5月×日
夜、Мさんからメール。
「仕事運を占ったら、こんな結果が出たんです」
とあつた。
Мさんはこの春から新しい仕事に就くはずだった。
女帝が出たという。
よくわからなかったのでつぎに
「自分はどんな職業を目指すべきか」で占ったらしい。
今度も「女帝」と「死神」が出た。
写真も添付してあった。
「これって社長になれ」という意味ですか。
2枚占いは上級者に進めている占法だ。
ただМさんには教えてなかったと思う。
というよりも
「自分にあう職業は何か」という占いをタロットで行うのは
どうか、というのがわたしの回答だった…。
5月×日
人相レッスンの前にAさんが昨日の鑑定の話をした。
これと云って悩みはないんですけど、観てほしくて…、
というのが相談者の第一声だった。
「鑑定料5000円でもいいですか」
相談者は了とした。
なるほど。
このやり取りでなにがわかるのか。
相談者の金銭的価値観なのか、
用心深さなのか、
それとも未知の自分の運勢に関する好奇心なのか。
「まだ駆け出しの占い師のわたしでも構いませんね、
この価格で」とAさんは念を押したという。
「少し高いかなと思ったけれど、鑑定料は一度決めたら
あげることは難しい。だから最初からこの金額に設定しました」
この意気や良し。
占いは卜占。
決して卑賤なものではないという気概に拍手!
5月×日
新しいお店を出す準備を進めているОさんが
「センセイ、タロットで新店開業は年内が良いのか、
それとも来年になってからが良いのか、
鑑定してほしいのですが」と云う。
普通なら「はい」とタロットをシャッフルすればよいけれど、
この二択はタロットカードの特性でもある二択選択の是非の場合の
二択ではない。
少し前に行った易断では
しばらくは足踏み状態が続く、と出た。
「水山蹇(すいざんけん)」ではなかったか。
今しばらく様子を見て、
段取り的に日程が見えてきたときに
たとえば「年末の開業の是非」を問うた方が良いと思う。
5月×日
手相の対面でのレッスンをしていて感じたことがある。
生徒さんは手のひらを出している。
その手のひらの線を指さして、
「これが頭脳線で…」と話すのはいい。
時折生徒さんがわたしの手を指さして、
「センセイ、ではこの線は…」と質問する。
で、自分の手のひらを観るわけだが、
このときに違和感を感じる。
わたしは手相鑑定する際に
手のひらを逆さから見てきた。
ずっとそうだ。
手首を下にして見るのは、
手相の解説本を読むときに眺める図ぐらいだ。
手相の実践では手のひらは逆に読む。
その癖がついているから、
手首を手前にして手の線を観るのはなんだかしっくりこない。
今日、この「しっくりこないこと」に気がついて、
納得した。