こんにちは!
金子です。
今日はあたたかい・・・![]()
ですが、
その分、
花粉が![]()
すごすぎる・・・・・・・・・・・・・・![]()
![]()
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マスク
に眼鏡
での通勤です。
今年は、
昨今の報道、通り、
よく飛んでますな~~~~![]()
![]()
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春は待ち遠しいですが、
この花粉の時期をどう乗り越えられるか・・・
それが問題です・・・![]()
こんにちは!
金子です。
今日はあたたかい・・・![]()
ですが、
その分、
花粉が![]()
すごすぎる・・・・・・・・・・・・・・![]()
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マスク
に眼鏡
での通勤です。
今年は、
昨今の報道、通り、
よく飛んでますな~~~~![]()
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春は待ち遠しいですが、
この花粉の時期をどう乗り越えられるか・・・
それが問題です・・・![]()
本日は、明日の卒業式の予行、
そして最終打ち合わせです。
3年生にとって、最後の大行事!
1,2年生はお世話になった先輩方を気持ちよく、そしてしっかりと送り出しましょう!!
![]()
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おはようございます!
金子です。
三寒四温、ようやく春の足音が聞こえてくるような陽気になってきましたが・・・![]()
夜は冷えますね…![]()
風邪には十分、注意してくださいね![]()
さて、
今回は「読書感想文が書けない!!
」と嘆く生徒に必読です!
そもそも「作文や感想文を書くのは苦手」という声を良く耳にします。
私からしたら
「なんで??文を作ればいいんだよ
」
「感想の文だよ![]()
」と思ってしまいます。
作文や感想文が苦手な方は、
どこかで「ちゃんと書かなきゃ
」とか
「下手に思われたくない
」などといった考えに縛られてはいないでしょうか??
生徒にも良く言うのですが、
「君が読んだ感想を書けばいいのよ、深く考えずにそれだけだよ
」
と助言するのですが、
大半が
「えー
そんなこと言ったって、どう書いていいのかが分からないんだよ、先生
」
と返ってくることが多いです。
その際に私はこう続けます。
「今君が「どう書いていいのかが分からない」ってことから書けばいいんじゃない??
」と。
そうすると、
大体の生徒が
「きょとん…(T_T)」
としますけどね…
つまり、
感想文の冒頭に
「私は今回~~という著者の○○という本を読んだ。読み終って感想文を書こうと思い、
筆をとったが、どう書いていいのかが分からない。
面白かった点や著者が何を言おうとしているのかが全くと言っていいほど私にはわからなかった」
という書き出しはどうでしょう??
これも十分、読書感想文と呼べるのではないでしょうか??
だって、読書した感想って、一人一人違うのが当たり前だし、これっていう正解ってないですよね。
なぜなら感想だから!!![]()
実際に私は高校生の時、
ヘミングウェイの
「老人と海」
という有名な本の感想文を
上記のような書き出しで始めて、
めちゃくちゃ批評したら
(若気の至りも十分にあったかと思いますが、今でも、すごく生き生きと自分の想いや感情を文字に記していたことは覚えています
)
なんと・・・・・・
高校生の読書感想文大会みたいなのに、
選ばれて、
たしか何らかの賞(佳作かなんかかな)を頂きました。
今考えれば、私の自由な意見(いや、勝手な意見だな)を受け止めて、
認めてくれた国語科の先生に感謝ですが…![]()
あの時に、ふと、
「思ったまま、感じたまま、表現してもいいんだ
」という感覚を抱いたと思います。
それは本だけに限らず、絵や音楽、詩、彫刻、などといった芸術と呼ばれる表現に通ずる大切な感覚でしょう。
正解がなく、無限大な可能性があるからこそ、難しさもあり、逆に楽しみもあるかと思います。
それは子どもの成長や人間の可能性にも言えることだと思います。![]()
なんらかの制限や縛り(厳しさ)が大切な時がもちろんあります![]()
![]()
しかし、時にそこから解き放たれて、自分を解放することによって新たな一歩や新たな境地に至ることが出来るのではないでしょうか!!
追:読書感想文の書き方は参考になりましたでしょうか?
しかし、中には「こんなのは感想文ではない!!」と仰る方もいるかも知れませんので、
その際の責任は負いかねますのでご了承を!!(^-^)
おはようございます!
