【お能】平成24年第4回定期能【金剛流】 | Savage Salvage (AKA UЯASHIMAru)

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砂漠 音楽 秘密(笑)の趣味 
Desert Life, Classical Music, Traditional Play, Motor Cycling and a bit of Model Railroading.

月曜日の今日、朝方までは昨夜の嵐が残っていたが、青空の広がった昼前にはすっかり夏の陽気。おかげで午後からの用事にはおもわず夏衣をひっぱり出してきた!汗ばむどころか汗が噴出す夏ももうソコまで。夜開け放った窓からは虫も飛び込んできた。

そんな陽気をたった一日隔てただけの昨午後、まだうっすら肌寒く薄手のセーターの上から羽織ったフォー・レザーの上っ張りの襟を立てたくなるような、そんな冷たい雨の中オレは御所中立売御門の前に立っっていた。
勿論体は正直というか気候に敏感というか、道中やっと花見シーズンが終わってすこし空いてきた地下鉄の柔らかい座席に深々と腰掛けると乗換えまでづっと眠りこけ、乗り換えてつり革にぶら下がる間もすこし意識が飛ぶほど、このうらし丸、見事に春眠暁を覚えずござった。

そんな識域下と意識下の境界領域を往復中の甘ったれた精神が引き続き能楽堂の中にまで持ち込まれ、仕舞はともかく修羅から彷徨い出でた朝長と軌を一にして、というか歪んだ時空を相前後して行き来してしまった。おかげさまでそんなものは見えないはずの朝長様のうすぼんやりした表情まで能面越しに見えてしまったではありませんか。。。ああ、春のお能とはこんな見所のでくの坊の怠惰まですべてお見通しなのです。ほんま!それにしても都を遠く離れた美濃の山奥で修羅と出会うというこの見事な舞台設定もまた、ココが御所の真横、京の都であるからこそ生きてくるのでありました。こんなものを江戸でやっても、まずその距離感からして居心地が悪くて理解できまい。引越し公演先の日本でラインゴルドを見るようなもんや。まあそれでも大喜びなのも判るんやが。

ところで狂言が始まった頃に見所を一渡り見回してみるとこれが見事に、こんな比較をすると不謹慎やが先日来話題の事件のデモグラフィと一致する。すなわちオレのお隣にいる一団は他府県から物見遊山のついでに立ち寄ったおばちゃん達。あめちゃん持ち込んで分けわけしてはるのでほぼ大阪府のどこかからとは思われるが、狂言冒頭の定型句から笑ってるのでお能がそんなに好きってわけではなさげ。でもやたら語ってます。観能中はうるさいから黙ってください。そして斜め前にはレズぽい白人の若い二人連れ、その前に40がらみのおばおねいさん。その隣は初老(団塊)夫婦。つまり15人当たり60~70代9人30~50代3人20代以下2人外人2人。そのうち7割は他所の人。ちょうどこんな感じ。どっかで見たような数字でっしゃろ?(笑) いつの間にか典型的な観光地に近づきつつある能楽堂。素晴らしいやないどすえ!

朝長と同じく作り物等に一切頼らないが、その代わりに華やかな子供達が前半舞台を彩る「鞍馬天狗。」 プリンスの名に相応しい切れのある金剛龍謹の美しすぎる山伏もさりながら、むしろその容貌が「恋慕なり」という男色或いは切ない友情のベクトルの向きをおかしな方向へと変えかねない危うさ(笑) そう、BLといえば今や新仮面ライダーフォーゼのミエミエ・テーマになりつつあるが、あの素顔から仮面へ、そしてその仮面の齎すスーパーパワーへと進む脚本の妙はあえて言うまでも無くこういった古典芸能の歴史のなかからスピンオフしてきたわけで、この厚みを一朝一夕のブームや偽りの史観によってでっちあげられた愚かなプロパガンダあるいはステマがどう逆立ちしても持ち得ないと思うと痛快ですらある。
そういえばフォーゼの裏スジであるあの世代特有のいじめもまた、既にこの鞍馬天狗と牛若丸の出会いを必然化する装置としてはやくもココに登場している。そしてこの二人の「絆。」いったい平安時代と現代と、オレ達はドレほど進化したとでも言うのか?
そしてこの山伏/鞍馬天狗と牛若丸/源義経の伝説もまた、この都、まさにココ(起点)から鞍馬、貴船、果ては遠くみちのくまで、その距離感、空間の広がりを行間とともに直に肌に感じながら、たったひとりで演じる大天狗が引き連れる多勢の天狗、というイマジネーションの豊かさも共々に手に入れ、再び雨の御所を横目に地下鉄の入口を目指す21世紀をオレはあと少し、生きるのであった。

4/22(日)
H24、第4回金剛定期能
@金剛能楽堂
【曲目】
仕舞 笠之段
    桜川
    昭君
能  朝長 シテ宇高通成
狂言 口真似 シテ茂山逸平
(休憩)
仕舞 善知鳥
能  鞍馬天狗 シテ金剛龍謹
附祝言