とある 介護施設 管理者の裏事情 -15ページ目

とある 介護施設 管理者の裏事情

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このブログは、現在某デイサービスの管理者を務めている私が、

日常の業務を通じて、普段押し殺している胸の内を、

愚痴や本音を交えながらお送りする、

さつばつとした独りよがりなブログでございます。

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先週の土曜日にこんなことがあったそうです。


私が不在の時だったので、週明けの本日、


その報告を受けました。




土曜日の夕刻に、


その日利用した利用者さんから


電話がありました。




「私が持ってきていた3万円入りの財布がないの」




もちろん、電話を受け取った後に、


送迎車や、施設内を探しましたが、


そのような財布は見つかりませんでした。



本人は、絶対に持ってきている。


と譲らず、結局、施設代表が、本人宅を訪れて


家族に事情を説明するまでになりました。




当施設では、もちろんお金を持ってくることを、


よほどの理由がない限り、認めてないことを、


初回の打ち合わせ時に、説明をしております。




それでも、認知症の自覚のないような方は、


自分はしっかりしているから大丈夫、


または、持っていないと落ち着かない。



といった理由で鞄に入れてくる方もおります。





自分は、ぼけていないという人ほど、


実際は危ないのが現状です。






さて、この問題は、普通に考えると、


その利用者さんは、最近物忘れも


見受けられるので、本人の思い違いであると、


おおむね判断してしまうのですが、


別の案件を耳にして、


ある疑惑が生まれてしまいました。





それは、職員の間で、


最近、休憩室のロッカー内で、


金銭が紛失しているという話が、


でていると耳にしたのです。


金額は、昼食代の500円程度なのですが、


盗られたと訴える職員は、


ある職員に疑惑をもっているというのです。




その疑惑の職員とは、


最近何かと話題になっている入社したばかりの


新人でした。




仕事の態度が良くないといった声も、職員間で


話になっているようです。




また家庭環境も複雑で、


両親が働いておらず、


金銭的に厳しい状況であると、


自分から周囲に聞く必要もない事情を


べらべらと語っているというのです。




また、ある時、


その職員の両親が施設を訪れ、


娘の給料を代わりに受け取れないか


といったおかしな話を


持ち出してきたということがあったそうです。





そうした、負のうわさがぐるぐるとまわって、


一連の金銭紛失の疑惑が、


なんとなく、彼女に向けられているというような


感じになってしまったのです。




もちろん、私はそうした話を


信じることはできません。


金銭が紛失したという話は、


驚きのことで、その疑惑が同じ職場の


同僚にかけられているという話も


残念でなりません。





ですが、それが本人の勘違いという


説を払拭できない限りは、


ただの想像のお話です。




今は、経過を見守ることしかできません。





しかし、最近日が経つにつれて、



トラブルが頻発し、消耗を繰り返しています。




上の事案だけでも、本日の話題として


お腹いっぱいだったのですが、


こんなことが本日もありました。




現場の職員が、家族の方が面会している目の前で、


激しく、他の職員を叱咤していました。


その職員には後に注意しました。




また、午後からのイベントを企画した者は、


進行段取りが何もできていずに


その場の流れだけで押し通していました。


あまりにひどかったので、私が現場に入って


その場を仕切らざる得なくなりました。





そのことを、カンファレンスで指摘したところ


「企画を考える余裕や時間がない」


と、言い訳ばかりで、


最後は、全部自分が悪者だと、


ふさぎこんでしまいました。




さらにそれを追い討ちをかけるように、


別の案件でも、彼女は問題の的となっていました。


あまりに話が長くなってしまうので、


ここはいったん話を切りたいと思います。





現在、こうした問題の主となっているのが、


現在のリーダーです。






なにか、次に脱落するのは、


このリーダーではないかと、確信に近い予感を感じています。





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私の悪い癖で、


自分でやれるものは全部自分でやってしまう


というところがあります。





つまりは、人に仕事をまかせられない



ということです。




ですので、周囲の方から、


「仕事をまかせる方法」、といった本を


渡されてしまうのでしょうか。




私の性格もあるのですが、


これまでにも何度か、仕事をまかせようと


したことがありました。




知ってのとおり、私の職場は、


パソコン慣れしていない職員が多く、


