とある 介護施設 管理者の裏事情 -16ページ目

とある 介護施設 管理者の裏事情

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このブログは、現在某デイサービスの管理者を務めている私が、

日常の業務を通じて、普段押し殺している胸の内を、

愚痴や本音を交えながらお送りする、

さつばつとした独りよがりなブログでございます。

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私は個人で習い事をしているものがあります。


あまり今の若い人達には、


関心が薄い、古い演芸の一種のようなものです。




その発表会が、大きなステージを使って


明後日行われます。


千人近く入る会場です。



私は、前年度に、優秀な成績を収めてしまったので、


今年は、華舞台と呼ばれる


一般の出演者とは異なる特別な位置での


参加となります。




仕事だけで、おなか一杯なのに、あれもこれもと


しなければならないことが多く、


目が回るようです。



最近、自分の目の焦点が


合っていないまま話をしているような気がします。





以前、読んだ記事を思い出しました。



一度にたくさんの物事を、同時に処理できる能力を


マルチタスク、と言うのだそうです。



パソコンをかじっている方なら、


聞いたことがあるかもしれませんね。




そのように、聖徳太子ではないですが、


様々な要件を同時に耳にして、聞き分け


処理を行うことができる能力です。




仕事ができる能力と、私は思っています。




私の今の職場は、いろんな問題が一度に起きます。


電話を取りながら、別の要件をメモ書きしたり、


他の方の頼まれごとを、頭に入れながら


他の方の頼まれごとを聞いたり、


優先順位をつけて、こなしています。



それでも、キャパシティがオーバーしてしまえば、


要件を、忘れてしまうこともあるのですが、


そのように、今は現状業務を行っています。




さて、そのマルチタスクという能力なのですが、


その能力を駆使して、働いている人間ほど、


認知症になりやすいという、


結果が出ているのだそうです。




脳を酷使しすぎているからなのでしょうか。




詳しい解説は忘れてしまいましたが、


その結果だけが、強く印象に残っています。




そういえば、最近、突然漢字が思い浮かばなくなったり、


忘れてしまうことが増えてきたような・・・・




そんな、心配ごとの種が生まれています。





そんな独り言ですが、


明日は、仕事を休んで明後日の準備を行いますので、


ブログはお休みします。





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目の前のデスクで、看護師達が頭をそろえて、


溜まり溜まった記録の打ち込みを前に、


私に聞いてもらいたいのか、大きな声で、


愚痴をこぼしていた。




現在、5人の非常勤の看護師達が、


日常の業務に当たっているのだが、


記録の打ち込みが、当の看護師以外で、


誰もが満足に行えておらず、豪を煮やしているのだ。




問題は、その愚痴をこぼしている方以外は、


パソコン不適応者なのである。




よって、仕事もはかどらず、


今まで、ただ時間だけが過ぎてきたのだ。


私に愚痴をこぼされても困るのだ。




私は基本的に、看護師達の仕事には、


介入しないでいたのだが


見るに堪えなく、介入することにした。




膨大な打ち込みが苦手だというので、


私が代わりに打ち込みをして助けてやることになった。




とりあえず、どんなものかと、


皆が帰った後の事務所で、そのフォーマットを確認してみた。


ぱぱっと、いくらか終わらせてやろうかと、思ったのだが、


どうも、しっくりとこない。




気にいらん・・・




その作成されていた、ワードの文書フォーマットが、


気に入らん!




