映画ファン、というかオレの世代から上は皆多かれ少なかれソレなわけやが、とくにシネフィル気取りにとっての中村鴈治郎といえば2代目をおいて他には無い。しかし映画スターとしての中村鴈治郎とは、残念ながら当時壊滅状態にあった上方歌舞伎の消極的副産物でもあった。その二代目鴈治郎は明治39年ここ南座で初舞台を踏み、やがて上方歌舞伎を瀕死に追いやった映画が今度はテレビという強敵に敗れ去った昭和57年という時代に再びこの南座の顔見世の舞台に立ち、世を去った。
しかし結局鴈治郎の顔といえば、今だに小津安二郎の「浮雲」で浮かぬ顔で大映しの、あの小津独特のショット、あるいは「小早川家の秋」でひょこひょこと家族の目を盗んで伏見の造り酒屋を抜け出し色町へと向う、まるで自画像のようなシーンばかりを思い出すばかりで、南座の舞台に立つ二代目鴈治郎を思い出すわけではないとはなんとも皮肉なことであるが、2代目鴈治郎自身、まさか21世紀の今、歌舞伎がこれほどまでに復活しているとは想像しが難いことであったろう。
小早川家・・・といえばその鴈治郎演じる造り酒屋の当主が荼毘に附されて、懐かしい伏見の火葬場の煙突から煙が出るシーン、あの黛敏郎の葬送シンフォニーと笠智衆、望月優子の「せんぐりせんぐり」云々の会話に、滑稽に彩られた「死」は、いまになってこの芸能と芸術の狭間でむしろ生き生きと思い返されもする。
その二代目鴈治郎の前名扇雀を継ぐ四代目鴈治郎の弟演じる大石内蔵助は、数ある忠臣蔵芝居の中から玩辞楼こと初代鴈治郎十二曲の内、碁盤太平記の一幕、山科閑居の場のもの。四代目の長男壱太郎演じる主税ともども上方歌舞伎の将来を明るく照らす一幕。顔見世期間中の12月14日(旧暦)が討ち入りの日であること、また地元であることより山科閑居の段の見取りは往々顔見世の演目となるが、この「碁盤」は近年上演された記録のない珍しいものの復刻で、ともに和事役者として面目躍如であった初代および二代目鴈治郎を彷彿させる構成。
義経千本桜・吉野山道行の段もまた地元が舞台、このひとつ前の段が伏見稲荷になるが、あまりにもこの吉野山の、史実的には雪深いシーンを満開の桜で彩る舞台ならでは艶やかさに負けてしまってこればっかりが見取られるようになってしまったものを東西の名優が舞うのも顔見世の醍醐味。
愈々見事な襲名飾り幕とともに四代目鴈治郎が、その歴代鴈治郎、成駒屋のお家芸、実際鴈治郎一家だけが演じてきた紙くず屋こと紙屋治兵衛の和事の粋を、本当は春の東京歌舞伎座ではなくここ南座で、襲名の最初の記念にして頂きたかった。そしてここでもまた、四代目には申し訳ないが二代目のあの頬かむりのイメージがどうしても重なって、涙なしには見られない。お芝居なのかそれが地なのか区別のつかない頼りない二枚目のがんじろはんに、いつか四代目も生き写しになって欲しいと願うばかり。
お昼の部最後の曲は、浄瑠璃から移された前3曲とは打って変わり能取りもの。お能の土蜘蛛との違い、本来の意味でケレン味に満ちたお三味線や笛太鼓のお囃子や歌舞伎流の唄が、お能の囃子方、地謡との違いを際立たせ、そこに歌舞伎の歌舞伎たる所以を見る思い。どちらが好みかといえば地味好みなオレはお能のストイックさにこそ魅かれようが、クライマックスでこれでもかとカタを連続で見せ付けられると思わず「松嶋屋~!」と声を掛けたくもなる。やらないけど。
しかし5時間半はきついわ・・・。無理に全部見なきゃいいやんってことなんやけど。
松竹創業百二十周年
Kaomise @Minami-za
當る申年吉例顔見世興行
東西合同大歌舞伎
四代目中村鴈治郎襲名披露
@南座
[昼の部]
第一・碁盤太平記山科閑居の場
第二・義経千本桜吉野山
第三・心中天網島河庄
第四・土蜘蛛


