな詩ですが、
心理テストにも、
「一本の実のなる木を描いて下さい」という
教示のもと、木を描いてもらう
「バウムテスト」

という心理テストがあります。
大学時代から勉強し、今でも臨床で
よく使います。
今、
誠信書房の
「臨床バウム」
治療的媒体としてのバウムテスト
岸本寛史 著
を読んでいます。
バウムテストの第一人者である、
コッホの言葉は
バウムテストだけでなく、心理テスト以外の臨床の場面でも忘れないようにしているスタンスです。
少し長くなりますが引用します。
「たくさんのバウムの絵を静かに眺めていると、バウムとの「心的」な距離が近くなる。
当初はわからない部分をそのまま持ち続け
どう理解したらいいかという問いを、何日も、何週も、何か月も、何年も、見え方の成熟過程がある地点に達するまで、問い続けていると、秘密に関わる何か自然と姿をあらわしてくる」
わからない部分をそのまま持ち続け
どう理解したらいいかという問いを、何日も、何週も、何か月も、何年も、見え方の成熟過程がある地点に達するまで、問い続ける
この姿勢は心理臨床に携わる者として
忘れてはならない、姿勢と思っています。