なんかさっきの現代文はどこかの教師からのお墨付きをいただける内容だったそうで。まことにありがとうござんす。
で、明日の同志社への発破をかけるためにも、古文のやり直しをしようと思います。その上で正当をのせます。
現代文とは違い古文はできが微妙なのであまり信じなくて大丈夫です。
【現代語訳】
夜の道長の様子がずいぶん恐ろしい酔い方のようだと思い、このまま一緒に(退出しよう)と宰相の君にと言い合わせて、隠れようとすると、東面に殿の公達や宰相の中将などが入っていて、騒がしくしていたので、二人で御几帳の裏に隠れていると、(が)取り払いになさって、二人をそのまま捕まえて座らせなさった。「和歌を一つずつ差し出してください。そうしたら(退出を)許しましょう」と仰った。紫式部は好ましくなくとてつもなかったので申し上げた。
―どうしてどうやって数えるのが良いのだろうか 八千代にわたるとてつもなく長い若宮の御時代を
「ああ。上手く詠むなあ」と、数回お読みになられて、とても素早くお詠みになられた
―鶴のような長寿があれば、若宮の時代も数えることができるのに
そのように酔っておられている状態でも、お思いになられることがそのようなことなので、たいそうしみじみと思い、まったくその通りである。本当にこのように誉めたてるのは、様々な最大をも凌駕しているようだ。千代も終わりの無い時代の趨勢は、数えることのできないような心地であると思っている。
(道長は)「宮の御前がお聞きになっている。ここにいらっしゃる。」と、自画自賛しなさって、「中宮(宮の御前)の父親として、私は不相応では無いし、私の娘として中宮も不相応なことはない。母もまた幸せそうだと思って、笑っていらっしゃるようだ。イイ男を持ったなあと思っているのだろう。」と。ふざけて申し上げなさるも、はんはだしく酔いなさっているから分別が付かないと見られる。しかることも無ければ、せわしない心地はしつつも、良い感じだ。お聞きになりながら座っている殿の上(北の方)は、聴いていられないと思ったのだろうか、移動される様子なので、(道長は)「見送りをしないと、母(北の方)は恨みなさるという感じだ。」と言い、急いで御几帳の内側をお通りになられた。
以上の内容からd e a e b
後半はまた後で。後半は
こちら