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Savage Salvage (AKA UЯASHIMAru)

砂漠 音楽 秘密(笑)の趣味 
Desert Life, Classical Music, Traditional Play, Motor Cycling and a bit of Model Railroading.

石井眞木のモノ・プリズム、1976年タングルウッドでの初演はもちろん小澤征爾とボストン交響楽団による。実際アメリカの都市に住んでいれば知れたことやけど、おそらくこの石井の師、伊福部や武満徹の楽曲は国内でより北米での演奏回数の方が多いのではないやろか。いくら新大陸とはいえヨーロッパ文明の内側にあるアメリカの都市に根付くオーケストラや音楽を、舐めてはいけません。さらに彼らのスノッブは進んで東から逆回りに伝播してくる異質のモノにも敏感なのです。

しかしながら、このオーケストラと和楽との融合は、なぜか、日本人の手になるにも関わらず、妙によくいえば格式ばった、しかし平たく云ってオリエンタリズムの呪縛から逃れ得ることのない滑稽な茶番を必ずみせつける。この太鼓協奏曲にしても、まるでシルクドソレイユのショーのように揃いの法被と鉢巻の7人衆がオケの前の床に太鼓を抱えるように直に座るのみならず、途中の大太鼓のデュオ・カデンツァ(って云って良いのか)に移動するときにはそのステージ奥中央に御神体のように据えられた大太鼓に合掌一礼してからコトに臨むとか、やってるご本人達はマジなんやろけど見てるこっちはコッパズカシイ。しかもオケの面々はまるで自分達は白人にでもなったような態度でそれを(心のどこかで一段劣った)プリミティブな鼓動のように見下げている。
オケ面からの惜しみない彼らへのカーテンコールもアンコールも、すべてまるで学校の教師とよく頑張った生徒の関係を見ているかのよう。
少なくともビジュアル的にはかくも茶番である。そして、この同じような面映さ、居心地の悪さをオレは西海岸の各都市で、この似たような構成の番組の毎に感じてきたことを思い出した。それ自体は相変わらず心地悪いんやけど、その心地悪さも含めてある種のホームシック感情をオレに呼び覚ます。

後半、前半とは一見無関係なアメリカ曲2曲。しかしこの、オレのホームシック体験からしてこの前半後半はしっかりと繋がっている。やはり石井の曲は、アメリカでの成功体験を再現するためやったわけ。道理でオリエンタリズム感溢れるわけやん。
で、そのオリエンタリズムのアメリカそのもの自身へ版がこの2曲なわけやね。庶民のファンファーレ以降金儲けのための作曲を始めた頃のコープランドと、ちょっとポピュラーからクラシカルへと軸足をずらしはじめたグローフェの交差するところから生まれるベクトル・・・みたいな。
正直オレもそんな高尚な人間やないんで、この二曲は実は実際にグランドキャニオンやモニュメントバレーといった方面に頻繁に休暇で訪れる時、べたなドライブ・ミュージックの定番なわけ。でもこうしてあらためて録音やなしにホールでライブで聴くのもまた、それ自体がSFSやLAフィルを何気なく日常的に聴いていた日々への追憶を募らせる意味で切ない。そろそろ砂漠に帰りたい。死ぬ時までには必ず帰りたい。

井上になって(というてもほとんど病気で寝てはったが)大フィルも徐々に変わってきたね。各パートが安定してきた。そりゃ腑抜けたオケを締め上げるだけが井上のメリットやからね。頑張ってもらわな。それでもトランペットは良いけどホルンはそれなり、とかフルートは(前から)巧いけどクラリネットは(昔も今も)素人オケレベル・・・とか相変わらず凸凹なところもあるが。ホールは風呂桶シンフォニーよりこっちフェスティバルのほうが断然ええね!

4/10(金)
大フィル#487定期
@フェスティバルホール
井上道義/大阪フィルハーモニー交響楽団/鼓童
(曲目)
井上眞木:日本太鼓郡とオーケストラの為のモノプリズム
(アンコール)
鼓童:曲目不詳
(休憩)
コープランド:ビリーザキッド
グローフェ:グランドキャニオン