臨床心理士 金子泰之の「行き当たりバッチリ」日記 -18ページ目

こんにちは!!



浦和高等学園の


金子です。


http://www.urazono.net )


 今週の頭に金子は、



綺麗に風邪をひきました・・・カゼカゼカゼメラメラ



久しぶりに39度台の熱メラメラ爆弾叫びが出てしまいました。



インフルエンザではなかったので、一安心ですが・・・



薬を飲んで、ゆっくり寝たら、

熱は下がりましたダウン



免疫力が下がっていたと思います。



皆様も是非、ご自愛ください!!!



さて、




明日から





ウラゾノ、文化祭!!!



今日は最終準備です!!




私はカウンセリングも入っていますが、



それ以外の時間は、



生徒のみんなと準備を


したいと思います!!!!









こんにちは!!



久しぶりに写真を載せます。



言い訳がましいですが、


私の携帯は


俗に言う、


ガラ携帯なので



食べ物や風景を写真に撮る習慣がないので、



なかなか写真がないのです・・・ガーン



って、やはり言い訳ですね、すいません


m(_ _ )m



そんな中、


久しぶりに撮ったのは、




恐縮ですが、



私の皮靴です音譜


以前は、自分で磨くことがあったのですが、




今は、有楽町駅前の交通会館



という建物の下にある、



靴磨きの



スペシャリストに依頼して


磨いています。


(是非、興味がある方は一度体験してみてください。ピカピカになりますよ!!アップべーっだ!ひらめき電球



臨床心理士 金子泰之の「行き当たりバッチリ」日記


この写真じゃ、


ちと、


よくわからないかも知れませんが・・・



身が引き締まる思いです。


靴磨きの腕は



まさに職人!!!



靴に負けないよう、


自分自身も



磨いていきたいと思います!!!






こんにちは!!



浦和高等学園の


金子です。


http://www.urazono.net



朝は日が出ていました晴れが、雨ですね雨


今日はやや堅い話をしたいと思います。



まずは、引用から・・・





「共依存」 苦しいけれど、離れらない  


信田さよ子 朝日文庫新刊


P60 


~共依存と呼ばれることで解放されたもの~


 カウンセリング場面では、

CLがこれ以上ケアを与えないほうがいい、

ケアを与えてはいけないと判断される場合に、

「その行為は共依存です」と伝える。


もちろんそれ以前に、


ケアの仕組みやケアのもたらす危険性などを学習してもらい、カウンセラーの判断の根拠を共有してもらうことは欠かせない。


 子どもが引きこもりや摂食障害の母、

AL依存症の妻などがカウンセラーからそういわれたとき、多くの妻や母達は驚くだろう。


ケアを当たり前として生きてきた妻たちが、


「良かれと思ってやってきたことが、夫をさらに依存させることだったのか」


と自覚すれば、


長年のケアの与え手としての時間が否定されてしまうような感覚に襲われるだろう。


 しかし、しだいに訪れるのは途方もない、


解放感である。「ケアを撤去する」「世話を焼かない」「夫の問題は夫に任せる」といったカウンセラーからのアドバイスは、


彼女達によくよく問いかけてみれば、


なぜここまでケアをしてきたのか、


当然のようにケアの与え手を引き受けてきたのかについての答えはない。


「そういうものだと思ってきました」


「世の中ってそういうもんでしょ」


「みんながそうするものだと思ってました」


という判で押したような答えしかない。


時には


「それが愛情だと思っていました」


とこたえる人もいる。

 






私はウラゾノでの保護者面接では、


「共依存」という言葉はあまり用いません。


しかし、


関係性が出来てからは、


自明のことですが、


<自分のお腹を痛めて産んだ子どもの幸せを願わない母親はいないと思います。


しかしながら、お母様が、よかれと思っていたことが、

もしかしたら、子どもが自ら考え、

行動していく能力を妨げていた可能性もあるかもしれないのです。


なので、今後、ぜひ、ここで今までやらなかったことをやるか、今までやってきたことをやめるか。


家族の中でのお母様の行動を変えていくことが、


お子さんの行動に何らかの変化を生み出すことに

なります。

なので、こうしてお会いしたのも何かの縁、一緒に考えていきましょう>


といった文言を保護者に伝えることが多いです。



 ここで、問題になるのが、


保護者の方々が、これまでされてきた


自らの行動や習慣、


そして


そのご家族の関係性を変容していくことは、


並大抵のことではありません。


自戒の念もこめてですが、


自らの習慣を変えていくことは


頭では理解するも、


行動に移すことは容易ではないでしょう。


しかしながら、


ここでの保護者の方々の

「覚悟」が重要となってくると思われます。
 


その覚悟を保護者の皆様に抱いてもらうように支援していくのが、

専門家の腕だとも思っていますが、


いくら私が、


関係性を構築し、


その後、心理教育や、過去の経験、知識を説明し、お伝えしても、


保護者の方々が


「変わらないと」


という覚悟がなければ、



子どもの変化は期待できないといえます。




このことを、

私はよくダイエットに例えることが多いです。


「やせよう、やせよう、と思っていても、食べる量や運動量を変えないと、痩せられない」ということです。
 


実際に、


保護者自身が



「覚悟」をもって


子どもへの対応を試行錯誤しながら変えて


行動に移して頂けるケースは、


正直、子どもも変わることが多かったです。


(私の実体験ですが・・・。)



 

カウンセリングは万能ではありません。



しかし、少なくとも、





何らかの変化を生む、きっかけには


なると思います。


一人で抱え込まず、


是非、お気軽に問い合わせなど

していただければと思います。



さて、


午後もやっていきます!!



