A matured maestro and a rigorous pianist tagged with the queen's oldest orchestra from the west-most kingdom left audience of the oldest city of the far-eastern empire awe-inspiring shrine of the maestoso although everything was so determinedly mediocritas.
凡庸という言葉も齢を重ねるごとに重みが増す。そういえばベルナルト・ハイティンクとACO(アムステルダム・コンセルトゲボウ)のLPこそが最も美しく中庸であると本気で思った中学生時代の同じく凡庸なオレは僅かばかりの小遣いをクラシック音楽のLPレコードに費やす時には躊躇無くこのペアのレコーディングに頼ったもんやった。時は流れ、ブルックナーに限っても朝比奈やヴァントだけでなくクレンペラーやケーゲルの、あるいはマタチッチやなんかの多彩な演奏に触れた後で改めてハイティンク、それも老成した彼の現在の姿を目の当たりに、しかしやはりブルックナーの滔滔の中で浮かぶのは「凡庸。」 ただ、その凡庸はある種ヘーゲル的な壮大な凡庸さであり、ホールに遍満するその凡庸はむしろ「黄金の凡庸」とすら形容すべき壮麗なる凡庸へと止揚を果たしたのであろうか。同じくその対象への生真面目さでは一歩たりともひけをとらないマレイ・ペライアとのモーツァルトにもまた、21世紀も2周目半ばまで入り込んだ今だ、朴訥なる協奏曲に堅苦しい緊張感を我々に漲らせ、そこに胸をうたれたのでもある。
演奏を終え、執拗なカーテンコールに応え、そして空席もやや目立つ客席中央に奥方らと陣取‘り、2楽章コーダでたっぷり金管が咆哮るノヴァーク版京都のブル7を共に聴く。むしろそんなペライアの姿にこそこのコンサート全体の本質が宿っていたような気がした。
10/03(土)
Bernard Haitink / London Symphony Orchestra / Murray Perahia
@Kyoto Concert Hall
W. A. Mozart: Piano Concerto #24 in C minor, K491
(intermission)
A. Bruckner: Symphony #7 in E major (Nowak Edition)