こんな使いづらいものを使っているのか。




そして、考えているうちに、作業をそっちのけで、


エクセルを立ち上げ、ワード文書を、見た目そっくりに、


作り替えしてしまったのだ。


データの入力作業なら、ワードよりエクセルでしょう。




さらに、入力がしやすいように、


フォーマットを、だいぶ手直ししてしまった。




見た目が、少し変わってしまったが、


果たしてこのまま、突っ走っていいものか、


今や一人の事務所で、判断することもできずに、


とりあえず、看護師達にこのことを相談して、


OKが出れば、打ち込みを再開することにした。




もちろん、私が作り替えたフォーマットで、行うなら、


看護師達が過去に打ち込んだものも、


無駄になってしまう。



打ち込み直しの分くらいは、


私が買ってでてやろう。




果たして、私の介入したことで、彼女達の業務は、


思わぬ方向に行くことになってしまったのだが、


ここまで、私がやったのだ。




やってもらわなければ困る。





パソコンを使いこなせるか、使わせるようにするか、


相応の年齢になっている、看護師の熟女達に、


仕事だから、パソコンの打ち込みを勉強してください、


というのも、正直酷なことである。




人には、何とかなるものとそうでないものがある。



努力で補えるものもあれば、


多大な負荷を要してしまうものもある。



業務に対する歪をなるべく、なくしてしまいたいのだが、


私が彼女達に介入したことにより、


彼女達の意欲を削ってしまうのではないかと、


そのあたりが、少々心配だ。




業務は、後退したが、加速度的に前進するに違いない。




何とかできる人間が、助けるほかにないのだが、


今は、何とかできる人間が、一人しかおらず、


その者に多大な負荷が溜まっており、


この先、どこまで持ちこたえられるのかが、


一番の現実的な問題でもある。





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雷鳴が近くなりました。


鈍く地を揺らす音と、嵐の接近を伝えるサイレンが


遠く響いています。




今夜から台風接近にともない、


大荒れの天気が予想されていました。




この仕事について、実に多くの高齢者の方と出会い、


その方の旅立ちまでの過程に携わり、


そして見送りをしました。




たいていの方は、最後には病院での生活となり、


言葉を交わせる状況でもなく、


ひっそりと逝かれた方もおります。




私が、これまでこの仕事について、


なんらかの形で涙した記憶というものは、


2件あります。




一つは、元気だった利用者さんが、


入所先で、吐瀉物が喉に詰まり、


突然、お亡くなりになった時に、自宅にお伺いした時です。




その方は、農業に従事されてきた方で、


施設の畑にもアドバイスをしてくれたり、


自分の創作の歌を、施設で披露してくださるなど


ムードメーカー的な存在の男性の方でした。




でも、たいていこうした方は、


家族の前では、そうした表情は見せないものです。




お亡くなりで、親類の方が集まられているときに、


私服のまま、お宅を訪れました。




私は、施設で利用者さんの写真を撮ることが好きで


よく日常の自然な様子の写真を撮っていました。


最近の良い写真があれば、こうしたもしもの時に


写真を家族の方に提供しているのです。


親類の方や家族の方も、見たことのない表情の写真を見て


話が盛り上がられ、いくらかの花を添えることができるのだと


思っています。


施設で撮影した写真が、そのまま遺影になることもありました。




この度も、そうした写真をお持ちし、


慌ただしい屋内へ続く玄関を開けました。



話を聞いて、出てきてくれた娘さんが、


私の顔を見た途端に、


顔をくしゃくしゃにされ


顔を覆って崩れ落ちてしまったのです。




突然の不運で、父を施設に送り出すことが出来なくなって