簡単な打ち込み作業の仕事でも、



私が触ると壊してしまいそうで・・・



と、嫌そうな顔をされると、


もう私の心の手帳には、


この人には、この作業はムリ


と、レッテルをつけてしまいます。



そうして、結局職員に仕事を


振ることができないのです。




そんな、私がやっている仕事のうちで、


普通にやれば、1、2分で終わる打ち込みを


昨日の会議で、


職員に降ろすという決定を、


私の上の立場の者が言明しました。




なにか、やりたくないというような反応が


伝わってきましたが、


しぶしぶ承知したような感じでした。




私にできないことは、上のものが支持を出す


という今回のケースでした。




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昨日の衝突した職員は、


普通に来て普通に仕事をしました。


朝の挨拶程度はしたものの、


顔を突き合わせて話はしませんでした。




さて、そういうことがあると、


上に伝わるのも早いもので


さっそく、周りが気にしてか


話かけてきました。





若いから、なめられてるんじゃないか?




そんなことを言われましたが、


他人から、なめられていると言われると


けっこう、面白くないですね。






さて、今日で事業所を移動する職員との


最後の顔合わせでした。


どこか、すっきりした顔をして、最後の業務で


パソコンを叩いていました。




お世話になったからと、袋包みのクッキーと、


職員にとお菓子を持ってきました。





何度か面接をして、その度に涙を流して、


誰も助けてくれないから


頼る人がいないからと


あの人とうまくやっていけない



そういう数々の訴えられたことのうち、


どれだけ力になれたのかどうか




最後に手をかけて頑張っていこうと


後押しをしたのに、



やっぱりだめだったと、


辞表を出されたこと




いつの間にか、


また別の場所でがんばりますと


私の知らぬ間に心変わりされたこと





私の心労を


いくらか、かき回していったこの方は、


今日で、この場を後にされていきました。





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自分でも何かにいら立っているのはわかります。


それは、過度の業務内容と残業と


そして、うまく統制できない職員の動き




今日も、利用者をほったらかしにして、


ビデオを流しっぱなしにして、


その場を離れている職員に


声をかけ注意をしました。





私は私のやり方でやっている。


そんな顔をしていました。





溜まった書類と業務の山を前に、


休む暇もなく、必死にキーボードをたたいていました。






何人目かの相談員が、今日で辞めます。


辞めることを宣言してからは、


相談員の仕事からは手を引かせ、


介護員として働いてもらいました。





さて、今日はおそらくめったにないことがありました。


職員との衝突です。




それは、送迎専門のパート職員です。




朝と違う送迎者を、送るように私が


送迎担当を変えてしまったのが発端でした。


変えた理由は、効率のために


少ない利用者をひとまとめにしたからです。




利用者の名前、または苗字だけを、、


ボードに記載して、送迎表を作っています。


それを見て、その職員が声をあげました。




職員「このAという人は、誰ですか?


    苗字だけでは、わからない。


    名前をフルネームで書いてほしい。」



私「その上の本日の利用者の名簿を見れば


   わかりますよ」



職 「そんなことを言われてもわからない


   わかるように、書いてください」



私 「今までこのような方法でやってきたことなので


   このやり方に適応してください」



と、そうしたやり取りでした。、


明らかに、相手の口調に苛立ちが見られました。




そうして、私の前で舌打ちをして、出ていきました。




それを見過ごせなかった私は、


その後を追って、問いただしました。




まだ入って、2,3か月のその職員は、


私より、2回り、3回りも年上の男性です。




息子程度の私に問い詰められたことに、


面白くない気持ちも重なってか、


口調がどんどん喧嘩腰になってきました。




相手の話も聞いたうえで、私もある程度、


落ち着いて話を切り出しましたが、


私も、既に目は笑ってはいませんでした。




高齢ということもあり、


物覚えも悪く、メモもとらない。


それでいて、以前送迎したことのある方を頼んだら


まだ1回しか行ったことがない


顔と名前が一致していない。





だから、いきなり変更されても、


わからない!


そう言って、声を荒げておりました。





業務が過多で、そんな小さなことに


付き合っているのも残念です。




ちなみに、彼が私の前で苛立ちを見せる前に


別の者から、送迎中の態度が悪いと


注意を受けていたと、話を聞きました。





大丈夫なのだろうか・・・・



ほんとうに


 




