天候とは、天の気まぐれでそこにいる人たちに均一に影響して変化しているものだとお考えの方が多いかと思います。

しかし私は「必ずしもそうではない」と確信できるお天気に関するエピソードを経験したことがあります。今日はその過去のエピソードを書いてみようと思います。

 

10年ほど前、当時の私は生まれ育った神戸に住んでいでいました。とある長閑な昼下がり、慣れ親しんだ阪急の駅で私は電車を待っていました。

幼稚園の帰りと思われる小さな男の子がキャッキャと笑いながらグルグルと小回りに走って遊んでいて、私は目を細めながらその様子を微笑ましく見ていました。すぐ近くには若いお母さんがいて、高校生の女の子がその幼児と遊んでくれているようです。

 

ところが違和感がありまました。地元なので地域広範の学校の制服を私は熟知していますが、その女子高生が着ていたものは見たこともない制服だったのです。「いったいどこの制服だろう?」私がそう思った途端、女子高生がこちらをチラッと見ると彼女の姿が一瞬で消えてしまいました。

 

数日後、またその親子を見かけました。やはり前回と同じ女子高生が子供の面倒を見て、楽しそうに遊んでいます。私と同じ目的地の駅で降り、その親子と女子高生は駅から向かう方向も同じで、私の前をゆっくりペースで楽しそうに歩いて行きます。

 

私は思い切ってそのお母さんに話しかけることにしました。なるべく不審者と間違われないよう自然に…「何度か同じ電車になりましたね。お子さん、ほんと楽しそうないい笑顔で遊びますね。一緒にいるお姉さんは高校生かな?この辺の制服ではないですね。ご親戚とかですか?」
 

お母さんは最初不思議な顔で私を見つめていましたが、やがてポツポツリと語り始めました。

「女の子が見えるんですね。」

「はい、かなりはっきりと見えます。」

「制服を着ているんですね。」

着ている制服の詳細を伝えたところ「私の夫が勤めている私立学校の制服です」そう教えてくれました。

 

数か月前にご主人の勤める学校で生徒の自殺があったそうです。学校はすぐさまその事実をもみ消し、特別な対応も説明もないまま次の日には何事もなかったかのように日常に戻ったそうです。

 

ご主人はクラス担任ではなかったので、その生徒の生前、直接のかかわりは薄かったそうですが、学校側の心無い態度に不信感を募らせたご主人は、学校を辞める覚悟で原因の究明に一人で動き出し、生徒から話を聞くなどしているということでした。

 

「夫からは『学校を辞めることになるかもしれない』と覚悟を聞かされていました。最近になってうちの子が部屋でも楽しそうに遊ぶようになったので、もしかしたら…とは思っていました。遊んでくれているように私が感じていた相手は、その子だったのですね」

 

後日私がそのお宅にお伺いすると、家の中で女子高生も待ってくれていました。「家庭の事情に悩まされていた」とのことで、イジメなどがあったわけではなかったようです。まだ事実を知らされずにずっと悶々としている彼氏の存在のことも話してくれました。

 

ご自身の死後、担任でもないのに身内の誰よりも親身に自分について考えて行動してくれている先生の真摯さに心打たれ「感謝の気持ちを先生に伝えたい」という気持ちが募り、自分の姿が見える先生の息子さんと一緒に遊んで過ごしていたところを、たまたま私に見つけてもらえたようでした。

 

先生は霊魂の存在を確信しているわけでもないようでしたが、私との出逢いや経緯を奥様がご主人に話してくれたそうです。

 

その数日後、仕事中の先生から突然奥様に電話があって、その内容が「これから私の気持ちを全部吐き出しますから、先生、ちゃんと空を見ていてくださいね」と声が聞こえたのだそうです。その途端、バケツをひっくり返したような局地的な雷雨があり、それに驚いて電話をかけてきたそうです。


私の方にも彼女からメッセージがありました。「そろそろ天界に行くことにします。もう思い残すことはないです。いろいろとありがとう」

言い終わると先ほどまでの土砂降りが嘘のように一気に空が晴れ渡り、抜けるような青空に虹が2本かかりました。

 

ほんの僅かな間の出来事でしたが、先生も私も天空からのメッセージを見逃しませんでした。天候は非常に個人的なメッセージ伝達としても使われているということです。

 

非物質の人にとっては、地上の人にはどうにもできない物理的自然現象と思われていることでも簡単に操作できてしまうようなのです。

 

昔話の中で「聖人のいる所だけ雨が降っていなかった」というような記述がよくあったりしますが、非物質存在とうまくつながっていたのならばきっと本当のことなのでしょうね。