申し訳ないといったような・・・


もっと、父が施設で楽しんできてほしかった・・・


予測だにしなかった突然のことで、


うまく心が対応できていなかったのかもしれません。




強い悲しみの心を正面から浴びせられ、


頭を下げる娘さんを起こそうとした際に、


私も、声が震えてしまっているのを感じました。




悲しみの心は、伝搬します。


そうした時は、抑える術を私は知りませんでした。







そして、落ち着いた頃に、お茶をご馳走になりながら、


写真を渡した際に、家族の方が、


施設ではよく歌を歌っていたようだけど、


結局、家族の誰も聞くことが出来なかったね。




と、そんな話になりました。




歌っていた映像があるかもしれない。



ふと思い立ち、私は、挨拶をして施設に戻りました。


過去の写真を調べあげ、一年前に撮影されていた


その利用者さんが、笑顔で歌われている動画を


見つけることができたのです。




急いで編集し、DVDに焼いて、


夜遅くなってしまいましたが、


再びお邪魔し、そのDVDを届けました。





それから後、娘さんから、


DVDを受け取った日、


その映像を何度も何度も繰り返して、家族で見させて頂きました。


と、挨拶とお菓子を頂きました。





施設に来られる利用者さんには、


2つの対局した構図を見ることができます。




家族から愛されている方と、そうでない方




誰にでも、私がこうしたことを行うわけではありません。


私が、触れ合った中で、この方は、


愛されているのだなと、わかった家族の方に、


こうした余計なおせっかいを施しているのです。




ずいぶんと長くなってしまいましたが、


私が記憶する、涙した1つのことでした。



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昨日の夜のことですが、


ラインに登録していた職員から、


こんなメッセージが届きました。




胸にためこんでいたものを聞いてもらってもいいですか?




その職員は、退職願を出しましたが、その後の過程で、


結局辞めずに他事業所へ移動することになった職員です。


そこまでに至ったものは、同僚間のギクシャクと


家庭との両立がうまくできなかったことがあったようです。




さて、胸にため込んでいたものとは、


十中八九、仕事中に感じた表だって口には出せなかった不満事だと


いうのは予感できていました。




ゆっくりメッセージが打てる夜中の10時頃に、送りますとあったので、


夜中の10時に、満を持して待っていたのですが、


待っていても、なかなか届きません。




しょうがなく、だらだらと過ごしていると、40分を経過した頃に


50行近い膨大なメッセージが、


前置きなく飛び込んできました。





これを書くためとはいえ、予定時刻より40分も遅れてるんだけど・・・





まぁ、内容は、言わずもがな


ご自分の感じた (ささいな) 不満事でございました。


それと、同僚に対しての愚痴でございました。





それに、長文だけに、途中で何を書いているのか、


よくわからなくなっており、何が論点なのかも、


わからなくなっていました。




私の答えは、


言いたいことは、少しはわかりました。


と、前置きしたところから返しています。






不満の内容をここで説明するのにも、低レベルな話題なので、


あえてここで説明するのも疲れてしまうので、


説明するほどのものでもないと思いました。


ぎゃくに、考えてしまうと、私の頭が痛くなってしまいます。




文章に感情論が入っていたため、


こういう内容に、正論をぶつけても、


逆に熱くなってしまう傾向があるために、


一応、少しの理解を示しつつ、


こちらも言っておかなければならない意見も書きました。




・・・それはわかっているけれども


という答えが返ってきましたが、



ほんとかよ!