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昨日の件の続きとして、


本日、相手方の自宅を訪れてきました。



陽射しが暑く、むっとくる中で、


利用者さんは椅子に座られて、


こちらを見ておりました。



普段は、施設にいる時間帯でした。




ほどなくして、家族の方が見えて


今回の件について


話を始めました。




話を聞いて、私が謝罪する。


そのような構図です。


間に、いろいろと横道の雑談にそれたり、


来客がきたりと、


話は中断されましたが、


一時間を超えて、


脚がしっかりしびれるまで、


お話をさせて頂きました。




相手の方が、求めるような答えでは


なかったものの、


自分の意思を伝えました。




そして、ご家族のかたの譲歩を


頂くことができました。



問題がきっちり片付いたわけではなく、


むしろこれからが、大きな宿題です。




私は、それを持ち帰り


考えなければなりません。




疲れたなぁ。


でも、まだ首はつながったか。





今日、別件で会った方から、


「どこか病気してるのか?」


と、聞かれました。




いろいろありますから。




病院に入院しているうちのじいちゃんが、


お医者様から、いつ急変するかわからないと、


ある種の覚悟とそうした場合の対応を


求められました。



いつ亡くなってもおかしくない状況との


宣告でした。



そうした言葉を受けたことで、


初めて実感するところもあります。





間に合わなかったという


無念の気持ちがこみ上げます。



何に?


私が結婚報告をするということにです。





そうした、たくさんの悶々を考え込みながら、


昨日も11時過ぎまで残っていたのですから、


元気がない表情をしているのも


しょうがないのでしょうね。





結婚に踏み切れない相手方の子から、


にっこり笑顔マークのラインが届きました。



私の今の気持ちをわかってくれないんだろうかと、


笑顔マークの能天気さが、


ちょっと恨めしく見えました。




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遂にきてしまったと、


時限式のタイマーが、


0になってしまったのだろう。




それは、昨日のことだ。


残業をして遅くなった帰り道


自分を労おうかと


ラーメン屋さんに車を止めた時だった。




いきなり、携帯電話に着信が入ったのだ。


時間は、夜の8時を回っていた。




電話の先にいたのは、


ある利用者さんのご家族の方だった。




遅い時間に電話をかけてしまったことに、


申し訳ない気持ちを感じさせながらも、


こう切り出してきた。




「しばらく利用を休ませてほしい」





利用のキャンセルの内容だった。


そんな連絡は珍しくはないのだが、


問題はその理由だった。





その方は、若年性認知症の奥さんを持つ


旦那さんで、私の施設を利用されていた。



二人暮らしで、旦那さんが、


ずっと奥さんを介護してきたのだ。





旦那さんは、気さくな方で、


私や職員にも、気軽に話しかけてくれ、


これまで良い関係を築いてきたと


私は思っていた。






しかし、最近その旦那さんの


様子がしだいに変わってきていた。




介護疲れもあるのだろうが、


まだ現役で働らける年代で、


相方が認知症となってしまい、


会話も出来ず、


一方通行のやり取り


入浴、食事、排せつの介助まで


全て介護者が背負わされるのだ。


その気持ちが、わかるか?


