夜間、長いときは授乳間隔が6時間とかあく我が子。
その間、胸がカチカチになって眠れない母。。
贅沢な悩みとはいえ、毎日夜が怖いです。

が、今日は奇跡的に3時間で起きて飲んでくれた!
ので、早朝にカフェオレで祝盃中。

先日、
で書いた方には、シルバーウィークに我が家に来てもらうことにしました。
そう決めたのは私なのに、まだモヤモヤ。
その人、自分のムスメさんに赤ちゃんてものを見せたいんだろうな……っていうのが透けて見えるのが引っかかる。
「うちの子は、あなたの子の教材じゃありません!」
と思ってしまって。
でも、その人もムスメさんも、一緒に職場有志の旅行に行ったことがあるくらいの仲。基本的には信頼してる。
なのに、なぜ。

うん。
わかってます。
仲のいい人とほど、お金の貸し借りをしたくない、みたいな心理。
トラブルのもとを敢えて作りたくないし、何かあったらお互い不幸だと思うんですね。
もっとはっきり言うなら、その人にも私と同じように考えてほしかった。
そして、敢えて遠慮してほしかった。
そこを押してくるほど、ムスメさんの「体験」を増やしてあげたいんだね。
ムスメさんのこと、大事なんだね。

だけど、私も自分のムスメが大事なんだ。
大事なものを挟んで、あなたとトラブルになりたくないんだ。

ううん、今まで目をつぶってきた、あなたの無神経さを、これ以上苦々しく思いたくないんだ。

本当は、ムスメさんの学校で病気が流行ってないか、風邪ひいてないかとか聞きたい。
うちに入るときに、イソジンでうがいしてもらいたいくらい。

だから、せめて、ムスメさんに抱っこさせるのだけは断ろう。
最後の最後の、砦。
首すわり前なので、抱っこはしてもらえないけど……と、予め言っておこうと思います。

はあ。
こんなことなら、さっさと断っておけば良かった。
気が重いな。


娘がよく目を掻くのだけども、時々指が目に入るのを、うわあダメだよーと阻止しつつ、どうにかならんかなと気になっていた。
まぶたに赤いポツポツがあって、それが痒いんじゃないかと仮定。
皮膚科もやってる小児科があったので、行ってみました。

大丈夫だと思うけどねえ、と言いつつ抗アレルギー剤出してくれたけど。
使わないでおくことに。
おおごとではないことはわかったので。
ちゃんと診てほしいなら眼科に行ってとのこと。
まぶたって、眼科案件だったんですね…知らなかった。
そこのお医者は、皮膚科は皮膚科でも、美容外科寄りでした。
良ければかかりつけにしようと思ったけど、やめておきます。
「つまらないことで来て、すみません」
と言ったら、うん、って言われてしまいました。
だけど、おおごとを気付かずスルーしちゃうのも怖いんだよね。

その後、知り合いから別の小児科を教えてもらったので、予防接種の予約を取りました。
そこがかかりつけ医になればいいな。
乳腺トラブルがあり、桶谷式の助産院に行ってきました。
授乳間隔があく夜間に胸がこわばり、痛くて腕が上がらなくなってしまったのです。
授乳したら治りましたが、夜になるたびに腕が上がらなくなる恐怖に怯え、焦って予約を取りました。

マッサージは痛くなく、快適。
施術してくださる助産師さんの髪や眼鏡が、みるみる乳しぶき?で真っ白になっていく様子にびびった初回。詰まっていた母乳のカスみたいのが取れました。
ああ、腕がちゃんと動くって快適!

ときに、宗教みたい、と言われる桶谷式ですが、出産した病院に紹介してもらったため、私の中では逡巡する余地なし。
私が行ったところは特に何を強制されるでもなく、極端なことを言われるでもなく、至って穏当、
「無理だったら、こういう方法でもいいわよ~」
という感じで、ホッとしました。

今まで、コレが原因だとわかると、ではそれを克服しましょう! という思考になっていたのだけども、
こと育児に関しては、その思考回路はとっても自分を追い詰めるのだということに気づきました。
ベストな方法以外がNGなんだとしたら、人類がこんなに繁栄しているはずがない。
古今東西のお母さんたちは、ベストなやり方でなくても試行錯誤して、その母子に合ったやり方でしのいで、育児をしてきたんだなと思いました。