というのが、こちらの本音です。





職員とのコミュニケーションや有事の連絡のために、


活用したラインですが、


肝心の場面では活用されず、


手遅れになった後の後始末のために


使われることになるとは、残念なものです。




登録していた職員が、辞めたら、


その名前が、削除されるのか削除するのかと思うと、


いろいろと面倒くさいなと思いました。


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今日の出来事



私が外出している間に、


臨時で、受け入れた利用者さんの荷物が、


午後になっても玄関口に置きっぱなしになっていました。




丁度、目の前を、リーダーが通ったので、


荷物が置きっぱなしになっている旨を伝えたところ




「私が対応して、荷物を置きっぱなしにしたのではない。


私に言われても困る。


直接置きっぱなしにした人に、注意してくれませんか?」




という、返答が返ってきました。




リーダーって・・・・。




注意したわけではなく、こういう状況にあるのだと、


現状をそのまま伝えただけなんだけど・・・。




私が期待していた反応は、





置きっぱなしの状態を確認しつつ、


「すみませんでした。 受け入れを担当した者に、注意しておきます。」


と、荷物を引き取って、後の申し送りを他の職員に、


してくれるものだとばかり思っていたのですが。




その後、皆の前で大きな声で、犯人捜しをしておりました。




もう、リーダーなんて、いらないんじゃないかな。



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昨日は、地域の総会がありました。


私は、総会の役員にもなっています。


今後立ち上がるイベントに向けて、


企画を立て、人を召集し、支持をだし、


全てをまとめていかなければなりません。




思い重責を担う任で、


誰もやりたがらずに、消去法から、


押し上げられた格好で得た地位です。




そういう役は、意欲ある者が自ら立候補してなるものなのでしょうが、


ぜったいやりたくないという任が回ってくる者もいるのです。


そういう場合は、悲観するか、逃げるか、腹をくくるか、に


いずれかの選択をとることになるのですが、


私は腹をくくることにしました。




私の好きな生きるための指針としての言葉



死ぬこと以外かすりキズ



テレビで、ちゃらんぽらんな女の子が発したこの発言が、


妙に頭に残っており、以後


様々な場面で、この言葉が後押ししてくれています。




死なないのだから、なんとかなるだろうと、考えています。




そうして、また仲間となる者と、イベントを立ち上げることに関して


主となる者の負担のねぎらいの声をかけられました。




イベントをやるからには、


皆を楽しませなければと、悩むのではなく、


まず自分が楽しまないといけない。


自分が楽しむことで、周りの人間にも楽しさが伝搬し、


皆が一緒に楽しくなれるものだ。




そんな話を聞きました。


なるほどと思いました。



そして、今日は自分も楽しんで仕事に取り組もうと思いました。











ムリでした。




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ここ最近、身体に怠惰感を感じるようになっており、


昼食後に、別室で、横になって昼寝をしつつ、


そのまま起き上がるのが辛く、


しばらく起き上がれず横になっていました。




体力的に、気持ち的に、疲れてしまって


なんだか、やる気が低迷しているようです。




プライベートのことも重なってか、


気持ちの落ち込みが、全体的な意欲を低下させているようです。




自分一人だけが、頑張っているのが、


ばからしくなったと考えるようになりました。




人はそれぞれに、自分は頑張っていると思いながら


仕事に従事しているのでしょうが、


それが、必ずしも他人からは、


そのように評価されないものです。





何から何まで指示を仰がないと、動くことができない職員を


少し突き放そうかと考えています。




自分にのしかかる様々な責任が重く、


何の見返りもない役割を押し付けられ、


自分の限られた時間を消費していくこと。




気持ちで割り切って乗り切ってきたことも、


最近は、態度や表情に表れることが多くなりました。




利用者の前では、笑顔を見せることはできても、


職員の前では、笑った顔を見せません。




それが、自分なりのSOSの表現方法なのです。


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当デイサービスには、看護師の方が当然在籍しておりますが、


これまでの様子を見ていると、


感じるところがあります。


それは、看護師の力、発言力が大きいということです。




看護師の方達は、これまで大きな病院で勤務され、


大変な現場体験や、人生経験を積まれてきた方達ばかりです。


年齢的にも、潜り抜けた経験の多さにも、


今の介護職員との間には、キャリアや考え方としての差は


大きいものがあります。




特に、看護師の方は、人の命を預かる使命感というものが強く、


介護の現場での、職員の意見とは、度々意見の相違が見られます。




たとえば、今日は天気が良いからドライブに行きましょう、


という提案に対して、


熱中症になる恐れがあるので、控えて欲しい


という発言が、まず第一に出る時がありました。




今では、一緒に同行するという手段をとったり、


これまでの経験から、歩み寄りは見えるのですが、


基本的に、そのように、


出来得るならば、何が起こるかわからないことは


ご遠慮して頂きたい。


という、考えがありました。




皆が集まる会議の場でも、


このような、なるべくなら、しないほうがいい


なぜ、そうしないのか?


安全性が欠けているのではないか?


