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Savage Salvage (AKA UЯASHIMAru)

砂漠 音楽 秘密(笑)の趣味 
Desert Life, Classical Music, Traditional Play, Motor Cycling and a bit of Model Railroading.

Ballet, the world that extends hidden immorality beyond licentious yet irresistible to connoisseurs however the majority of the spectators are well-being ladies. In fact every intermission you find a long long line formed out from all the ladies rooms that you might want to give up fantasizing how every woman dressed like for a ball there roll up and pull down to prepare for the action in each of the compartments. Instead you just go in to the deserted mens room to quick finish your business while thinking how to kill the rest of the twenty or so minuets of empty time thereafter. Well, provably you just pity on other men out there in the concrete jungle not coming to see the most beautiful and corrupted event at the moment in town are doing or thinking to wast their precious lifetime will be a better option for that matter.
ついうっかりしている間にマリインスキーのロミジュリも白鳥も見逃し、正月明けロームシアター開館記念バレエの切符も取りソコねた。このクランコ版オネーギンがシーズン唯一のバレエとなってしまうのか。 その唯一の夢の時間はしかし少なからず損なわれた。
今時の直截的で本当の淫靡を理解しない世俗の改訂版日常は汎霊節に不細工な仮装をしてかぼちゃを無駄に消費しまくるくせに感謝祭でそのかぼちゃを美味しく頂くことはせず、なぜか降誕節で七面鳥の代わりにKFCのかしわ唐揚げをまるで奴隷一家がソウルフードの食卓を囲むように頬張って満面の笑み。まあそんな底辺育ちに「淫靡」を説いても無駄とは知りつつ、ここではそういった愚民の悪習と同じ傾向を見せるジョン・クランコの演出に苦言を呈する。いやもしかするとクランコより、現代の芸術監督リード・アンダーソンの指導がそうなのかも知れないがオレの知ったことか。
バレエにはもちろん台詞はない。そしてさらに言えば例えば白鳥やロボット、人形など、かなりの部分で感情すらない、あるいは押し殺しての表現となる場合が多い。そしてそれがまたバレエの魅力そのものへと繋がる。ところがこのオネーギン、プーシキンの同名小説をチャイコフスキーがオペラに起こしたものを、創設間もないこのシュツットガルト・バレエ団のため(というか英ロイヤルバレエに断られたからそうなっただけやけど)クランコがバレエ化したというその経緯のためもあろうか、妙にダンサーの表情が生き生きとしているのだ。前から2列め(オレのささやかな今回の自慢)から見ればそれはますますよくわかる。ほとんど顔で演技をしている。衣装や書き割りはクラシックなバレエのそれである。フリーデマン・フォーゲルの股間もしっかりともっこりしておる。もろラテン顔のエリサ・バデネスを抱きかかえる彼の腕力も見所ではある。しかしバレリーナの一々の感情的な表情がきもい、うざい。殆ど陰気な表情のフォーゲルはまだ良い。しかしバデネスはじめ、喜怒哀楽を余りにも表情で示しすぎ、肝心のバレエの、体で表現するべき躍動感を見るものの視線からズラしてしまう。まるで素人舞踊会で鬘(ズラ)がズレてしまった時のようだ。広告に謳う、シュツットガルト団員にとって”神聖な・・・”とは程遠い世俗的演出。神聖でも淫靡でも甘美でもない、これではただの卑俗な盆踊りである。いや盆踊りのほうがまだ表向き真摯に来世を願いつつその実夜通し祠のウラでの不純異性交遊を狙うというその動機は遥に形而上的である。
さらに言うなら、その無表情のウラで、スキン・ディープの美の一皮ウラで、踊り子が、バレリーナの本心が、一体何を考えているのか、彼女(あるいは彼)の日常で何が起こっているのか、その善からぬ詮索こそがバレエを「見る」楽しみの本質であった筈。
ま、不遜なユージーンをとりまく異性のためそんな演出を考えたクランコも、この初演からしばらくたったある日、飛行機での事故(飛行機事故ではない、機上での単独事故)により空中で不慮の(というか間抜けな)鬼籍入りを遂げ、つまり今ここで何を言っても罵っても彼にそれを聞く耳も無いわけではあるが、オレは今年はこれで終わるのかと思うとなんか不満なのだ。

Saturday, Nov. 27
@Hyogo PAC KOBELCO Grand Hall
Stuttgart Ballet Company
"ONEGIN"
Choreography: John Cranko
Music: Peter I. Tchaikovsky
Arrange/Orchestration: Kurt-Heinz Stolze
Sets/Costume: Jurgen Rose
Conductor: Wolfgang Heinz
Orchestra: Tokyo City Philharmonic Orchestra
Dancers: Feiedemann Vogel;  Pablo von Sternenfels; Melinda Witham; Elisa Badenes; et. al.