少し、肩の力を抜こうと思った助産院通いでした。


私が娘を出産した日の前日。
ちょうど陣痛が始まったあたりのこと。

私の大好きだった祖母が、そのとき息を引き取っていたのだと、つい最近知らされました。
母乳の出とか産後の回復に支障があるといけないからと、家族は私に黙っていたとのことです。
当然、私の入院中にお通夜や告別式は済んでおり。


一番近しくて、一番可愛がってくれた祖母。
私は、思春期の頃も悩み事があると、いつも電話で祖母にこぼしていました。
数年前から認知症を患い、グループホームにいたけれども、母と私と弟のことは憶えてくれていて。
訪ねて行くとニコニコしてくれるのが嬉しかった。
認知症が発覚したのは、祖母が母に向かって、
「うららが結婚したい人にお金がなくて困っているみたいだから、ちゃんと相談に乗ってあげて」
と言ったことが発端でした。
そんな事実もなかったし、祖母にお金の相談もしていなかったので、おかしいぞと。
(結婚の話はあったけど、支障のない範囲の金額でしか考えていなかった)
小さい頃からずっとずっと見てくれていて、最後の心配も私のことだった祖母でした。

グループホームの七夕で、短冊に
「夫が毎日訪ねて来てくれますように」
と書き、祖父が毎日行かないと(それでも週に2~3回は行っていた)、「短冊に書いたのに」とふくれるような、可愛らしい人でした。
私は、親戚の誰が亡くなるよりもこの祖母が亡くなることが怖く、そうなったら私は一体どれほど落ち込むだろう、果たして日常生活が送れるだろうかと、考えるだけで怖かったものです。

それが、こんなに呆気ないお別れ。
一番大切な人の、お別れの式に出席することすら叶いませんでした。

今もまだ、グループホームに行けば、祖母が元気で待っているような気がします。
在りし日の、美しく控え目な祖母。
何でもない日に囲む食卓、食事の最中に目が合うと、必ず静かににっこりと微笑んでくれた祖母。
思い出すと、幼い頃の懐かしい記憶に、胸がスンと締め付けられます。
今はきっとあちら側の世界で、認知症から解放され、穏やかに過ごしていることでしょう。
私達を、あの微笑みで見守ってくれていることでしょう。

前日に帰って行った命と、翌日に新しく来訪した命。
二つの命の間に立ち会ったことが、まるで不思議体験のようです。
だけど、世の中はそんな神秘に満ちていて、その繰り返しで成り立っているんですね。


ところで、ハタと気付いたのが、お祝いなんだか喪中なんだかのややこしさ。
出産祝いをたくさんいただいてしまいましたが、いただいたときは私は祖母の死を知らなかったので……
「実は喪中でした」って、遡り?
内祝いやお祝い返し、どうすんのー(つД`)ノ


両親ともから「育てやすい」と驚かれるウチのオシメ様ですが、私としては結構大変に感じていたりしますf^_^;)

今の所、夜は2、3時間ごとに授乳が必要ですが特に泣いたりすることもなく、飲んだらサクッと就寝。
その分を取り戻すかのように朝6時頃から昼までは1時間に1回の授乳。
午後は少し落ち着いて、1時間ほど私も昼寝できちゃったりします。
夕方5時から8時頃までは夕泣きなのか、ギャン泣きタイム。
8時頃の授乳を最後に、また2、3時間ごとのアッサリ授乳に入ります。

ペースができているのでラクなんですが……
ウチのオシメ様は、
オシッコをする前に泣く
ウンをする前に泣く
オムツが汚れたら泣く
ゲップが出ないと泣く
寝入りばなに泣く
……ので、割といつも泣かれてる印象(´・ω・`)

オシッコとウンをする前の予告の泣きは要らないよう、と思ってしまったりします。
紙オムツなのに、汚れたら律儀に泣く……(>_<)
ただ、夜間だけはオムツで泣きません。なんでだ。

夕方のギャン泣きを切り抜けた後、機嫌良く起きている赤を見ると、泣かせたのが申し訳なくなってきます。
パイをおしゃぶり代わりに咥えさせれば泣き止むのはわかっているのですが、パイの強度にも限界がありまして…
かといって本人、おしゃぶりでは納得しないのでありまして……
「さっき、パイあげずに泣かせてゴメンな(´・ω・`)」
「お、おう」
みたいな、微妙な空気が流れるのです。