といった、強い意見が多く語られるのは、


主に看護師から出ています。




それを、小さくなった職員が聞いている構図なのです。



デイサービスは、利用者の方が


楽しく一日を過ごしていただける場所としてあると同時に


安全に過ごしていただくということもあります。




楽しみを重視するのか、安全さを重視するのか


これは、今後とも


起こり得るテーマです。






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ここ数日で、急激に容体が変化した利用者様がおります。



認知症がある方で、家族の方と二人暮らしなのですが、


介護者の家族の方は、日中は仕事に出かけられています。


週の数日は、うちのデイサービスに来られているのですが、


他の曜日は、日中は一人だけになっています。





朝に、迎えに行くと、一人で待っているのですが、


まだ、御飯を食べていなかったり、


服を脱いでしまったのか、半裸状態でいることがあり、


その後の送迎時間に大きく影響し、


他の利用者様にご迷惑をかけることもしばしばでした。





それが、ここ最近、特に失禁汚染がひどく、


前日から、パンツがそのままの状態なのか、


重くぐっしょりになっており、


ひどい時には、パンツから溢れ全身に、


尿が汚染されている状況でした。


そして、自ら立ち上がることもできない状況でした。


その状況を発見した職員は、驚き、


すぐに電話で応援を要請したり、


騒ぎに気付いたのか、近隣の方も駆けつけて


総出で、取りかかり、


とりあえず施設に連れてきました。




すぐに、ケアマネと職員が病院に受診に出かけており


結果として、熱中症に近い状態ということで、


点滴を受けて帰宅されています。




しかし、その方は、翌日も予定通りの利用で、


職員が迎えに行った際は、家族こそいたものの、


昨日と同じく、近隣の助けを借り、


三人がかりで車に乗せて来所しています。




それで、急遽の対策会議が行われました。


ケアマネや同席した地域包括から、


事の緊急性を家族側に説明があったのですが、


入所の申し込みや、受診対応など、


仕事をもつ家族にとっては、身動きがとれないような


現状が見てとられました。


同席してくれた、身内の方もいましたが、


決断は、同居している家族の方にゆだねられ、


ずいぶんと頭が混乱しているようでした。




矢継ぎ早に、説明や今後の対応が切り出される中


家族の方も、それなりの年齢に達しており、


果たして、どこまで対応できるのかと、


経済面、周囲の協力等が、特に心配です。




明日、今週中に家族がやっておくべきこと、


と羅列されたものが、ケアマネから家族側に


示されたものの、



「明日は私、休みなので連絡がとれませんから。」




と、おっしゃられたところは、


お役所仕事みたいだなと、


思ったところです。





今回、かなり無理をして、臨時の受け入れを行ったり、


休みだろうと、出ていく覚悟をしていた私としては、


そんな発言が出るのは、


長く生きてきた分、利口になやり方なのだろうと、


感心したところです。





ぎりぎりまで、施設にて受け入れを行い、


近く決まり次第、その方は入所となるのでしょうが、


介護者と認知症利用者の方の、


在宅生活は、本当に厳しいものだと思いました。



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昨日からどうも様子がおかしい職員の動向は、


今日も連続でした。


薄いインクで、見えない掲示板が掲げられていました。



見えないと利用者さんから苦言が出ていると


注意したところ、泣きそうな顔で、


急いで掲示を取り外してきて、


今度は、殴り書きのようなかたちで、


書き直していましたが、やっぱりそれも


薄かったです。




見えるのか、見えないのかも


わからないほど、周りが見えていないのか。




別の役員が、少し話をしたところ、


家庭のことや、仕事のことなど、


精神的に追い詰められているといったことを


話していたそうです。



家庭のことは、私達にはどうにもできませんが、


それが、職場で表面上に表れていては、


周囲に影響を及ぼしてしまいます。



精神的に追い込まれているという者に、


中途半端な対応は、逆効果になってしまうので、


ここはあたらずさわらず、様子を見た方が


よいようです。




少ししたら、ふつうの表情で仕事をしていました。


精神的に弱い職員の対応は、


いろいろと気を使います。