3月×

 

月村了衛の『半暮刻』を読んだ。

ネタばれになるかも知れないが、

半グレという悪人と、半分暮れかかった黄昏時とを

かけたタイトルだと思う。

 

さて、内容だ。

確かに最初は人間の怖さ、悪の本質など、

読んでいて苦しく辛くなる…。

 

だが、結論を書くなら、

 

どうした!

月村了衛!

 

ガッカリした。

あの名作『土漠の花』を書いた優れた小説家はどうした?

機龍警察を書いたあの鋭敏な作家はどこに行った?

 

惹句、

《社会派小説の到達点》

は、

あまりにむなしいぞ。

 

よし。

姓名判断だ。

月村了衛

 

人格は9画。

これはこれは…。

ツキのない画数ではないか。

しかし地格は18画で、血気盛んな若書きの時代には

その神をも畏れぬ剛毅さと揺るがぬ信念があったはずだ。

しかし、名をなし、作家としてデビューして円熟期に入ったこの時期、

総格29画は、

どうしても智謀の反乱者と後世評価が定着した明智光秀を思い出す

どこかで足元をすくわれはしないか。

そうして作品の評価を示すのが外格だが、

ここは20画。

厄菜に見舞われ、ツキを逃すことになるとある。

評価を落としかねない作品も小説家は時として上梓する。

 

この作品が月村の瑕瑾とならなければ良いが…。

これは読者の勝手の老婆心ではあるが、

 

 

3月×

 

×曜日は、だいたいライブハウスでランチする。

今日は雨。

雨の×曜日、それでもわたしは雨にも負けず、行く。

 

いつもの席は舞台下手の一番前のテーブル。

毎度代わり映えしない定番の支那ソバを啜っていると、

右手の視界にあいつらがやってきた

右手は舞台だ。

背景画黒いから見えないと思ったのだろう。

だが生憎とあいつらは白い影だ。

すぐに、わかる。

わかるとその気配を瞬時に悟って奴らは逃げ去る。

そうしてしばらくはやってこない。

 

わたしの視界の端にやってくる「やつら」。

5年前、わたしは同人誌を作っていた。

月刊だったから意外と多忙だった。

大学時代の後輩がレイアウトなどを手伝ってくれて、

なんとか5年間、續けることができた。

その相棒があるとき、こんな話をした。

 

「奥さんが、最近よく見える、と云うんで、

そんな話は他人にしてはいけない、と云った。

ヘンな女と思われるだけだ」

 

このとき、わたしは

「そうか。奥さんには、そういうのが見えるのか。」

「そうなんだ」

 

このころのわたしには、そういうのは見えていなかった。

見えていたのに気づいていなかった、というのが正しい。

これが、「あ、いた!」と認識したとたん、

そういうのは不在から存在となる。

 

先日あることがあり「不在住証明」という書類を区役所までとりにいった。

このひとは、この場所には、いません。

という証明だ。

 

やつらとは、つまりは、これまでは在住も不在住もなかったが、

いつのまにかわたしの中では在住となった。

そう思えば良い。

 

だいたい、占いなどをやらかすような輩には、そういうのがやってくる。

やってきて周囲を飛び交い、ある時ペタンとくっついてくる。

 

くっつかれたらもう肉体と影との関係と同じだ。

切り離せないから一緒に生きていくだけだ。

 

いまのところやつらは何もしない。

いつの日にか何かするかもしれないが、

その時はその時だ。

 

もちろん気がついても、誰にも言わないこと。

さっきの大学の後輩の奥さんではないが、

なまじ口にすると「へんなひと」と思われるだけだ。

もちろんわたしも云わない。

 

 

3月×

 

文化センターの教室に来るようになって6年目か。

Aさんが「きわめて個人的な相談がある」という。

襟を正して聞いたなら、

なんとまあ「17才の少女のような恋」の恋バナだった。

 

17才の少女のような恋、とはいうが、

わたしだって(いまのわたしだって)十分に同じ状況に陥らないとは

限らない。

 

真摯に耳を傾けた。

 

出会って、ラインの交換をして、

やり取りをして、

バレンタインには「なにも送れなくて…」と書いたのに

返事はただ「ありがとう」だったという。

 

笑ってしまうのは(本来は笑うべきところではないが)、

相手のことを何も知らないのだ。

年齢も、既婚者かどうかも…。

 

「占いを勉強しているから、ホロスコープ作りたいので、

誕生日教えてください、って聞けばよかったのに」

とわたし。

 

しかしどうやらA子さんは真剣らしく、

2人のことをいくつもの神社を回っておみくじを引いた。

「でもね、神様はつながっているんですね。

小吉と末吉ばかりでした。ひいてもひいても」

 

タロットをやった。

もちろんハットリ・メソッドの「最強のタロット」だ。

 

世界の正位置と、

運命の輪の逆位置。

 

最前、めそめそと涙を流した彼女は満面の笑みとなって

「センセイ、大好き。うれしい。」

勘違いしてはいけない。

大好きというのはわたしが鑑定したタロットカードのことだ。

 

6月まで何もしないこと。

さすれば現在の幸福な感情の中にいられる。

 

わたしはこう告げたが、はたしてA子さんに伝わったかどうか…。

 

 

3月×

 

Mr.ハットリ・占いのラビリンスという番組名で毎週インスタをしているが、

最初からずっと撮影をお願いしているヒロキ君がクッキーをくれた。

バレンタインのお返しだ。

そう云えば昨年は二眼レフカメラの形をしたケースに入ったものだった。

ことしもまたこジャレたブリキ缶をくれた。

彼が帰るとすぐさまクッキーに手を伸ばして、あっという間に平らげた。

クッキーは空だが、入っていた缶は残った。

 

 

3月×

 

スカイルに出かけた。

ブックオフに云ったつもりが9階で降りた。

I氏の占いブースがある。

ちょうど客もいなかったので声をかけた。

「話ししても良い?」というと気さくに

「いいよ」

 

I氏とはずいぶんと長いつきあいだ。

彼が占い師になって41年になるが、

わたしは占い師となる前のI氏と面識があった。

 

いろんな話をしたが、

77才にしてなおかつ盛んな氏はこんなことを云った。

「新しい占い師のシステムを考えている。

これができたら、凄いよ。日本中がこれになると思う」

 

なるほど凄そうだ。

「どこかのブースに話をして、一人前のスペースを貸してもらえばいい。

そうすればコストも少なく済む」

大先輩はなにかとアドバイスをくれる。

 

そういえば顔つきも柔和になった。

そう云うと「そうかな」とうれしそうに笑った。

「若いころは酒と女と博打に明け暮れた」

ま、そんなやんちゃができるくらいのもうけがあったということだ。

占い師の全盛期。

いってみれば占いバブルの一時期を生きた生き証人だ。