【メータ】豪華三本立ての週末その2【イスラエル】 | Savage Salvage (AKA UЯASHIMAru)

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Desert Life, Classical Music, Traditional Play, Motor Cycling and a bit of Model Railroading.

台風とともにオオサカにやってきたメータ率いるイスラエル響。台風はへたれたそよ風しか吹かず午後からは生暖かくすらなって去っていったが、インド人とユダ公の群れは予想通りというか、企画通りというか、要するに規格通りというか、オーモーレツ丸善石油(古。)の怒涛の嵐をザ・シンフォニーホールに巻き起こし、気がついたらホールの屋根も吹き飛んでしまった(嘘。)
最初からそのつもり満々の選曲もさることながら、その豪快さはトランペットの3人が遅刻した挙句そこいらのマウスピースかなんかを何度もカランコロンと転げ散らしてるのも気にならないほど。いやマジで。普段聞きなれた肺結核のホルン(大フィル)や気管支炎のトランペット(関西フィル)等と比べるのもレベルが違いすぎて憚られるが、その統一された弦部ばかりが注目されるユダヤの響き、実は金管が凄い!というかモロに黄金期のレニングラードを髣髴させる強奏また強奏爆演また爆演。その外交姿勢とともに時代の違いこそあれ非常に似たものを感じて背筋が凍るというよりは笑いが、ひきつった笑いがこみ上げる。もちろんこれは褒め言葉として!だってどう考えたってムラヴィンスキーを聴いて心から感動して涙がって言えば茶番だが、だからといってそれでムラヴィンスキーを否定することにはならないように、今夜のメータは、というよりイスラエル野郎共の音楽は、(そこはメータの体格と同じように)余りにも予想通りなマッシブさでオレの耳を劈(つんざ)いた。

もう秋も終盤暦ではとっくに冬というのに春の祭典。しかもストラヴィンスキーの、オレ達が思い浮かべる春とは全く違う春の祭典。それはツンドラの余りに厳しい冬があけていきなり花も実も咲き乱れる怒涛の季節なんやろうけど、まさにそんな、陰気臭い空気をすべて吹っ飛ばしたい、ドストエフスキーの「死の家の記録」の結末部を読んでいるようなそんな春を、どう考えても年中たいして季節の違いなんかありそうもないテルアビブのユダ公達が面白いほどのはっちゃけぶりで鳴らす春の祭典。もうのっけっから、出来ることなら立ち上がって駆け出してダイブして最前列まで押し寄せてタテノリヨコのり(あるのか?)ノリノリになりたい春の祭典。というか3階の安い席から飛んだら汗とは違うものが飛び散りそうだが・・・w

休憩を挟んで、まさに巨人の時間。正直このオケで「花の章」は余計とは思ったがサービスの余興あるいはアンコールピースを予め本曲に組み込んだと思うことにしよう。あるいはあまりに強奏爆演続きの、日本的解釈としての箸休めかもしれない。というか何気なく花の章について昼の日記に書き及んだら、まさかそのバージョンで演奏されるとは!しかしさすが終楽章再現部での不吉なヴィオラの動機を受けつつ第一主題そしてコーダが勝利を宣言してゆくフィナーレは、今現在このユダ公仲間より感動的に表現できるオケは無いかもしれん。マーラーの例の映画(ケン・ラッセル版)で最も印象に残った不吉なシーンといえば割礼とそれがばれるところやねんけど、なんか黴の生える程古いその映画の記憶が一気に蘇った。

思ったとおり、大いに笑撃(同じく昼の日記参照)の一撃といった演奏会で、メータのメーターもビンビンレッドゾーンに振り切ってて満足し切りました!ところで彼もかなり抵抗してた風やったけど余り拍手が鳴りやまんので仕方なく(?)演ったアンコールも別にどっちでもよかった。怒涛の拍手喝采ブラーボブラービで十分やろ。それでもというならスキタイか何か(どうしてもムソルグスキーなら禿山か何か)でとことん煽って欲しかったぜ。
(おわり)

10/30(土)
ズービン・メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
@ザ・シンフォニーホール(福島)
【曲目】
ストラヴィンスキー:「春の祭典」
(休憩・席替え~勝手に2階中央付近へw)
マーラー:第一交響曲「巨人」
(アンコール)
ムソルグスキー:歌劇「ホヴァーンシチナ」より前奏曲