と、問われても


私には答えることができない。




おそらく、今まで積もり積もってきて


堆積したものが


今回のきっかけで溢れて


しまったのだろう。




その溢れさせてしまった原因は、


職員との会話の中に潜んでいた。




そんなつもりで言ったわけではない。


軽く、普通の会話のつもりで


言ってしまったこと。




それが、旦那さんの気持ちを


傷つけてしまった。




それが、事実だった。




これまで溜まっていたものが


噴出してしまい、


止まらなくなってしまった。




旦那さんにとっては、


一人の大事な奥さんだ。




それぞれに言い分は、


あるし、今回の件だけが、


全ての原因でもなく、


あまりにこの問題は根深い




一度、施設を離れれば、


再びこの関係が回復するのには、


さらに倍のエネルギーを要する。





難しい。



施設の職員は、利用者として扱った。


旦那さんは、妻として扱っている。




若年性認知症の方と高齢の認知症の方を


一緒に扱ってしまうのは、


家族にとっては酷なことだ。




会話のコミュニケーションがとれない認知症の方


それが、親という立場と妻という立場



職員にとってそれは、大した差ではないが、


家族にとって、その受け止め方は全然違う。







職員の数や対応にも限度があった。


十分なケアを、個別の人にだけ


注ぐことはできない。



その方をどう扱っていけばいいのか。


他の利用者の方と同じように扱ってはいけないのか。



職員が職員として思うこともあり


家族が家族として思うことがある。




私は、旦那さんと話をする場をもつことを


電話口でお願いした。



結局、電話を切った後、ラーメンを


食べる気もなくなり、その場を後にした。






本日、旦那さんと話をするはずだったが、


電話で、別の機会にしてほしいと


言われた。



今、自分ができることは、


施設の利用を再開してもらうことではなく、


ただ旦那さんの言葉を聴くことしか


できないと思っている。


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先週のことですが、


コーチングを学ぶ研修に参加してきました。



コーチングとは、相手と向き合うことで、


困っていることへの道を指し示したり、


抱える悩みや言えなかった本音を引出すこと、


的を射るアドバイスを的確に行うことで、


相手を導く手法のことです。



間違っていたらすいません。





正直、こういった研修は、その場で


話を聞いたり、演習をしたりして、


その場で、なんとなくわかった気にはなるものの


その場限りで終わってしまうことが多く、


ほとんど忘れてしまうことが多い


実にならない研修というイメージがありました。




会社から行けと言われて参加したような


私からすると、


やっぱり今回のものも、


実践でどれほど活かせるかといえば、


疑問です。




わかった気と、実際にやるのとでは


違います。




こうしたコーチングは、


ただ相手の話を一方的に聴くだけでは


だめなのです。



ためこんでいた愚痴を吐き出すことでの


一時のストレス解消にはなるのでしょうが


聴く側は、一方的にマイナスのパワーを


浴びることになるだけでしょうし、


そうしたストレスはまた蓄積していきます。




道を指し示すということ、


それは、相手に対する質問が鍵です。




相手に内面の気持ちを


考えさせ、どうしたいのかという


根本的な返答をさせることが


重要であり、


自らの口から出た言葉で、


本人との間に約束をさせることに


その最大の目的があります。




自分の口から出た言葉での約束


私は、かつて同じように、


コンサルタント、いわばコーチングを


受けたことがありました。



それも、約束をされたのです。


営業という職種に就いた際に、


抱えていた対人関係に対する悩みを


打ち明けた時、


私はこうした約束をさせられました。



一日、20人、


誰でもいいです。


挨拶でもいいから、会話をしなさい。





それが私が行った約束でした。


そうして、その目標を達成するべく、


コンビニの店員に、挨拶をしてみたり、


すれ違った人に挨拶したりと、


普段気にかけないことを、


がんばって行いました。




そのことが、自分の身になったかどうかは、


わかりませんが、人との約束をしたこと


それに対しては、必死に頑張った記憶が


あります。





ですが、約束までに至る道のりを、


相手と顔を合わせて、


私が行ってみるということは、


ただ話を聞いてわかった気に


なったものが、簡単に行えるのかというと


すごく難しいことで、


少しでもそうした考えが、


その場で頭の隅に残っているのならば


もしかしたら、少しだけ


前向きな展開が生まれるかも


・・・その程度なのです。




それを実践するのは、


いつになるのか


わかりませんが、


部下を育てる方、


もしくは子供に対しても


同じなのかもしれません。




質問が重要であり、


約束を引き出すことが


大事なのです。




皆さんは、誰かと約束をしたことがありますか?

