精神病棟の仲間達2
菜々子ちゃん(仮)という子がいた。
名前は食事についている名前プレートで分かった。
わたしが病棟で仲良くしてたグループには通称「不思議ちゃん」と呼ばれていた。
菜々子ちゃんはいつもしかめっ面をして一人でいたが、ほとんど部屋から出てこなかったのでその姿を見たことない人もいた。
声をかける人もいたが、そのほとんどに「…いや…」と小さい声で返事をし手を振る仕草をして部屋に戻ってしまう。
グループで話してると菜々子ちゃんが部屋から出てくることがあった。
「不思議ちゃん出てきたね〜今日は調子いいのかな」
「え? 不思議ちゃんって誰?」
「ほら、403号室の若い子」
菜々子ちゃんが部屋から出てくると結構な確率で話題になった。
わたしは、仲良しのグループとお茶をすることもあったが、本を読みたい時と日記を書く時は別のテーブルで一人で過ごすことも多かった。
ある時、ポツポツしか人がいないリビングで不思議ちゃんが部屋から出てきてわたしの机の向かいに座った。
わたしは「なぜそこ!?」って思ったがあんまり刺激を与えないほうが良いだろうとしばらく無視して日記を書いていた。
不思議ちゃんは動かなかった。
チラっと見てみると困った顔をして黙って座っていた。
わたしはちょっと話してみようと思い目を合わせてみた。
少し目があって不思議ちゃんはすぐに自分の持っているノートに目を落とした。
わたしは机の上に腕組みをして頭をのせ前のめりに座り直して声をかけた。
「ねぇ、そのノートなに書いてるの?」
不思議ちゃんは何も言わなかった。
わたしはもっと突っ込んでみた。
「ねぇ、名前書いてるの?それ」
「うん。わたしの名前。」
不思議ちゃんが答えてくれた。
わたしはうれしくなって色々聞いてみた。
何歳なの? いつから病院いるの? 家族は? みんなでご飯食べないの?
不思議ちゃんの答えは、あ、これは嘘だろうなという答えや、妄想だなという返事が多く、話は飛び飛びで一度飛ぶと二度と戻ることはなかった。
そのうち不思議ちゃんは自分からもしゃべりだした。
「ねぇ、年賀状届いた? わたし、しょうこちゃんにだしたんだけど…」
(なるほどわたしはしょうこちゃんか。)
「…ん〜。どうかな、家帰ったら調べてみるね。」
不思議ちゃんは「よかった」というとうな一瞬してすぐまた質問してきた。
「渋谷でバッタリ会ったこと覚えてる?」
「…ん〜。そうだったかなぁ。笑」
「きゃっ!!!」
不思議ちゃんが突然大声をあげた。
「やだ! いま知らない人からかんちょうされた〜!あはは!」
「あはは!だいじょうぶ?」
「お父さんは舞台作家なんだー。」
「お父さん?」
「部屋の隅にね、塩を置いとくといいんだよ」
「あーそうなんだ」
「好きな歌手はいる?わたし、歌いびとになりたいんだ…」
「わたしはアユが好きだよ」
こんな調子で話してるのか一人ごとなのか分からない時間を私たちは過ごした。
「もうこんな時間。薬もらうの一緒に並ぼう?」
そう言われて一緒に眠る薬をもらう机に並んだ。
「また明日ね、絶対ね!」
不思議ちゃんは名残惜しそうにそう言った。
「うん、おやすみ、また明日ね」
(わたしのこと、忘れちゃうんだろうな…)
わたしは思った。
次の日、不思議ちゃんは1日部屋から出てこなかった。
わたしは不思議ちゃんの部屋の一番近い席にいつも座っていたのでいつものように席に座りご飯を待った。
部屋からかすかな歌声が聞こえた。
アユだった。
覚えていてくれたのかな。
わたしは嬉しくなった。