金子です。
まだ寒い日が続きますね~~![]()
スクールカウンセラーとして勤務する公立中学校でも、インフルエンザがちょこちょこ見られる学校がありました。
私は今年はなんとか、かかっていません!![]()
が油断は禁物。手洗い、うがいをまめにしていきたいと思います。
あとはマスクですね
。今日も、ウラゾノに通勤する際、乗った車両を見渡してみると、ザッと半数以上の方がマスク着用していました。
それに加えて、携帯電話ですね・・・
ほぼ8割の方が携帯を見ている。そしてスマートフォン・・・
(私は、まだスマートフォンではなく、俗に言う「ガラ携」です・・・)
個人の自由とは思いますが、一昔前の電車内の光景とはだいぶかわりましたよね~
多くの人からスマートフォンの便利さや有用性を耳にしますし、実際にメール機能や音楽プレイヤーとしての機能など、私も、スマートフォンにしたら、その機能の便利さにどっぷりはまる気はしています。
けれども、どこか、スマートフォンを持つのにためらいが・・・時代錯誤と言えば、このご時世、その通りだと思います。
しかし、どこかふん切りがつかないのです。
なぜなら、重なりますが、一度持った文明の利器はなかなか手放せなくなるのが自分でわかっているからだと思います。
とりあえず、私は今の携帯が壊れるまで、スマートフォンを持つことはないと思います。
そんな中、携帯について、面白い本があったので引用しますね。
『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』 森 健
河出文庫 2012
携帯電話の普及
「場所」を指定してかける固定電話とは異なり、携帯電話は「人」を指定した。その場所にいると思われる人ではなく、持っているその人を呼び出すことを目的とした。
確かにそうですね~~
私が高校生の頃、気になる女の子の自宅に電話するときは、非常に緊張したものです・・・
今はその心配はないですよね。
逆に自宅の電話には「オレオレ」という電話ばかりかかってくるような時代でしょうか・・・
次いで、
承認欲求
いま私を認識してほしい。
いま私に声をかけてほしい。
世間に広がるコミュニケーションツールから響いてくるのは、溢れる程の承認欲求だ。
「そのうち」でも、「いつか」でもなく、
いまリアルタイムにコミュニケーションを取りたい。
その同時性の欲求をツールは、
難なくかなえてくれる。
(中略)
ネットワークを使ったコミュニケーションはお互いの意志を自由にやりとりするものから、
お互いを把握するものに変わってきたということだ。
より強い言葉で言えば、「お互いを管理し、束縛するもの」とも言える。
そう捉えると、コミュニケーションツールを巧みに操ってウェブで発信を繰り返す人たちは、
監視などあまり気にならないかもしれない。
放置されるくらいなら、むしろ監視してほしい。
そんな欲求の方が強いとすれば、
一層、コミュニケーションはオープンかつリアルタイムになって行くだろう。
*↑この説から、引きこもりの方々がはまるネットゲームは理解がしやすいのではないか…
やはり人間、「一人では生きていくこと」は出来ないのではなかろうか。
ネトゲにはまる人も、根底は
「私を認めて欲しい」
「私の存在を忘れないで欲しい」という想いゆえに、インターネットを通じて、かろうじて人とつながっているのではなかろうか・・・
「放置されるくらいなら、むしろ監視してほしい」
極論ではありますが、このように感じる方はいらっしゃるのではないでしょうか??
ストレス解消のためにやり始めたブログやSNSなのに、自分の記事にコメントや良い評価がつかないことで落ち込んでしまう
(つまり新たなストレスを生んでしまっているという負の連鎖・・・)方は多いのではないでしょうか・・・
ほどよい、人との距離や関係性は人それぞれ異なることだとは思いますが、
「適度な距離感」
は人間関係をスムーズにすすめていくために
必要なことですよね!!
おはようございます!
金子です。
2011.3.11のブログにて、
岩波文庫の「読書という体験」
をあげましたが、
先日、同じような著者の読書に関する考えをまとめた書物に出会いました。
「告白的読書論」 中公文書 石井洋二郎
より引用
P142
「客観的情報を機械的に処理して割り出された必然的な出会いというのは、決して人を満足させてはくれない。
出会いはやはり偶然に起こるからこそ出会いなのであって、これがすべて合理的に統御されあらかじめ組織されてしまったら、
もはや「ときめき」など生まれる余地はなくなってしまう。
一定の情報を入力しさえすれば常に最適の答えが提供されると言うのは、なんとも味気ないメカニズムではないか。
(中略)
だからやはり、本は現物を手にとってみるべきだ。
別に自転車で古書店通いをしなくてもいいけれど、新刊書店でも、図書館でもいいから、とにかく実際に足を運んで、実際に触れてみるべきである。
もしかすると、探していた本の隣に、ネットではけっして見つけることのできない本、
みつからはずのなかった本が見つかるかも
知れない。
それによって、星座の構造が一新されてしまうような、思いもかけない本がひそんでいるかもしれない。
思春期であろうと中高年であろうと、
出会うべき書物と出会うためには
それなりの時間と手間をかけることが
必要なのである。」
私は少し空いた時間に、本屋さんに行くことが多いです。
そして、手帳にメモしてある、
本(新聞や、雑誌、専門書などの中で気になった本)の売り場に行くのですが、
「購入しよう!」と意気込んでいくのではなく、
ふらっ~と立ち寄ってみる感じで行くことが
多いです。
そして、その目の前に並べられている本を眺めて気になったものを手にとってペラペラめっくてみる。
そこで案外、引用した石井氏の言う
「出会うべき書物」に遭遇することは少なくはないです。
ちなみに、この「告白的読書論」もふらっと立ち寄った書店で偶然に手に取った本の一つですが、
私が思春期や大学時代に興味を持った本と共通な部分もあり、
「偶然だなぁ…
」という感想を抱きつつ、
興味深くすっーと読むことが出来ました
。
本を紹介するブログのようにもなっているような気がしますが、
また面白い本
があれば、
紹介したいと思います![]()