ではでは~~





おはようございます!!



浦和高等学園の


金子です。


http://www.urazono.net)


今日は暖かいですね晴れ


今日はYシャツにストールで


出てきましたにひひ



夜、少し寒いかな・・・・ペンギン



燃えていきたいと思います(笑)メラメラにひひ


いや、


適温でいきたいと思いますニコニコ晴れチョキ




ではでは、


今日もよろしくお願いします!!















こんにちは!!



浦和高等学園の


金子です。


http://www.urazono.net)


だいぶ涼しくなりましたね!!


またまた興味深い本がありましたので、


ご紹介しますね。

道尾秀介 著 

「プラムナード」 

ポプラ文庫


P217
 美味いラーメン屋に行列が絶えない理由を、

以前あるテレビ番組で検証していたのだが、

どうやらこういうことらしい。
 


 ラーメン屋の前に並んでいるお客さんたちは、

並んでいる間にどんどん空腹になっていく。


しかし、徐々に目的地である店内に近づいていくので、その空腹を不快なものとして感じない。


そして一杯のラーメンに対する渇望が胸の底でぐんぐん高まっていく。


やがてお客さんは店のドアに入る。


すぐ目の前で、他の客がラーメンをすする音が聞こえてくる。この音がさらに食欲をそそり、ラーメンに対する渇望はマックスへと近づく。


まさにそのタイミングで、お客さんは席への案内されることになり、そこで出されたラーメンは、本来よりもずっと美味しく感じられるのだとか。
 


 だから、行列の出来るラーメン屋はいつも行列が絶えないのだそうだ。
 


 要するに、あのお客さんたちは、「並ぶ」という行為でラーメンの美味しさを倍増させているのだ。


払う金はそのままで、ただでさえ、美味いラーメンをいっそう美味いものに変えている。


あの人たちが「上乗せ分の美味さ」に対して支払っているのは、お金ではなく時間だ。


まさに「時は金なり」。こういった上手な時間の使い方を、家庭や学校で、もっと子どもたちに教えてあげたらいいんじゃないかと思う。
 


 昔読んだドラえもんの漫画に、

タイムライトという秘密道具が出てきた。


時間の流れを可視化するというすごいライトで、


毎日をダラダラと過ごしているのび太くんを

戒めるため、ドラえもんがこのライトのスイッチを

入れて見せると、


のび太くんのまわりで「時間」が濁流のように

轟々と流れ去っていくのがはっきりと見えるようになる。その光景に恐れおののいて


床に這いつくばるのび太くんに、


ドラえもんは怖い顔をして言う。


「よくみておくんだね。きみがひるねしている間も、

時間は流れ続けている。一秒も待ってはくれない。

そして流れ去った時間は二度とかえって

こないんだ!!


かりに一日三時間、時間をむだにしたとして、

月に九十時間、年に千八十時間。

十年なら一万時間以上。

こうして無駄に流れていったんだよ」
 


 思えば僕たちは、

このときのドラえもんのような言葉を大人から

言われ続けて育ったのではないか。

時間を無駄にするなと、親や先生は口をそろえて言う。ドラえもんを責める訳ではないけれど、

子どもころから無駄=悪事であるかのように刷り込まれてきた僕たちは、

今では無駄な行為をすることが難しくなってしまった。



ニコニコ





長い引用になりました。


このエッセイを読んで、思いついたことが二つチョキ



一つは、高校時代からのファンである、


スチャダラパーという3人グループがいるが、


そのグループの


「ヒマの過ごし方」という名曲(私にとって?!)
がある。その中に




ヒマを見つけて ヒマを知れ
ヒマを生き抜く強さを持て
一生 棒に振るくらいの
ヒマとゆとりを持って進もう
人の数だけヒマはあるのだ
それこそ当たり前のことなのだ



という歌詞がある。


久しぶり、自室で聞いてみたら、


涙が出そうになるくらいジーンときた。


また同じアルバムに入っている


後者~ザ・レター
という曲もすばらしい。




今を生きる人
ヒマを生きる人




とある。




もう一つ、


思い出したこと。

大学時代、

友人宅に男4人くらいで一緒に
暮らしていた時期がある。



その中の一人にパワプロ野球べーっだ!


という野球ゲームに熱中し目

昼夜逆転の生活をしていた友人がいたショック!



彼は私たちが寝るころになると、

そこはかとなくテレビテレビの前を陣取り、


ゲームのスイッチをつける。



そして、朝7時ころ晴れ

になると、「朝だよ」と起こしてくれる。にひひ


いわば、人間目覚まし時計のような奴だった時計シラー




彼はきれいに、大学を留年したが、



今は某有名企業の結構な役職について
相当な額のサラリーを稼いでいる。にひひお金


私の周りには、


ヒマを過ごしてきた人間が結構いる。


みな、優しくて懐の深い人間だと私は思っている。


そして、


みなに共通しているのは



ヒマを本気で過ごしていたということだ。



中途半端ではない、

夢中になってヒマを生きている。



中途半端にダラダラとヒマを過ごしていては

いけない。




夢中に、本気で、周りがまったく見えなくなるくらい、



ヒマを過ごすことが


今を生きることになるのではなかろうか。