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施設周りを歩いてみると、


山が近いだけに、いろいろな生物をみる機会があります。



この前は、タヌキを見かけましたし、


昨日は、クワガタを捕まえました。



今日は、ちょろちょろと石の木陰を移動する


日本トカゲを見かけました。



そして、周囲で騒がしい歌を奏で続ける


蝉の数々





私が、車を止めている車庫のコンクリートの床に


まだ羽化しないままに、動かなくなってしまった


蝉の幼虫が転がっていました。




本来は、育ってきた木の根元から、


顔をだし、今まで栄養分を頂いてきた


木に登り、早朝に羽化を行うはずです。



5年も土の中で生活してきたせいか、


寝ぼけて方向感覚がくるってしまった者も


中にはいるのかもしれませんが、


せっかくの地上の世界が、


広大なコンクリートジャングルで、


手がかかるとこすら見つからず、


道半ばで、力尽きてしまったことは、


誠に無念さを際立たせています。




地上で、生を謳歌できる蝉もいれば、


こうして、ひっそりと死んでいくものもいます。



あまりの無念さを思い、


とりあえず、土を掘ってその躯を土に返してあげました。




この夏の太陽の下、生き物は生を謳歌し、


またその命の終焉を迎えていきます。



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各地で猛威を振るっている、局的な豪雨被害


これが、ついに私達のところにも突如として


現れ襲いかかってきたのです。



ものすごい風と、鳴り止まぬ雷雨


屋根からは打たせ湯のように、


一本筋となった水が地に落ち


風が雨の幕を何度も何度も


ひるがえしながら、はためかせていました。




外に出ていられないほどに、


その瞬間の雷雨はすごいものでした。




業務終了後に、


事務所でブログを書いていたところで、


起きた出来事でした。



突如電気が落ち、非常灯が点灯しました。


再び電気が回復して、


パソコンを立ち上げるも


すぐにまた電気が落ちてしまう。



そんなことを、3度ほど繰り返し、


さすがにパソコンの電源をオンにするのも


躊躇われた頃に、雨は峠を越えていきました。




後は、保存していないままに消えたブログの


記憶を呼び起こすことと、


停電の影響か、復旧しないネット環境の前で


ただ、手探りでなんとかしようと無駄な努力を


試みたことでした。




結局、ネット環境の復旧は、プロパイダーの


助言を借りて、何とか翌日に復旧できました。




ただ、私に降りかかった災難はそれだけでなく、


自宅に帰宅してからでした。







私の部屋の窓が開いていたのです。




部屋に踏み入った時に、


踏みしめた絨毯から、水のジュッとした


感じてはいけない冷たい感触を感じた時は、


軽い眩暈を覚えました。






空いていた窓は、カーテンで遮られていたものの


私の散乱していた部屋のものを、


さらに散乱させたあげくに、


水をばらまかれた状態となっていました。




最悪なのが、窓の下にあったものでした。


インターネットの根幹となる


光回線の終端装置でした。


私が発見した時には、


水の中に足を浸した状態で


完全に沈黙しておりました。




傾けると、機械内部から水が滴りおちてきました。


逝ったな・・・





その後、一縷の望みをかけて、


電源をいれてみましたが、


沈黙したままで、翌日にNTTの故障受付に


朝から夕まで電話をかけ続けましたが、


混雑状態とのことで、つながりもせず


そのまま受付のタイムオーバーとなってしまいました。




さて、浸水していた終端装置もそうなのですが、


豪雨のあった翌日、新人の職員から一本の電話があったそうです。





家が浸水してしまったため、


今日お休みさせてくださいと・・・・・





ホントかよ!



証拠写真を送れとまでは言えませんでしたが、


まさに、浸水に振り回されたことで、


ブログもお休みとなってしまったわけです。





皆さん、出かけるときには、窓を閉めて外出しましょうね。



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明日、うちのような平屋の小さな施設に、


合唱団が慰問活動として、来所されます。




仕事を退職した人達が集まって行っている活動から


発展したものだと思いますが、平日の慰問ということで、


当初、いくらかの人数の予定だったのですが、


徐々に、参加希望者が増えていき、30人もの方が


来てくれることになりました。




しかも、ピアノまで持参されるという話で、


本当に、人が入りきるのだろうかという心配と、


もしかすると、歌う側と聴く側の人数が


イコールになってしまうのではないかと、


そんな心配ごとをしております。




今回、うちの社長が、知り合いを通じて、


このような慰問を受けれることになったのですが、


会場準備や、お菓子の手配など、


直前になって、通知されることがあるのは、


施設内での、なあなあの展開が


続いていることを意味しています。




なんとかなるということで、


これまでやってきたところはあるのですが、


その雰囲気を受け入れられない職員もいました。




事前に計画を立て、役割を決めて、全員に周知徹底する。


そうしたやり方でないと、我慢ならないというのです。




多少のバタバタはあるかと思いますが、


やれば、成功で終わるのです。


ただ、多くの戸惑いが、職員の間に


くすぶりを残すことがないように、


しなければなりません。




私たちの施設は、役員と職員との距離感が近いということで、


なぁなぁで済んでしまう関係が見られています。


それが、家庭的な雰囲気を造り上げていたという意地もあり、


そこを本来の会社、施設としての、


マニュアル的な運営を求める職員からすると、


会社のやり方についていけない


という考えが生まれます。




会社のこれまでのやり方に対して、


新しく入ってきた新人が、


前の施設でやっていたこういうやり方にした方が効率いいですよ!


と、意見することもありました。



話を聞けば、文句のない正論です。



正論という言葉に、人はこれまでの理念が、


簡単に覆ることもあります。


そうすると、これまでその流れに沿ってきた職員の中に、


くすぶりが生じてしまいます。





このような展開で、


新人と古参が対立することになりました。


そうして、これまで何度も、


職員が辞めていきました。



頭の良い職員ほど、ここは長続きがしません。




新しい風を入れようと、これまでの流れを変えようとしたことが


また波を立ててしまいました。



突発的なことが行われるときほど、


そうしたものが、表面上に表れてしまいます。


今回のイベントも、その一つとして注意しなければなりません。